なな。徹底的に叩き潰すのは必須ですか。
お待たせしました。今回も藤沼サンドバッグです(笑)
小鹿のように震える藤沼は、イケメンの面影もない。そもそも私はイケメンとは思ったことはないが、たとえイケメンでも小鹿のようでも、かわいいとも思えない。てか好きじゃないし?
イケメンならこの龍虎獅子達が研いだ爪を隠して牙を光らせてる状況くらい簡単に乗り越えるんじゃなかろうか。三春ならやる。さらっとやる。奴は逆境にも強い。うらやましい。
「は、な、あ、え?」
私に会おうと言うのならこれくらいは想定できるだろうに、藤沼は挙動不審もいいところな程、うろたえてくれやがった。おいおい、いい年した大人の男がキョドってんじゃないよ。
ちなみに、藤沼の隣に当然のように座った彼女は空気である。招待してないので紹介もされない。
「初めてもよろしいですかね?」
「湖都。言葉」
「失礼しました」
くだけた口調に母から注意が入った。自分は毒舌なくせに私には厳しい。理不尽だ。
「今回の件はこちらの手紙に端を発します」
ぴらり、と袋に入った手紙を証拠として提示する。そのまま、弁護士であるおじ様へと渡す。バカが被告人席で騒いでいるが聞こえなーい。
「どうやらご自分の置かれている状況がご理解いただけていないご様子でしたので、もう一度お話しさせていただかないと、とは思ったのですが誘いに応じるのはどうにも耐え難く、皆さまに相談しましたの」
私の後を母が引き継いだ。
「あの手紙を呼んだ限り、どうにも理解が足りてないようだと私共も思いましたので、同席を申し出ましたわ」
「なんのための接近禁止なのか、なんのための転勤なのか、本当に解っているのか直接聞きたくてね」
出た。笑ってない笑顔。父のあれは凍る。心がポッキリ折れる。
蛇に睨まれるなんとやら。小鹿の方がまだ表現上はかわいらしい。丸飲みなんて優しいことになんてなるわけないがな!
「ちなみに、湖都嬢への接近のたびに慰謝料が発生する契約なんだが、払えるのかね?」
君、もう藤沼ではないのだろう? 問いかけるおじ様が一番ご存知でいらっしゃるはずでは?
便宜上、藤沼と呼ぶが奴はとっくに藤沼家から離籍している。母親と一緒に実家に戻されたはずだが、その後どこぞに嫁がされた母親と一緒に嫁ぎ先の籍に入れられたと聞いた。波乱万丈だな藤沼。
まぁ、どこからどこまでも自業自得なわけだけど。
「羽鳥嬢への慰謝料の支払いで生活はギリギリだと思っていたが、随分と楽な暮らしぶりのようだね」
ふむ、と社長がうなずいた。確かに、本社から地方への左遷なので給料は下がったはず。なのにカジュアルな服装は高そうだし、ここまでは飛行機にタクシーだろう。どこから出たんだその旅費。
「湖都、彼からの慰謝料はきちんと振り込まれているの?」
母からの問いに、私は通帳を開いてテーブルに乗せた。今朝記帳してきた最新のデータだ。
「そのための口座を開いたので、これは全て慰謝料です。が」
金額は予定の半分ほど。月々の支払い義務のはずだが、金額もまばらなら支払い月もあったりなかったり。つまり、約束は守られていない。
「生活は以前と変わらず、外食のみ。スーツは高級品と月々の給料のほとんどが自分のためとはな。湖都嬢への支払いは二の次になっているし、女遊びも盛んだ」
わぁ、救いようがない。しかしおじ様よくそこまで調べたなぁ。調査ファイル分厚いよ?
