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第七話:助けた女の子は特撮オタクのようです

 輪入道と、片輪車を退けたものの取り逃してしまったことを春輔は悔いていた。

 全て自分の弱さが招いた事態だ。

 唇を噛み締めると血の味がした。結局、鎧を身に纏っても妖怪への恐怖が克服されたわけではなかったのである。


「春輔君……」

「春輔様の妖怪への恐怖は、我がお仕えした頃から今に至るまでずっとであります。どうしてこうなったのか、先天的なものか後天的なものかは分からないでありますが……」

「分かるわけない」


 布団の中で蹲りながら彼は言った。


「……俺だって、どうして妖怪がこんなに怖いのか……分からないんだから」


 相手が誰かは関係が無く、春輔は妖怪を見ると恐怖感を隠せなくなる。

 克服しようとしても克服出来ないこの弱点は、陰陽師として致命的であり、それこそ冬月の鎧の力を借りなければならない程だ。

 さもなくば、まともに戦うことすら出来ない事を改めて春輔は突き付けられた気分だった。

 自分が情けなくて仕方がない。


「幸い、今回は誰も死ななかったけど……飢えた車輪妖怪は、また出てくるはずだ。穂村の人間も呼べないし……」

「人食い妖怪は一度仕留め損なった獲物を、しつこく狙う。あの女の子、夜になったらまた狙われるよ」

「じゃあどうしろってんだよ! あんな奴ら、俺に倒すのは無理だ!」

「簡単に無理とか言わないでよ! もう一回、戦えばどうにかなるよ!」

「無理なモンは無理だ! だって現に、鎧の力でもあいつらに勝てなかったじゃないか!」

「そ、それは……」




 ピンポーン……。

 春輔と冬月の声が一際大きくなったその時、玄関が鳴る。

 トウジローが溜息を吐いた。


「……やれやれ、人喰い妖怪が喰い損なった人間を狙うのが分かってるなら、まずは彼女を探しに行くのが先決。でも、先に来てくれたようでありますよ」

「先に、来てくれた……どういう意味だ?」

「お二方。今やるべきは卑屈になることでも、口喧嘩でもないであります。陰陽師ならば、妖怪に困っている人、即ち依頼人を助けるのが先決でありましょう」

 

 ちろちろ、と彼は舌を出してみせる。

 春輔は言葉を失った。

 修行中の身だが、確かに陰陽師の本業はそれだ。

 自ら異変解決に乗り出すだけではなく、人から頼まれて妖怪を退治するのである。

 そして来訪客が誰なのか、人間の気配が嗅ぎ分けられるトウジローには見当が付いているようだった。


「一先ず冬月は引っ込んでくれ。今度こそ」

「ちぇー……」


 冬月が姿を消したのを確認すると、春輔は玄関をおずおずと開ける。

 そこに居たのは──



「ど、どもっす……」



 ──昨日、片輪車に襲われていた眼鏡の少女だった。



 ※※※



「改めて、うちの名前は宮野 秋帆って言うっす。昨日は助けてくれてマジ感謝っす」

「宮野……隣のクラスだったけか」

「はい。うちは、穂村君の事は知ってるっす。よく三馬鹿とつるんでいるし……陰陽師の家の子ってことは噂に聞いてるっす」

「……あー」


 我ながらろくな噂の立ち方がしていないな、と春輔は頭を抱えた。

 人間からも、そして妖怪からも、だ。


「俺は確かに陰陽師だ。どの道俺達は君に会う必要があったんだけど、そっちから来てくれるなんて。でも、どうしてここが分かったんだ?」

「それは我から説明するであります」

「ひぎゃぁ!? 蛇が喋ったっす!? ……あれ? この声、昨日のデカい蛇さんっすか?」

「その通りであります。我はトウジロー、春輔様の式神でありますよ」

「ほぇー……陰陽師も式神も居るんすねぇ……昨日は守ってくれてありがとうっす」

「さっさと逃げれば良かったでありますが、まあ結果オーライでありますよ」


 トウジロー曰く、最初巨大化した自分を見た時腰を抜かしていた秋帆だったが、何とか敵でないことは分かってくれたのだという。

 そして、春輔が二体の妖怪によって倒されたところを電柱の影から確かに目撃したのだという。トウジロー曰く、さっさと逃がそうとしたが変身した春輔の戦いに見入ってなかなか離れなかったらしい。

