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第十四話:熱刀到来

 春輔は言葉を失った。

 火さえも文字通り喰らい、己の力に変えてしまう妖怪・溶岩鬼。

 その中の頂点に立つ男が目の前に立っている。


「妖怪統……灼薬鬼……!?」


 声が震えそうになった。

 心臓が凍りついていても本能で分かる。

 目の前の妖怪は、これまで戦ってきたいずれとも比べ物にならない、と。

 

「私の目的は、その雪女のみ。陰陽師に関係は無い──と言いたいところですが、そこの悪辣女によって心臓と心臓を繋ぎ留められているようですね」

「ッ……!」

「致し方無し、です──」


 灼薬鬼が地面を蹴った。

 そして、煮え立つ大太刀が春輔の身体を捉え、薙ぎ払う。


「うっ、あああぁぁぁぁぁーッ!?」


 強烈な衝撃が彼の身体を襲った。

 ゴムボールのように春輔は空中へ跳ね飛ばされ──それを追うようにして灼薬鬼も宙へ跳んだ。

 哪吒太子のそれを思わせる火の輪が鬼の両足のそれぞれで忙しく回り、彼を宙へと誘う。



「此処は貴方の墓標には少し狭すぎる」



 大剣が宙を舞う。

 轟音が空気を裂き、響く。

 間もなく春輔の身体は街の外れまで打ち下ろされていった──




「あ、あ、な、何なんすかアレ……!!」

 

 気の抜けた声を秋帆が発する。

 トウジローも口が塞がらない。妖怪統の圧倒的な暴力を目の当たりにして、全身の身震いが止まらない。

 溶岩鬼が、何処かへ飛ばされた春輔を追って空を飛んでいったのを見て、ようやく彼女も口を開いた。


「トウジロー、穂村君を追わなくて良いんスか!?」

「あっ、いや──わ、分かってるでありますよ! あいつ、足に付いてる火の輪の所為で空も飛べるなんて……!」


 トウジローは気が付いたように言った。

 炎の羽根が広がり、妖怪統の恐ろしい妖力を追う──



 ※※※



「ッ痛つつ……何て馬鹿力なんだよ……!」

 

 辺りを見回すと街の外れの廃工場に落とされた事を春輔は認めた。

 此処なら人気も無い。灼薬鬼は、存分に力を震えると判断したのだろう。

 鎧を触るが、幸い罅も入っていない。だが、あの打撃を何度も喰らっていれば、何時か砕かれてしまうだろう。


「灼薬鬼は……大分弱ってるはずだよ」

「大分弱ってるって……それであんなに強いのかよ!?」


 ぞっ、とした。

 それが妖怪統が妖怪統たる所以なのだと。


「……それが、溶岩鬼という種族の恐ろしいところだよ。タフなんだ」

「何であいつは、お前に喧嘩売って来るんだよ! 大分弱ってるってことは、自分もタダでは済まない事を承知した上で襲ってきたってことだろ!?」




「……分かんない」


 ぽつり、と零すように冬月は言った。

 悔しさ、そしてもの悲しさが入り混じった声だった。


「分かんないって……!」

「だって! 本当にいきなり襲ってきたんだもん! 訳なんて教えてくれないし──」



「冬月。言葉等は不要ではありませんか。今更、ねぇ?」



 地面に何かが落ちてきた。

 熱風が吹き荒れ、その中心に灼薬鬼は確かに立っていた。


「冬月。貴女の所為で今の私は火の元素の力が使えません。しかし──死に体の雪女を殺せるだけの力は残っているつもりです」

「ッ……灼薬鬼……!」

「ちょっと待て! いきなり訳も話さずに襲ってくるなんて──」

「……陰陽師如きが、この私と対話をしよう等と──笑わせるのも大概にして欲しいですね」


 まあ最も、と彼は冷酷に告げる。


「この太刀の前に生き残れれば、辞世の句くらいは聞いてやらない事も無いですがねッ!」

「対話の余地無しか……!」

「覚悟ッ!!」


 灼薬鬼が再び地面を蹴り、刀剣を振り回した。

 余りにも重く、そして煮立つ刃金は太く広い溶岩の大太刀。

 しかし鬼由来の怪腕故か、まるで旋風のように彼は怪刀で何度も何度も春輔を斬りつける。

 その筋をすんでの所で春輔は躱す。否、躱すしかない。今度の太刀筋は本気で殺す為の殺意を以て振るわれている。一度喰らえば二度目は無いと本能的に直感していた。

 ──あの馬鹿でかい、そして重そうな剣(?)を棒切れのように振り回す怪力、これが音に聞く”鬼”の怪腕か……!

