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黒ヒゲ襲来! ~ドワーフ大江戸、じゃじゃ馬娘と大捕り物~  作者: Biz
2章 ぶつかり合う意地と欲とシマ争い
16/30

15話 絶対王者

 早苗の機転により、横川は落ち着きを取り戻し。

 皐月の半ば。いよいよ祭りの当日を迎える。


「早苗には借りが一つできたな」


 早朝。ひやりとした青い空気を、燭台の灯りが赤く暖める。

 ヴィフトールは紅梅織りの浴衣に着替え、鏡に映った髭を確かめていた。


「お前、いつまで髭触ってんだよお」


 お鈴は横で、浴衣と同柄の羽織り手にしたまま大あくび。

 夜明け前より始められた支度は、着替え一瞬、髭に一時(ひととき)(二時間)かけている。


「髭こそドワーフの命。男も女も、いかに美しく見せるか、祭事ならば殊更だ」

「女もって……女もそんな髭が生えるってえのか!?」

「うむ。男か女か分からなくなるほどにな。ゆえに、酔ってズボンを脱がせばイチモツがぶら下がっていた、なんてことも少なくない」


 軽い口ぶりに、お鈴は腹を抱えて笑い出す。

 これを見ていた父・権六は「女が品のない笑い方すんじゃねえや」と、呆れるのだが、娘はよほどおかしいのか、目に浮かんだ涙を拭ってもなお笑っていた。


「いや、だって、くくく……」


 笑いを堪えながら、お鈴は羽織りを広げてみせる。

 ヴィフトールは上がり(かまち)に腰掛け、袖を通す。


「よっしゃ、気張っていくぞ!」


 羽織りをならし、ばん、と背中を叩いた。

 家の外に出れば、朝日が稜線に眩く輝き。長屋に住まう者たちが集まり、


「仁王、俺たちも見にゆくぞー!」

「仁王、頑張るんだよー」


 と、声援を贈るのだった。


「嫌疑は完全に晴らされたようだな」

「あったりめえよ。福蔵の野郎、もう許さねえぞ!」


 ――おみやの親父が(まいない)を受け取り、仁王を推薦した


 この噂は、福蔵一家の仕業と考えるのが自然だった。

 しかし、早苗の一計により失敗に終わり、逆に横川の町民たちからの信頼を勝ち得ることになる。


「仁王、優勝は出来なくてもいい。だけど、福蔵が仕向けた迅雷には負けんじゃねえぞ! 負かして、ぎゃふんと言わせてやるんだ!」

「何を言う。俺は金も欲しいし、初鰹とやらも食いたい」

「お前も江戸の男になってきたなあ。その意気だ!」


 朝日の中。お鈴はニマッと笑みを浮かべ、拳を突き出すのだった。


 相撲は日本橋の大通りで行われる。

 そこは広く長い道であるが、この日だけは江戸中の者たちが来たのかと思えるほど、人でごった返しており、役人たちも総出となって忙しく誘導していた。

 火事で燃えた木間屋は、黒焦げたあとを残すばかりの更地となっている。

 その前には、床机を置いて小間物を売る家族の姿が。ヴィフトールたちに気付くと、一家は揃って深々と頭を下げた。


「商人たちも精が入っているな」

「そりゃあそうだ。三つ筋にある飯処の松島なんて、畑のもん全部買い上げたってぐらいだぞ」

「ほう。それはなかなかの力の入れようだ。祭りは腹が減るからな」


 この祭りの花形でもある相撲取りは、流石の人気だった。

 浴衣姿の大男・ヴィフトールと気付けば、


「おい、あれが横川の異人じゃねえか」

「で、でけえ……と言うか、なんつう髭だ……」


 道狭くとも人が左右に分かれ、花道を作る。

 これにはお鈴も鼻が高く、胸を反らせてこれを大股に歩いた。


「刮目、刮目っ、横川の雄髭山のお通りだぞお!」

「そのファイトネームは何なのだ?」

「ファ……なに?」

「おひげやま、と言うやつだ」

「ああ、しこ名のことか。いいだろ、アタシが考えたんだ」


 センスがない、と言おうと思ったが、本人が満足気なので黙っておいた。


「しっかし、アタシは未だに裏がある気がするんだよな」

「今さら言っても仕方あるまい。作為的であれ、敵として立ちはだかるのなら倒すだけだ」


