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転生魔女さんの日常  作者: やーなん
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学級について

「そうですか、分かりました。

 何かあったら相談に乗りますので、ご連絡ください」

 バタン、と音を立てて一軒家の玄関のドアが閉められる。

 まるで何も期待していないことを語るように。


「……はぁ、本当に相談されても困るけど」

 そうぼやいて、彼女は家の敷地から出て行った。

 後ろから聞こえる、動物の喚き声のような奇声を無視しながら。


「教師になんて、ならなければよかったかなぁ」

 後悔と共に、彼女は夕闇の夜道を歩いて行った。



 彼女の不幸は、新任当初から始まった。


 新人研修を終え、新しく赴任した高校でベテランの先輩教師と一緒にクラスを任されることになった。

 その若さからやる気に満ち溢れていた彼女は、早々に現実を突き付けられた。


 イジメだった。


 数人の女子グループが一人の女子生徒をいじめている。

 今時、珍しくも無いことだった。


「知らなかったってことにしておけ」

 担任だったベテランの先輩教師は若い彼女にそう一言だけ漏らした。

 その先輩教師は、もう既に責任を取らされ転任している。


 なぜそんなことになったのか、彼女にもよくわからない。

 ある日突然、いじめを行っていた女子グループが一斉に登校拒否になり、彼女らの親たちに学校へ事情の説明を連日求められた結果だった。


 当時対応することになった先輩教師と彼女は、彼女らに会いに行って絶句した。

 一人は極端な躁鬱状態を繰り返し、一人は妄想の世界から帰ってこない。

 そしていじめのリーダーだった女子生徒は、ケダモノそのもののような振る舞いを続けた。


 先輩教師が心を病み休職状態になり、復職と同時に転任になったのは学校の責任逃れだけではなかったのだろう。

 結果として新任だった副担任の彼女がクラスをそのまま引き継ぐことになった。

 誰も、彼女のクラスの担任をやりたがらなかったからだ。


 あのクラスは呪われている。

 そう、教師の間で囁かれるようになったからだ。


 当然だが、学校はこのことを公表などはしていない。正体不明の奇病だとして、当校は関係ないという姿勢を貫いている。

 だが、このことが表沙汰になればクラスどころか学校そのものが呪われていると評判が付きかねない。


 それのどこが間違いなんだ、と彼女は内心思っていた。

 それから毎週、彼女は元いじめグループの女子たちの家に訪問するようになった。


 一年もそうしている内に、一人、一人とこの土地から逃れるように引っ越し、学校を辞めて行った。

 そして今ではリーダー格の一人が残るのみだった。

 彼女の“奇病”の改善の見通しはない。




「近年、生徒たちの間でお呪いの類が流行っているそうです」

 朝の職員会議で、初老の教頭が教師たちにそう告げた。


「コックリさんなどが私の若い頃にも流行ましたが、教育委員会から通達があるほど全国的に流行し、稀に参加した生徒が異常に見舞われたと報告があったそうです」

 話半分に聞いている教師は居なかった。

 だが、この手の話題はこの高校ではタブーに近かった。


 昨今、魔法使いやら超能力者やらの異能を持つ人間が現れたことは周知の事実だった。

 今やオカルトと現実の境は曖昧と言えた。


 だからこそ、子供たちは好奇心とスリルを求めて火遊びを行うのだろう。

 或いは、自らも異能者の仲間入りできると考えているのかもしれない。


 異能者たちの扱う魔法や魔術は、一部は素人でも再現可能な異常現象を引き起こすものが存在しているという。

 その事実は、非現実に飢えた子供たちにとっては甘い毒だった。


「くれぐれも、生徒たちがそのようなことをしないように指導してください。

 それから、放課後の校内の巡回をするようにしましょう」

 彼はそのように教師たちに言い含めた。


「教頭先生、一つ宜しいでしょうか」

「……なんですか、早瀬先生」

 教頭は若干引きつった声音で、若い女教師に尋ねた。


「もし、例の“あの子”が学校でお呪いをしていたらどうすればいいですか?」

「……指導しなさい。当校の生徒に違いは無いのですから」

「わかりました」

 彼女は教頭の言葉に静かに頷いた。


 数年前、超能力高校生が現れテレビで一世風靡した。

 異能者は世代を問わず現れている。

 そして、彼らの勤めるこの高校にもホンモノとされる人物が存在していた。


 教師たちがその“例の生徒”の異能を直接見たわけではない。

