ドワーフの王
多彩な料理が並ぶテーブルに、髭面の大男が座っていた。
「――ヴィフトール王ッ、ヴィフトール王ッ!」
突如。転がり込むようにやってきた髭面の小男。
ヴィフトールと呼ばれた男は、パンを持った姿勢のまま、何だと顔だけを向けた。
「先日、王が討伐せし炎の禍・バルログの住み処。なんとその近くの土中から、青の魔法使いが傑作・〈ドーラの扉〉を発見せしッ」
思わぬ報せに、ヴィフトールは椅子を倒した。
小男が自信満々に手を差し伸べ、桃色の扉を部屋の中へ。それと認めるや、黒々とした髭を撫でながら、満足そうに何度も頷いた。
「うむうむ。これがドーラの……よくやったぞ。発掘にあたった者たちに褒美を取らせよう」
「ヴィフトール王。これは悪魔の棲む冥府へ繋がる、と語られております。ここは魔術に長けたエルフと一度――」
言いかけ、髭面の男は口を噤んだ。
王が睨んだからだ。
「我らドワーフが、あのクソどもに頭を下げろと言うか」
「めっ、滅相もない! ですが、この扉は魔法使いが作りしもの、何があるか、起こるかもまるで見当もつかず。和解を結んだばかりですし、ここは波風を立てぬ意味でも」
「和解か」
王はせせら笑い、首にかけたルビーのネックレスを摘まみあげた。
「あんなものは形だけだ」
かつて宝珠を巡った争いは、千年を超える因縁となった。
つい先日のこと――エルフとドワーフ、人間をあいだに立て、その決着となる握手を交わしたばかり。王のその言葉は、氷を溶かすには到っていないことを意味している。
「扉を我が部屋に運び入れよ。エルフどもには話すな」
小男はなにか言いたそうにしつつも、王の命令には恐々と従うしかないようであった。
◇
その日の遅く。扉を眺めながら酒をあおったのち、ベッドの中に潜り込んだ。
眠っているのか、起きているのか。王は狭間に意識を置いていた。
「う、うぅむ……」
何十回目の寝返りをうつ。
寝付けないのは、今日に限った話ではない。
その理由も分かっているのだが、自身では如何ともしがたいことだった。
――すべてが変わろうとしている
ヴィフトールが玉座に就いたのは数年前。
人間界・中つ国を旅している最中、前王である父の急逝を報された。
兄弟は認知している中で八人。長男なのもあるが、この決定には誰も異を唱えなかった。
理由は二つ。
一つは、ドワーフの悲願でもあった炎の禍・バルログを屠った大戦果を。
もう一つは、ドワーフは120cmほどの低身長にもかかわらず、どういうことか200cmもの長身を持つことである。
(ひとつの時代が終わろうとしている)
頭の中で、王は何度も同じ言葉を繰り返す。
オークを筆頭に、この地上を跋扈してきた魔物ども。地上の支配を目論み、水際の戦いを続けてきたのはもう昔の話で、率いる魔将が討たれてからというもの、残党となった連中を狩るばかりとなっている。
ヴィフトールは目を開き、ベッドから身体を起こした。
くり抜かれた石壁を飾る銀色の鎖帷子、黒革のコートに金のラインが彩る具足を。銀粒が入った袋に、壁にかけてある長柄の斧を背に装備する。
(さあ、どんな宝がそこにある)
目の前にそびえるは、冥府に繋がるとされるドーラの扉。
やはり旅は胸が踊る。
机の酒瓶を片手に、ヴィフトールはノブに手をかけるのだった。