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転生魔女さんの日常  作者: やーなん
4/50

本質について

「はぁ、中間テストとかマジ要らない」

 中間テストの最終日、最後の試験が終わると夏芽は机にぐったりしだした。

 今日はテストだけなので、彼女の友人たちだけでなくクラスメイトも帰りの準備をしていた。


「早く帰ろうよ、夏芽ちゃん。

 せっかくテストが終わったんだし、ファーストフードでも行こう」

「うん、そだねー」

 真冬に促され、夏芽も友人たちと教室を後にする。



 テストが午前中に終わったので、四人は某ファーストフード店でハンバーガーやらフライドポテトやらを摘みながら駄弁っていた。

 話題も尽きてそれぞれがスマホに向かい出し、頃合いを見て解散の流れになろうとしていた時だった。


「真冬ー、またストラップ増えた?」

「え? あ、うん」

 唐突に夏芽に話しかけられ、真冬は反射的に頷いた。

 彼女の言うとおり、真冬のスマホのストラップはじゃらじゃらしていた。

 ただ、そのすべてが女子高生らしい可愛い系とかではなく、お守りや動物の牙、文様の刻まれた石といった物ばかりだった。


「これ、魔術師さんの動画見て作れそうなの作ってみたの。

 無いよりマシ? みたいだけど、一応効果あるみたいだし」

「真冬ー、そう言うの私の前に見せないでくれよ」

 夏芽は眉を顰めてそうぼやいた。

 ごめん、とバツが悪そうに真冬は眼を逸らした。


「あれ、夏芽ちゃんって今時そういうの信じない性質なの?」

「違う違う」

 春美が不思議そうに呟くと、千秋は笑いながら否定した。


「夏芽ってさ、高校入る前は──」

「ちょ、待って千秋!! それはもう言わない約束だろ!!」

「いやだ、言っちゃう!! 

