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第八話:鎧にはまだ秘密があるようです

「地味?」

「いやー、正直最初に見た時は興奮したんっすけど……何か、こう……改めて見ると地味、なんすよね……」


 冬月の鎧は、あくまでも全身を覆っているだけの簡素なものだ。

 武器も無いし、頭はヘルメットのように分厚い氷が覆っているだけ。

 特撮オタクの彼女からすれば、物足りないと思われても仕方ないかもしれない。


「でも正直、見た目なんてどうでも良いような気がするんだけど」

「いーや、これだけは譲れねえっす! ヒーローはやっぱ見てくれに拘ってこそっす! 一見カッコ悪くても動くとカッコイイくらいが丁度良いっす!」

「冬月、こんな事言われてるけど」

「うーん……実は、あながち間違ってはいないんだよね」


 冬月の視界は変身中、完全に春輔と共有されている。

 手鏡に映った鎧の顔を見ながら彼女は唸った。


「昔一度だけ、あたしのおばあちゃんが鎧を身に纏って見せたことがある。昔、戦えなくなった時、近くの人間に憑依して使ったって言ってたんだ。あたしのは上っ面だけの真似だけど」

「成程、冬月の鎧はおばあさん譲りだったんだ」

「それで、おばあさんの鎧はどんなだったんすか?」

「少なくとも、あたしに見せたのはこんなんじゃなかったと思うんだよね。もっと、こう……鬼、みたいでカッコよかったような」

「鬼ィ!? ふざけんな、もっと妖怪に近付いてるじゃないか!」

「た、例えだよう!」

「ふむ。しかし鬼の鎧、でありますか……興味深いでありますな。式神の装甲化を思い出したでありますよ」

「式神の装甲化って何すか!?」


 興味深そうに秋帆が訊いた。

 トウジローはたじろぎながら答える。


「えーと、妖怪や陰陽師、式神の属性は生まれつき五行に従って木、火、土、金、水で分けられるであります。そのうち、水と木の陰陽師は式神を装甲のように身に纏う術を使うのであります。その際の姿は、まるで鬼……まさに妖怪のようであります」

「ゲームみたいっすね……穂村君は何属性なんっすか?」

「穂村家は代々火の術を使う。火の陰陽師は式神の力が強いから、別々に戦うのが基本だ」

「合体しないんすか?」

「式神の自我も強いから、人間と意識が溶けあわないのであります。装甲化の術は式神の自我が弱く、且つ人間が完全に制御下に置かないといけないであります」

「だからあまり、俺も穂村の人間も式神の装甲化は好きじゃないんだ。家が違えば考え方も違うって言うのかな……式神とは共に在る者、って考えなんだよ」


 火と土の陰陽師が扱う式神は基本的に生物的なものが多い。

 トウジローのように自我を持ち人の言葉を話す程に賢く、そして妖力が強い。その代わり陰陽師が完全に式神を支配出来ないため、火の陰陽師は式神を隷属するのではなく共闘する戦闘を得意とするのである。


「あれ? でもおかしくないっすか? 冬月さんと穂村君は、合体してるっすよ!?」

「春輔君とあたしは、心じゃなくてカラダで繋がってるからねっ」

「言い方ァ! この忌々しい簪の所為だよ!」

「ひっどいなー、簪は雪女にとっては命に等しいものなのに。言わば心臓の代わりなんだよ?」

「あー、ぶっ刺さってたっすね、そう言えば」


 装甲化が精神に大きく作用されるものならば、氷の鎧は冬月の簪が直接春輔の身体に入り込んでいる事が大きな要因だ。

 そもそも冬月は式神ではない。春輔と属性も違う以上、陰陽師の装甲化とは別物である。

 しかし、それでも冬月の鎧が完全ではないとするならば──


「もしかすると、装甲化の術に冬月の言う”鬼の鎧”のヒントは……装甲化にあるかもしれない」

「そうなの?」

「ああ。少し本を調べてみるよ」


 溶けるように鎧が消える。こんな風に変身解除するんすね、と秋帆は一々感心する。


「載ってればいいけど……あった!」


 家から持ってきた術式の教本を棚から引っ張り出す。

 その中には、他の属性の術について記述された項もあった。

 どうせ使わないのに、と思っていた装甲化についての記述もその中にあった。


「あった。えーと……式神の装甲化は、術者が式神を完全に制御し支配せねばならない。さもなくば式神の意識に自分の意識が引っ張られるからである……引っ張られると、式神に意識を乗っ取られることがある」

