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第十一話:依頼があるようです

 ──ある、昼下がりの事。

 マンションの裏山では、景気の良い声が響いていた。


「──攻弓符”氷雨”ッ!」



 鎧を纏った春輔が詠唱すると共に御札を何枚も空中に放る。

 その1枚1枚が弓矢に姿を変えて、木の幹目掛けて飛んでいき、突き刺さっていく。

 

「おおーっ、おみごとっ! すっごい飛ぶじゃんっ」

「……いや、全然ダメだな」


 狙いは木の幹ではなく、そこに吊り下げられた丸い的。

 そこに中ったのは、10本放ったうちの2本で、残りは地面や木の幹に突き刺さっていた。


「この間は急ごしらえだったから、取り合えず術符に魔力を通せばそれで良かったけど……やっぱり命中率がてんでダメだ。狙った方向には飛ぶけど、思った場所に正確に当たらない」

「だから中距離、近距離からの乱射で間に合わせてたんだ」

「攻弓符は、一度に沢山の御札を飛ばせる代わりに妖力による精密動作が求められるであります。穂村家の陰陽師なら、10本を一度に射れば9割以上を的の真ん中に中てる事が出来るであります」

「じゃあ春輔はどうなの?」

「春輔様はまだ未熟。強力な妖力こそ持ってはいないでありますが──」


 装甲を解いた春輔は、一度息をつく。

 そして、呼吸を整えた。



「射貫け、攻弓符──」



 御札を10枚投げると、それらは弓矢へと姿を変えていく。

 先ほどと同じように飛んでいき──ギュン、と勢いよく風を切って的に突き刺さった。


「うっわ……」


 冬月は思わず言葉を失った。

 突き刺さった矢で、的に星型が描かれていた。


「──見ての通り、妖力の基本操作は宗春様仕込みでかなり鍛え上げられているであります。これだけ出来れば一人前でありますな」

「凄い凄い! こんなのびっくりだよ!」

「まあ、俺以外にも出来る人は居るけどね」

「うわあ、確かに難しそう。弓を何十本もいっぺんに射ってるようなもんだもんね」

「それをきちんと狙った場所に中てられれば一人前でありますな」


 だからこそ、鎧を纏った状態での射的精度の低さは如何ともし難い問題だった。

 いつもなら簡単に中てられる的に中てられない。


「正直、冬月の妖力が上乗せされている以上、弓矢の威力は鎧を着ている時の方が上だ。だけど、精密動作性はどうしても欠ける」

「うーん、でも命中率でそこまでカリカリしなくてもよくない?」


 冬月が顔を覗き込んで来る。

 

「──だって、最終的に殺せればどうでも良いじゃん」

「うっわ、身も蓋もねぇ。本当脳筋だなお前は……良いか、弓矢の命中率が低いのは致命的なんだ。万が一流れ弾が明後日の方向に向かったら大変だからな」


 装甲形態では、やはり冬月の妖力が操りづらい。

 元々自分と違う属性で勝手が違うというのはあるのだが、弱体化していても彼女の妖力がかなり大きいのもあって動かしているうちに頭が疲れてしまうのである。


「一応、弓矢が敵の妖力を追ってある程度軌道修正してくれるけど、それでも気休めでしかない。千本針と氷雨は、まだ近くから射れば良いけど」

「攻弓符ってまだ技があるの?」

「ああ」


 御札を一本一本弓矢に変えて飛ばす氷雨。

 御札1枚から大量の小さな弓矢を召喚し、連射する千本針。

 これらは精度を威力や数で誤魔化すことが出来るし、鎧の状態ならば避けられても地面を凍らせて相手を妨害することが出来る。

 しかし──


「長距離からの狙撃は多分無理だ」

「えー? そもそも鎧を使っている時に、狙撃なんかしないじゃん」

「それもそうなんだけど」

「春輔様が、今まで遠距離からの狙撃や支援ばっかりしてたからでありましょう。今までよくやってた事が出来ないとなると不安になるのも当然だと思うであります」

「まあ出来ない事を数えるよりも、強みを生かした方が良いか……」

「必殺技だって、爆砕札があるじゃん」

「あれも避けられでもしたら、その後の隙が大きくなる。しかも被害がデカい文字通りの大技だ」

 

 そうなると、場合によっては使えない事もあるだろう。

 彼が指を鳴らすと弓矢に変わった御札が全て元の姿に戻り、春輔の手に帰っていく。


「こうやって呼び戻すのは簡単なんだけどな……」


 御札も式神の一種である以上、持ち主の妖力に反応して戻っていく。

 意思こそ持たないが、そうなるように陰陽師の手で作られているのだ。

 

