第10話:子猫
「う・・・ん?俺って困らせてる?怒ってたり、脹れてる由菜も可愛いけど、やっぱり笑顔が一番だね。」
辰弥は本当にくさい台詞を平然と言ってのける。
「辰弥の笑顔の方が全然可愛いよ。」
由菜はそう言って辰弥の反応を窺った。辰弥はそっぽを向いている。どことなくその横顔は赤くなっているようだ。
「ねぇ、照れてるの?いつもの仕返しだよ。」
由菜は堪え切れずに吹き出してしまった。辰弥はまだまだ中学生なのだ。どんなに由菜を動揺させるような事を言っていても、大人ぶっている所もあるのだろう。そう考えて由菜の中に少しゆとりが生まれた。
二人は結局、駅前のマックに行く事にした。日曜日のマックにはデート中のカッパルや、家族連れで空いている席は一つもなかった。やむなく、テイクアウトをして少し歩いた先にある公園で食べることにする。
その公園には、大きな木が周りを囲んでおり、ブランコと滑り台、鉄棒があるだけだった。ブランコの横と鉄棒の横にそれぞれベンチが置いてある。人影は無かった。二人はブランコの横にあるベンチに座り、ハンバーガーを食べ始める。
雀の鳴き声とつくつくぼうしの声が聞こえるだけで、車の音はここまで聞こえることは無い。駅からそんなに離れていないはずなのにそこはとても静かな空間だった。ここで、本を読んだら気持ちが良いかもしれない・・・。
「ねぇ、辰弥。そういえばさ、ノートに落書きしたでしょ?」
「あ?バレた?」
「バレるに決まってるでしょ。おかげで大恥かいたよ。」
由菜は教室での出来事を身振り手振りを加えて、辰弥に話して聞かせた。
ポテトを齧りながら、辰弥は由菜の話を聞いて、笑ったり、頷いたりしている。
ふと空を見上げると、怪しげな黒い雲が近づいて来ている事に気付く。あと1時間もすればここも雷雨になるだろう。黒い雲が徐々に辺りを闇に包んでいく。その黒い雲がまるで生きている様に由菜には思えた。
「なんか雨降りそうだね。これからどうする?雨振る前に帰ろうか?」
「え〜、もう帰るの?」
辰弥がまるで幼稚園児のようにぶーたれている。
「だって、雷なりそうじゃない?」
由菜は段々そわそわし始めていた。
「もしかして由菜雷嫌い?」
「うるさい・・・。」
図星だった。地震・雷・火事・親父。何が一番怖いかと言ったら、明らかに由菜は雷と答える。由菜は大きな地震も火事も経験したことが無い。親父も特に怖くない。雷は由菜が幼い頃から大嫌いなものだった。雷の音が聞こえるとどこで遊んでいても一目散に家に逃げ帰っていた。年齢を重ねるごとにどんな雲が怪しいか、あとどの位で雷が鳴り出すかなどが分かるようになり、雷が鳴っている間は外には出ないようにしていた。
「分かった。じゃあ帰ろう。」
由菜があまりに蒼白な顔をしていたので、そう言わざるをえなかった。
由菜はホッと胸を撫で下ろした。
公園を出口に向かって歩いていると、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。由菜は周囲を見回した。
「どうした?」
「ねぇ、ほら・・・。聞こえない?どっかに猫いるよね・・・。」
二人は耳を澄まし、泣き声のする方へ進んで行く。まるで何かに引っ張られているように自分たちが向かうべき行き先が分かっていた。大きな木の下に子猫がちょこんと佇んでいる。体が大分汚れている為、遠くから見ればボロ雑巾が落ちているように見えるかもしれない。毛色は一見茶色なのだが、洗えば綺麗な白ではないかと思う。辺りを窺うが、親猫や兄弟猫がいる気配はない。家族からはぐれてしまったのだろう。
「この子連れてく・・・。このままここにいたら、死んじゃうかもしれない。雨も降ってくるだろうし。置いていけないよ。」
由菜は子猫をそっと抱き抱えた。
その時辰弥は、5年前の事を思い出していた。辰弥が恋に落ちたあの夏の日を・・・。