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10話 仁王が足に踏むものは

「仁王様。私、早苗も大手柄をあげましたよ!」


 二日後の朝。

 霜が立つ中、早苗は白い息を忙しく吐いていた。


「新藤屋の廻船が安房に停泊すると知り、父に調べてもらったのです。すると、とんでもないカラクリが判明しました」

「ほう?」

「船は移動する女郎屋の如く。小舟を使って島から移していたのです! 遺言にあった“うきち”なる男は、その小舟の船頭をしていたとのこと。船員を締め上げたところ、遊女を逃がしたことで刺され、海に棄てられたようです……」


 どちらも懸想し合っていた。

 そうか、と後ろでお鈴が力なく呟くも、どこか労るような感情が滲んでいる。

 恋を知れた。

 それが唯一の救いだ、と早苗は言う。


「ところで早苗。お前の父は道場の師範では?」

「う……そ、その……」


 目を泳がせる早苗。

 そして次の瞬間、


「も、申し訳ありませんっ! 嘘を申しておりました……っ、私は、安房藩主・藤堂道元の娘でございます……!」


 なに、とお鈴・権六が立ち上がった。

 自分より強い者を求めて江戸を訪ねた事実だが、実は父に反発して家を飛び出したのだと言う。理由は『勝手に結婚話を進めようとしたから』と、彼女らしいものだった。


「まだ島には乗り込んでおらず、しかし、いつでも乗り込める用意は出来ている。是非とも一番槍を任せていただきたい、と父は申しております」

「うむ、では任せよう。こちらも動くと伝えてくれ」

「承知いたしましたっ!」


 たっと駆け出す早苗に、


「てえことは、あいつ、お姫さまだったのかあ?」


 お鈴は間の抜けた声をかけていた。


「おかげで手間が省けた。――お鈴、オカマに言って、雲ノ介の処断と、新藤屋の伝八の自白、奉行のバカ息子を仕留めると伝えておけ」

「おうよ!」


 どんと薄めの胸を叩く。

 先日の火事の折、雲ノ介はまったく同じ手口で子供を拐かした。

 そして千住にある隠れ家・水車小屋に向かったところ、隠れ潜んでいた同心たちの御用となる。新藤屋の伝八もしょっ引かれたものの、こちらは、繋がりのある証拠がないの一点張りだった。


「だけどお前、よく水車小屋が隠し蔵になってるって気付いたな」

「ドワーフは仕掛けを作るのが好きでな。女が埋まっていると言うなら、行き着くのは易い」


 そこは、密室の地下室となっていた。

 加藤の『水もないのに真新しい水車』との言葉に、ピンときたのだ。

 また、新藤屋の奉公人だった寛太が窒息死していたのは、雲ノ介が空気孔を開き忘れていたからだ、と自白したらしい。


「それと手間なのだが、机にある図面を臥煙の連中に渡してきてくれ」

「ん? いいけど、あれなんだ?」

「ちょっとした余興をな」


 ニッと笑みを浮かべたヴィフトールに、お鈴はますますわけが分からなくなった。


 ◇


 おみやの左衛門を使い、再び吉原遊郭・渡世屋を訪れさせた。

 雲ノ介を捕らえたことを伝えるためと、使用人にあるものを渡すためである。お鈴の(かんざし)にあしらえた魔鏡を『見舞い品』として握らせれば、使用人は快く受けたと言う。

 季節は師走に入ろうとしていた。

 曇天から雪がチラつきはじめた中、商人たちがツケの回収に備え、また金を工面するのに奔走する者たちで溢れている。

 ――しかし、この日は少し違っていた。


「さあさ、お立ち会い! 火つけに人さらい、幼子を岡場所に売り飛ばした悪人を、かの雄髭山こと仁王様が、四人まとめて処断なさるそうだあ。刑場は少し違うが、それはこの読み売りを買ってくれい」


