第十二話:丁字路に怪物がいるようです
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十分もしなかっただろう。
宮野秋帆は春輔の部屋の玄関で正座させられていた。
「えーと、何か用ッスかね……?」
「俺の住所勝手にバラしただろ」
「いやー、そのー……うちのバイト先の店長さんが、あまりにも酷く落ち込んでいるから、陰陽師の知り合いがいるって口が滑ったら凄い勢いで聞いてきて」
「それで俺の住所まで口から滑らせたのか! 俺の個人情報の扱いが大変な事になってるんだけど!?」
「すんませんっす! マジさーせんっス! この通りっス!」
土下座して謝っているが、口調の所為でイマイチ誠意があるのかどうか分からない。
申し訳なさそうに秋帆は、指と指を合わせながら言った。
「その……お詫びと言っちゃなんッスけど、此処最近この辺りで起こった交通事故について調べてきたッス」
「調べてきた? どうやって」
「警察の交通事故発生状況や、ローカル新聞やニュースとかッスね。色々集めて、この3か月で起こった交通事故の発生場所を纏めたんスけど」
彼女は持ってきたノートPCを開くと、春輔に手渡す。
成程、確かに依頼人の言った通り、ある一か所に交通事故が集中していた。
街の少し離れにあるT字路だ。
「……これは少し不味いかもしれないな」
「どうしてっすか?」
「先ずそもそもの前提として、道路とは気の通り道なんだ」
「キ?」
「気」。それは、陰陽学上では「見えないとしても身のまわりに漂う」とされているものだ。
例えば妖怪が運ぶ妖気のみならず、人間の感情のオーラや風の運ぶ様々なものなど、良いものや悪いものを含めた全部である。
「道路と道路がぶつかり合うT字路や十字路は、気と気がぶつかり合うとされ、陰陽学ではよくないとされている」
「え? どうしてっスか?」
「悪い気と悪い気がぶつかり合うからだ。エネルギーの行き場がなく、よどみ、凶運を招き込みやすい。特にT字路の突き当たりなんて一番ダメだ。ゾッとする。妖怪や悪いものが寄ってきやすいんだ」
「ほぇー、そうなんスか……やっぱ穂村君って、風水とかに詳しいッスね」
「大体今の説明で分かったかな?」
「分かったっス。あ、でも──」
ちらり、と秋帆が目をやる。
そこには頭がパンクして目を回している雪女の姿があった。
「冬月ぃーっ!?」
「あたし……馬鹿だから風水とかよく分かんない……覚える事多すぎるんだもんっ!」
「そんなんでよく今まで妖怪統やってこれたな、お前は!」
「まあ妖怪はそういった類の事は知識ではなく感覚で分かるでありますからな」
トウジローが鼻をひくつかせてみせる。
陰陽師に造られた彼もまた、語感で風水の良し悪しを感じ取ることが出来るのである。
「だって最終的には相手を殺せれば風水なんて、どうだって良いじゃん!」
「風水も陰陽学も妖力の弱い陰陽師が妖怪に対抗する為に必要なんだよ! 妖力がかなり弱まってる今のお前にだって他人事じゃないだろうに……」
「難しいじゃん!」
「簡単だよ! お前が脳筋過ぎるだけだよ!」
「はいはいそこまでッス」
秋帆が二人の間に割って入った。
「やれやれ、夫婦喧嘩は妖怪も食わねえッスよ」
「夫婦じゃねえよッ!」
「あたしは悪くないと思うけどな、えへへ」
「アホか! 何でもいい、とにかく例のT字路に行くぞ」
春輔は少し照れている冬月を見やる。
こんな物騒な夫婦関係あってたまるか、と心中で悪態を吐くも冬月が美少女であることを思い出した。
──妖怪じゃ無けりゃ、こんな綺麗なお嫁さん、喜んで貰うんだけどな……。
「それで春輔様。当然、何の妖怪の仕業か目星は付いているでありますな」
「ああ。むしろ、どうして出てきたかの方が気になるよ。T時路の突き当たりがよくない事なんて風水の世界じゃ常識だ。どちらかと言えば、ある程度神道や仏教が広まっているこの辺だと猶更だ」