 っぷぷ、だって夏芽って昔は古の魔女の血筋だとか魂を継承しているとか、すごく香ばしかったんだから!!」

「やめろー!!」

 可笑しそうに幼馴染の黒歴史を暴露する千秋。

 夏芽はテーブルに顔を埋めて髪の毛を掻き毟っていた。


「あぁ」

 まあお年頃だったんだね、と察した春美は傷口に塩を塗ることはしなかった。


「ほら、夏芽ちゃん、髪の毛ぐしゃぐしゃだよ」

 見てられなかった真冬が櫛を取り出し、沈黙した夏芽の髪を整え始めた。


「とにかく、そう言うのとはとっくに卒業したの!!」

「これ、中学時代の夏芽のキメ顔」

「ぎゃー!?」

 千秋のスマホの画像フォルダには、フッとした感じに笑った夏芽のキメ顔が映っていた。


「ちあきのきちく……」

 再び撃沈してしまった夏芽だった。


「ふーん、でも意外。夏芽ちゃんはこういうのとは無縁だと思ってたのに」

「夏芽ちゃん、昔から魔法少女モノのアニメとか大好きだったよね。

 私も一緒によく見てたんだけど、まさか拗らせちゃうとは……」

「ふふ、そうなんだ」

 苦笑する真冬につられ、春美も笑みをこぼした。



「なんなら、あの人に弟子にしてもらったら?」


 そしてその春美の言葉に、三人はギョッとした。


「え、魔女さんって弟子とか取ってるの?」

 思わず、と言った風に夏芽が尋ねた。


「うん、私、あの人の弟子一号」

 にこりと、春美は笑みを浮かべたままそう答えた。


「マジで……じゃあ春美ちゃんも何か魔法使えるの?」

「ううん、まだまだ、全然。ちょっとした道具を作れるくらいだよ」

「そうなんだ、びっくりした」

 千秋も真冬も目を真ん丸にして春美を見ていた。


「じゃ、じゃあ……」

 ごくりと唾を呑んで、夏芽が問う。


「惚れ薬とか、作れるの?」


 四人の間に、沈黙が落ちた。


「ほ、惚れ薬って、使う相手いないじゃない!!」

「う、うるさいやい!! 別に良いじゃないか、ロマンがあって!!」

 千秋にからかわれ、顔を真っ赤にして夏芽は椅子から立ち上がった。


「……惚れ薬があるかどうかわからないけど、不妊に悩む女性に処方する薬の作り方とか、切り傷に効く傷薬とか、その、び……く……とか」

 春美は言葉の最後のあたりがもにょもにょとしながらそんなことを口にした。


「へ、へぇ~」

「ふ、ふーん」

「そ、そうなんだ」

 結局、四人揃って初心な女子高生たちは顔を赤らめて黙り込んでしまった。




 §§§



「ただいま」

 夏芽はファーストフード店から解散した後、そのまま幼馴染たちとまっすぐ自宅へ戻った。

 そして返ってくるはずのないと分かっていながらもそう呟いた。


 玄関から台所に向かうと、テーブルの上にはいつものようにメモが置いてあった。

 夕食は冷蔵庫にある、と言った内容を一瞥し、手洗いうがいをして夏芽は自室へと戻った。


 ばたん、と他に誰も居ない家に自室の扉が閉まる音がした。

 学生鞄を抛り出し、ベッドに倒れ込む。


 ごろり、と仰向けになり、ふと、押入れの扉が目に入った。

 もそもそとベッドから起き上がると、夏芽は押入れの扉を開けた。

 そこには『封印』と書かれたガムテープに封された段ボール箱がうっすらと埃を被っていた。


「あとで捨てとこう」

 その中には、夏芽の黒歴史が封じられていた。

 とはいえ、段ボールのまま地域のごみ収集に出すわけにもいかない。

 だが、その中身を取り出してゴミ袋に放り込む作業さえ、億劫だった。


 夏芽が黒歴史から、中二病から卒業したのは、ある出来事が原因だった。

 それから、夏芽は夢から冷めた。



 夏芽の両親は共働きだ。

 忙しい仕事で、家に帰ってくる日も少ない。

 夕飯が作り置きされている日がマシなくらいだった。


 だからもっと彼女が幼い頃は、二人の幼馴染の家にお邪魔することも多かった。

 二人の両親は彼女の家庭環境をよく知っていたので、彼女が遊びに来るのを快く受け入れていた。

 だが、小学生になった頃には千秋の祖母の介護が必要になり、その邪魔をしない為にもっぱら真冬の家に夏芽は入り浸るようになった。


 真冬は昔からアニメが大好きで、その影響で夏芽も一緒によく見ていた。

 お気に入りのアニメは、魔法少女モノ。正義の魔法少女が、悪を倒し弱きを助ける王道の展開だった。


 この頃には既に世間には魔法使いやら超能力者が現れ始め、その黎明期に値した。

 アレイスター・クロウリーの転生者を自称する複数の人物がアメリカの番組で対決した結果全員偽物と判明したり、サイコキネシスに覚醒したヨーロッパ人が一躍有名人になったりしていた。


 この当時の魔法少女モノは、魔法の力に覚醒した少女たちが物理で悪役を殴ったりするのも多かったが、これらのトレンドを取り入れ、魔女っ娘に原点回帰した物も多く出始めた。

