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第十三話:最弱は最恐だそうです

 めりめりめりと音を立てて後退しながら、両掌を突き立ててトラックと鍔迫り合いする春輔。

 既にその身体は氷の装甲に覆われており、鬼神の如き怪力を発揮していた。

 加えてタイヤは氷でアスファルトと縫い合わされており、おまけに彼の身体の周りも防壁の如く大きな氷が取り囲んでいる。


「冬月、これ大丈夫なのか!?」

「君の身体はあたしの妖力で補強されてるからね! この程度じゃびくともしないよ!」

「本当にか!? 骨がミシミシ鳴ってるんだけど!?」


 周囲をこれだけ要塞化して、ようやく彼は加速する鉄の塊と同等に渡り合う事が出来ていた。


「うわぁ、これ大分ギリギリでありますよ……秋帆様、今のうちに逃げるであります!」

「いやいや、こんなカッコ良い姿見納めないと大損ッス!」

「えぇ……」


 目を輝かせる秋帆を横目に、春輔の鎧の出力はどんどん上がっていった。

 掌から放たれる冷気はトラックのエンジンへ伝わって急激に冷却されていく。

 それを無理矢理バッテリーが動かそうとするが──じきにそれも止まった。

 しばらくして、トラックは完全に停止したのだった。


「い、一件落着ッスね……」

「いや、気を付けるでありますよ! この中の運転手、妙なものが憑依しているであります!」

「もう逃げられないぞ。出て来い!」


 叫ぶ春輔。

 半分凍ったトラックから、湧き出るようにして黒い影が現れる。


「ったくよォ、折角全員纏めて轢き殺してェ……魂を戴こうと思ったんだがなァ……」

「な、何か出てきたっス!」

「やっぱり”辻神”だったか」


 秋帆が目を丸くした。


「神様ッスか!?」

「神とは言うが、悪神や邪神の類だ。それに、はっきり言って妖力は強くない。それこそ、魔除けで簡単に立ち退くくらいには」

「うるせぇーなぁー、弱い弱いってよぉ、ヒヒャヘヘヘ」


 開き直ったように怪物・辻神は笑いだす。


「そうさ、南の方はすっかり、あの忌々しい石ばかりで居づらくなっちまってねぇ。だから俺らはこうして風に漂ってふわふわ良さげな場所を探してるわけだが」

「それで石敢當の壊れたこのT字路を見つけたのか」

「それは中らずと雖も遠からずってことだな。俺らの目的は──雪女、お前だよ!」

「あたし!?」


 冬月は叫ぶ。

 辻神とは全く面識が無いらしい。


「あたし、何かやったっけ!?」

「あるお方から言われたのさ。弱っているお前を殺せば、俺達をもっと強くしてくれるってなあ。そのために、此処を紹介してもらったのよ!」

「あるお方……後ろ盾が居るってことッスか!?」


 辻神をけしかけた相手が気になる。

 しかし、それよりもまずは目の前の邪神を祓わなければならない。

 彼らを放置しておけば、この丁字路は辻神と狩場となってしまう。


「残念だがその時は来ない。お前は此処で、俺達が祓うからな。此処で奪った人の魂も返して貰う」

「そうはいかねえよ。オイ、野郎共ォ! 出て来いやッ!」


 見回すと突き当りにある家から次々に黒い影が現れる。

 あれら全てが辻神であると察すると秋帆の背筋にゾッとムカデが奔ったし、春輔は鎧を纏っていなければ自分が気絶していただろうと情けない事を考えていた。


「ねえ春輔! こいつら、本当にいっぱいいるよ!?」

「丁字路の突き当たりに家を建てちゃいけないってことがよーく分かるな! この辺りは、こいつら全員の狩場だったわけだ!」


 余程大量に連れ込まれたのか、辻神達はカラスのように周囲の空を覆っていく。これだけの量が居れば、T字路の家や道路で厄災を起こすのは容易かったに違いない。

 そして、それらが皆トラックの上に居る一体目掛けて集まっていく──


