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黒ヒゲ襲来! ~ドワーフ大江戸、じゃじゃ馬娘と大捕り物~  作者: Biz
2章 ぶつかり合う意地と欲とシマ争い
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2話 仁王君臨

 女一人に、男二人がなじる光景は続いている。


「おやおやー、今度は泣いて情に訴えるかー?」

「可愛そうだから、このハエ入りの蕎麦をあげまちょうねー。負け犬らしく這いつくばって召し上がれー」


 そう言って、手にした器を逆さに。

 灰色の麺をぶちまけた。


「ッ、てめえらもう許さねえ……ッ!」


 お鈴は握り拳を構えた瞬間、双眸を瞠った。


「何だ、今ごろ俺たちに慄いても遅いぜ。ここで一発泣いて――」


 拳を振りかぶる、兄貴分らしき男。

 しかし、それ以上はできなかった。


「……ん? 吉助、何止めてんだ」

「いや、あっしじゃ――って、な、なんじゃこりゃあ!?」


 弟分・吉助が顔を向けると、ぎょっと仰け反った。

 後ろから伸びた大きな手が、兄貴分の拳を包み込んでいるではないか。


「――お前たちに一つ、訊きたいのだが」


 それは、ヴィフトールの手であった。


「食いモノを粗末にするのは悪いことなのか?」


 なにを、と掴まれた腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。

 それどころか、メシッ、と鈍い音がすると、


「うぎゃああああーッ!?」「あ、アニキぃッ!?」


 仁は両膝をつき、ひいひぃと情けない声をあげた。

 ヴィフトールは見下ろしながら、もう一度、抑揚のない声音で訊ねた。


「食いモンを粗末にするのは、悪いことなのか?」

「ひ、ひぃッ、わ、悪いことですゥー……!」

「そうか」


 ヴィフトールは膝を上げ、仁の頭に足をかけると、


「ぐべ――ッ」

「ならば、食え」


 足の下でもがく仁。

 横でおろおろと慌て蓋めく弟分・吉助。

 地面にぶちまけた蕎麦に向かって、踏みつけたのである。


「て、てめえーッ!」


 吉助が懐から抜き身の短刀を。やくざ者が好む匕首を、びゅっとヴィフトールに突き刺した。

 だが、安物か粗悪品か。

 黒革のコートすら貫くことすら出来ず。それどころか、小気味好い音を立てながら刃が飛んだ。


「な、なな、なんだと……!?」

「オークのがはるかにいいものを使っているぞ」


 予想だにしない出来事に、吉助はへなへな、腰を抜かした。

 するとそこに。二人が出てきた店ののれんを掻き分け、ぬっと大きな人影が姿を現したのを見て、あっと声をあげた。


「お、大風の旦那……ッ! どうか頼みやす!」


 大風と呼ばれた大きな男は、じろりとヴィフトールを睨む。

 身長は少し低く180cmほど。しかしとんでもない肥満体で、横は1.5倍ほど大きい。

 傍に棒立ちになっていたお鈴が、


「大風ってえ、まさかあの関脇の……」


 と口にすると、野次馬の群集もどよめいた。


(デブにも(くらい)があるのか?)


 大風は腰を落とすや、不意打ち気味に掌底を繰り出す。

 喧嘩慣れした動きだ。見た目よりもかなり俊敏で、さっと躱すと、間髪入れず二発目、三発目と野太い風切り音を奏でてくる。

 だが、オークに比べれば遅い。

 躱すヴィフトールは後退を続けているが、実際は最低限の動きで躱しているだけ。


 この程度か。


 巨漢の弱点は膝であるが、喧嘩慣れしている者はそれを把握・対策しているもの。

 狙うは顔。その鼻先――機を窺おうとしたその時、思わぬことが起こった。


「ぬ」


 大風は手を前に、ぐわっと開き、ヴィフトールの髭を鷲掴みにしたのである。

 相手の目が変わったのを見て、ぐふふ、不敵な笑みを浮かべる大風。

 その行為がどれほど命知らずのものであるかを知らず。大きく振りかぶり、頭突きをしようとした矢先――


「ぬるァ――ッ」

「が……ッ」


 ヴィフトールは合わせて頭突きを、相手より勝った。

 眉間から鮮血を飛ばしよろける大風。さらにドワーフの大きな手が伸び、喉輪にかけた。


「お、大風の身体が……」

「う、浮かんでくぜ……」


 群集が(わなな)く――巨漢の身体が、腕一本で宙に持ち上げられてゆくのである。

 ついには地面から離れ、足をバタつかせる大風。

 太いヴィルトールの腕が伸びきった直後。その名のまま、ぐるり、と巨体が宙を舞った。


「くばぁッ!?」


 背中から地面に叩きつけられ、大量の唾を吐き出す。

 ヴィフトールはその苦悶に歪む顔を、上から思い切り踏みつけた。


「鬼じゃ、あれは鬼じゃ……」

「いや、鬼は踏まれている方だろう。ありゃあ、仁王だ」


 ドワーフの王は怒っていた。

 履いている革のブーツは重い。ドワーフの宿敵・バルログを討った際のもので、灼熱の業火に耐えられるよう、底にはぶ厚い鉄板が貼られているのである。ドワーフの剛脚も伴えばひとたまりもない。

 大風の鼻は潰れ、おびただしい鮮血が噴き出していた。

 荒々しい息を吐きながら、続けて二度、三度――トドメと大きく膝を上げた。

 まさにその時、


「――ま、待て待てッ、もうそこまでにしてやれッ」

「む?」


 お鈴が腰にしがみつき、止めたのである。

 周囲を見渡せば、やくざ者は抱き合って震え、眼下の大風も弱々しく呻くのみ。

 威勢だけか。

 鼻白んだヴィフトールは、足をそっと戻し、外套をはためかせながら翻る。


 ――ドワーフの髭を掴むは、竜の逆鱗に触れるのと同様


 ドワーフにとって髭は誇り、命と同じくらい大事なもの。

 それを掴むことは宣戦布告とされ、殺されても文句が言えない愚行なのである。


「仁と吉助。そのデカブツを持って、とっとと失せなッ」


 つまりは、やくざ者たちに慈悲を与えるじゃじゃ馬娘に邪魔されたわけなのだが、


「――お前、つええなあっ」


 ニマッと屈託のない笑みを見ると、不思議と怒りが消えてゆくのだった。

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