「腹減ったしいっぺん帰るか」

「今日は冷や汁ご飯とかどうかなっ」

「最高だな。このクソ暑い日にはピッタリだ」

「冬月様には毎日頭が下がるでありますな……」



 ※※※



「あれ? 誰か来てる?」

「大方、せぇるすまんでありましょう」


 アパートに戻ると見慣れぬ人影が立っていた。

 くたびれたスーツ姿の男だ。

 確かにトウジローの言う通り、パッと見はセールスマンに見える。しかし、それにしてはずっと春輔の家の前を貼りついているのだ。まるで、部屋の主の帰りを待つように。


「……あのー、うちに何か用でしょうか?」

「んぉう!?」


 春輔がトウジローと冬月を引っ込めてから話しかけたのに、男は驚いた様子で振り返った。


「セールスならお断りなんですけど──」

「君! 君が此処の部屋に住んでいるのかね!?」

「え? あ、はい。そうですけど」

「それなら話が早い。単刀直入に言おう」


 彼は春輔の手を掴むと必死な形相で叫んだ。



「うちの息子を助けてくれないか!」

「……ええ!?」



 ※※※



 名刺にはこの近辺にあるメディアショップの名前、そして佐々木次郎という本人の氏名が書かれていた。

 

「私は此処で店長をやっているんだ」

「ええと……それで、息子さんを助けてほしいとは?」


 正直、男の只ならぬ様子から警察やその他の機関に相談してもどうにもならなさそうな案件であることは確かだ。

 それこそ、陰陽師とはいえ見知らぬ男子高校生である自分に相談しなければならない程に。

 そもそも春輔は誰にも自分が陰陽師であることを言っていないので、余計にきな臭さを感じた。


「数日前、息子はバイクで事故を起こしたんだ。丁字路で、雨の日に車輪が滑ってしまったのか転倒してしまったらしい」

「それは……災難でしたね」

「ああ。怪我も大したことは無かったんだが……息子の意識が戻らないんだ」

「意識が戻らない? 頭を打ったとかではなく、ですか」

「ああ。かれこれもう一週間経つし、病院の検査も何も問題は無い。しかし……一向に息子の意識だけは戻らないんだ。まるで、眠ったようになっている」


 春輔の顔から少し血の気が引いた。

 何にも異常が無いのに意識が戻らないのは、妖怪か怨霊の仕業ではないかという疑惑が頭を過ったのである。


「色々手を尽くしたが、駄目だったんだ。そして奇妙な事はもう一つあってね」

「奇妙な事、ですか?」

「此処最近、この街で起こっている交通事故は全て、息子が事故を起こした丁字路で発生しているという情報を掴んだんだ」

「それで、俺にどうしろと……」


 まさか、何の繋がりも無いこの男が自分が陰陽師であることを知るはずはない。

 春輔は念じるようにそう思っていたが、


「君は、陰陽師の家の子なんだよね?」


 これである。

 何処で知られたのか聞くと、


「うちにバイトに入ってる子が教えてくれたんだよ。穂村と言えば、陰陽師の家らしいじゃないか。正直オカルト系には眉唾だったんだが、もう今は藁にも縋りたいんだよ!」

「え、あ、はい」


 とのことであった。

 もう大体誰が教えたのか分かってしまった。

 ともあれ、この案件を陰陽師の立場としては見逃す事が出来ない。

 背中に伝う冷や汗を気にしながら、春輔は一先ずこう答える事にした。


「うう……確かに俺は修行中とはいえ穂村の陰陽師ですけど」

「そうか! 何かたまにテレビに出てるのを見るけど、あの穂村か! いやあ君に相談出来て良かった」

「俺は修行中の身、何処までお力添え出来るか分かりませんが」

「構わんよ! この辺には、霊能力者も陰陽師も居ないからね! 君だけが頼りだ」

「……分かりました。その事件は俺が調査します」


 否、こう答えるしかなかったのである。

 それは頼まれたら断れないという彼のお人好しもあったし、何より万が一妖怪が関わっていてはやはり彼が調査しなければ真相には辿り着けないのである。

 男が礼を言いながら部屋を出た後、トウジローが心配そうな顔をして出てきた。


「良いのでありますか? 春輔様」

「良いんだよ。T字路で起こっている連続事故、そして目覚めない怪我人……どう考えても怪しいだろ」

「万が一妖怪が関わってたら大変だもんねっ」

「ああ。協力してくれるか? 冬月、トウジロー」

「勿論であります!」

「良いよ! それで、先ずはどうするの? 丁字路の調査?」

「いいや、違う」


 最初にやるべきことは既に決まっていた。

 それは──



「──宮村さんを呼び出す」

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