 読み売りたちが、一斉に声を張り上げる。


 雲ノ介と、浪人者たちの処断は既に決定されている。

 だが問題は、どのような方法をとるかであった。

 基本は火刑なのだが、それでは納得がゆかぬと(かどわ)かされた子の親たちが集い、罪人を差し出せ、みなで殴り殺さなければと集まっているのだ。


『――処刑を担ってほしいだと?』


 加藤は困っていると告げた。


『もう伝馬町は親という親が殺到してましてね。それのみならず、同心の女房まで出張り、たすき・鉢巻き姿で極悪非道を許すな、などと声をあげてあげて……。ああ、私の母まで年甲斐もなく……』


 顔を覆い、嫌だ嫌だと顔を振る。

 実際は暴動を起こさぬため、握り飯をふるまうなど統制しているのだが、うるさくて敵わないらしい。

 そして刑に踏み切れない問題が、もう一つだけある。

 浪人の中にいた、老人であった。


 刑の当日――。

 読み売りで知った江戸の町民が、刑場で名高い小塚原に殺到していた。

 老若男女、その光景はもはや祭り。

 しかし、みな疑問に思っていた。本来ならば刑場をぐるりと囲う柵があるのだが、今回は一本道のように、竹を斜め格子状に組んだ柵が、両端に立っているだけなのである。

 何をするんだ、と訊ねあっては首を傾げる。

 すると、町の方からざわめきが起こった。


「ひぇっ、あれが仁王ってやつかい……!?」

「なんだあのでっけぇ斧……あれで首を落とすってのか……」

「鬼だぜありゃあ……!」


 黒衣のコートに太い鎖を肩に巻き付け。

 背に棍棒を一つ。手には銀色の斧をずずっと引きずりながら、柵の中を歩いてきたのである。

 観衆は圧倒されて、顎を引いていた。

 そしてその後ろからは、縄をかけられた者が三名――立ってるのもやっとな状態の浪人ものが現れ、座らされた。するとたちまち、人の口から発せられたものとは思えない罵声が浴びせられる。

 浪人者は本当は五名いた。……が、内二名は権六一家の元手下たちに痛めつけられた時に死んだのだった。


(加減しろ馬鹿、と言いたくなるな)


 やれやれ、と首を振るヴィフトールの後ろで、ああと動揺の声があがった。

 遅れてやってきた老人が一人。

 これには誰も罵声を浴びせず、不安そうな顔を処刑人に向けた。


 ――孫が拐かしに遭い、協力すれば助けてやると引っ張り出されたそうです


 長屋の中で、加藤はそう話した。

 火をつけようとしたのは事実だが、人の親なら誰でもそうしただろう、お目こぼしを願う者も多くいるとのことであった。

 同心の左近が、野太い声で刑について説明をしてゆく。


『――しかし仁王の寛大な措置により、仁王の刃を躱し、見事、向こうまで逃げることができれば、無罪放免とすることとなった』


 観衆のみならず、浪人、老人も顔をあげていた。

 役人が後ろを固め、縄を解く。

 僅かな望みが見えたのも一瞬。ヴィフトールが斧を構えれば、罪人たちの表情は絶望の色に染まっていた。


(弱者しか強く出られない連中か)


 周りの者がいけいけと囃し立てるが、足がすくんで動かないらしい。

 ならば。ヴィフトールは指笛を吹く。

 すると――


「な、なんでえ!? 牛かあれ!?」

「なんちゅー角でえ!?」


 白い二本角から、更に上下に枝分かれした銀の角が。

 眉間には一角獣の如き、長い角が生えている。

 ガッガッ、と地面を蹴ると、


「ン゛モ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーッ!!」


 哮りをあげて浪人に突っ込んだ。

 恐ろしく重い足音を轟かせ、浪人は慌てて走り始めた。

 だが、その内の一人は左脚がまともに動かないのだろう。よろよろ脚を引きずりながら、待ってくれ、と仲間に手を伸ばした直後、


「うぐああぁぁぁぁーーッ!?」


 牛の角が、腹から腹を貫いていた。

 浪人たちは悲鳴に振り返り、その悍ましい光景に顔を歪める。一撃では死なず、ぶんと力づくで角を引き抜かれては、更にもう一撃――首を貫かれ、だらりと四肢を投げ出す恰好のまま、完全に息絶えるまで弄ばれているのだ。