 童話のように優しい魔女のおばあさんが現れ、選ばれた少女たちに悪と戦う魔法の力を与えるのだ。


 夏芽は熱中したのを覚えている。

 毎週日曜日には欠かさず幾つものシリーズを見ていたし、中学生ぐらいになってからだんだん香ばしくもなった。

 自分で衣装を作ったり、魔法の杖やとんがり帽子も自作したりもした。

 魔法名を考えたりオリジナルの呪文を練習したり、とそんな夏芽を幼馴染二人は生暖かい視線を送って見守っていた。


 ──そんな彼女の青春が冷めるのは唐突だった。



「え、パパが倒れたってどういうこと?」

 それは、彼女の母親からの一本の電話だった。

 中学三年生の、冷たい冬の出来事だった。


 夏芽は母親からの一報を受け、急いで病院に向かうと、そこには変わり果てた父親の姿があった。

 身体に黒い手の刺青のようなものが浮かび上がり、それがまるで首を絞めるかのように彼女の父親を苦しめていた。


 呪詛だった。



 警察がやってきて、事件性があると断定され、やってきた捜査官が強い恨みを持つ者の呪殺の類だと漏らしているのを夏芽は聞いてしまった。


 犯人はすぐに判明したらしい。

 彼女の両親に強い恨みを持つ人物が、闇ルートで仕入れたホンモノの呪術の道具を使用し、その代償で自らも命を落とした状態で発見されたと言う。


 夏芽の母親は、彼女を何度も抱きしめて泣いて謝った。

 彼女の両親は弁護士だった。


 二人が弁護し無罪にした相手に恨みを持つ者の犯行だった。

 色々と複雑な年頃の夏芽には、まったく理解できない所業だった。


 なぜ自分の父親が呪い殺されようとしているのか、どうして自分の命を対価に使ってまでそんなことをするのか。

 夏芽が病院から帰ったその日に、自分の作った物をすべて段ボールに押し込んだ。

 大好きだったそれらが、呪われた道具に見えてしまったのだ。

 それでも、それでも今日の今日まで捨てることが出来なかったのは、未練だったのだろうか。



 父親の呪詛を払う為に、彼女の母親が幾人もの呪い師や祈祷師を呼んだらしいことを覚えている。

 その多くが、一目で手遅れだと断じたのも。


 そして、そんな連中を恨めしげに見ていた自分の記憶も。


 やがて、彼らはあの人に頼むしかないか、と言って誰かを紹介していた。

 疑心に満ち溢れていた夏芽は、彼らが詐欺師にしか見えなかった。

 どうせ、紹介した人物とやらは自分たちの弱り目に付け込んでお金を絞り取ろうとする気だろうと。

 事実、そう言う類の詐欺は近年被害総額数十億円規模になるまでになっていた。


 だが、彼女の母親は藁にもすがる思いで、紹介された人物に会ったらしい。

 思春期真っ只中で、嫌悪に満ちた対象に会うのも嫌だった夏芽は、結局その相手には会わなかった。


 だが後日、あんなに苦しそうに衰弱していた父親は弱弱しげながらも元気そうな姿を見せた。

 夏芽は肩透かしを食らったような気分で、怒りと憎しみのやり場を失ったのを覚えている。


 結局、夏芽の中に残ったのは青春の己の黒歴史や魔法に対する忌避感だけだった。




「あ、飲み物切れた」

 夜の七時、冷蔵庫の作り置きを温めて食べた夏芽は、ジュースを飲もうとしてそれらを切らしているのに気付いた。


「買ってくるか」

 少々面倒ながらも、彼女は近くのコンビニに買いに行くことにした。


 自宅に鍵を掛け、夏芽は通学路の途中にあるコンビニに向かった。

 まだ寒さの残る五月上旬の夜風に当たりながら、最寄りのコンビニにたどり着く。


「あ」

「あら、こんばんわ」

 コンビニの自動ドアが開くと、忘れられない人物がレジで精算をしていた。

 とても同級生とは思えない、黒衣の魔女が微笑んでいた。


「こ、こんばんわ」

 この人がコンビニに何の用があるのかと、何を買っているのかを挨拶をする間際に盗み見た。


 ゲーム課金用のプリペイドカードだった。


「画面の確認ボタンをお願いします。

 はい、合計で二万円になります」

 しかも一番高いやつだった。


 ええぇ、と何とも言えない感情に襲われながら、夏芽はコンビニ入り口に立ち尽くす羽目になった。



「星が言っている、今こそ引けと」

 買ったその場でポイントカードの番号をスマホに打ち込み、望遠鏡で夜空を見ながら有名ソーシャルゲームのガチャ画面で待機する魔女の姿が自宅付近のコンビニで目撃できるとは、夏芽は思いもよらなかった。


