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第六話:車輪妖怪はかなりの強敵のようです

 ※※※



「そんじゃお疲れ様でーす」

「お疲れーっす」


 宮野(みやの)秋帆(あきほ)はバイト帰り、何処かくたびれた顔を浮かべて夜道を歩いていた。殺人事件があっても金が欲しければ出勤はせねばならない。

 流石に誰も居ない通りを歩いているわけではないので、誰も襲ってきやしないだろうという希望的観測はあったが正直早く帰りたかった。

 眼鏡を掛け直しながら、彼女は物騒さを一人ごちる。


(いやー、殺人事件なんて起こるとは……学校で知らない人が死んでて課外は無くなったかと思ったら、マスコミはうるさいわ、かと思えばバイトは休みじゃないなんてとんでもねぇっす)


 暗がりの街には灯りが点いているものの、パトカーが巡回している。

 

「まあでもバイト代溜まったら仮面ドライバーのDVDまた買えるし、上々っすね!」


 ちらちらとバイトを休んでいる同級生の女子も多かったが、それでも彼女が通い詰める理由はそこにあった。

 秋帆は所謂特撮オタクであった。円盤やグッズ、フィギュアの出費は大分嵩むが、自分で買いたいもののお金は稼ぐくらいの気概は持っていた。

 それに、自分のような冴えない女子、誰も狙わないだろうと高を括っていたのである。



「よーう、そこの姉ちゃん」



 少女は足を止める。

 その先には──黒い革ジャンを着て金属バットを持った金髪の男達の姿。

 明らかにガラが悪い連中がいきなり話しかけてきたので、彼女は硬直してしまう。

 ──ひぃーッ、だからバイトなんか行きたくなかったのに、災難っす!


「ひんっ、うちに、な、何の用っすかね……!?」

「昨日の晩、うちの連れが殺されてな……いきなりどっかに行ったかと思ったら学校で見つかりやがった」

「ふぇっ!?」


 ──殺されっ……て、まさか──!?

 つまるところ彼らは殺害されて校舎に転がされていたらしいチンピラの仲間らしい。

 仲間が殺されたのもあってか、彼らは妙に気が立っている様子だった。


「だから俺らで怪しい奴らがいねぇかどうか探してるわけよ。お礼参りってやつさァ」

「は、はぁ、そっすか。でも、うちには関係な──」

「オウ、どっかに居なかったかァ? 怪しい奴はよォ」

「あ、ああ、怪しい奴……怪しい奴なんて、何処にも──」


 そこで彼女は言葉を詰まらせた。

 

「おい、どうした?」

「ろ……ッス」

「あ? 聞こえねェよ、どうしたって? ええ?」

「う……ろ、っす」

「だァら何だってんだよ、人を指差しやがって、すっぞオラ──」

「だから、後ろっすよォ!」


 少女が涙混じりで叫び、全員後ろを振り向く。

 


「コ、カ、キキ、なかなか上モノが……いる、じゃあないか──」




 男と女のものが入り混じった声に、歯車が軋む無機質な音が聞こえて来る。

 街灯に照らされてぼんやりと見える人影。チンピラたちは金属バットを持って向き直った。

 

「な、何だテメェ!!」

「兄貴! こいつだぜ! こいつ、めっちゃ怪しいぜ!」


 人影は男とも女ともつかないシルエットで、浴衣のような和装を着ていた。

 笠をかぶっているので目元が見えず、表情は伺い知れない。

 しかし、何処となく鉄が錆びたような匂いと気味の悪い雰囲気を纏っていた。


「お前らは……不味そうだな……コ、カコ、カ、昨日の人間みたいな……コカ、キ、ニオイ、がする」

「あァ!? 嘗めてんのかオラァ!!」


 バットを持った男達が殴りこむ。

 しかし、人影は──怯むことなく手を振るう。

 秋帆の目にも確かに燃える凶器が映り込んだ。車輪だ。

 燃え盛る車輪が、男達を薙ぎ払った。


「ぐええっあぁ!?」

「人間の男は……不味かった……殺す時に良い声、はしたが……キ、コカ、カ……どうせ、腹を満たすなら、旨い飯の方が、良い」


 だが、と人影は路上で怯えて腰が抜けている少女に目を向けた。

 その間にそそくさと身体や服に火が付いたチンピラたちは逃げていってしまう。


「──でも、女はもっと良い味がするという。悲鳴も……一際良いらしい、なァ」

「ひぃっ、来るなっす……! うちは、美味しくないっす……!」

「お前ら、獣をバラして、焼いて、喰うよなぁ……コ、カキ……キ、生だと、上手くねぇから……車輪で炙りながら……皮を、ズタズタに、骨を粉々に、砕くんだ……どうするか、分かるか……?」

