第九話:装甲陰陽師の誕生です
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辺りが暗くなる。
秋帆は自分の家に戻り、トウジローが彼女の部屋で護衛をする形となった。
ベランダから何時現れるか分からない車輪妖怪を待つ。
「あー、不安になってきたっす! 今すぐ家から出たい気分っす!」
「外に居たら余計に狙われるでありますよ! それに、あの二人を信じるであります」
「一回負けたところからリベンジするのは特撮のお約束っすけど!」
外にいる春輔と冬月を見やる。
トウジローも祈るように目を閉じた。
そして。時は来た。
周囲の空気が一変する。ひりつくような熱い熱気が、街に吹いた──
「春輔様! 来たであります!」
大声でトウジローが叫んだ。
春輔は左胸に手を当て、身構えた。
「冬月、頼んだぞ!」
「りょーかいっ!」
彼女の身体が春輔に入り込み、冷気が満ち満ちた。
心臓が音を立てて凍り付き、全身を血の代わりに氷の妖力が流れる。
白い煙が全身を覆い、吹き飛ぶと──そこには、白銀の鎧に身を包んだ陰陽師の姿があった。
そして。
「コ、コカカカカ、腹が減ったぞう!!」
「コ、カキ、昨日の借りはしっかり返すぜ……!」
爆音を立てて炎の車輪が二つ、目の前に降り立つ。
一度仕留め損なった獲物を仕留めるために。
そして、一日越しの飢えを満たすために。
両者の瞳は激しく血走っていた。
「性懲りもなく、また邪魔をするか陰陽師。コ、カキ、今度こそバラバラにしてやるぜ」
「なら邪魔をさせてもらうぞ、人喰い妖怪。お前達の相手は俺達だ」
「あんた達食い方がきったないんだよね……躾がなってないのは妖怪の面汚しだからさ、消えてもらえないかなっ!」
「コカカカ、言ってろ! 俺たちは何時の時代も好き勝手やるだけだ!」
車輪が爆走した。
炎を纏ったそれが2体がかりで春輔を取り囲む。
昨日のように挟まれれば、大ダメージを受けることは免れない。
「あああ、やっぱり2対1なんて無理っすよ!」
「春輔様を、冬月様を信じるであります! 知恵と力が合わされば……!」
2体の車輪は春輔を取り囲み、ぐるぐると周回しつつじりじりと近寄ってくる。
高速で回転する二体を春輔は捉えることが出来ない。
──捉えられないなら──こうだ!
春輔は地面を蹴り飛ばす。
大きく飛び上がった彼を見上げ、車輪妖怪は嗤う。
──コカカ、馬鹿が! 着地を狙って擂り潰してくれるわッ! ……ん?
滞空した春輔の御札が右手に握られる。
そして。
「射貫け、攻弓符──」
攻弓符に氷の妖力が一気に流れる。
地面目掛けて飛んだ札が何十本もの氷の弓矢となって車輪妖怪に降り注いだ。
「コカァッ!?」
「慌てるな、避ければ良いだけだ! あんな弾幕当たらねえよ!」
音を立ててドリフトをする二体。
次々に地面目掛けて降りかかる弓矢を避けていく。
全ての弓矢が地面へ突き刺さった。
今にも着地しようとする春輔に二体は突貫しようとしたが──周囲から奇妙な音が聞こえてくる。
「──”氷雨”ッ!!」
地面が一瞬で凍り付いた。
着弾した弓矢から氷が広がっていき、アスファルトの地面を凍らせていき、次々に氷柱を生やしていく。
突っ込んだ二体の身体は、無数の氷柱に阻まれることになった。
「猪口才な……コカカ、こんな小細工でェッ!! あいつ、何処に行きやがった!」
「兄貴、どうする……閉じ込められて全然周りが見えねえよ、コカ、キ」
「慌てるんじゃねえ、あいつだって近づいたら俺らに擂り潰されるのは目に見えてんだ! こんな氷柱、強引に壊してやらぁ!!」
勢いよく音を立てて車輪が回転する音が氷柱の向こうから聞こえてくるのを春輔は確かめた。
強引に氷を破壊して突っ込んでくる。
──やはり地面を凍らせてもスリップはしない。だけど──!