他宗教の割合が多い地域なら分からないが、そうではない事は既にリサーチ済みだ。
どの道、無意識の中に神道的考えが染み付いてしまっている日本人は土地選びで風水の考えを参考にする人も多い。
どうも嫌な予感が春輔の中に過るのだった。
※※※
「これは……」
「ひでぇっす……」
問題の丁字路の突き当たりには一軒家が建っている。
しかし、異変はすぐに認められた。
家の玄関前にある石碑らしきものが壊れているのだ。
根っこから石が抉られたように削られており、周囲には立ち入り禁止のテープが貼られていた。
「これ、何かがあったのは確かっすよね……」
「何てことを……この家の人に聞いてみるか」
「大丈夫なんすか?」
「これは大事も良い所なんだよ」
聞いた話によれば、この家は数十年前に「うっかり」T字路の突き当たりに家を建ててしまったらしくそれ以降悪い事が絶えなかったらしい。
それでわざわざ遠出して陰陽師に相談したところ、T字路の突き当たりへ入って来る悪い物を対処するには二種類の方法があり、八卦鏡と中国から沖縄に伝わった魔除けの石・石敢當があると言ったらしい。
「だけど、鏡は周囲の家に悪い物を跳ね返してしまうから、あまり使われない。そこでこの石碑っぽいもの、石敢當がよく使われるんだ」
「でも何で沖縄なんスかね?」
「沖縄にはT字路や十字路が多いでありますからな! 悪い物が家に入って来るのをそれで防ぐために、そこら中にこれがあるのでありますよ!」
そして石敢當を置いて以降、悪い事はあまり起きなくなったという。
魔除けは少なからず効果があったと言えるだろう。
しかし数日前、朝見てみると石敢當が綺麗に抉られていたらしい。
「お金が掛かるし、それ以降この前では交通事故が多くなって、石を立て直すどころじゃなかったみたいだ」
「というか、そもそも石敢當の効果の事を忘れていたみたいでありますからな」
「でも、その石敢當が壊されてるってことは……ヤバいものが入って来てるってことっスか!?」
「そうなるな」
石は根っこから抉るように破壊されている。
重機か何かでなければ、こうも容易く壊すことは出来ない。
しかも──
「これ、溶けてるよ」
石の抉り口を見ながら言ったのは冬月だった。
見てみると、まるで冷え固まった溶岩のように表面が畝っていた。
「……超高温で石を溶かしながら、抉り取ったってことか……」
「こんな事が出来る妖怪、そうそう居ないよ……!」
「ともかく、写真を撮って現場保存しておくでありますよ!」
トウジローがそう言った時だった。
「ねえ穂村君……」
「どうした?」
秋帆が指差す。
見ると、家の向こう側からトラックが走って来る。
一本道を走るかのように、猛スピードで直進しているようだ。
「……なあ此処って一方通行で必ず右に曲がらなきゃいけねえんッスよね」
「そう、なるな」
「……あのトラック、凄い勢い付けてこっちに突っ込んでくるでありますな」
「多分ブレーキ掛けて曲がるんだよ……きっと」
しかし、トラックの運転手がブレーキを掛ける様子は無い。それどころか加速し続けている。
──いや、家に突っ込んで来てるよアレ!!
春輔は楽観的な考えを捨てた。
此処はT字路の突き当たり。逃げ場はない。しかも避ければ総重量25トン以上の鉄の塊が加速しながら家へ突っ込んで来る大惨事となる。
「ギャーッ! うちら家と一緒にぺっちゃんこっス!」
秋帆が死を予感して叫ぶ。
──トラックは、家の玄関に突貫した。
思いっきり目を瞑り、秋帆は玄関の隅に飛び退く。
大きな衝突音が炸裂した。
「……あれ?」
しかし。
轟くであろう爆音はそこで止まり、辺りの空気は冷たく冷えついている。
「ほ、穂村君──!」
思わず秋帆は声を上げた。
氷の装甲に身を包んだ鬼の如き陰陽師。
装甲陰陽師が仁王立ちして鉄の塊を止めていた。