「っ……あ、あああ……! な、何なんすか!」

「地面に付けて引きずり回すんだ……でも、死に顔が見てぇから、顔には傷を付けねえ。それに、鳴き声が……聞こえねェ」


 何処か甘美に酔うような様子だった。

 少女は助けを乞いながら、後ずさろうとする。

 しかし、脚が震えて動けない。


「街を一周くらい、する、と……コ、キ、キ、……やっと、静かに、なる。壁に、擦りつけて、やると、良い感じに肉も柔らかくなって、関節もぶらぶらで、解体、出来る、ように、なる」

「ひぃっ……!」

「建物から叩き落とすと、良い感じにバラバラに、なる……お前らが、鶏や豚に、する、ように、なぁ……コ、カキ……!」


 巨大な車輪が地面に足を付け、火を噴いた。

 

「お前は……コ、カ、キ……人間の、女は、焼かれながら引きずられる時、なんて、鳴くんだ?」


 音を立てて、車輪が回り出す。

 少女の首目掛けて手を伸ばしたかと思えば、既に細い首へ指先が届こうとしていた──

 ──ちくしょう、ヒーローなんてやっぱり、テレビの中の存在っす!!

 現実にヒーローなんてものはいない。誰も助けに来てはくれない。

 そう、思っていた──



 ──遅れて、何かが壊れる音が響いた。



「やっと見つけたぞ……車輪妖怪」



 蒸しかえった熱帯夜に吹き込む一陣の涼しい風。

 少女の目の前には、氷の鎧を身に纏った男が立っていた。 


「早く逃げろ! 走るんだ!」

「あ、ああ──はいっす!」


 彼女は取り乱しながら通路を曲がって逃げ去る──フリをして、電柱からその姿を覗く。

 ──あれってまさに……怪人に、立ち向かう……ヒーローっすか!?


「ちょっと、早く逃げるでありますよ!」

「ふぇっ!?」


 彼女は振り向く。

 眼鏡がずり落ちそうになった。

 そこには──羽根の生えた赤い蛇が蜷局を巻いていた。



 ※※※



「コ、カキ……どうやって、俺を見つけたァ……!」

「妖怪の気配を追うのは難しい。だけど、夜間に外を出ている人間の気配なら、俺の式神が簡単に追うことが出来る」

「今回のMVPはジロちゃんだったねっ」

「あの女の子はトウジローが護衛している。お前の相手は俺達だ」


 妖怪は人型こそしていたが、炎に包まれた片側だけの車輪を掲げていた。

 蛇のように細い眼で氷の鎧を纏った春輔を睨み付けた。

 獲物の品定めをするように。


「お、前が……コ、カキ、噂の陰陽師か……不味そう、だな」

「噂になってんのかよ……!」


 つーか喰われるとか御免だ、と身震いしながら彼は身構えた。

 心臓が凍っていても趣味の悪いものには嫌悪感を感じざるを得なかった。


「ねえ、春輔。間違いないよ。こいつから人の血の匂いがする! こいつが人喰い妖怪だっ!」

「仕留め損なった雪女と一緒か……、コ……カキ、雪女って旨い、のか?」

「さあ? 食べられるもんなら食べてみたら?」

「おい煽るんじゃない!」

「……コ、カキ……お前は、俺を燃やす……燃料に、なれェッ!!」


 炎に包まれた片輪車の車輪がカラカラと軽い木の音と共に回り出す。

 そして、炎全体が牛車のように走り出して突貫した。

 それを両手で春輔は受け止める。


「コッカァ、馬力は、あるよう、だなァッ!」

「っあぶなっ……!」

「何なのもう、牛車っていうか牛って感じ!」


 距離を開ける為、春輔は回し蹴りを見舞う。しかし、手応えがあまりない。

 浅い。力を受け流されているのだ。


「ケ、コ、カ、キキ、轢いてやる……お前もバラバラにして、焼いて、やるぞうッ!! モツを、口から、ぶち撒けろォッ!!」


 車も通らない道路の上で、春輔を取り囲むように片輪車は爆走する。

このままぐるぐると周囲を回転されれば、何処から攻撃が来るか分からないし、あまりの速度に目に追えない。

 ──そもそも、殴れなきゃ相手を凍らせることも出来ないし……だけど!


「冬月、触れた場所から一気に凍らせることが出来るんだよな!?」

「うんっ、何思いついたのか分かんないけど、やっちゃって!」


 拳を握り締めて、冷気を極限まで溜めて道路を殴る。

 アスファルトは、スケートリンクと化した。

 無秩序に伸びる氷の柱が悪路となって片輪車の態勢を崩した。


「コキィッ……!?」

「これで、終わりだッ!!」


 失速した敵に向かって地面を蹴り、飛び掛かる。ヒクイドリを一瞬で凍らせた拳を振り上げる──




「ぐっはぁ!?」


 しかし。

 後少しで拳が届こうという時、背中から肺が押し潰されるような衝撃を受け、全身から力が抜け、そして強張った。

 熱と摩擦で、何かが氷の鎧を削り取ろうとしている。

 振り返ると後ろに、もう一輪。炎を纏った車輪が回転していた。


「コカカカカカ、兄弟ィ!! 助けにきたぞう!!」

「コ、カキ……兄貴ィ、来るのが遅い……だが、今ならこいつを轢き潰せる!」

「ぐあぁっ!?」


 胸にも車輪が宛がわれ、電気鋸のように回転し始める。

 胴と背中、両方から車輪が春輔を磨り潰そうとする。

 