御札を何枚も取り出し、読み上げた。
「涌け、呼蟲符──」
氷が砕け散り、二体が飛び掛かったその時だった。
彼らは宙に大量の札がばら撒かれたことに気付く。
「──”正雪蜻蛉”ッ!」
御札は、無数の白い蜻蛉となった。
そして、氷の塊が突っ込んできた車輪妖怪達に降り注ぐ。
何匹もの白い蜻蛉が二体の周囲を飛び回り、氷の塊を投下しているのだ。
「やったやった! 効いてるよ!」
「練習したとおりだ。いつもの俺は、火の妖力を札に通して使うけど、鎧を纏っている時はそれが出来ない。だから、前に使った攻弓符は弱かった」
「だから、氷の妖力を鎧から札に通す練習をする必要があったってことだね!」
生身の身体で妖力を扱うのと、鎧の状態で妖力を扱うのはやはり勝手が違う。
数時間の練習の末、ようやくこれをモノにした春輔は、様々な札で冷気を操っていた。
結果、今までには無い多彩なバリエーションの戦術をモノにしたのである。
「コカカァーッ!! 畜生ッ、鬱陶しいんだよ!」
「まだまだいっぱいある。腹が減ってるなら、たらふく氷を食ってもらうぞ!」
「兄貴ィ!! さ、さみぃよッ!!」
「負けるんじゃねえ! このくらいならーッ!」
轟!! と炎が燃え上がる。
二体の熱が、蜻蛉たちを次々に溶かしてしまう。
それどころか凍った地面も溶けてしまった。
「マジかよッ──!」
「あれだけ居たのが皆溶かされちゃった!?」
「小細工はやめだ、ブッ潰れろォーッ!」
幾つも張り巡らされた罠も大火力の前に強行突破されてしまう。
炎を纏った車輪が鎧を削り取るべく、回転し続ける。
摩擦と熱で、鎧がガリガリと削られていく。
「あああ、また昨日のアレっす! もうダメっす!」
秋帆が頭を抱えた。
昨日、鎧を溶かした二体同時の回転攻撃が春輔を抉る。
「コカカカ、最後の最後で詰めが甘いんだよッ、臆病者がァ!」
「妖怪と人間が一緒になって戦えるわけがねぇだろうがァ!」
「-ッ!!」
秋帆は目を覆った。もう見ていられなかった。
鎧に罅が入り、砕けていく。
冷気が溢れだし、砕け散った──
──妖怪と人間が一緒になって戦えるわけがない? 確かに、俺だってそう思ってた──
「っ……!? 何だ? この手ごたえの無さは──鎧は確かにブチ砕いたはず──」
まだ、心臓は凍ったままだ。
怖くない。春輔は、まだ立てる。戦える。
──それでも冬月は……臆病者の俺を信じて、俺の作戦に乗ってくれたんだ。俺が、途中で諦めてどうするんだーッ!
