次なる襲来に備えて
気力尽き果てた伝八は、何もかも話した。
そしてこれにより、矢島平御助はいよいよ窮地に立たされ、奉行でもある父までも悪事に加担していたことを追求される。隠蔽するのに、船の見回りを緩めたり、吉原の渡世屋に便宜を図っていたことが発覚したのだ。
矢島平御助は最初こそ否認していたものの、お白州に現れた者を見て、腰を抜かしてしまう。
『私の顔を忘れたわけじゃありませんよね』
死んだはずの八重が、立っていたのだ。
彼女の証言が最後の決定打となり、矢島平御助は打ち首。父は、その日のうちに腹を切ったと言う。
新藤屋の伝八が縄を受けてから、たった二日後。雪が降る歳末の出来事であった。
「――吉原へは、本当に戻らなくてもよいのでしょうか……?」
「大丈夫ですよ。死んで吉原の大門をくぐったのですから。それに借用書は偽装ですしね」
八重と加藤。
旅装束姿の彼女に、オカマ仕草でうんと頷く。
「加藤様、一つ教えてください。私がひとかけら飲むように言われたのは、あれはいったい何なのですか?」
「私も眉唾物なのですがね。茉莉花と呼ばれる、南国の花の根のようですよ。なんでも『すりつぶしたのを酒と飲めば、数日死ぬ』と、耳長族が偉そうな講釈を垂れたのを、仁王が覚えていたのだとか」
茉莉花、と八重は名を飲む。
「世界とは広いのですね」
「あれの話す世界は別世界に感じますよ」
加藤は空を見上げ、そして八重とその向こうに視線を移す。
安房の方角。安房藩主が女郎にされていた者たちを保護しており、身寄りのない者・親が分からない者などをすべて世話をすると申し出た。
八重もそこで身を置き、首から下げた荷風呂敷……夫・五郎太の遺灰を、そこに埋めるつもりだと言う。
恭しく一礼すると、八重はやっと己の道を歩み始めるのだった。
◇
木戸を出てしばらくの森の中。
ここでも一人、江戸を離れようとする者がいた。黒革コートを羽織り、背に銀色の大斧をかつぐ大男・ヴィフトールである。
また、その正面には綿入れを羽織った少女が一人。
「本当に、行っちまうのか……?」
お鈴である。
明るい日差しの中、今にも泣き出しそうな表情で見上げていた。
「うむ。しばらく帰っておらぬからな。」
ヴィフトールの背後には土埃にまみれた扉・ドーラの門。
「ドワーフの軍勢を送り込まれると厄介だ。この世界のあり方、パワーバランスを崩しかねん」
そう言って、木々の合間から江戸の町を望んだ。
今日は大晦日。あちこち大掃除に追われている。
江戸を覆っていた影を祓ったのもあってか、心持ち明るく見えた。
しかし、人が集まれば邪念も溜まる。町に蔓延る悪を断罪しても、それはまだ氷山の一角に過ぎないだろう。だが今年ぐらいは、明るい新年を迎えられそうだ。
「お前の言っていることがよく分からん」
と、お鈴。
「ならば、ドワーフの国に来るか?」
「お、いいなー! 手形もいらなさそうだし。そだ、王様なら立派な椅子とかあんだろ?」
「玉座のことか? 石や鉄からはじまり、金銀・宝石のまで色々あるぞ」
「そか! ならそこに座らせてくれよ!」
ニカッと笑うお鈴。
意味を分かっているのか、と思いつつもヴィフトールは髭を撫で、しばらく考えた。
お鈴は『拐かしの一件を解決した目明かし』として知られ、十手なる国に認められた証を与えるかとの話も出ているらしい。
今も八丁堀を通じ、江戸中から謝礼が届けられている。
お陰で痩せっぽちだった身体にも肉がついており、しばらくすれば女ぶりも高まるだろう。元より素材は悪くないのだ。
(早苗にも、戻ったら国を訪ねて欲しいと言われているが)
あちらも捨てがたい。
「……お前、何かよからぬこと考えてねえか?」
お鈴の声は聞こえていない。
ドワーフは欲深い。ゆえにいくつもの問題を起こしてきたのだが、
「いいだろう。次戻ってきた際、一緒につれて帰ってやろう」
「お! ホントか!」
「ただし、あの粘土板は持ってくるなよ?」
「蒟蒻か? いいや、アタシの好物だし持ってくぞ。また捨てたりしたら、今度は殴ってやる」
ドワーフは今を生きる種族。その時が楽しければいい。
互いに笑い、そしてくるりと翻るのだった。