 そうだけど、と何か言いたげに口ごもる。

 お鈴が言っているのは、この相撲の取り組み表のことだ。


  ┌神田  前頭 粉吹

 ┌┤

 │└浅草  横綱 大鹿角

 ┤

 │┌八丁堀 同心 左近 

 └┤

  └上野  小結 般田園


  ┌日本橋 横綱 吾妻丸

 ┌┤

 ┤└横川  異人 雄髭山

 │

 └─深川  関脇 迅雷


 福蔵一家の子飼い、そして因縁のある迅雷はシードとなっている。

 しかし、それよりも問題なのは、最初の対戦相手が元大横綱の吾妻丸ということ――主催者たちは福蔵一家から袖の下を受け取っているのではないか、と疑いたくなる取り組みになっているのだ。

 お鈴は作為的ではないかと眉を寄せるものの、文句をつけにゆくわけにはゆかない。つくづく頭の回る連中だ、とヴィフトールは髭を撫でた。


 ◇


 土俵は日本橋の中央にあり、とんでもない人だかりが出来ていた。

 町の代表者たちと関係者のみ、土俵脇の最前列に座ることが出来ているのだが、


「ひょえっ!? かぶりつき席にいるの町年寄じゃねえか!?」

「凄いのか?」

「凄いもなにも、江戸を支配する三大商人だぞ……」


 小声で話すお鈴は、


「うへ、荻屋の横にいる美人、あれ間違いなく身請けしたって噂の花魁、雛菊だぜえ……」


 千両だったかと呟き、目を瞠っていた。

 商人には興味がないが、美人には興味がある。

 ヴィフトールはそれを見て、ほう、と目を細めながら髭を撫でた。


「あれが遊女か。もっと肉がつけばなおいい」

「お前、吉原には行くんじゃねえぞ。一緒に寝るだけで何両も取る、あこぎな所だからよお」


 寝たら美人でも分からないだろ、と唇を尖らせる。


(もしやこの娘、寝る、の意味を分かっておらぬのか……?)


 千両で身請けされたと言う遊女を確かめた。


(あれで小判千枚ならば、エルフの女であれば三千枚は固いな)


 ここに渡ってきた、ドーラの扉。

 エルフは身持ちが堅いと思われているが、美貌を売る者も少なくない。裏道に立つのを何人か、こちらに放り込めば相当な金になるだろう。

 頭の中で算盤(そろばん)を弾くヴィフトールは、ぬふふ、と悪辣な笑いがこみ上げてきていた。


 ◇


 行事の仕切りにより、選ばれた力士が土俵へ。

 200cmもあるヴィフトールが一番大きいが、他の力士たちも劣らず大きい。また引き締まった身体をしているのは、当人のみ。異人なのも手伝って、一段と注目を浴びる。

 ここまででも相当だったのだが、最初の取り組みが始まろうとすると、地割れするかのような歓声が沸き起こった。

 と言うのも、


「大鹿角ーっ!」「いよっ、男前ーっ!」

「粉吹、いきなり負けんじゃねえぞっ!」


 いきなり最高位・横綱の登場だからである。

 現役では一人だけ。もう一人は、


(ヨコヅナ、とやらはここまで人を沸き立たせるのか)


 それがかつての英雄となれば、いかほどのものなのか。

 対面に座る、ひときわ存在感を醸す男に目を向けた。

 ここ日本橋の代表・吾妻丸――ヴィフトールの最初の対戦相手である。


(負け知らずとは、誇張ではないようだな)


 浅黒い肌に大銀杏。年を感じるものの、その大きくでっぷりとした身体からは、未だ歴戦の闘士であることを感じさせる。

 恐らく死ぬまで力士であろう。

 ヴィフトールは腕を組みながら、そう思った。


 取り組みは悲喜こもごも。

 前頭と横綱は、予想通りの運びとなったものの、


「八丁堀ー、そこで勘弁してやれー」

「八丁堀ーっ、冤罪だぞーっ」


 と、茶化した野次が飛び交う。

 八丁堀の代表こと同心・左近が現役力士を下したのである。

 ……が、これは大番狂わせなどではなく、


「上野の般田園と言やあ、客寄せだからなあ」


 お鈴は楽しげに、そう説明した。

 前座・余興として場を盛り上げる。『上野の塩むすび』と親しまれ、その三角のようなフォルムを活かし、最後には土俵をすってんころりん、自ら前転しながら落ちてゆくらしい。

