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第四話:雪女はお礼はしてくれるようです

 次の日の朝の事。

 曇りガラス越しに聞こえる断続的な水音を聞きながら、春輔は生きた心地がしなかった。


「何で俺が、お前のシャワーに付き合わなきゃいけないんだよ!?」

「一緒に入るのがご所望かな?」

「やめてくれ、今だって酷い悪寒が止まらないんだ! 心臓麻痺で死にたくないから勘弁だよ!」

「残念だなっ。こんなにカワイイ女の子が一緒なのにねっ」


 残念じゃないよ、分かっててやってんだろ、と春輔はごちる。

 冬月は、春輔から離れて行動することが出来ない。だからシャワーの時も、近くにいてくれとせがんできた。

 「そもそも雪女にシャワーが要るのか?」という疑問を抱きながら、冬月が着た所為でカチコチに凍ってしまった自分のシャツを洗濯機に入れた。

 

「良いけど上がるなら言えよ、俺は脱衣室から避難──」


 注意し終える前に曇りガラスが勢いよく「やっほー!」という明朗な掛け声とともに開く。

 春輔の心臓が一瞬止まった。


「殺す気かーッ! 俺が心臓麻痺で死んだらお前も消えるんだぞ、良いの……か?」

「ふふんっ、どう? 似合ってるかな?」


 必死の形相で振り返ると、そこに居たのはカッターシャツにスカートの制服姿に、簪で髪をポニーテールに結った冬月の姿があった。

 何処から服を持ち込んできたのかは分からない。

 しかし、こうしてみると多少はその辺に居る女子高校生と変わらないように思えた。

 最も、気配だけで人間とは違うと分かるので、春輔からすれば根本的な問題は解決していないのであるが。


「まあ、カワイイ……とは思うよ?」

「やったやった! ふふーん、どう? 人間みたいでしょ!」


 得意げに彼女は胸を張る。

 しかし、まだ肝心の衣服の問題が解決していない。

 そもそもどうしてシャワーを浴びたら服が湧いたのか意味が分からない。


「なあ、何処からその服を引っ張ってきたんだ? うちに女モノの制服は無いんだけど」

「あたしは雪女だよ。水を浴びるだけで、体の表面に氷の衣服を纏わせることが出来るんだよねっ」

「てことは、雪女の服って全部水で出来てたのか……」

「女の子は昔からお洒落したいものだからねっ」


 そういえば、ゲームでも水の精霊みたいなモンスターが水のように透明な衣服を身にまとってたから、あんな感じだろう。


「妖力も混ぜて光の屈折を調節して、色もそれっぽくしてるんだよ?」

「成程、これは確かに興味深い術だ……一体どうやったらこうなるんだ? 俺の専門は火だし……水の妖術の事はよく分からない」

「さて、蘊蓄は此処までにして朝御飯作ろっかな」

「……え? 朝飯……ってオイ、シャワーを出しっぱにするなぁ!?」



 ※※※



「春輔様……これは……」

「ああ……料理だ。確かに料理が目の前にあるぞ。材料を買ったものの、夏バテで酷い時にはカロリーメイト食ってた俺の前にまともな料理があるぞ」

「本当死んだ食生活してたでありますな春輔様」

「有り合わせのもので作ったけど、どうかな?」


 適当に買っていたものの、ロクに使わなかったラー油。

 そして、一人では使いきれなかった牛乳にめんつゆ。

 暑い日のお供として買ったものの、そろそろ食べるのも飽きてきたソーメン。

 それらを組み合わせて出来たのは、所謂担々麺風のソーメンだった。肉味噌こそ無いものの、具に細切りにされたキュウリと卵焼き、そしてトマトも添えられていて栄養バランスもよろしい作りになっていた。