「痛-ッ!? 嘘でしょ、何でこんなに削られるのっ!?」

「……え、抉られるっ……腹が、背骨が、抉り取られ──がっはぁッ!?」


 バチンッ、と弾ける音と共に春輔の身体は宙を舞って氷の地面へ叩きつけられた。

 胸の動悸が酷い。

 汗が噴き出してくる。

 胸を触ると、鎧が車輪で削られた痕が残っていた。

 顔を上げると、二体の車輪妖怪が機織り機が軋むような声で笑っていた。


「デカい、顔の妖怪……!」


 新たに現れたのは、車輪に巨大な鬼の顔面が付いた妖怪だった。

 車輪妖怪の中でも特に「輪入道」として知られる姿である。

 

「まさか、二体も居るなんて……!」

「片輪車……俺の分の取り分は、残してあるよなぁ……コカカカカ?」

「陰陽師は、雪女と一緒に、コカカ、くれてやる……輪入道の兄貴は、それでもっと強くなる……!」

「コカカカ、人間の女子供なんて俺は興味ねぇ。欲しいのは、雪女と妖力をたっぷり持った陰陽師だァ!」


 そんな二体の声は、春輔にはもう聞こえていなかった。

 どくん、どくん、どくん、と心臓が脈打ち始める。

 氷の鎧が削り取られた部分から鎧が溶け始めていた。


「嘘だろ、心臓が……!!」


 春輔の顔が青くなっていく。

 顔を覆う鎧が溶けだした。

 

「あ、あう、ああ……殺される、死ぬ、殺される……!」

「春輔!?」

「妖怪、妖怪は嫌だ、何で、何で俺戦ってるんだ? 無理だ、無理無理無理、無理無理無理」

「ちょっと、春輔、落ち着いて! や、やばい、鎧が溶けてる……もしかしなくてもダメージ受け過ぎた!?」


 錯乱した様子で彼は喚く。

 生命の危機、そして溶けだした心臓が喉から飛び出してきそうな程に鳴っていた。

 面白がるように二体の妖怪はじりじりと迫って来る。

 ──いけると、思っていたのに……!!

 錯乱と恐怖で頭が入り乱れる中、一人だけその中に妙に冷静な自分が居ることに春輔は気付いた。

 


 ──甘かったのか……此処で、負けるのかよ!? 



 力を振り絞り、札を握ろうとするが手も震えて上手く取れない。

 アスファルトを覆っていた氷も溶けてしまっている。

 冷気はもう、拳にしか残っていなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ、……ああ、はぁっはぅ、はぁ」


 過呼吸と恐怖でまともに戦えない。最後の力を振り絞り──拳を地面に叩きつける。

 氷の柱が何本も地面から生える。

 しかし──それを意図も容易く砕き、片輪車と輪入道は進撃する。


「コカカァ、食って、やるぞうーッ!!」


 輪入道が大口を開け、彼を噛み潰そうとしたその時だった。

 咄嗟に反らした視線が電柱へ向く。

 そこに、さっきの眼鏡を掛けた少女が不安そうにこちらを見ているのに気付いた──

 ──何で、こんな所に居るんだよッ!?



「っ……うぅ、う、あああああああああああああ!!」




 恐怖混じりの絶叫と共に、掌を振り上げる。

 鎧全ての妖力を解き放つ勢いで二体に冷気を浴びせた。

 それは、意図せず放った一撃だったかもしれない。

 だが妖力の全放出は、猛吹雪となって二体の妖怪に襲い掛かる。

 彼らの纏う炎を消し、そして凍えつかせるほどに。


「ッ……ア、アニキィ、さ、さ、みぃよォ……」

「兄弟ィ!? 畜生! お前らァ……今に見てろォ!!」


 不意の一撃がかなり堪えたのか。

 二体はガチガチと歯を鳴らしながら、消えていく。

 完全に身体から分離した冬月が呆気にとられた様子でその様を眺めていた。


「追い返したの……? あの状況から、全部妖力をぶつけるなんて……無茶、しすぎだよっ」


 そして、自らもくたびれた様子で春輔を見やる。


「……ねえ……大丈夫?」

「ッ……」


 冬月が心配そうに顔を覗き込んで来るので、思わず目を反らした。

 今は誰にも顔を見られたくなかった。例え、誰であっても、だ。

 ──勝て、なかった……!

 全力を使い果たしたからか、アスファルトの上に春輔は倒れた。

 未だに爆音を刻み続ける心臓──

 


 ──俺、やっぱり……冬月の力が無いと……まともに戦えないのかよ……!!



 自惚れていた自分に対する情けなさ、そして悔しさが呼気と共に漏れていた。

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