「あたしには関係ないかな。別に君の意識自体に干渉してないし」

「よくよく考えても恐ろしい術だな……式神と人間の意識を一時的に混ぜ合わせ、さらに主導権を握らなきゃいけないわけだし。水や木の式神も自我が無いわけじゃないからな……」

「完全に意識を持つ我々では使えないのではなく、”使ってはいけない”というのが正しいでありますな」

「そして、装甲化の術は術者の強い精神力が鍵となる。術者は式神に意識を乗っ取られてはいけないが、同時に式神を拒絶してはいけない。式神を受け入れ、完全に同化する必要がある……」


 春輔は思わず本を閉じてしまった。

 拒絶してはいけない、に春輔は思い当たる所が無いわけではなかった。

 冬月だ。

 ──拒絶──

 彼女に対して、春輔はまだ恐怖を抱いていた。

 姿を見るだけで、冷や汗が伝い、心臓が縮こまる。

 ──そりゃそうだ! 勝手に俺の心臓にあんなものを埋め込んで、挙句の果てにあいつは仮にも妖怪統なんだ。水の妖怪のボスだぞ。怖くない方がおかしいだろ!


「どしたの? 急に、本を閉じちゃったけど」


 彼女の顔を見やる。

 本当に心配そうな顔をしていた。

 嫌な鳴り方をする心臓を握り締めた。

 ──こうしていれば、普通の女の子なのに……。


「何でも、ない。俺の心の在り方の問題みたいだ。それより、車輪妖怪達の対策もしておきたい」

「そうでありますな。奴らは二人いるであります。あの連携は簡単には崩せないでありますよ」

「えと、蛇さんが戦えば良いんじゃないっすか?」

「駄目だ。最低でもトウジローを君の護衛として付けておかないと不味い。敵が二人いる以上、奴らの片方が君を狙う可能性がある」

「万が一があるでありますからな」


 万が一、2体が散らばった場合、即座に彼女を守れるようにしなければならない。

 そうなるとやはり鎧のステータスにモノを言わせて、基本は春輔が車輪妖怪たちを抑え込むしかないのである。


「でも、2対1はもっと不利でありますよ!」

「だからこそ、少し戦い方を変える必要がある」


 春輔はこめかみをトントンと叩いて見せた。

 今までは鎧のスペックだけでただ使える技を使っていただけだが、それだけで勝てる相手ではない。


「俺は水の妖術には詳しくないけど、妖気が具現化して冷気を起こすなら、少し試してみたいことがあるんだ。冬月、付き合って貰って良いか?」

「……おっけー! やる気じゃん!」

「ちょっと春輔様。大丈夫でありますか?」 

「奴らは暗くなったら出てくる。逆に言えば、暗くならなきゃ出てこれないんだ。だから、陽が落ちるまでには戻ってくるよ」

「でも──」

「大丈夫だ」


 心臓を握り締め、春輔は言ってみせる。


「少しの間、空けるよ」

「ばいばーいっ」


 二人が出ていく。

 それを見ながら、秋帆は一人ごちった。


「やっぱり、あの二人仲が良いんじゃないっすか?」

「さぁ、冬月様が一方的に春輔様を気に入っている所はあれど、所詮利用する者同士の関係でありましょう。ただ──春輔様も、今の冬月様に対する自分自身に何か思うところがあったのかもしれないであります」