 また今回は、相手が八丁堀であることから、


『いつか現れる妻と子のために』


 や、


『番所の裏で立ち小便したぐらいで』


 など、ユーモアを交えつつ。

 最後には捕り物を演出し、どっと会場に笑いと拍手を起こした。


(真面目くさった勝負ごとばかりではないか)


 ヴィフトールは緩んだ表情を引き締める。

 ちょん、ちょん、と次の取り組みを告げる拍子木が鳴った。


「仁王――」

「余興が終われば、次は血肉脇踊る派手な試合よ」


 観客席から酒をひったくると、それを煽りながら土俵へ。

 その仕草に、観客は期待のどよめきをあげ「にーし、おひげやぁまー」と名を詠まれれば笑いが起こる。

 対する、浅黒肌の巨漢の力士は――


「にぃーし」


 行事がわずかに溜め、


「――あづま、まぁるー」


 刹那。ウォォォォォーッ、と揺れんばかりの大歓声が起こった。

 四股を踏む。天高くまで脚を伸ばし「よいしょーっ」とかけ声が揃った。


「オークの軍でもこうはゆかぬな」

「大奥?」


 見合って見合って、と行事が声を張る。

 土俵の中心で睨み合う中、ヴィフトールはニッと笑った。


「久々の大喧嘩だ。存分に楽しませてもらおう」

「ふっ、それはこちらも同じ。一撃で倒れてくれるなよ」


 はっけよい。

 双方、筋肉を膨らませた。


「――のこった!」


 その声に、双方、同時に土を蹴り上げた。

 身体は大きく浮かさない。双方、同時に真っ直ぐ、頭を突き出す。


「ヌオォォッッッ!」

「ヌゥゥゥッッッ!」


 ゴッ、と鈍い音が響く。

 ぶちかまし――つかの間の沈黙が周囲を包み、土俵の巨体はそれぞれ弾かれ、上背を反らせていた。


「オオオオオッ!」

「ヌアアアアアッ!」


 どちらも右手で張り手を繰り出せば、バキッと、平手では考えられないような音を立てる。防御もせず、左、右、左、右……と、互いの顔を殴りつける。

 血しぶきが飛び散っている。

 観客は総立ちとなり、うねるような大歓声をあげていた。


「いよっしゃッ、やっちまえェー髭野郎ッ」

「吾妻ッ、負けんじゃねェーッ」


 よろけ、身体を支え合うように回しを取った。

 ふーふー、と獣のような荒い息を吐き、互いがどう出るか窺う。

 やはり同じ気質だ。

 ヴィフトールは、くくっ、と笑った。


(どちらも玉座でじっとしておられぬ性分か)


 吾妻丸が押すのに合わせ、脚を踏ん張ってじっと堪える。

 右に左に揺さぶりをかけるが、早苗との取り組みで得た、柔術の身体の使い方――天性ともいえ戦いのセンスにより、相手の力を完全にコントロールしていた。


「ふ、ぅ、と、年を食ったものだ……ッ」


 吾妻丸が思わず吐露した。


「互いに戦場が散り場所の、ようだッ」

「ふッ、ま、ったくだ……!」


 ようやく荷が下ろせる。

 老兵の言葉に応えるが如く、ヴィフトールは腕に力を込めた。ぐぐぐ……と吾妻丸の身体が上に、ついに土俵から離れ、


「あ、吾妻の身体が……!」

「ま、まさか、ああ、まさか……!」

「あの吾妻が……!」


 観客は瞬きを忘れ、歴史的瞬間を目に焼き付けた。


「ヌオオオオオオオ――ッ!!」


 吾妻丸を後ろに放り投げる。

 それは巨体とは思えぬほど軽々と、見惚れるほど美しい弧を描いていた。

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