第十一話・ヤキモチ
今日も応援練習がある。たぶん、夏休み最後の応援練習だ。
そして瑠架からあの話を聞いてから1週間がたっていた。
あの日から私は那音の目を見ることができなかった。
またりっちゃんのとこに戻ってしまうんじゃないかって……怖くて。
いつ那音が私から離れていくかわからない。
そう思うとなんだかすごく心が締め付けられた。
「桜羽…大丈夫?」
後ろからポン、と肩をたたかれた。
「え…あ、光奈…」
振り返れば心配そうな顔をしている光奈がいた。光奈には瑠架から聞いた日に一番に連絡した。
「…つらいよね。そりゃ……」
泣き出しそうな顔をしている光奈。
「ちょ…?!大丈夫!!私は大丈夫だからッ!!ね?ありがと…光奈」
私が慌ててそういうと光奈はふっと笑顔になった。
「つらくなったらいつでも相談のるからね!!」
「うん。ありがと…」
光奈…ありがとう。
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「じゃぁこのイスを一人5つ体育館に持って行って。運び終わったら各自解散。はいっ開始!!」
雑用かよーーー!!!!!
なんて心で叫びながらもイスに手をかける。
「はぁー…」
めんどくさい。
それしか言いようがない。
「「桜羽〜お先にっ」」
光奈と瑠架がイスを持って一緒に行ってしまった。
ひどっ!!!
おいてけぼりかよっ!(泣
私チビだし、力ないし…どうやっても不利じゃんー!!!
ぶつぶつ一人で文句を言いながらとりあえず2個を持ち上げた。
「お……おもっ…」
ゆっくりと歩き出すと
―――ガッ!!!!
う……わぁ……!!
やばい!!つまずいた!!!
最悪っ――!!!
…ッ倒れ――――!!!
………………ない…?
「あれっ…」
「大丈夫?綾野さん」
あまりよく聞いたことのない声が私の頭の上から聞こえた。
「…か、片山…」
顔を上げると応援団で一緒の片山がいた。
「…ん……」
片山は手を私の方へ差し出した。
「?」
私はどうすればいいかわからず首を傾げた。
「…イス、貸して」
「…えっ?!い、いいよっ!!大丈夫だからっ」
思い切り首を横に振った。
だって悪いし…。
だけど片山は
「たぶんまた綾野さんこけるよ?」
そう言ってにこっと笑った。
――――ドキッ…
「えっ……でも片山大変になるし…」
不覚にも片山が笑ったところを見たことがなかったからどきっとした。
「大丈夫。てか健太でいいよ。片山ってなんか重たいし」
「えっ…あ、うん…じゃぁ私のことも好きに呼んでいいよっ…?」
私がそういうとうーん、と考えて、
「じゃぁ……桜羽…」
「うんっ…全然OK!!」
那音以外の男子から下の名前で呼ばれるのは健太が初めてだった。
「よしっ…じゃぁ桜羽。イス貸して」
「だから…大丈夫だから〜…」
――――ヒョイッ
「つべこべ言わない。さぁ行くぞ」
健太は私の持っていたイスを2つ重ねて持った。
「あ゛っ…!!」
すごいっ…!!イス合わせて5つも持ってる…!!!
「2回に分ければすぐだから!!一個持ってきな?」
「は…はいっ!!」
逆らうことなく健太の言うとおりイスを一個持ってくる。
そして体育館へ二人で向かった。
「な、なんかごめんね…私が転んでなきゃ片山もっと早く帰れたのに…」
「あ。片山だって」
そういじわるそうに私に笑顔を向けた。
「……け、健太…」
あまり男子の事下の名前で呼ばないから変に緊張する。
「よくできました〜」
なんてふざけたように私に言った。
健太の印象が今日1日でガラッと変わった。
最初は無愛想でシャイな子かと思ってたけど、全然違った。
優しくて頼りになって少しいじわるな、お兄ちゃんっぽい男の子。
友達が一人増えた。
しかも仲良くできそう。
「はぁぁ〜……終わったぁ……」
「お疲れ様」
やっとのことイス運びが終わった。
「うん、ていうか健太の方が疲れたでしょ…」
「あははっ…俺は全然平気。部活で鍛えられてるし」
「……何部だっけ?」
「野球っ!!ポジションは、ピッチャーなんだ」
今まで見せたこともないような楽しそうな顔で言った。
「野球、好きなんだね」
「うん。すげぇ好き」
子供のような笑顔に思わず心臓が飛び跳ねた。
「さーわぁーーー!!!」
「「!?」」
いきなり聞こえた大きな声に私と健太はびっくりして振り向く。
「あっ…那音ぉ…」
私は自分じゃ気づかない内に顔がほころんでいたのだった。
そんな私を見て健太が呟く。
「なるほど…ねぇ…」
「ん?なんか言った?」
「ううん?じゃぁな」
そう健太は別れを告げると走って帰って行った。
―――…?
なんだろ?
「はぁっ…探したんだぞっ…!何やってんだよっ…!!!」
疲れたような声で息を切らしながら那音は言う。
「ご、ごめん…なさい」
探してくれてたんだ…。
「まったく…しかも健太といるし…」
そっぽを向いて眉をひそめる。
やばっ…
本気で怒ってるかも…!!
「ごめっ…」
――――グイッ…
「ばかやろー…」
そう言って私を抱きしめた。
「っ…な、なお」
学校の誰もいない体育館で那音の声だけが聞こえる。
「…この頃…目合わせてくんないし…今日だって、健太といるし…嫌いになったんならそういえよ……」
―――ズキンッ……
心が痛んだ。
私、那音の事考えてなかった。
自分の中でごちゃごちゃしてて挙げ句の果てに“恋なんてしなきゃ良かった”なんて………
那音の事考えもしてなかった。
私は那音を強く抱きしめ返した。
「ごめんね…ごめん。那音………好きだよ…」
泣きそうになる。
あぁ…やっぱり手放す事なんてできないよ。
私には……
きっともう那音しか好きになれないんだ。
―――那音
………大好きです……
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「ねぇ、夏祭り一緒いかねぇ?綾斗と光奈も一緒だけど…」
突然の那音からの誘い。
「うん、いーよ?」
夏祭り…かぁ。
そういえばあるって誰かが言ってたなぁ……。
「あと、もう健太と2人にならんことっ」
「??なんで?」
なんで?
別にただの友達なんだけどなぁ…
「俺の幼なじみっ!!妬いちまうから2人になるなよっ」
やっ……
ヤキモチ?!
「ぷっ」
「ッ!!笑うなっ!!!///」
那音が顔を真っ赤にしている。笑わずにはいられない。
可愛すぎ!!
「私は那音一筋だし」
「おっ!!かっこいい事言ってくれるね〜」
ニヤリと笑う那音。
なんか気味悪い(笑
「よしっ!!じゃぁ俺こっちだから……」
「あっ…うん、バイバイッ!!」
笑顔で手を振りながら那音は帰って行った。
――――りっちゃん……
やっぱり
私は
那音が好きだよ。
ごめんね
ごめんね
私には那音しかいないって確信しちゃったんだ。
たぶん私は
これ以上に人を
好きにはなれない。