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5話 千両箱はどこにある

 加藤の調べで“うきち”なる者の正体が判明する。

 それは七年前。島流しを言い渡された男で、四年前に江戸に戻る。働き口を探し歩いている姿を最後に、行方は知れずになったとのこと。

 おみつの口からその名前が出たとなれば、自ずと答えが出た。


「仁王様。その説は大変お世話になりました」


 この日。大澤屋の主人・重久が江ノ島より戻り、長屋に挨拶に伺ってきた。

 後ろに控える奏太もまた、深々と頭を下げる。姿勢を正した時の表情には、凜々しさが宿っているようにも見えた。


「倅を見た時、私は人違いをしたのかと思いましたよ」

「思っていたよりしっかりしていて、やや肩すかしだったぞ」


 髭を撫でながらニッと笑うと、奏太はたちまち以前に戻ってしまう。

 それに、久重は何やら嬉しそうに目を細めた。


「男同士の会話もしました。そこで奏太は、初めて自分の意志を口にしたのです。『身請けとは、いったいどれだけ金子が必要なのでしょうか』と」

「はっはっはっはっ! そこまで入れ込んだか!」

「遊女を内儀にするのは、と最初は突っぱねました。ですが去り際、視線で情念を交わし合うさまを見せつけられるとね、私も汗を拭うしかありませんよ」


 少女の名は“きぬ”と言う。

 元は孤児で、拾われた夫婦にそう名付けられた。元より面倒をみる気がなく、きぬが(おおよそ)十歳を迎えた頃に小判五枚に換え、江ノ島につれて来られたらしい。


「同情はしますが、苦界にはそのようなものがごまんといますしね」


 冷淡にも諦念にもとれる口ぶりだった。

 (くだん)の流れ着いた女郎・みつも、その一人なのだ。

 久重の話はそこで切り上げであるらしい。ヴィフトールは機を見計らって、今回の事件のことを明かした。


「――なんと、その女郎はここのお嬢様の……!」

「うむ。じゃじゃ馬が、表の牛のように駆け回っておる。そこでなのだが、一つ訊きたいことがある」

「はい、何とぞ」

「いや久重ではなく、奏太に訊きたい」


 予想外のことだったのか、奏太は、はっと頓狂な声を出した。


「あの近辺の潮の流れはどうなっている」

「え、えぇっと、あの一帯は黒潮と呼ばれ、この日の本の南岸に沿い、安房の東へ抜けてゆきます」

「漂流すれば、一日でどれくらい動く」

「十七、十八里くらいかと」


 一里はおおよそ3.9キロメートル。

 ざっと計算しても、70kmほど移動することになる。


「そうか。では江ノ島から一日ほどの範囲にある島、もしくは拠点を探せるか」

「ええ、海図がありますので。……でもどうしてまた?」

「おみつの身体からして、漂流して一日が限度だろう。その圏内に、何かあると見ていいはずだ」


 あっ、と声を出すが、しかしどうして自分がと疑問を抱いているようだ。

 ヴィフトールは何も言わず、察したであろう重久もまた、「仁王様のお力になりなさい」と言うだけであった。


 ◇


 それから三週間が過ぎ。

 江戸の町は日差し和らぎ、涼しさを含む風が吹くようになっていた。

 その間、お鈴は汗だくになりながら町を駆け続けた。時おり足下をふらつかせ、何度か茶屋に運ばれることも起こす。

 それでも父の権六が何も言わなかったのは、娘の気持ちを汲んでのことだろう。


 ――納得がゆくまでさせるしかねえよ


 その小さな背中をじっと見守るだけであった。

 お鈴が捜すのは、腕に島送りの入れ墨をした目明かし。おおよその目星がついているようなのだが、確たる証拠はないらしい。


「アタシは雲ノ介が怪しいと思ってる」


 茶漬けにした朝飯をかき込み、そう言った。


「雲ノ介?」

「浅草の目明かしで、十五年ほど前に伊豆に流されてんだ」

「浅草……と言えば、臥煙の紋次郎のところか」

「うん。お前が他殺だと言ったホトケさん・寛太がいたろ?」


 ヴィフトールは髭を撫で、視線を宙に向けながら思い出す。

 ここにやって来たとき、川に上がった男の死体――人相書きを持って臥煙に訊ねれば、男の名は“寛太”であることが判明する。

 博打好きでいつも文無し。しかし殺される前、金回りがよくなっていた。


「加藤様から聞いた情報を見直そうとしてると、その時に書き付けたのが見えた。アタシはここでちょっと引いて考えてみたんだ。すると繋がったんだよ」

「繋がったとは、そいつと雲ノ介とやらがか?」

「うんにゃ。千両箱だ」

「千両箱?」

「寛太が殺される前、『千両箱を見つけた』と言ってたろ。おみつを(かどわ)かし、女郎屋に売り飛ばす――それは一人や二人じゃ割に合わねえ。どこかでボロを出し、気付いた寛太が強請ったんだ」


 千両もの大金を要求するほどの罪は何か?

