よん。ざまぁは必須ですか?
必須です。
甘くありません。藤沼母サンドバッグの巻。
ふざけんな。と。
この数年で。この数日で。何度言ったか思ったかわからない言葉。もはや座右の銘か、ってくらいには馴染んだもの。
「現実が見えてらっしゃらないようですね」
よくもまぁ、自分達に都合のいいように解釈したものだと、呆れてよくしゃべれてしまうよ。閉じないよ? 閉じるわけないじゃーん。言いたいことはてんこ盛りの山盛りのさらに大盛りである。ギガとかメガとかMAXで。
「スレ違い? 拗ねる? 今までのなにを聞いていたらそのような勘違いができるのでしょう」
「……本当に、身の程を知らないこと」
「まだわかりませんか」
仕方がないなぁ。すっと背筋を伸ばして前を見据えた私に、隣にいた三春がつられてしゃんとした。いかん、笑いそうだ。押さえろ私。
さて。
「仕来たりや所作に一族それぞれの差があることはご存じですわね? もちろん、藤沼家の所作にはなんの粗相もありませんわ。藤沼家にあるのは、子育てと躾を間違われた事実だけですもの」
「……は」
急に話し方を変えた私に、ついてこれない藤沼母。私だって一応ご令嬢言葉は話せるのだ。めんどくさいだけで。お母さん、あなたの鬼のような指導がやっと役に立ったよ!
「子の成したことは子だけの責任ではございませんでしょう? 貴女はそれを承知の上で刑事告訴等と仰いましたの? でしたら、こうなることもご存知だったはず。ことはもう、この場ですむ話ではありませんのよ?」
「庶民の方の割には良くできた所作ですわね。けれど、」
どこかでブーブーなにかが震える音がする。携帯だろう、音からして藤沼母の。マナーがなってないのはどっちなんだか。
「失礼するわ」
こちらの許可も得ないまま通話ボタンをスライドして、耳にあてた藤沼母はすぐさまスマホを離した。
『お前は一体なにをしたんだ!!』
怒鳴り声が飛んできた。かなり怒ってますねー。激おこというやつですな。
「あなた? どうされましたの、い」
『どうしたもこうしたもあるか!! 今弁護士の方が来て話を聞いた! お前はどこにいるんだ! なにをしてる、いや、なにをした!! まだ一緒にいるのか、失礼なことは言ってないだろうな!!』
いやー、遅かったよ。失礼てか失言連発。態度そのものがこっちを見下してるし?
「あなた、落ち着かれませ。わたくしはこちらを片付けて帰りますので、」
『それでは遅いわ馬鹿者!! 今すぐ勝俣のご令嬢に謝罪してこんか!!』
「あなた、なにを。こちらにははと、は?」
『勝俣のご令嬢に謝罪せずに家の敷居を跨ぐことは許さん!! わかったな!!』
「あなた!?」
ガチャン! と派手に通話は切れた。
私はポケットに居れていたスマホをチェックする。ああ、来てる来てる。お、ちょうどまた着信。
「三春、ごめん。……もしもし」
『湖都? こっちはあらかた終わったよ。あとは藤沼夫人から受けた名誉毀損の慰謝料だけだね』
「お手数おかけしました。伯父様がこられるとは思っておりませんでした。てっきり、真巳兄さんかと」
『あれではまだ頼りにならないだろう? かわいい姪のために万全を期したまでだよ』
「ありがとうございます。おかげで手間が省けました」
『細かいことは後でそっちに行くよ。会社にも監督不行き届き責任があるからね』
「よろしくお願いします」
通話をきると、三春が今日何度目かわからない、上を見てため息をついていた。
「まぁ、そういうことなので」
「なにがそういうことなのよ!?」
やかましいな。こっちが本性かね、藤沼夫人よ。
「今回の件に関しましては、弁護士に一任致しました。勝俣弁護士は田崎グループ顧問でいらっしゃいますが、我が家の専任でもありますので」
「な、はぁ!?」
田崎家は藤沼家よりも格上だ。うちの会社も取引があるし、先代社長夫人の顔の広さは知らない人はいない。つまり、藤沼家が敵に回したのは私だけではないってこと。