全身に妖力が駆け巡る。
「これってまさか──っ!」
冬月の驚くような声が聞こえた。
白い煙が再び辺りを覆った。
そして、一際大きな爆風と共に、目くらましの霧は消え去る。
鎧の中から、鬼神の如き装甲陰陽師が月影に照らされて立っていた。
純白に煌く硬く、軽い装甲が胸と腕を覆う。
鬼のように伸びた二本の角が額からは生えており、氷の面が顔を隠す。
白い毛皮のような付け襟が首を守るように生えていた。
氷の鎧は、完全に妖怪の装甲として具現化し、春輔の身体にまとわれていた。
「……冬月。これは──」
氷に映る自分の姿。
あれだけ恐れていたはずの妖怪の如き姿。
しかし、鬼の面からは何処か自らの顔の面影を感じさせる。
「うんっ。間違いない。これが、おばあちゃんの見せてくれた、鎧の真の姿だっ!」
「俺が、冬月を拒絶しなかったからか?」
「装甲化の術の話が本当なら、そうなるのかなっ。嬉しいっ」
「おい、まだ油断出来ない。気を抜くなよ、冬月!」
「あいあいさっ!」
春輔は地面を蹴った。
飛び掛かってくる彼を、車輪妖怪は迎え撃つべく再び車輪を回転させる。
「どうなってんだァ!? どうして鎧を砕いたのに、新しいのが出てるんだァ!」
「兄貴……コカカ、こいつ、さっきよりも妖力が上がってやがるぞ!」
「知るかボゲッ! さっさと轢いてミンチにしてやらァ!」
突っ込んでくるのはもう春輔からは見えている。目の前に大量の札をばら撒いた。
「攻弓符”千本針”ッ!」
まるで銃弾のように、無数の弓矢が次々に札から放たれて輪入道と片輪車の身体を射る。
その体は次第に凍っていき、炎も勢いが減っていく。
「ぐおおっ!!」
「い、いてぇ、いてぇよ兄貴ィーッ!!」
先程よりも、術の威力が格段に増している。
息も絶え絶えと言った様子で二体は春輔を睨む。
しかし、既にそこに彼の姿は無かった。
「何処に行った、あいつ──食ってやるぅ、食ってやるぞォーッ!! ミンチにして、轢き殺してやらァーッ!!」
「兄貴ッ! 上だーッ!」
見上げた時には既に遅し。
天高く空を舞い、満月の光に照らされて白く光る装甲。
この一撃に全てを込めるべく、全身の妖気を御札につぎ込む。
「これならきっと避けられないよねっ! 行くよ春輔君っ、全力全開だ!」
「ああ。これで決めてやる! 咲け、爆砕札──」
御札が極光に包まれた。
それが冷気を凝縮させた光の玉と化す。
立ち竦む二体に、それを投げつけて術の名を詠唱する。
月夜に、二人の声が木霊した──
「「──”氷華結壊”!!」」
玉が地面へ落とされ、氷の花が地面に大きく咲いた。
二体の妖怪の身体も飲み込んで包み込み、結晶と化す。
「ぐあぁーっ、身体が、凍えて──」
「あ、兄貴ィーッ……」
「おらぁああああーッッッ!!」
天高くから両足蹴りが氷華へ叩きこまれた。一気に罅が氷の花に入り、妖怪達は爆音、そして氷の華と共に砕け散る。
完全に身体を破壊された妖怪達は音を立てて粉々に崩れ去り、消滅した。
「やっ……たっ」
「やったよ、春輔君っ! あたし達勝ったよ!」
「か、勝ったっすよ! 何か必殺技っぽいので倒したっすーっ!」
「やったであります、春輔様ァ!」
秋帆が興奮しながらベランダから身を乗り出している。
トウジローも跳ねて喜んでいるのが見えた。
「これが、装甲化でありますか! 圧倒的でありますよ!」
「装甲……陰陽師……装甲陰陽師っす! マジかっけーっす!」
「いやー、これで一件落着……うん? 何かおかしいであります」
トウジローがくんくん、と鼻をひくつかせた。
そして、絶句した。
「まだ、いるであります……!」
「え?」
「まだ、あの車輪妖怪共の気配が──!」
「で、でも、凍って砕け散ったっすよね!? あれでまだ生きてるんすか!」
「いや、死んだのは確かに確認したであります。これは、怨念でありますよ!」
「怨念ン!?」