「俺達は弱い! だけど、人間の魂を喰って喰って喰いまくった俺達は無敵だ! それが集まると、ちったぁマシになるってもんよ!」


 黒い影は次第に凝縮されていき──人の形となる。

 全身にアスファルトのような白線が走った異形だが、奇怪だったのは手と頭が矢印の形に尖っていることだった。


「か、怪人になったッスー!?」

「秋帆様、逃げるでありますよ! 此処は春輔様に任せて!」

「りょ、了解ッス!」


 二人が空中へ脱するのを見届けた春輔は御札を構える。

 だが、一手早かったのは怪人の方だった。

 両腕がいきなり伸び、彼を狙う。


「捉えたぜェーッ、陰陽師と雪女ァーっ!」


 矢印の腕は刃のように道路を切り裂き、春輔の装甲にも浅く傷をつけていく。

 鋭利な刀となった辻神の腕を春輔は掴むが、そこからも装甲が溶けるように切れていくので思わず離してしまった。


「あっぶなぁ……!? 切れ味が……!」

「俺達は風水に支配される妖怪だが……逆に言えば、風水上最高の位置にさえ居れば無敵ってことよ! 最弱こそが、最も恐ろしい、即ち最恐!」


 絶え間なく伸びた腕による打撃の応酬から必死に春輔は逃れていた。

 アスファルトが切り裂かれ、トラックのタイヤを両断し、道路標識も真っ二つにしていく。被害は拡大するばかりだ。


「見たかァ! 歩も成ると金になるのだ、後は玉を取るだけの簡単な仕事だ! お前達の命という玉をなーッ!」


 トラックから飛び降りた辻神は腕を強く振り上げる。

 鞭のように矢印はしなり、春輔の身体をゴム玉のように弾き飛ばした。

 凄まじい馬力。人間の魂を大量に取り込んだだけあって、元が最弱の悪神とは思えない程に強くなっている。

 宙に放られながら、彼は立つ怪人を睨み、そして地面に向かって態勢を整える。

 冬月が言った。


「春輔! 着地と一緒に地面を凍らせて!」

「地面──”あれ”を使うんだな! 分かった!」


 着地と共に地面を春輔は掌で触れる。

 冷気が空気中の水分を凍らせ、アスファルトに氷が張られた。

 しかし、元が霊体だからか辻神の身体は凍り付く様子が無い。


「馬鹿がァーッ、俺にそんなものは通用しねぇ!」

「──辻神。仮にもお前が邪な神なら、これから逃れる事は出来ない。幾ら集まっても同じなんだ」


 春輔は最初から辻神を凍らせるつもりは無かった。冷気は均一に、そして静かに広がっていき──




「強く殴れば妖力は波打ち、静かに触れれば妖力は均一に広がる。ならば、どうなるか」



 ──凍えた地面は鏡面となって辻神の身体を映し出した。




「地面は、お前の身体を四散させる巨大な八卦の鏡となる──我流・氷面鏡(ひものかがみ)ッ!」




 太陽が氷を強く照り返した。

 幾ら力を増した邪神と言えど、鏡の跳ね返した強い光からは逃れることが出来ない。

 古来より鏡は神秘的なものとされてきた。それは悪しき物を映し、跳ね返してしまうという逸話にも由来している。

 地面全体が巨大な鏡となった今、悪神の身体は跳ね返され、ばらばらに引き裂かれていく。


「ぐ、っぎゃぁぁぁぁーっ!? 俺達の体がァァァーッ!!」

「これは冬月の大胆なアイディアだ。丁字路に出て来る悪い物と言えば辻神。そして辻神の弱点と言えば石敢當と八卦鏡さ。鏡があれば、お前の身体は散り散りになる」

「あたしは馬鹿だけど……”戦馬鹿”は馬鹿なりに、役に立つんだよ? 大抵君達みたいなのって鏡見せたら散り散りになるからね! 要は経験の差ってやつ!」

「く、くそっ、こんなもの如きで──」

「確かにチャチな普通の八卦鏡じゃ力を増したお前を跳ね返す事も出来なかっただろうな。だから、大きな鏡が必要だった。罪の無い人の魂を喰って大きく膨れ上がったお前を映し出すだけの大きな鏡がな!」