「あー、勝俣家といえば、先代からずっと秘書や弁護士としてグループを影から支えてるという?」
「うん、まぁ。で、今のは伯父なんだけど。うちの母が田崎グループの社長秘書でね」
有能な毒舌鬼畜秘書羽鳥(旧姓勝俣)女史とか言われてる母が、どこに向かってるのかはわからない。その母を愛しちゃってる父の属性もわからないし知りたくもない。
「「は?」」
「だから、勝俣家は母の実家なの。ちなみに従兄弟はみんな男なものだから、伯父様にもお祖父様にもかわいがってもらってる」
勝俣家は男系一族なのか、私が産まれた時は大騒ぎだったとか。田崎グループの先代社長夫人がお祝いに来てくれて、社交界での後見人にまでなってくれたのだそうだ。いや社交界って、と思わなくもなかったけど、幼馴染みが田崎家の子供達だった時点で押して知るべしだった。
「私になにかあると後ろが勝手にやらかすから、きちんと報告相談した上で私は今日ここにきました。どうせ、小娘ひとりひねり潰すのなんて簡単だとでも思ってたでしょうし? 貴女のその態度を見て容赦はいらないと再認識しました。ご子息があんなになったのは、間違いなく貴女のせいです」
ヘタリ込んだ夫人に聞こえてるかはわからないけど、今さら優しさはいらないだろう。
「面と向かって告白もできない俺様ヘタレを育てた責任は必ずとってもらいます。私が藤沼と結婚なんてありえないし、ふざけんな? あんなのの嫁になる女なんてこの世に存在しないくらい、貴女の息子はクズだからね? いいとこなんて顔しかないから。もちろん、そうしたのは貴女のせいだから。忘れんな? なかったことにはさせないから。嫁になる人がかわいそうだもんね? ちゃんと、説明してあげるよ? 何度でも、ね」
真っ青通り越して真っ白になった夫人。やだなぁ、私が悪者みたいじゃないか。こちとら被害者だよ? あんまりやりすぎるとほんとに悪者になるだろうからこれくらいにしとくけど。
立ち上がった私を見て、三春が腰を上げた。
「羽鳥の方が終わったようなのでこちらの話を。ご子息に関する我社の決定には反論なさらないようお伝えします。もちろん、退職も認めません。羽鳥へスートーキング行為をされても困りますので」
「そん、な」
「我社が受ける損害を賠償して頂けるのですか? 今までのご子息のされていた行いにより、取引先とりわけ田崎グループとの関係が見直されることになりました。それによる損害は億に及ぶ見通しです。羽鳥への損害賠償と慰謝料を支払って、うちに支払うだけのものが残りますか?」
ならば、そのように手続きさせていただきますが? 優しく無表情、なにそれ怖い! な顔で三春が止めをさした。藤沼夫人は灰になった。なむなむ。てか、私に謝罪してないから帰れないな? ご当主には連絡しといてあげよう。優しいな私。
藤沼家への連絡を、会社からの通達もあるからと三春が引き受けてくれたので、燃え尽きた夫人を見ながらお茶をいただく。緑茶うまー。渋くないお茶は好きだ。渋いと次の一口が飲めないよね。自宅ならお湯入れて薄める自信があるよ、私。
「……の」
ふいに、ぽつりと夫人が呟いた。
「な……なの」
「……」
「なんなのよ、貴女」
「私は私です。ただ、言わなくていいことを話さなかっただけ。切り札は最後まで見せない、母からの教育はとても役にたってます」
うちの母は鬼畜秘書だけど、一般教養はきちんと押さえてる人だ。常識でもって敵を粉砕する、正しいことしかないから逆恨みもされない、と。お母さん、あなたのスキルを受け継いだつもりはなかったんだけど、なにやらしっかり受け継いでしまったようです。
「では。もう2度とお会いすることもないでしょう。ごきげんよう、藤沼夫人」
これにて完全勝利なり。
鬼畜秘書勝俣女史はムーンさんのほうで暗躍しております。愛しの旦那さまとどうして結婚するに至ったのか。マジ謎。