14話 強さの証明
祭りを数日後に控え、町全体が浮ついていた。
選出する相撲取りは、それぞれ町の判断に任せられている。選考大会があちこちで開かれ、物売りたちもそれに合わせて移動するため、毎日どこかで祭りが行われているような賑わいであった。
一方、横川は組合による選考であった。
弱小相撲部屋しかなく、しかも相撲を取らずちゃんこ屋を営業する緩さであったため。これに異を唱える者はなく、満場一致でヴィフトールが選ばれた。
すべての町の出場者が決まり、いよいよ祭り当日を待つのみ。
そう思っていたのもつかの間――
「て、てえへんだッ!」
お鈴が血相を変え、長屋の中に飛び込んできた。
相撲の出場者・取り組み表が出るとのことで、朝一で両国まで走っていたのだが、その表情には青ざめたものも混じっている。
権六も「どうしたんでえ!」と立ち上がり、肩で息をする娘に詰め寄った。
「ふ、福蔵の野郎が、祭りに一枚噛んで……きやがったんだ!」
「なにっ?」
お鈴はまだ息が荒く、取りだした読み売りを見れば権六の目が大きく開かれる。
【優勝賞品 初鰹三匹】
妻を質に入れててでも食したい初鰹。
優勝三両に加え、それが三匹も追加されているのである。
「ほう、巷で話題のハツガツオとやらか。……しかし、それでどうして福蔵が関わっていると分かる?」
「出場力士を見りゃ分からあ」
【上野 小結 般田園 久里部屋
神田 前頭 粉吹 三越部屋
浅草 横綱 大鹿角 高見部屋
日本橋 横綱 吾妻丸 二山部屋
深川 関脇 迅雷 太田部屋
横川 異人 雄髭山
八丁堀 同心 左近 】
息を整えたお鈴が、その箇所・深川を指差した。
「この迅雷って奴ァ、お前が以前ぶっ飛ばした大風の兄だ」
大風、と口の中で反芻する。
倒した相手のことなど覚えていないが、力士と言われれば、おぼろげに記憶がある。
「確か、店で暴れた奴だったか?」
「そうだ。深川は奥間部屋の紅葉……は、早苗にやられてから出るのを辞退したが、代わりに出るのは多くいらあ。なのにそれが福蔵の息がかかった太田部屋、しかも迅雷に変わったのはおかしい」
「つまりは、やられた弟の報復ということか」
喧嘩が恐ろしく強くとも、ルールのある土俵では実力を発揮できない。
つまりそういうことだろう。
だが、相手の目論みはそれだけではないはず。
口を開こうとした矢先、お鈴の父・権六が言葉を発した。
「こいつあ、揉めるぞ」
「へ?」
お鈴が間抜けな声で父を見る。
ヴィフトールも同じ考えだと分かり、静かに頷き言葉を継いだ。
「相撲で選出されていなければ、えこひいきだと組合に押しかけるだろう。俺が勝てば、権六一家だけいい思いをするのか――とな。勝っても負けても非難ごうごうだ」
なんだそりゃあ、と語気を荒げるお鈴。
今にも福蔵一家に乗り込みにゆきかねない勢いであるが、権六は、
「一番困っているのは、おみやの左衛門だろうよ」
流石は父か。先に釘を刺し、顎をしゃくって気勢を削いだのである。
揉めごとを収めるのも目付けの仕事。
非正規とは言え公儀の役目を負っている。それを放って個人の感情で動くわけにはゆかない。
お鈴は返す言葉が出ず、握り拳を作っていた。
◇
横川の町民たちは、読み通り複雑な反応を見せた。
だが、それも大きな通りに出るまで。
広い往来を阻むような人だかりに、これほどまでか、と驚かされたものの、
『くそっ、敵わねえ……!』
『何だよあの強さ……!』
どこか様子がおかしい。
敵わない、強いとは何か? 輪の端にいた者が、ヴィフトールとお鈴に気付いた声をあげると、足を止めていた者たちは一斉に振り返った。
「いったい何ごとでえ?」
お鈴が訊ねる。
すると、身体に土をつけた男が一人、ばつが悪そうに、
「いや、おみやの親父が賄を受け取り、仁王を推薦したって聞いてよ。文句を言いに行ったんだ」
「ふざけんじゃねえ。アタシらがそんなことするか!」
「ひっ!? いや、俺たちもそう思ったんだけどな、店に行くと前に、女が一人いてよ、こう言ったんだ」
――選出に異を唱える者は前へ
――仁王と同じく、私を負かせば名乗りの権利を与えましょうぞ
早苗だ。
二人はすぐに浮かべ、お鈴先導のもと人混みを掻き分ける。
すると、おみやの前では、
「せい――ッ」
今まさに、払い腰で、一回りも大きな男を投げ飛ばした女の姿があった。
首元まで汗の珠が浮かぶのも厭わず、次ッ、と声を張りながら顔を上げた。
「あっ」
二人を認めると、早苗はすぐに姿勢を正し、すっと頭を下げる。
「早苗。お前いったい――」
だが、お鈴が言い終わるよりも早く、
「一発、手合わせ願おうか」
ヴィフトールは早苗の前に歩み出た。
その意図を理解したのだろう。早苗も襟と帯を整え、
「雪辱を果たしたいと思っておりました」
と、左脚を前に構える。
これまでとは違う張り詰めた空気に、取り囲む者たちは固唾を呑む。
「参りますッ!」
勝負はほんの一瞬だった。
早苗が声を張り上げ、掴みかかろうとした瞬間――ヴィフトールはそれよりも早く、彼女の後ろに左脚を回し、大外刈りをかけたのである。
あ、と声があがった時には、女が空を見上げていた。
――やっぱ選ばれたのは実力だよなあ
屋根でスズメの親子が鳴き合うだけの静寂。
どこかで、男たちが白々しい言葉を吐くのを合図にしてか、肩を縮めコソコソとその場を離れようとする町民たち。
しかし、一帯を仕切るやくざ者の娘は見逃さない。
「お前ら全員、隅田川にぶん投げてやらあッ!」
腕まくりする姿に、みなは許しを請いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく。
ヴィフトールや早苗、店から様子を窺っていた左衛門らは、これに呵々大笑するのだった。