 その後、鎧が溶けて春輔の顔が現れた時、秋帆は目を見開いたという。


「ビビッと来たっす……まさか同級生に変身ヒーローがいるなんて!」

「あー……顔を見られてたのか……というか、特撮好きなの?」

「もう、めっちゃ好きっす! 陰陽師が変身して妖怪と戦うなんて、大大大好物っす! まるで仮面ドライバーみたいっす!」

「仮面ドライバーって、日曜の朝にやってるアレ?」

「そうっす!」

「あのー、脇道に逸れてるでありますよー?」

「ハッ、いけない。つい熱くなってしまったっす」


 どうやら特撮、もとい変身ヒーローへの熱意は人一倍強いらしい。

 春輔に関しては、子供の頃見たっきりでしばらく特撮は見ていない。

 ──やっぱり、好きな人は好きなんだなぁ、こういうのって。


「コホン。昨日、あの戦闘が終わった後に、そこの蛇さんが「明日、穂村春輔の家を訪ねろ」って言ってくれて、住所は今朝コンビニに居た三馬鹿に聞いたらあっさり教えてくれたっす。穂村君、三馬鹿とよくつるんでるから知ってると思ったらビンゴだったっす」

「あいつら……」


 取り合えずこっぴどく言っておく必要がありそうだ。

 例え知っていても友達の住所を簡単に言いふらすものではない、と。


「それで教えて欲しい事は山ほどあるっすけど……」

「陰陽師とか妖怪の事とか説明しないといけないしな。なあトウジロー、冬月の事が一番説明に困るんだけど」

「どうしろって言われても……」

「困るよねー?」

「……え?」


 鈴を転がすような少女の声。

 3人の視線が、そちらに向いた。

 春輔の心臓がキュッと縮こまり、秋帆は彼女を指差して叫ぶ。


「ちょ、ちょ、超絶美少女がいきなり出てきたっすーっ!?」

「引っ込んでろっていっただろ、冬月ぃーっ!」

「だってぇ、退屈なんだもん!」

「ほんっと人の話聞かないでありますなコイツ……」



 ※※※



「成程……それで穂村君は冬月さんに憑りつかれることで変身できるってわけっすね。正直、超・羨ましいっす。こんな女の子と一緒に住んでいる上に合体して変身まで」

「何かその言い方だとすっごい語弊があるから一つだけ言わせてくれ、俺は妖怪が怖いんだ!」

「情けない事をでかでかと言うのやめるでありますよ」

「あーくそ……女の子と一緒に住んでるのがバレた上に情けない事まで全部説明しないといけないなんて」

「その辺りは正直気の毒だと思うっす。だけど美少女と同棲するならそれぐらいのデメリットはあって然るべきっす」

「言い方ァ!」

「いやー、羨ましいっす。うち、女子っすけど正直……」


 ちらり、と秋帆は冬月の姿を見やる。

 スタイル抜群、童顔っぽさを残した顔、そして日本人とは思えないほど綺麗な青い瞳と灰色のポニーテールの髪。

 まるでアニメから抜け出してきたようだ、とオタク特有の分析をしてしまうほどだ。


「んー、何ー? 見惚れちゃったのかな?」

「ひんっ、顔が近いっす!」

「おい馬鹿、出会ってすぐの人をからかうのはやめろ冬月」

「だってこの女の子、君と同じでからかったら可愛い反応しそうだし」

「やめないか!」

「……うちには、眩しすぎるっす。それにしても、変身してたとはいえ、妖怪が怖いのに戦えてたのは凄いと思うっす」

「冬月の簪は、変身すると俺の心臓を凍らせる。だから妖怪への恐怖を一時的だけど誤魔化せる。じゃないと、俺は戦えないんだ。こんな臆病者の陰陽師が護衛だなんて、不安かもしれないけど」


