第11話:辰弥の恋 1
今回のお話は5年前、辰弥が由菜に恋をした時のお話です。
5年前。辰弥が由菜に恋をした日。
その時、辰弥は小学4年生、由菜は小学6年生だった。夏休み中、辰弥は1週間ほど由菜の家へ泊まりに来ていた。由菜は辰弥にとって幼い頃から優しくて綺麗な憧れのそして自慢の従兄弟だった。この年、プールに行ったり、遊園地に行ったりと有意義な夏休みを過ごしていた。
ある日辰弥と由菜はお使いを頼まれて近所のスーパーに来ていた。その帰り道を二人は並んで歩いていた。すると突然、キキっーという車の物凄く大きなブレーキ音が鳴り響いた。音のした方を見ると、車道に小さな猫が血まみれでぐったりと倒れていた。猫が車に轢かれたのだ。
猫を轢いた車はとうに走り去っていた。あまりの生々しさに辰弥は猫から目を逸らしてしまった。猫はもう動く事はなかった。
由菜はその子猫の事をじっと見ていた。そして何の戸惑いもなく、車道を渡り始めた。辺りには凄まじいブレーキ音とクランクションがこだましていた。車を運転していた男性が、『馬鹿野郎、何やってんだ。』と文句を言ってやろうと窓を開けたが、由菜の異様な雰囲気を見るとチッと舌打ちをして通り過ぎていった。行き交う人々、そして車の運転手達が皆由菜を呆然と見つめていた。しかしその光景に口出しをする者は誰一人いなかった。
猫の元へ辿り着いた由菜は、血だらけのその小さな身体を優しく抱き上げた。当然の如く、由菜の手も洋服も血だらけになっている。そんな事などかまう事もなく由菜はすぐさま脱兎の如く走り出した。由菜は動物病院へ子猫を連れて行こうとしていた。辰弥は由菜に追い付くべく懸命に走った。
間もなく動物病院へ着き、由菜は受付のお姉さんの前に猫を見せた。全速力で走ってきたせいで、呼吸が荒く、声を出す事が出来ない。しかし、お姉さんは状況を瞬時に察知し、大きく頷くと、先生へと知らせる為、奥の診察室へと急いだ。その子猫は直ちに診察室へと運ばれた。
由菜はその場に呆然と立ち尽くしていた。しばらく由菜の時間だけが止まってしまったかのように、その場に佇んでいたが、ふいに辺りを見回した。辰弥は由菜は自分を探しているのだと気付き、由菜の元へと歩み寄った。
「大丈夫・・・?」
由菜の声はかすれ、消え入りそうなほど小さかった。
「うん、僕は大丈夫。」
由菜は力無く辰弥に笑顔を見せた。その笑顔は口の端っこだけが僅かに上がっただけの物だった。
「私・・・。お母さんに電話してくるから、辰弥はここで待ってて。」
か細い声で辰弥にそう言うと、由菜は病院の入り口付近にある公衆電話に向かった。辰弥は由菜が家へ電話をしている姿を目で追っていた。しばらくすると受話器を置いた由菜が、辰弥の元へ戻ってきた。
「今からこっちに来るって。」
京子伯母さん(由菜の母)が病院に着き、受付のお姉さんと何か話をしている。由菜は待合室のソファに座り、大人達をじっと見ている。伯母さんが話を終え、二人の所へ近づいて来た。
「猫が助かったら、うちで飼うって言って来たから・・・。猫は今手術中で、もしかしたら相当時間がかかるかもしれないから一旦家へ帰りましょう。手術が終わり次第、連絡をくれるそうだから・・・。」
伯母さんは優しげな目を由菜に向けながら話しかける。
「さあ・・・。由菜。行きましょう。」
由菜は首を横に大きく振り嫌々をする。辰弥はそんな由菜の手を取り、
「行こうよ・・・。」
と言った。由菜はようやく立ち上がり伯母さんの後について行く。
家に帰った由菜は、お風呂に入り、新しい服に着替えた。
由菜はソファに座り、本を読もうと開けてはみるが、全く頭に入って来ないのか結局諦め、ただじっと目を瞑って電話が鳴るのを待っていた。
どれくらいの時間が経っただろうか、何の前触れもなく電話は突然鳴り出した・・・。




