7話 平和と暇は目明かしの敵
絹枝は幼くとも女郎だった。
そのため、内情のことも人より多く知っている。
「女衒は色々な人がいますが、目明かしのような人は見たことありません。おそらく、蔵渡しをしたのではないでしょうか」
蔵渡し――それは、蔵に品を置き、そのまま買い手・女衒に渡すことである。
絹枝がいた宿にもおり、親に蔵に入れられ、女衒に引き取られた者がいたと話す。
「蔵に戻れば小判が数枚……。親はどんな想いで受け取るのでしょうねえ……」
重久も悼むように首を振る。
長屋の中に、重い空気が落ちた。
「アタシが絶対に捕まえてやる」
ようやく立ち直ったお鈴は、拳を手のひらに叩きつける。
「最近では船荷に紛れさせたり、親を人質にして自ら苦界に投じさせたり、あの手この手を使っているようです」
「天使は慣習に囚われ、悪魔は新たな知恵を生み出すものだ。その蔵を見つければ、証拠への手がかりが掴めるかもしれんな」
◇
捜査を再開したお鈴であるが、これ以上の調べはできなかった。
……と言うのも、新藤屋が奉行と繋がりは事実らしく、途中で出会った加藤より、捜査を打ち切るように命じられたのである。
あからさまな圧だ、と加藤は首を振る。
憎々しげに舌打ちをするお鈴だが、原因は自分にあると、反省の色を見せた。
――ネズミは一日に何度も餌を摂取するそうですよ
――まったく、人が見えないところでチョロチョロするものです
やだやだ、と言ながら去った加藤である。
だがこれは、
――気付かれないところでやりなさい
と、遠回しに伝えているのだ。
雲ノ介の行方。新藤屋の証拠・蔵渡しに使われる蔵。女郎屋のある島の場所――。
これらの調査は大っぴらにできないため、町を歩き、ほかの目明かしの仕事をしながらとなる。
「仁王様のおかげで、福蔵一家の嫌がらせがなくなったからねぇ……」
店に入って困りごとを訊ねてみても、どうすれば繁盛するびかとの悩みばかり。
横川では情報は期待できぬと、北辻橋を越えて福蔵一家が根城としていた深川に入った、その直後のこと、
「――あんたが盗ったんだろ!」
「ふざけんじゃないわよ! こっちだって無くなってんのに!」
橋のふもとで取っ組み合う、二人の女。キーキーと金切り声をあげる横で、男たちが囃し立てて、楽しげに見物をする光景に出くわした。
お鈴が割って入るものの、女二人はそれを押しやり、ついには叩き合いまで始めてしまう。
(何だかんだで仲がいいのではないか?)
ヴィフトールは両手を伸ばし、大きな手で二人の帯を掴むと、近くの水路に向かって、
「きゃああああ――ッ!?」「うぁぁぁぁ――ッ!?」
どぽん、と水柱が二つ。
思い切りぶん投げたのだった。
◇
「――ったく、いい大人か何してんでぇ!」
濡れねずみとなった女は、お鈴の命令で正座して説教を受けていた。
同じ着物、身なりからしてどこかに仕えているらしい。
しゅんとなり、互いに横目を向け合いながら「こいつが」と言い、また腰を浮かせる。……が、ヴィフトールが一歩前に出るや、慌てて居住まいを正した。
「理由を話しな。何があったんでえ」
「それが……蓄えを盗まれたのです」
「行李や箪笥に仕舞っていたものが、突然……」
二人はとある屋敷に上がる女中であり、暇をもらったときに備えての蓄えが、今朝、無くなっていたのだと言う。
「まず藩主に相談したのかあ?」
「い、いえ……」
「それがその……」
二人はたちまち語気を弱く、もごもごと。
お鈴が、大きなため息を吐いた。
「さては、お前らんとこの屋敷、賭場やってんなぁ?」
「「う゛……!?」」
「二人とも、そこに出入りする旗本でもいて、互いに手引きしたと疑ぐりあったんだろ」
しばらく間を置き、はい、と観念した女二人。
同心や目明かしの手が入らないのをいいことに、屋敷で賭場を開くところも少なくない。……が、頭巾で顔を隠した者が出入りするので、よからぬ者も堂々と入り込める。
「勉強料だと思って諦めな。突かれたら困るだろ?」
泥棒を内に入れ、盗みを働かれたなぞ恥晒しもいいとこ。ゆえに藩主に相談しても取りあわない。
これは体裁取り繕う武家の悪習を利用した、悪賢い泥棒なのである。
「何だい、目明かし風情が偉ぶって」
「権威に媚びへつらうだけかよ」
無理だと分かるやいなや、女二人はころりと態度を変え。
悪態をつきながら人ごみへと消えてゆく。やはり仲がいいようだ。
「ちぇー……都合のいい奴らだぜえ」
お鈴も慣れているのか、誹りも意に介さず、頭の後ろで手を組み唇を尖らせるだけであった。
◇
大きな事件はそうそう起こらない。
お鈴は見回りに出かけては、夫婦げんかを仲裁したり、借金の取り立てに向かったり、子供と遊んだり。また、街外れの道場跡地を借り、女たちに柔術を教え始めた早苗を冷やかしに行ったりと、毎日忙しく過ごした。
今は待つ時だと理解しているようだ。
そうしている内に秋が深まり、温かい物が美味しくなっていた。
「……ったく、きたねえ銭でやるこたあねえだろ」
七輪で豆腐を茹でるお鈴は、木の色新しい長屋を眺めながら洩らした。
「そう言うと思って、お前の家だけやらずにおいた」
「中途半端に残すぐれえならやれよっ!? よけい惨めったらしいじゃねえかっ」
管理する家主のみ、元のボロさを残している。
拗ねていたお鈴が悪いのだが。
「だけど、なんでまたいきなり長屋を直したんでえ?」
「火事対策だ」
「火事だあ? ……まぁ、前のまんまじゃあっという間に消し炭だけどよ、遅いか早いかじゃねえか?」
「ちゃんと対策をしてある」
対策、と繰り返し、長屋を眺めた。
あるとすれば、犬猫の小便で傷まないようにする犬矢来が設けられているだけ。
「見た目は板だが、内に鉄板を仕込んでいる」
「錆びてすぐダメになるだろ。何のためにそんなの」
「しばらくの間もてばいい。連中が仕掛けてきた時のためにな」
ヴィフトールは言って、七輪の中で焼ける炭を見た。
相手は放火の罰を恐れない。口封じのために、この横川を焼き払うことも厭わないだろう。お鈴も理解したらしく、ぐつぐつと煮える豆腐を前に、顔を強張らせた。
「悪人は狡猾であり慎重さが求められる。しかしそれは、臆病によるものであってはならないのだ」
「一緒じゃねえのか?」
「実際に見てきたが、臆病者はヘマをする」