 久々に目にする「まともな」料理に、春輔は絶句する。一人暮らしだと、材料を買ったのは良いが、どうしても料理がだんだん杜撰になっていったからだ。


「これは……一体」

「ソーメン・冷やし担々麺風だよっ! 人間は夏は食欲が落ちるでしょ? だから、冷たく辛いものを食べれば無理なく朝食も摂れるかなって」

「卵焼きとか焼くの、大丈夫だったの?」

「料理の間くらいなら別に平気だよ? フライパンの熱気より、あたしの身体の冷気が勝つし。あ、でもあんまり長いこと煮込む料理は無理かな……ごめんねっ」

「いや、全然良いよ……むしろ冬月、料理得意だったんだ」

「これくらいなら、簡単かなっ。君はあたしの憑代なんだから、ちゃんと元気でいてもらわないとねっ」

「それを聞くと、背筋が凍る思いだ……聞かなきゃよかった。後、食ったら凍るってオチは無いよな?」

「むぅ、失礼だなっ! 早く食べなって!」


 言われるがままに、ソーメンを啜る。

 美味しい。ラー油のピリピリとした辛みが、牛乳でマイルドになっている。

 麺とも程よくスープが絡まり、食欲をそそって箸が進む。


「美味しい!」

「やった! ジロ君の分もあるよ?」

「我は卵だけ食っておけば他に要らないであります。たまに肉を食えば十分であります。後、勝手に仇名を付けないでほしいであります」


 何処か拗ねた様子でトウジローは生卵を丸呑みした。

 しかし、久々に食べた美味しい料理で興奮が冷めない春輔はトウジローに向かって言う。


「まあまあ、トウジローも飲んでみてよ、美味しいぞコレ!」

「ジロ君の分は温めてあるから大丈夫だよ?」

「うーむ、春輔様が言うなら……」


 ずるずる、と椀に盛られたスープをトウジローは飲む。


「う、旨いであります……!」

「でっしょー! いつでも作ってあげるからね! 雪女は義理堅いから、身体を借りるお礼くらいはちゃんとするよ?」

「良いのか!?」

「ぐぬぬ、何か釈然としないであります……!」


 ソーメンはすぐに無くなってしまった。

 朝から美味しいものを食べたからか、春輔は上機嫌だった。

 傍若無人に見えて、結構気が利くのだろう。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でしたっ。えへへっ」

「……あー時間がヤバいな、そろそろ学校に行かないと……」

「学校? 人間の子供は今、夏休みって聞いたけど」

「高校生は勉強が忙しいんだよ」


 具体的に言えば進学課外と言う奴である。

 夏休みでも高校生は基本的に忙しいのだ。


「それじゃあ、あたしも憑いていくねっ」

「ええ!? お前来るの!?」

「いや、だって離れられないし……」

「じゃあ我も行くでありますよ。心配でありますからな」


 こうして、陰陽師と妖怪、式神は真夏の学校に繰り出す事になった。

 傍から見ても関わりたくないであろう奇妙なパーティだが、どうか誰にも見られない事を祈るばかりだった。


「冬月、お前姿とか消せる?」

「ん? 一応消せるけど……」


 良かった。最大の懸念は何とかなりそうである。

 


 ※※※



「あー、暑い……本当、8月ってのはどうしてこうも暑いんだろうな」

「あたしはいつも涼しいけどねっ」

「夏は天国であります」

「お前達は気楽そうで良いな……」


 湿度、温度、共に最悪。

 例年通りの暑さで、まさに北極から赤道に来たような気分である。

 

「さあ人目に付くのも面倒だし、冬月とトウジローは引っ込んでてくれ。特に冬月は説明に困──」


 言いかけた時、学校の様子が変な事に気付く。

 サイレンの音だ。そして、正門の前に普段は目にしない車が何台も止まっていた。


「ねえ、何あの白と黒の車……」

「パトカーだ。警察の車だな」

「春輔様! 見るでありますよ! あれ、お友達じゃないでありますか!?」

「本当だ。三馬鹿じゃないか」

「サンバカ? 三羽カラスの事?」

「いっつも3人でつるんで馬鹿やってるから他の人からそう言われてるんだ。悪い奴らじゃないけど」


 警察に真っ青な顔で事情を説明している少年達。

 昨日ホラー映画を観て余裕そうにしていた表情は何処へやら、今にも死にそうな表情でこちらを見た。


「ねえ、三人共どうしたんだ!?」

「春輔!? やめとけ! 見ねえ方が良いぞ! 大変だ!」

「落ち着いてくれ、妖怪が出たんじゃないんだろ?」

「妖怪かは知らねえけど……ああ、昨日お前をお面で脅かしたからバチが当たったんだ!」

「朝学校に行ったら、学校が大変で、校庭には大変なモノが落ちていて……!!」

「お、俺達はやってねぇ! 何もやってねぇぞ! あれだあれ!」


 錯乱した様子で3人は慌てふためき、校舎に指を差す。

 その光景を見て思わず春輔は絶句した。


「何だ……これは」


 壁には、巨大な車輪の痕がくっきりと残されていた。

 そして、ビニールシートが校舎の影に幾つも被せられており、警察官や鑑識が立ち入って捜査をしている。

 友人の一人は、絞り出すように言った。




「……朝来たら、学校の壁に変な痕が付いてて……校庭に、バラバラの死体が……落ちてたんだ……何人も、だ!」

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