 考えるは易い。付け火である。


「付け火は、捕まれば即座に火あぶり刑の大罪でえ」


 口止め料・千両の価値がある、と鼻息荒く続けた。


「しかしそれと、雲ノ介がどう繋がる?」

「博打仲間だ。寛太と繋がりがあったんでえ。そこで調べてみりゃあ、雲ノ介の野郎、悪名高くて訴えも多い野郎でよお」

「目に余るならば、措置は下るであろう。この国は身内に甘いのか?」

「それが出来ねえんだ。『釈迦が垂らす〈蜘蛛糸の介〉』なんて口上するほど、迷子を見つけてやがる――だけど、これはアタシの疑惑を強めることになった」


 なるほどな、とヴィフトールは感心した。

 お鈴の調べは理に適っている。実際は、『迷子を見つけた雲ノ介』ではなく、『迷子を連れた雲ノ介』であり、連れ去る途中で見つかった。

 また、目明かしならばそう怪しまれない。


「だけどあと一つ、あと一つ決定打がねえんだ……。おみつ、教えてくれ……!」


 顔をくしゃくしゃに。

 お鈴は祈るような言葉で、握り拳を何度も頭に当て続けた。


 ◇


 その昼下がり、事件が起きた。

 カンカンと下駄をけたたましく鳴り響かせ、血相を変えた長屋の女房が駆け込んできた。


「お鈴ちゃんが、薬の新藤屋に乗り込みに行っちまったよっ!」

「なにィッ! それはどういうことでえ!」


 権六が立ち上がる。

 女房曰く、大澤屋の倅・奏太に会い、何かを聞くと即座に駆けだしたと言うのだ。


「あの馬鹿、(はや)りやがって……! 仁王ッ、すまねえが頼まれるか!」

「うむ。任せておけ」


 ヴィフトールは立ち上がり、長屋で飼われるようになった黒牛の下へ。

 新藤屋とはどこか。女房より浅草・広小路とだけを訊き、牛を駆けさせた。

 途中、奏太と会ったものの勢いがついているため、


「長屋で待っておけ」


 と言うだけ。

 あとは脇目も振らず、一気に浅草へと向かった。


(薬の新藤屋……なるほど、『嫌なにおい』か)


 子供にとって、飲み薬は特に嫌なもの。

 お鈴が探していた最後の一つは、それだったのだ。黒幕の目星はもうついていて、最後の決定的な証拠が欲しかったのだ。


(だが、性急すぎる)


 浅草・広小路に入ると、新藤屋はすぐに発見できた。

 店前に人だかりができていて、騒々しい声がしていたからだ。


『やいッ、悪党の新藤屋! 雲ノ介を出しやがれッ!』

『い、いったい何のことですっ』


 突如現れた黒牛に道を譲る野次馬たち。

 そうとは知らず、お鈴は更に詰め寄ってゆく。


『ネタは上がってんだ! お前さんが雲ノ介と共謀し、おみつを始め数多の子供を(かどわ)かしてきたってなあッ!』

『そ、そんな……ああ、みなさん、これは誤解です、誤解』


 ざわめく野次馬に、店主は必死に弁明している。


『事実無根の言いがかりでございます。雲ノ介とやらの目明かしが出入りしているのは事実ですが、それだけで拐かしの下手人とは無体なことを。恐らく私を毛嫌いしている者が吹聴したことでしょう』


 直後、『ふざけんじゃねえッ!』との怒声と、何かが投げ転がった音が聞こえた。

 お鈴の気質からして、袖の下を渡そうとしたに違いない。

 ヴィフトールは、ふうふうとはち切れんばかりのお鈴の肩を、後ろから掴んだ。


「……ッ、仁王! お前、なんで!」

「帰るぞ――店主、邪魔をした」


 おい、どうしてだ、ともがくお鈴を無理やり後ろに引きつつ、ヴィフトールは茶色半纏の、いかにも人がよさげな店主から差し出されたものを受け取り、懐に収めた。


「ここは奉行の息がかかった店でございますゆえ、仕方のないことです。これまで何度、ならず者に手荒なことをされたりしたか」


 どうぞ、よしなに。

 腿の上に手を添え、深々と頭を下げる新藤屋の店主。

 暴れるお鈴を脇に抱えながら、ヴィフトールは浅草をあとにするのだった。

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