一方の春輔も、まだ車輪妖怪達の気配が辺りに漂っていることに気付いていた。
まだ終わっていない。
粉々に砕け散って尚、人喰い妖怪の執念は止まっていない。
「まだ終わってないの!? しつこすぎなんだけど!」
言うが早いか、地面から赤い煙が噴き出して空に昇っていく。
「阿阿阿阿阿阿阿阿ァァァァ……」
煙は実体を持ち、空に浮かぶ巨大な化け物として顕現した。
般若の巨大な仮面に、二つの車輪が付いた牛車の怪物が宙に浮いている。
更に、身体には火の弾を放つ砲台が幾つも取り付けられていた。
言わば、牛車の形をした空中戦艦と言う言葉で形容するのが相応しい。
秋帆はベランダから身を乗り出したまま絶叫した。
「な、何すかアレーっ!」
「外道怪……強力な妖怪の怨念が死んだ直後に具現化した、いわば”妖怪の悪霊”でありますよ! 最早、自我も生前の記憶もなく、無秩序に恨みのまま暴れ回るであります!」
「ひぃーんっ、わざわざご丁寧に巨大化なんかしなくていいっす! 巨大化は怪人の死亡フラグって言われてるのに、もう死んでるなら只々傍迷惑なだけっす!」
顕現した車輪妖怪の怨念・外道怪は、その無念を晴らすべく炎の弾を次々に吐き出す。
地面で炸裂した弾頭が火の粉をばら撒き、爆発と共に春輔の身体を吹き飛ばす。
「ぐあっああ!」
地面に叩きつけられ、転がされた。
辛うじて起き上がり、第二射、第三射をすれすれで回避する。
「まさか外道怪になるなんて! こいつらどんだけしぶといんだよ!」
「もう、熱い熱い! 余計に強くなってるじゃん、あいつ!」
「くっそォ……どうしろってんだよッ」
「鬼娑阿阿阿阿阿阿ーッッッ!!」
言葉にならぬ叫び声を上げて外道怪は春輔目掛けて外道怪は炎の弾を次々に吐き出した。
それを避けるだけで最早精一杯だ。
空から次々に弾が狙ってくる上に攻撃も届かない。
「春輔様ーッ!!」
声がした。
トウジローだ。
巨大な羽根蛇の姿となった彼が、間一髪弾幕攻撃の合間を縫って飛んできたのだ。
それに跨り、春輔は何とか空へ脱出した。
「トウジロー、助かった!」
「デカいヤツにはデカいヤツをぶつけるのがお決まりでありますよ!」
「でも外道怪ってどうやって倒すの!? あたしあんなの相手にしたことない!」
「我に任せるでありますよォ! 我々上級式神は、悪霊を祓う力が陰陽師よりも強いであります!」
巨大な牛車の怪物は火の弾を次々に宙に向かって放つ。
それをトウジローは宙返りしながら舞うようにして避けていく。
「春輔様、ご支援を!」
「ああ、頼んだぞトウジロー! 騰蛇符”刃の舞”!」
春輔が御札の一枚を掲げる。
それが彼の身体に重なると、トウジローの翼が大きく広がり、刃のように鋭くなった。
暴れ狂う外道怪は身体をくねらせながら、巨大な大顎でトウジローを噛み砕こうとする──
「あ、危ないよーッ!」
「攻弓符、”氷雨”-ッ!」
再び無数の弓矢が具現化して外道怪の身体に突き刺さり、凍らせていく。
流石に妖力が大きすぎるのか、完全に凍り付きはしない。
しかし、動きは一瞬だけ鈍り、火の弾が止まった──
「悪霊退散でありまぁぁぁーっす!!」
すれ違いざまに、翼が外道怪の巨体を両断。
そのまま真っ二つになった怪物は断末魔の叫びと共に凍った地面へ墜落し──今度こそ爆発四散したのだった。
「や、やったっすー! 今度こそぶっ倒したっすーっ!」
秋帆が歓喜の声を上げる。
あちこちから消防車のサイレンが聞こえてきたが──その元凶たる怪物は、一先ず此処で仕留められたのだった。
妖怪記録・外道怪(車輪妖怪)
強力な怨念を持った車輪妖怪の兄弟が、死んだ直後に悪霊として顕現した姿。無数の砲台を構え、口からも火炎弾を放つ牛車型の飛行戦艦。空を飛ぶので、攻撃が非常に当たりにくく、強力な妖力を持つので非常にタフ。
この形態では陰陽師よりも、式神の攻撃の方が通りやすい。