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9話 ぬかりなし

 千住は浅草から少し先の場所にある。

 加藤に調べを任せること十五日。山中にうち棄てられた水車小屋を発見した。

 水車はまだ新しいものの、建物はとても人が住める状態ではない。何者かが出入りがあったようだが、別にあるのかもしれぬと、今も調査をしているらしい。


「くっそう……やっぱ、そう簡単にはいかねえか」


 自分も行きたい、とお鈴が悔しがる。

 迂闊に動き、警戒されては元も子もない。

 先の失敗から学んでいた。


「で、八重を証人するって言っても、どうやって吉原から出すんだ?」

「それは考えてある。……が、俺が探しているものがなければ、別の方法になる」

「探しているって、茶か?」


 ヴィフトールの前には、大量の茶葉がら並んでいる。

 廻船問屋の大澤屋に仕入れてもらったものだ。一つずつ湯を注いで確かめてゆくので、部屋は茶のいい香りでいっぱいだった。


「茶ってこんなにあるんだなあ……。母ちゃんの故郷では、ほうじ茶で粥を炊いてたみてえだけど、粥で、しかも茶なんてなあ……」


 茶漬けとどう違うんだ、と首を捻る。

 用意した茶は七種。

 四つめを口にした瞬間、ヴィフトールの目が開かれた。

 鼻腔を抜けてゆく甘い花の香。そして口の中に残る清涼感――。


「あったぞ!」


 思わず立ち上がり、その茶葉を手に取った。


「そんな茶っ葉で、吉原から出せるのかあ?」

「いいや、茶ではない。必要なのはこの根だ」

「根?」

「うむ。阿呆なエルフもたまには役に立つ」


 季節はすっかり冬に入っていた。

 目的の品は南方のものであるらしく、大澤屋がツテをあたり、運良く一本仕入れる算段がついた。


(あとは一発、ビビらせてやるか)


 そろそろ渡世屋を訪れたことが耳に入るだろう。

 たかが目明かし一人のために、人さらいを止めておくことはできない。目障りになれば排除に乗り出すはずだ。

 往来をゆくものは、吹き付ける木枯らしに縮こまらせ、寒い寒いと小走りに。上機嫌に足を弾ませるものは、湯屋か飲み屋に向かうものくらい。

 二週間後。ヴィフトールとお鈴は、そんな者たちを脇目に浅草・新藤屋を訪ねていた。


「――よお。最近、景気が悪そうだなあ」

「またこられたのですか。本当に諦めが悪いですね」


 お鈴がのれんをくぐるのを見て、新藤屋の主人・伝八がわざとらしくため息を吐いた。


「店終いの用意はしておいた方がいいぜえ? 伊豆の店にもお調べが入るからなあ」


 息を飲んだ伝八の返事を待たず、くるりと翻る。

 せいせいした、と上機嫌なお鈴。せっかくだからと、火消し訓練をしている臥煙・紋次郎に挨拶をし、横川へ。

 日はすっかりと暮れていた。


 ◇


 そして、その日の深夜――


『おいっ、てめえら何してやがんでえ!』

『逃げたぞ!』

『こっちは捕まえたぞ!』


 長屋の外は突然騒々しく。

 引き戸を開けば、橙の灯りに染められた冬の空気が広がっているではないか。


「火消しの前で火遊びたあ、いい根性だ」


 灯りの中にいるのは、藍染の半纏をした火消し・紋次郎であった。

 後ろでは、膝をついた浪人風の男が六名。新たに二名連れてこられた。中には老人までおり、長屋の者たちは驚きを隠せない。


「仁王。こいつらがそこの犬矢来を燃やしてやがったぞ」

「ほう。火はつかなかったか」


 一部が黒こげた犬矢来を見ると、そこで相当苦戦したのだろう。油瓶や燃えた紙がたくさん並んでいる。


「火がつかぬなら、すぐ別に移るべきだぞ」

「何を教えてんでえ」


 呆れるお鈴の向こうから、半鐘の音が響く。

 二方向に仕掛けた。臥煙も火消しに向かうべきなのだが、ここに火つけの現行犯がいる。新宿の方面なので、そっちに任せらあと笑った。

 大事なのは、この浪人風の男たちだ。

 縛り上げたのを見下ろしながら、ヴィフトールは訊ねた。


「向こうで子を攫い、こちらでお鈴でも攫い、罪をなすりつける気であったか?」

「し、知らねえな」

「そうか」


 ヴィフトールの大足が、浪人風の男を踏みつけていた。


「ぐあっ!?」

「どのみち死罪だ。ここで死んだ方が楽だろう」


 頭蓋骨がめりめりと音を立てる。

 苦悶の悲鳴をあげ、やがて観念したように「そ、そうだ!」と叫んだ。


「その目明かしの女を、ついでに岡場所に売り飛ばしちまおうと……!」

「それは誰の指示だ?」

「そ、それは……!」


 ヴィフトールの足に力が込められた。「ぐああああっ!?」


「く、雲ノ介だ……! この火つけは全部、あいつの指示だ……!」


 証人は臥煙と長屋のものたち。

 お鈴が縄を持ち、両脇を臥煙の男たちが固める。

 するとここで、お鈴の父・権六が呼び止めた。


「お、父ちゃん。その半纏姿、久々だあ」

「伝馬町の牢屋敷、六番に入れな。寂しくならねえように、ウチの連中も送ってやらあ」


 権六は、背に丸で“権”の字を描く半纏をしている。

 久々に聞く凄みのある声に、牢人風の男たちは恐怖ですくみ上がっていた。

 ここはやくざ者・権六一家が治める地。手を出せばどうなるか……このあとで更なる地獄が待っていると、今気付いたらしい。

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