「っ、な、ぷぷプライバシーの侵害だ!」
「阿呆。当然の権利だ」
現役敏腕弁護士に敵うと思ってるのか藤沼よ。
「このままではいつ支払いが終わるのか検討もつかん。個人財産の精算でカタをつけたい」
おじ様、なんで三春を最初に見たんですかね。母も当然のように三春に視線を送るのはなぜでしょう。父に至っては三春とうなずき合ってますがこれいかに。
「つけられる財産があるのかね?」
「自身の名義所有の高級外車は、中古だとしてもそこそこになるものです。あとはオーナーになっているマンションを湖都嬢へ譲り渡せば、まぁとんとんかと」
マンションなんて所有してたのか。だから金遣いが荒くてもなんとかなってたのか。てか給料以外にも収入があるなら、私にちゃんと慰謝料払え。
「元夫人、随分と甘くてらっしゃるのね」
「そんなに収入があるなら、最初から分割払いなんてしないで一括で払ってもらえばよかったね」
「まったくだわ」
確かに。そしたら二度と会うこともなかったのにな。
「っ、なにをバカな! 大体俺は羽鳥の、湖都の恋人だ! 将来を約束した恋人と会ってなにが悪いんだ! 俺がもらってやらなきゃ貰い手もいないくせに!!」
……バカがバカなことほざいたよ。
無言で立ち上がった私は、隣で一言もしゃべらなかった三春が渡してくれたものを受け取る。そのまま藤沼の前に立った。
「湖都! この分らず屋共にお前からもなにか言ってやれ!」
なおも意味不明な妄想を吐く愚者に、握ったものを力いっぱい振りかぶって振りぬいた。
すっぱぁぁぁん!! といい音と共に藤沼がソファーから転げ落ちた。「うぐっ」だか「うげっ」だか聞こえたが知らん。
「きゃあぁぁ!?」
隣の女性が叫ぶ。騒ぐな雑魚が。あんたは外野でイレギュラーだ。つまり用はない。
「誰が、お前の恋人だと?」
ぺしんぺしんと手から音がする。藤沼の前に仁王立ちした私の殺気は凄まじい。無表情の私を、頬を押さえた藤沼が見上げる。
「湖都?」
すっぱぁぁん!! 制裁再び。
「名前で呼ぶなキモい。お前にそれを許した覚えはない」
ぺしぺしと私の手にあるスリッパがしなる。さすがスウィート、スリッパも高級である。こんな使い方は私だけだろうけど。
「キモい。マジでキモい。誰が恋人だ。誰が将来を約束したんだ。そもそもつき合ってないし告白もされてないししてもいないわ。その妄想どこからきたんだ。とっくに終わった話を理解も納得もしてないお前の方が分らず屋だ」
「なんだと!?」
「ほんの数か月前のことさえ覚えてない脳みそすっからかんがなんの反論があるって言うんだ」
「なっ、あの時言っただろう! 嫁にと!!」
「私も言ったはずだ。お前の嫁になるくらいならオールドミスのお局として会社に居座る、と」
そもそも、告白も自分でできないくせに、嫁とかなに考えてんの。外堀埋めようとして倍深く抉れたのにそれ埋まるとかマジで思ってんの? バカなの?
「あの飲み会の夜を、なかったことにする頭なんてついてないも同じだろうに。私は断ったずだが、まさか覚えてないとか抜かすか? とんだザルな頭だな」
「なっ、な、あ」
「ああ、断るというよりなかった事になってるんだが、それも知らなかったのか。てか、見ても受けてもいない見合いなんぞ私のなかには存在してない。あと、大嫌いな奴から上から目線で嫁にもらってやるとか誰得なのかさっぱりわからん。大嫌いな奴から好きだとか言われるのもキモい」
「っ、……」
「あんたがこんな身勝手なことを言い出したからこんなことになってるのに、あんたの母親がやらかしたのも、元はあんたのせいだろうに。責任転嫁はみっともないし、人の話を聞かないのも、理解しないのも人としてあり得ない」
うん。ようやく本人に言いたいことが言えた。
「だから私はあんたが大嫌いだ。好きになる要素など1ナノミクロンも存在しないほど。顔も見たくないし声も聞きたくない。好かれてるなんて思い込むような奴と、知り合いですらいたくない。わかったか? 私は、あんたが大嫌いだ」
大事なことなので何度も繰り返した。今度こそ聞いてないとか言われないように。
「それに、私好きな人いるし」
ようやく、羽鳥さんが認めました。三春さん出番きましたよー。