「お人好しっすねー。心臓を人質にされて妖怪に住まわれるなんて、自分じゃ耐えられねえっす。あー、でもあんなカワイイ女の子だったら……いや、それでもキツいっす」



 ※※※



 術を試す為、春輔は裏山まで来ていた。

 陰陽師の身体には元々属性を持つ妖力が流れており、それに対応する術を陰陽師は行使出来る。

 しかし、冬月の鎧を纏うと、凍った心臓から血の代わりに氷の妖力が流れるので春輔は氷の技しか使えなくなることが分かった。


「妖力を集中させれば、拳でも肢にでも冷気を集められるのは分かった。吹雪は……妖力の効率が半端なく悪いな。鎧が溶けてしまう」

「相手は高速で動いてるんだよ? 徒手空拳だけじゃ厳しいよ? この間みたいに地面を凍らせることが出来るのも、あまり効果無かったし……」

「いや、そうでもないぞ」

「え?」

「冬月、試しておきたいことがあるんだ」


 春輔は持ってきた鞄から大量の術符の束を出す。


「これを使うのさ。術符はヒクイドリと戦った時、お前の鎧を纏った後も使えた」

「待ってよ。そんな玩具じゃあいつらに勝てるわけないじゃん」


 ヒクイドリと戦った時のことを思い出す。

 確かに、あの妖怪もかなり手強く、術符”だけ”ではろくなダメージが通らなかった。

 だがあの時の事を思い出す。そもそも冬月に憑りつかれたばかりで、切羽詰まっていた上に鎧の特性も殆ど理解出来ていなかった時の事だ。


「冬月。攻弓符が弱かったのは多分、その理由は俺がこの術符を”いつも通り”使おうとしたからだと思うんだ」

「いつも通り?」

「ああ。ヒクイドリが強かったのもあって、あの時の俺は単に術が通らなかっただけだと思ってたんだけど、多分それだけじゃない」


 春輔は攻弓符を握った。

 全身に迸る冷気が、札を握る右手に集中する──



 ※※※



「す、すごい──こんなことも出来るなんて」

「これで凡そ全部試し終わったか」


 全ての術符を試し終わった頃には、辺りは凍り付いていた。

 鎧が溶けると、氷に覆われた木々も地面も溶けて水たまりがあちこちに出来ていた。


「これなら、奴らに対抗できるよ春輔!」

「冬月も途中から色々組み合わせを考えてくれたからな。助かったよ」

「えへへっ。車輪妖怪なんてイチコロだね!」

「……」

「どしたの? 浮かない顔して」


 彼女の顔を見る。

 溶けた心臓はどくり、とまた嫌な動悸を鳴らし、春輔は目をそらした。

 今の自分では彼女に触れるどころか、目を合わせることもままならない。


「……俺は、正直まだお前の事が怖い」

「……」

「だけど、身体が怖がっていても……俺は、今はお前が味方だって思ってる。今だって、練習に付き合ってくれたしな」

「一心同体なんだから当然じゃん。君はあたしで、あたしは君なんだよ?」

「そうだな……だからこそ、俺もちょっとは自分からお前に歩み寄ってみようって思ったんだ」

「!」


 流石に逃げてばかりは情けないからな、と春輔は続けた。

 装甲化の術の記述を思い出す。

 自分が冬月から逃げて拒絶していたのは事実だ。それは、彼の良心を咎めていた。


「これから何時まで、お前と一緒になるか分からない。俺はお前の事を知っておきたい。それが、お前に対する恐怖を克服する第一歩だと思うんだ」

「……ふふっ。ちょっとはマシな顔になったんじゃないかな?」

「わぁっ!? いきなり近づくなよ! 心臓に悪いだろ!」

「良いよ。あたしのコト、色々教えてあげる。その代わり──」


 無邪気に、そして何処か艶っぽく彼女の笑みが夕焼けに映えた。


「──車輪妖怪を倒せたら、だけどね?」

「……やってやるさ」


 決意を込めた口調だが、悲壮さは感じられなかった。

 その顔を何処か愛おしそうに冬月は眺めていた。

 ──やっぱり、シュン君は……シュン君のままだ。ふふっ。

妖怪記録・車輪妖怪

輪入道と片輪車は、姿こそ違うが出自は同じ牛車型妖怪である。火の属性を持つ。人間も他の妖怪も、車輪に顔が付いた個体を輪入道、人型が従えている個体を片輪車と呼んでいるので彼らもそれを使っている。夜間に徘徊し、出会った人間の魂や体を捕食する。また、武器は自らの個性たる車輪であり、獲物を引きずり回してバラバラにする。

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