 それで変身が解けた時、あんなに取り乱していたのか、と秋帆は昨日の一部始終を思い出す。

 

「確かにヘンテコっす。陰陽師のくせに、妖怪が怖いってギャグ漫画でしか聞いたことがないっす」

「……うっ、心に刺さる」

「でも正直なところ、うちからしたら戦えるだけで凄いと思うっす」

「……そうなのかな」

「だって、戦ってたのは穂村君じゃないっすか」

「そうなるね。あたしは力貸してるだけだし」

「うち、特撮とかよく見てたけど、だんだん同級生がヒーローなんか現実にはいないって言いだして、女子なのに特撮なんか見てるから親にも嫌な事言われたっす。自分の好きなものを馬鹿にされたのに、うちは戦えなかったっす」


 ぎゅう、と彼女はスカートを握り締める。

 悔しそうな表情を浮かべる彼女がどのように周囲から見られてきたかは想像に難くなかった。


「だから、あんまり自分を卑下しないでほしいっす。今うちが頼れるのは、陰陽師の君しかいないんすから。本当に臆病者なら、そもそも変身して駆けつけたりなんかできないと思うっす」

「宮野さん……」

「ね? 分かったでしょ、春輔」


 冬月が得意げな顔を浮かべる。

 

「君は確かにまだ弱い。だけど、恐怖に立ち向かい、誰かを助けようとする君の心は今も強いままだよ。だからあたしは、君に命を預けた」

「陰陽師が依頼人に不安な顔を見せるなんて言語道断であります。誰かを守るのに、次なんてないでありますから」

「冬月……トウジロー……」


 春輔は見失っていた。

 何故自分自身が陰陽師を続けていたのかを。

 確かに欠陥はある。妖怪に対する克服できない恐怖だ。

 しかし、それでも誰かを守りたい気持ちに嘘偽りはない。

 ──父さんは、妖怪から人間を守るために命を懸けて戦った。俺だって──出来るはずだ。


「宮野さん。俺に依頼してくれ」

「依頼?」

「ああ。陰陽師は、妖怪に困っている人の依頼を受けて助けるのが仕事だ。俺、もう一回やってみるよ」

「穂村君……!」

 

 決意を込めた眼差しを彼女に向ける。

 秋帆は頷くと言った。



「依頼──あの車輪の化け物を……退治してほしいっす」



 そして、と彼女は続けて言った。



「──今此処で昨日のに変身してみせてほしいっす!」

「ええっ!?」


 ぐいぐい、と秋帆は顔を近づけて迫ってくる。

 瞳は眼鏡越しでもはっきりと輝いており、期待に満ち満ちていた。


「待て待て待て、今ここでか?」

「お願いするっす! 一生のお願いっす! うち、生まれてこの方特撮に魂を捧げてきたっす! でも、所詮はフィクション、妄想の産物としか思ってなかったす!」

「いやまあ普通はそうだけども」

「でもでもっ、それを現実で見られるならもう妖怪に食われても良いっす! 最期にうちに変身を見せてほしいっす!」


 彼女は頭を下げて頼み込む。

 困った顔で冬月とトウジローの方を見た。

 

「変身してあげたら、いーんじゃないっ?」

「別に減るもんじゃないであります」

「……仕方ないなあ」


 左胸にある簪に手を当てると冷気が体中に迸る。

 そうして、彼の身体は氷の鎧に包まれた。

 さぞ大喜びだろう、と秋帆の反応を窺った春輔だったが、



「うーん、なんか地味っすね……」



 その反応は芳しくなかった。

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