17話 器の違い
三日続いた祭りは盛況の内に終えた。
相撲は子供相撲と、飛び入り参加の女相撲があり、お鈴もこれに参加してどこかの恰幅のいい女将に投げられる。
同心の左近と交わした“裏取引”は、初鰹が市場に出回るようになった水無月のある日。突如として現れた荷飛脚に、長屋はおろか横川の町は大いに湧いた。
「は、初鰹を振る舞うってえのかいっ?」
縞模様が走った銀色の身体。
木桶の中にそれが五匹も。ヴィフトールは口を開いたまま立ちすくむお鈴の横で、
――町の者に食わせてやろう
独りで食う飯よりみなで食う飯の方が美味い。
それがドワーフなのだ。
薄い一切れでも、初鰹を口にした事実さえあればいい。
それが江戸っ子なのだ。
「ほう。これが、タタキとやらか」
確かに酒が進む、と頷く。
場所は富田屋を選んだのだが、突然の依頼に『こりゃとんだ大役だ』と店主どころか板長まで汗を拭った。
店は貸し切りに。〈かつを〉と大きなのれんを掲げる入り口から、深川に繋がる橋の上までの列を作る。一人ひと切れを口にしては去るのだが、みな中にいるヴィフトールに感謝の言葉を述べてから離れた。中には手を合わせ拝む者の姿まであった。
『権六一家の振る舞い鰹でえ。みなの分はあるから、心配するんじゃねえぞお!』
外ではお鈴が声を張る。
ヴィフトールの提案に渋ったものの、ちゃっかりと権六一家の手柄にしている。
(あの同心も、上手くやってくれたものだ)
これらすべて、福蔵一家の目論見を横から掠めたものだ。
◇
権六一家のふるまい鰹。
そう呼ばれた一件は、横川のみならず浅草まで知れ渡った。話を聞きつけた臥煙の紋次郎がおこぼれをもらいにやってきたが、結局ありつけたのは骨を使ったあら汁のみ。
しかし当人はそれで満足したらしく、上機嫌で帰っていった。
「お前、よくあんなこと思いつくもんだなあ」
湯屋の中。
真っ裸のお鈴は、洗い場の上で腕を組んで頷き続けた。
「どこからか届いた初鰹。それを横川の連中に振る舞うなんてよ」
「ここの連中にも世話になったからな」
横で聞いていた男たちは、「面目ねえ」と頭を掻く。
どこかで、とお鈴は言うが、実際は八丁堀からの“裏取引”によるものだと知っていた。
そして、それは――
『やい、ここに仁王とやらがいるそうだな』
入り口の方から怒声がし、お鈴はハッと顔を上げた。
「この声は……まさか、福蔵の野郎か!」
ここ横川のシマを争う、権六一家と福蔵一家。
番頭と揉めるのをきっかけに、湯屋はざわめき。派手な着物を着たままの、大柄な影がのれんをくぐると、暗闇は一斉に息を詰めた。
「福蔵ッ、ウチのシマに何の用でえ!」
「権六の娘っこも一緒か。今回は小娘に用はねえ、引っ込んでな」
「なにを、アタシだって――ッ!」
「で……そこにいるのが、仁王とやらか」
いきり立つお鈴を無視し、ジロリとヴィフトールに目を向けた。
恰幅のいい悪相の男。目はやや垂れ目だが、善人にはない鋭い光を放っている。
暗闇の中で対峙することしばらく。
「ま、まあ、なんだ……」
これまでの勢いはどこに。
突如として福蔵が気勢を欠いたかと思うと、
「こ、今回は手打ちにしてやらあ……! ありがたく思いやがれ……!」
言うなり、身体を翻し、そそくさと湯屋をあとにしたのである。
これにはお鈴だけでなく、周りの者たちもぽかんと口を開いたまま。
「なにがあったんでえ……?」
再び暗くなった湯屋の中。
ヴィフトールを除き、全員が首を捻るばかりであった。