 

「ちょこまかと小賢しい。童の割に目と脚だけは良いようですが、何時まで踊れるでしょう?」

「っ……!」


 ──だけど、だんだん見切れてきた……! こいつの本気がどれだけかは分かんないけど、俺の身体能力を冬月の妖力で加速させれば──!


「──追いつけない事なんてない、だなんて考えてないでしょうね?」

「なっ!?」

「単調なのも少し飽きてきたでしょう? 私も少し、準備運動の趣向を変えるとしましょう。冷え固まった火の妖力を慣らす為に──!」


 太刀筋が変わる。

 その剣は確かに春輔の首を、胴を裂こうと狙おうとしているが、先程よりも下段を狙おうとしている。

 まるで旋風のように灼薬鬼は舞いながら斬りつけてくる。

 そして、大振りの一撃が地面を叩きつけた。

 その隙に春輔は御札を構えようとしたが──


「なっ!?」


 ぼこぼこ、と地面が音を立て、すぐさま身構える。

 見れば、灼薬鬼が斬りつけたアスファルトが赤く溶けている──


「戦いに卑怯無し。その鎧、貰い受けましょうッ!」

「地面がマグマになって……!」


 ぐるり、と剣がもう一度宙を舞い、地面に深く、突き刺さる。



「”憤華・シャクヤク”開花ッ!!」



 叩きつけた剣を中心に──地面が爆ぜた。

 溶岩が辺り一面に噴き上がり、アスファルトは溶岩地帯と化す。

 工場に火が燃え移り、壁は溶け、そして火の手に覆われていった。

 爆風に煽られ、春輔の身体は吹き飛ばされ、更に鎧を熱が覆って溶されていく。


「春輔、相殺! 相殺! このままじゃ鎧がヤバいからっ!」

「分かってるよ──!」


 全身に力を込めて手を降り下ろした。

 冷気が鎧から吹き荒れる。

 間もなく、冷気と熱気は互いにぶつかり合って中和され、周囲の温度は元に戻り、噴き上がった溶岩もすぐさま大人しくなる。

 だが、相も変わらず灼薬鬼の周囲だけは溶岩地帯のように煮立っていた。


「チッ、まだ生きていましたか。死に掛けと思っていましたが、妖力の大きさは今の私とほぼ同等のようですね」

「くそっ──早く勝負を付けないと……!」


 まだ余っている攻弓符を何枚もホルダーから掴み取る。

 このまま逃げているだけでは勝てない。


「攻弓符……!」


 御札を一気に鬼を目掛けて放った。

 その全てが矢に姿を変えて飛んでいく。


「──”氷雨”ッ!」

「おっと──」


 鬼の喉元を氷の弓矢が追う。

 彼も咄嗟に全身から熱気を放ち、迫る刃を落とそうとするが矢が溶け落ちる様子は無い。

 ──ッこの程度ではダメですね、死に体でも厄介な妖力は健在か冬月ッ! ですが……


「──この程度で私を仕留められると思っているなら……笑止ッ!」


 大剣で弓矢を薙ぎ払う。

 幸い、全て矢は剣の舞によって打ち払われた。

 何本か、氷の弓矢が溶岩に刺さり、今にも溶け落ちようとしていた。


「──むっ」


 しかし、その一本に目が留まる。何やら紙のようなものが幾つも結んで縫い付けられている──御札だと気付くや否や灼薬鬼はそれを焼き払おうとしたが最早後の祭りだった。

 春輔の術を唱える声が高らかに響き渡る。



「──爆砕札……”飛槍砲”!」



 御札が光り輝いた次の瞬間──轟音が周囲に轟いた。

 冷気が廃工場一面を凍り付かせ、また爆風が覆う。

 周囲一遍は凍り付き、氷の柱が立っている。

 妖力を大量に使う爆砕札を弓矢に纏めて括りつけた以上、流石の春輔も立っているのがやっとだったが、砂煙と霧で覆われた目の前に投げかける。


「……今ので、仕留めたとは思ってない。出て来るなら、早く出て来い。お前相手に油断なんか出来ないからな」

「……」

「やっぱり妖怪統は妖怪統だ……あの距離で、あの出力の爆砕札なら大抵の妖怪は跡形も無くなっている」