「あ、あ、ああ!! あぁ……」

 そして彼女のガチャの結果はあまり振るわないようだった。


「よし、もう一度……」

「いやいや、その辺で止めときましょう」

 もう一度一番高いプリペイドカードを手にしようとする魔女の姿を見て、流石の夏芽も見ていられなくなった。


「そう、そうね、この辺りが止め時よね。

 ……次のピックアップの時までにラビットフットを大量に作っておきましょうか」

 これはだめかもわからんな、と夏芽は目の前のソシャゲ中毒の魔女を見て思うのだった。



 不思議な気分だった。

 この超常的な雰囲気を持つ人間が、ガチャで爆死して落ち込んでいる姿を見るだなんて。


「あの……」

「何かしら?」

 ガチャで被ったキャラを処理しているらしく、スマホの画面をぽちぽちしている魔女に夏芽は話しかけた。


「魔法使いも、ソシャゲするんだなって。ちょっと不思議で」

 つい、自分の本音を言ってしまっていた。割と失礼だった。


「私は自分が特別だと思ったことはないわ」

 絶え間なくゲームキャラの音声が流れるスマホに顔を向けたまま、彼女はそう言った。


「魔法を使える人が特別じゃなかったら、それができない人はみじめじゃないですか」

「価値観の相違ね」

 仮にも普遍的な人間である自分からの逸脱を望んだ身であった夏芽がそんな不満を漏らすと、魔女は一言でそれをバッサリと切り捨てた。


「ねぇ、あなたは誰かを呪い殺したいと思った時、どうする?」

「え?」

 どくん、と夏芽の心臓が脈打った。


「そんなの、やっぱり、呪いのアイテムを見つけてくる、とか?」

「ふふふッ」

 笑われた。夏芽の内心が羞恥や理不尽に対する怒りで染まった。


「これを見て」

 魔女がスマホのゲームを中断し、とあるニュースの記事を見せた。


「ああ、これって少し前に騒がれてた」

 そのニュースの内容は、夏芽にも見覚えがあった。

 何年か前、猟奇的な殺人を犯した犯人の家族が、ネットや社会のバッシングを受けて自殺したと言う事件だった。


「これって、科学技術の呪詛と言えなくないかしら?」

 魔術に精通し、それを行使する魔女は皮肉げに笑ってそう言った。


「それは……」

「この時代は科学万能の時代なんて言われていて、誰もが科学技術を信奉しているけど、私に言わせればお笑いだわ。

 このスマホだって、昔の私がマジックアイテムだと言われて渡されたら信じていたわ。

 この道具の仕組みを説明できる人間なんてこの世にどれだけいるの? 

 これと、魔法の何が違うのよ」

 その言葉には、そこはかとなく怒気が混じっているように夏芽は思えた。


「昔、私は師に魔導の本質は何かと問われたわ。

 師は言った、魔導の本質は“恐怖”である、と。

 信仰、と言い換えても良いわね。要するに、何をしているか、何をなんだかわからないことよ。

 そうすることで、私たちは地位を保てるのだから、そうしろと言う教えね。

 時代が変わっても、それは変わらないわね。

 魔女は携帯会社に代わり、その恩恵を与える代わりに地位を約束される。

 私には彼らが理不尽な裁判に掛けられ、火あぶりにされない理由が分からない」

「科学だろうと、魔法だろうと、本質は変わらないってことですか?」

「そうね、さしずめ、携帯料金は代償と言うべきかしら」

 上手いこと言ったつもりなのか、くすくすと魔女は笑っていた。


「……ガチャの文化を作った連中も火あぶりされないかしら」

 魔女は笑っていた。目は笑っていなかったが。


「……」

 夏芽は何かを言おうとして、結局喉元で止まってしまった。

 自分が何を言いたかったのか、そうなった時にはもう忘れてしまっていた。

 そして結局、ソシャゲ魔女はポイントカードを買いにコンビニの中に戻ってしまった。


「あれ、夏芽ちゃんじゃない。お買いもの?」

「あ、ママ? もうお仕事終わったの」

 その様子に何とも言えない気分になっていると、仕事帰りらしい夏芽の母親が偶然通りかかって彼女を発見した。


「うん、今抱えた案件が早く片が付きそうなの。

 ……あッ、その節はどうも」

 すると、夏芽の母親はコンビニから出てきた魔女に会釈をした。

 彼女も小さくお辞儀をすると、夜道の中へと去って行った。


「え、ママってあの人と知り合いなの?」

「知り合いも何も、パパを治してくれたのあの人なのよ」

「ええ!?」

 夏芽は思わず、彼女が消えた夜道を見やる。


 夏芽は、世の中は案外狭いと感じつつも、彼女に支払われたと思われる報酬がソシャゲに消えなかっただろうな、と祈るしかなかった。







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[一言] ソシャゲ中毒の魔女さん可愛い。
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