 いよいよ浪人が、ヴィフトールに近づいてくる。

 先に捕まったら死ぬ。

 仲間をゆかせようとどちらも歩を緩め、最後には目前で制止してしまっていた。


「お、お前がゆけ!」

「断る、お、俺はまだ死にたくない……!」


 譲り合う浪人たちであるが、ヴィフトールの斧は容赦しなかった。

 唸りをあげる斧は、右側の男の脚を斬り落としたのである。左側の男はその隙に逃げようとするも、後ろ襟を掴まれ、


「う、うああああーっ!」


 担ぎ上げられた身体は、地面に向かって逆さまに。

 そして、そのままヴィフトールは高く跳び上がった。


「ぬるああああーッ!」


 ぐしゃり、と地面に鮮花が広がった。

 頭が砕け、地面に真っ直ぐ立っていた浪人の身体は、やや時間をおいて倒れる。

 その間にもう一人。

 脚を切断され、悶えていた浪人の頭に、斧が降り落とされていた――。


(さて、残るは……)


 黒牛に背中を突かれ、煽られる老人が一人。

 前には少しずつ進んでいるが、辿り着くには相当な時間を要するだろう。

 少し道を戻ったところで腰を下ろし、それを待つことにした。


「仁王、差し入れを持ってきたぞーッ!」


 後ろの終着地点から、大八車を引くお鈴が手を振っていた。

 荷台には酒樽が一つ。目の前まで運ぶと、お鈴は小さな升を差し出した。


「大升がいい」

「それだと飲み干しちまうだろうが」

「これぐらいなら余裕だ」


 酒樽の蓋を手で割り、ざぶと升ですくう。

 少し辛みがあり、喉を通ったあとに鼻に芳醇な香りが抜けてゆく。なかなか好みの酒だ。


「うむ。うむうむ……」


 ざぶ、と一杯。

 ざぶ、ともう一杯。


「――――!!」


 その後ろで、お鈴が必死で手を仰いでいた。

 早くこい。

 今のうちに抜けろ。

 それが通じたのか、周りの観衆も、行け行けと声を上げた。

 老人は両目を瞑り、よたつきながら走った。

 気付かれるのかもしれない、とヴィフトールの手前で足を止めようとするが、


「とっつあん、早くこっちゃ来い……ッ!」


 終着点で中年の男が、大きく手を振っていた。

 老人は思いきり走った。

 ヴィフトールは興味が失せたように酒を呑み続ける。


「この酒の銘は〈仁王のよそ見酒〉に決まりでえ! ムツのおっちゃんの店、繁盛するぞーっ! ――って、お前、本当に全部呑んじまう気かっ!?」


 父と子が涙の抱擁を交わし、歓声が起こる中。

 お鈴が「次が本番なんだぞ!?」と慌てるのを無視し、ヴィフトールはもう樽の半分まで減った酒を、ひたすら呑み続けていた――。


 ◇


 酒樽はすっからかんになっていた。

 その呑みっぷりたるや、お鈴だけでなく観衆も驚くほどで、


 ――水じゃねえのか……?