 だが、その生徒のクラスの授業を受け持った教師は口を揃えてこう言った。


 とても十六歳には思えない、と。


 成績はそれなりに優秀、授業態度や出席に関して問題も無い。

 腫物のように扱う要素はどこにもないはずだった。


 最後に彼女と接触したいじめグループの女子たちが、見るも無残な有様にならなければ。

 恐ろしくて、誰も彼女にそれをやったのか尋ねる者は居なかった。



 女教師の早瀬は自分が周囲に気を使われていることぐらい理解していた。

 しかしそれは正の方向ではなく、負の方向だった。


 誰だって、自分の代わりに変わり果てた生徒の家庭訪問などしたくはない。

 そして彼女は魔女に差し出す生け贄か何かのように、例の生徒の担任になった。


「最近、他の学校ではお呪いの類が流行っているようです」

 彼女が受け持つことになった二年生のクラスの朝のホームルームで、生徒たちにそう告げる。

 その瞬間、それまで若い先生と言うことで舐められ騒がしかった彼女のホームルームが、初めてぴたりと静かになった。


 生徒たちも言われずとも知っていた。

 このクラスの一番後ろの窓際の席に座る女の子が、この学校のタブーであることを。


「皆はくれぐれも真似しないでくださいね」

 しん、と静かになった教室に、彼女の言葉だけが落ちて行った。




 §§§



「先生」

 朝のホームルームが終わり、受け持つ教科の授業の準備をしに行こうとした時、彼女は驚いて心臓が止まるような錯覚に陥った。

 件の生徒に話しかけられたのだ。一切の気配がなく。


「な、なに?」

 生徒たちから目が死んでるから“メガシン”なんてあだ名を付けられている彼女の瞳に恐怖の色が乗った。

 お呪いなんてするな、なんて言ったから癪に障ったのかと考えていると。


「昨日、書道部の部室の近くの廊下のガラスを間違えて割ってしまったんです。ごめんなさい」

 すっと綺麗なお辞儀をして、そのように謝ったのである。


「あ、ああ!! あれね、そう言えばそんなことがあったって言ってたような」

「弁償した方がいいでしょうか?」

「う、ううん。学校の備品だし、わざとじゃないみたいだから、先生の方から言っておきますね」

「そうですか、よかった。ありがとうございます」

 少女は微笑んで、自分の席に戻って行った。


 そこで、早瀬は気付いた。

 他の生徒たちが二人の様子を固唾を呑んだような様子で見守っていたのを。

 彼女はなんだか居づらくなって、速足で職員室に戻って行った。



 その日の六時限目、時間割に定められた週に一回のホームルームの時間だった。

 他の授業と違ってリラックスした様子の生徒たちが席に座り、がやがやと雑談に興じていた。

 それは授業の開始を告げる本鈴が鳴り、早瀬が教壇に立っても同じだった。


「今日はクラス委員長を決めてもらいます。

 ……誰かやりたい人はいますか?」

 二年生になったばかりの生徒たちに早瀬は生徒たちにそう告げた。

 本日二度目の、クラスの静寂が訪れた。


 なんでクラス委員長を決めるくらいで、と彼女は思ったが、すぐに理由が思い当った。

 クラス委員長なんて役職は所詮は生徒の役職だ。

 選ばれてもホームルームの時間を前に出て仕切ったり、学校行事に関してクラスの意見を募ったりする程度のものだ。

 いずれにしても学業に差支えの無い雑事を行うに過ぎない。


 とはいえ、“あの子”に関わらざるをえない可能性があると言うのは強烈なデメリットなのだろう。

 生徒たちの誰もが、彼女を恐れていた。


「じゃあ、私がやりましょうか?」

 だから、その恐怖の対象が自ら手を挙げ、立候補した時はクラス中のみんなだけでなく早瀬も目を見開いて彼女を見やった。


「え、でも、いいの?」

「だって、誰もやりたがろうとしていないじゃないですか」

 ねぇ、と小首を傾げ、自分の方を見て驚愕している他のクラスメイト達にそう言った。

 彼らは逃れるように姿勢を正面に正した。


「ええと、じゃあ、お願いするわね」

 いずれにせよ、このままでは授業の終了までクラスがだんまりを決め込む可能性もあった。

 それは誰にとっても拷問だ。


「じゃあ、副委員長やほかの委員を決めることになるので、委員長の初仕事をお願いします」

「わかりました」

 先生の言葉に、彼女は机の椅子を引いて立ち上がった。


 教壇の前に立った魔女は自分と目を合わせないようと必死なクラスメイトたちを見て、くすくすと意地悪く笑った。


「それじゃ、学級活動を始めましょう」




 §§§



 クラス委員長という名の独裁政権の発足により、他のクラス委員はスムーズに決まった。

 副委員長に選ばれた少女は気が弱そうで卒倒しそうになっていたほどである。