「それ込みでもあんたを倒せるとは思えない。それだけ、あんたが強いのは分かってるからねっ!」


 すっく、と立ち上がった灼薬鬼が見えた。

 しかし杖代わりに使った溶岩の剣は間もなく──脆く、砕け散った。

 アスファルトに黒く冷え固まった溶岩が崩れて転がる。


「だから、先に”そっち”をやる事にした。これで自慢の剣はもう使えない。溶岩は冷え固まれば、脆くなるからな!」

「成程……少々貴方達を侮っていたようだ。敵の得意分野を探り、強みを探してそれを潰しに掛かる。脳筋の冬月、貴女だけでは成し得ない。私、柄にも無く感動してしまいました」

「ムカッ! この期に及んで何言ってんの!? てか、あんた相手に手段を選んでられないし、こうするしか無かったんだから!」

「手段って……考えたの俺なんだけど、まあいっか……」

「灼薬鬼! あたしは、そっちからあたしを襲ってきた理由を聞くまでは絶対に引き下がんないから!」




「──ですが、実に無駄な事」



 春輔は後ずさった。

 聞こえる。

 水が沸騰して泡立つような、あの音だ。

 しかし、今に限っては水ではない。物凄い熱量を持った、あの鬼に踏まれているアスファルトが、溶けている。

 

「冬月。貴女にはまだ見せてなかったですね。この技は、余り綺麗では無いので」

「な、何を負け惜しみを言って──あんた、もう大分弱ってるでしょ! いい加減、やめなよ!」

「私に情けを掛けるつもりですか? 雪女」


 冷徹な返事が返って来る。

 憎悪さえ込められたそれに、冬月は困惑するしかない。


「情けも何も! あたし達がこれ以上ぶつかったら、元素同士のアレコレが大変な事に!」

「雪女の始末は雪女の長たる貴女にとって貰うまで。唯、それだけの話だ」

「だから話を聞いてよッ! あんたいっつも自己完結しちゃうじゃん! 一体何の事!?」

「やっぱりお前、何かやったんじゃないのか!?」

「全然覚えないんだけど!」


 姿は見えないものの、冬月が必死そうに首を振るのが目に浮かぶ。

 しかし、現に激しく迸っている。

 灼薬鬼の全身から、火の妖力が渦を巻いて怒りと憎しみを持って駆け巡っている。

 今まで冷たく抑え込んでいたものを、全て解き放つように。



「──我が怒り、噴火の如し。……死を以て思い知れ」

 


 足を踏み鳴らす。

 大地が唸り、風が止まる。

 海が静まり、そして炎が鬼を抱擁した。

 アスファルトが罅割れ、黒く燃え盛る溶岩となる。

 そして灼薬鬼を中心に噴煙が渦を巻いた。

 


「変化──”()()()(モウ)()”」


 

 低く、唸るような獣の声が確かに聞こえてきた。

 そして──噴煙が散り、掻き消えていく。



「憤ッッッ怒ゥァァァァァーッ!!」



 ──全身が溶岩のように煮立った異形。

 鎧武者の姿に、赤い鬼の仮面を被った怪人が仁王立ちしていた。


「へ、変身した──!?」

「何あれ……今まで本気を出して無かったっていうの!?」


 その足元は再びマグマが広がっており、鬼が地面に両手を翳した途端に溶けた溶岩が棒のように伸びてくる。

 

「フゥーッ……人間には”弘法筆を選ばず”なんて言葉がありますよねぇ──まあ、当のアレは筆を厳選していたらしいですが、それでも私にはこの諺の方が似合う」


 二本の溶岩棒は間もなく、あの大太刀へと姿を変えた。

 春輔も冬月も戦慄を隠せなかった。

 あれだけ苦労して破壊した太刀が、増えて戻って来た。太刀等わざわざ選ぶ必要は無い。自ら造るまで、という宣言込みで。

 鎧に身を包んだ灼薬鬼は春輔達に第二ラウンドを突きつける。二刀流を以て──

 


「いざ、尋常に──死合いましょうかッ!」

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