 と、驚かれる始末である。


「お前、本当に大丈夫だろうなあ……?」

「うむ。あの量は子供用で、ドワーフの大人はもう二樽いけるぞ」


 言いながら、お鈴の尻を鷲掴みにした。


「うむ。肉がついてきたな」

「お前、酔ってんだろっ!?」


 次の準備で同心たちが忙しく動き回るのを背に、子供かっ、とお鈴はヴィフトールの頭をはたく。

 今回の主目的は、目明かしの雲ノ介の方である。

 浪人の処断は言わば前座であり、無理やり協力させられていた老人に慈悲を与えるためのものだ。

 それを証明するように、結った髪が解け、落ち武者のような頭になった雲ノ介がつれて来られると、先ほどとは比べものにならない罵声と非難の声があがった。


「地獄へ落ちやがれっ!」

「人間じゃないよお前はっ!」


 場所は普段通りの刑場に移し、柵の向こうから石が投げつけられる。

 役人が止めろと言っても、石の雨はしばらく止むことはなかった。


「よう。雲ノ介、いいザマだなあ」


 お鈴が見下げると、雲ノ介はギロリと睨みつけた。


「上手くいってりゃ、岡場所で可愛がってやったのによ」

「うわっはっは! アタシはそんなとこより、相撲の本場所で可愛がられてえや。ま、地獄で夢見てな」


 禿げ頭をペチペチ叩き、同心と入れ替わる。

 枷が取り付けられた板が敷かれ、雲ノ介はそれに手足を拘束された。


「試し切りかい? それとも胴輪斬りかい?」


 あっさり殺してくれるもんだ、と強がる雲ノ介であるが、その上にぶ厚い鉄板が乗せられると、途端に黙り込んだ。

 何が起こるのか、分からず不安になっているらしい。

 それは観衆も同じで、初めて見る光景に息を呑んでいた。


「これより、元目明かしの雲ノ介を……圧死刑に処す!」


 左近が声を張ると、観衆がざわめく。

 圧死とはあれか。

 それしかねえ。

 各々の考えが囁かれあうが、それもすぐに別のざわめきが起こる。


「乗せるのは石であるが、ただの石ではない。この江戸ではたくさんの幼子が拐かされている。此度はその子たちと同じ重さの石を、両親の手で乗せてもらうとしよう」


 下手人である雲ノ介には、それを一手に引き受けてもらう。

 まさかの言葉に観衆は湧いた。

 雲ノ介が「ふざけるな」と声を荒げたが、


「黙っていろ」


 ヴィフトールが鉄板の上に。


「仁王が踏むのは餓鬼だ。分かるか雲ノ介、お前の末路を現世で味わわせてやる」


 お鈴が言葉を投げつける。

 そうしている間に、最初の父母が、娘と思われる名を呼びながら石を一つ。ヴィフトールが受け取ると、脇にそれを置いた。


「おちか、仁王様が傍にいてくれるからねえ……」


 母が涙声で語りかける。

 次に一つ。更に一つ。石は少しずつ、確実に増えてゆく。

 中には雲ノ介に「まだくたばんじゃねぞ」と唾を吐き付ける。


「ううー……ううー……」


 子の体重は、軽くても20kgはあるのだ。

 数が積もれば相当な重みとなる。雲ノ介はもう、弱々しく呻くばかりだった。


「もう、もう止めてくれぇ……止めてくれぇ……」


 またも石が一つ。

 鉄板の下でミシミシ音を立てる骨を感じながら、石を置いてゆく。

 安房藩・早苗の父が調べで、江戸から拐かされた幼子は二十三名。それも名と親が分かっている範囲である。

 残り五個となると、雲ノ介の足の骨は砕け、膝と肩、頭蓋骨で支えている状態に。最後の一つが乗せられると、いよいよそれも砕けようかとしていた。


「さて、このまま時間切れを待ってもいいが」


 ヴィフトールはお鈴に目をやった。

 用意した石は二十三個。しかし、一つだけ計上していないものがある。


「お鈴、こい」

「え?」

「最後の一つ。お前の友の分だ」


 あ、と声が洩れた。

 そして唇を噛むと、


「おみつ、今から仇を討ってやるぞ……!」


 天に呼びかけ、仁王・ヴィフトールの懐に飛び込んだ。

 その衝撃で、雲ノ介は声にならない声を発し、鉄板の下で、断続的な鈍い音を響かせるのだった――。

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