 早瀬の目から見ても、彼女は面白がっていた。

 これから事あるごとにクラス委員長という建前で、クラスメイト達をおちょくる未来が異能者ならざる早瀬の目に見えた気がした。


 目に見えて舐められていた早瀬だったが、翌日の朝のホームルームの最中に彼女がぼそりとこんなことを言った。


「クラス委員長として、目上の人が話しているのにちゃんと聞かないのは人として無様だと思うわ」

 それ以降、早瀬の担任のクラスは先生が話す時は静寂が訪れるようになった。


 そんな感じで恐怖政治が敷かれるようなったクラスのことは教師たちにも瞬く間に知られるようになった。

 当然である。クラス委員長になったと言うことは、職員室に来る機会が増えると言うことである。


 しかし名目上、彼女は優等生に分類されるし、一応基本的に無害なので教師たちは気にしないことにした。

 なんだかんだで一つのクラスの授業態度が改善されたことは良いことなのだから。




 やってはいけない、と禁止された行為ほど実行したくなる心理をカリギュラ効果と呼ばれるらしい。

 悪いことだとわかっているのに、やるのを止められない。

 それが分かっているから、教師たちは放課後に各教室で居残りが居ないか見て回る。


 そして、それは巡り合わせの妙なのか、或いは運が悪かったのか。


「コックリさん、コックリさん、教えてください」


 早瀬は、放課後の一年生の教室からそんな声を聴いてしまった。

 たまたま彼女の巡回が担当の時であった。


「あなた達、何をしているの!!」

 彼女は教室の扉を開けて、中に入って声を荒げた。

 中には一つの机を四人の男女が取り囲み、ポピュラーなコックリさんの用紙が置かれ、十円玉の上に指を置いて儀式を行っていた。


 突然の先生の登場に、生徒たちは驚いて指を離してしまった。

 コックリさんはいくつものパターンや方法があるが、その中の一つに儀式が終わるまで指を離してはならないと言う物もある。

 そして運の無いことに、この儀式はその類だったようだ。


 ばりん、と教室の窓ガラスが砕け散った。


「ひぃッ!?」

「おい、落ち着け!!」

 突然の怪奇現象に、女子生徒が一人恐怖のあまり蹲ってしまった。

 恐怖の現象はそれだけには留まらなかった。


 ガタガタ、とコックリさんを行っていた机が激しく揺れ始めたのだ。


「う、うそ!?」

 もはや誰も、十円玉に指を置く余裕はなかった。

 だと言うのに、ガタガタと揺れる机の上の用紙に置かれた十円玉は忙しなく文字の上を独りでに動き回っていた。


し ね し ね し ね し ね 、と。


 幾つもの悲鳴が上がり、教室内は混沌の坩堝としていた。

 早瀬も恐怖で尻餅をついて、理解不能の現象に思考が停止していた。


 そんな時、がらり、と彼女が入って来た教室の扉とは反対側の扉が開いた。

 恐怖と混乱に満ちた教室内に、黒いケープを羽織った魔女がまっすぐと怪異の中心へと歩み寄る。


「コックリさん、コックリさん、お願いします、おかえりください」

 忙しなく動いていた机の上の十円玉を指で抑え、彼女は嘆願する。

 しかし、十円玉は用紙の“いいえ”の場所に移動した。


 予想通りだったのか、はぁ、と魔女はため息を吐いた。

 彼女はカバンから棒状の物体を取り出した。


 それは、松明だった。

 彼女はその先端に百円ライターで火を付ける。


 燃え盛る松明の炎が、風も無いのに生き物のように動いていた。


「コックリさん、コックリさん、我が女神の巫女として願い奉ります。

 ────さっさと失せろ!!」

 松明が振るわれ、炎が踊る。

 同時に、悲鳴のような動物の鳴き声が聞こえた。


 ばちばち、と松明の炎が燃える音だけが教室に残っていた。

 魔女は儀式に使われていた用紙を松明にくべて燃やすと、ただ見ているだけしかできなかった四人の生徒たちを見下ろした。


「なんで禁止されているのか、これでわかったでしょう?」

 こくこく、と怯え顔中体液まみれの四人は頷いた。


「先生、大丈夫ですか?」

「え、あ、はい」

 彼女に手を差し伸べられた早瀬は、松明の持っていない方の手を握って立ち上がる。


「それじゃあ、私はこれで」

 不思議なことに、松明の炎は自然と鎮火していた。

 それをカバンにしまうと、入って来た扉から魔女は去る。


 この後、儀式を行った四人は職員室でたっぷりと叱られ、親まで出張る始末だった。



 後日、早瀬は尋ねてみた。


「……あの、どうしてクラス委員長を引き受けたの?」

 すると、黒いケープの魔女はこう答えた。


「先生には、ご迷惑をお掛けしてますから」



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