 ばらばらに辻神は飛び散っていく。

 皆、他の家や道を目掛けて雲の子を散らすようにして飛んでいった。


「ち、畜生ォーッ、覚えてやがれェーッ!」

「逃がさない。攻弓符──」


 此処で彼らを祓わなければ、また別の場所で悪さをする。だから、此処で確実に全員仕留めなければならない。

 大量の御札が飛び散った辻神たちを追うようにして舞い踊り、離散した辻神達へ1枚ずつ御札が張り付いた。




「──”千本針”、斉射ッッッ!!」




 春輔の掛け声と共に辻神達は逃れる間もなく御札から放たれた大量の小さな矢によって蜂の巣にされていく。

 一体一体、逃す事無く邪悪な気を追う御札から逃げる事は出来ない。

 それぞれ逃げようとした方向に御札が先回りし、各個撃破していく。

 やがて──最後の1体が弓矢で射貫かれ、氷の地面に縫い付けられたのだった。



「ち、ちくしょう……せっかく、最恐になれると、思ったのにぃぃぃーっ」



 断末魔の叫びと共に最後の一体も、この場から完全に消え失せた。

 そして、次々に青い炎のようなものが飛び立っていった。


「これって、何ッスか?」

「辻神に取り込まれていた人の魂であります。恐らく、元の場所に戻り次第意識を失った人も快復するでありますよ」

「やったッス! 大勝利ッス!」


 遠目からトウジローに乗って一部始終を見届けた秋帆がガッツポーズしていた。

 それを見て、春輔は膝をつく。流石に慣れない妖力で御札を操るのは骨が折れた。


「これで全部終わったか──」

「あ、危なかったね……最弱も成り上がると侮れないってことか」

「正攻法でまともに戦ってたら、不味かった。相手が辻神と最初から特定出来ていて、強くなったのが上辺だけだったから助かったものさ」

「妖怪が簡単に強くなるなら皆苦労しないしねっ」

「そうだな」


 ──人間も、そう簡単に変われるなら苦労しない、ってな。

 凍り付いた自分の心臓を握った。

 そして、凍り付いた周囲から冷気が消え失せていく。


「それじゃあ、帰るか。また車が来たら危ないし──」




「聞いていた話よりも、腰抜けですね──陰陽師。そして、水の妖怪統」





「──春輔!!」

「ッ!」




 刹那。

 死角から何かが飛んで来る。

 強烈な熱を持った何かが、空気を切り裂いた。

 すんでの所で飛び退いたものの──冷え切ったアスファルトが、今度はどろどろに溶解して斬れていた。

 冬月が叫んでいなければ、春輔の身体は両断されていただろう。


「お、お前は──!」

「冬月、知ってるのか!?」

「知ってるも何も……春輔、気を付けて!」


 冬月の声が強張る。

 力を失っているとはいえ妖怪統である彼女の声に惧れが混じっている。

 自然界の掟そのものであり、暴れれば季節を乱す事など造作ではない妖怪統が恐れる存在など一つしかない。




「──今ので三回、お前は死にましたよ陰陽師」


「なっ……!!」


「対して、先程の一閃を見切るとは。力を失っても、見事なものです。雪女の冬月」




 熱湯の如く煮え滾り、泡の消えるような音を絶えず立て続けている溶岩の大太刀が春輔と冬月を差した。

 それを携える男は、獲物に見合わぬ細身だ。

 しかし、全身から放つ熱気、何より全てを喰らう程の殺気、そして額から生えた二本の長い角が男を只者ではないことを物語っている。


「見事過ぎて──余計に殺したくなる。憎らしさが相乗すると猶更」

「何なんだよ、お前……!」




「……灼薬鬼」




 ぽつり、と冬月が口走った。


 心臓が凍っていなければ春輔は動転していただろう。


「今、なんて」

「だから……こいつが、あたしから力を全部奪った張本人……!」




 今までになく切羽詰まった様子で振り絞るようにして冬月は叫んだ。






「灼薬鬼……火をも喰らう溶岩鬼達の長にして、火の妖怪統だッ!」

妖怪記録・辻神


丁字路の突き当たりといった悪い気の淀みやすい場所に発生する。魔除けさえあれば簡単に出ていくが、そうでなかった場合丁字路の突き当たりにある家、ないし丁字路そのもので災いを引き起こす。鏡と石敢當が弱点。




妖術記録・攻弓符”千本針”


投げた御札1枚1枚から大量の小さな弓矢を放つ全属性共通の技。御札で取り囲んで相手をオールレンジ攻撃して蜂の巣にしたり、小さな目標や大量に居る目標を倒すのに使われる。しかし、御札を遠くで操作するのにも技量が必要なため、近~中距離の相手にしか使えない事、そして矢の威力が非常に低い事が弱点。

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