女たらしの本領
「美味かった。食べさせてくれてありがとう、ミウ」
「……やっばり、お前はおかしいな。元はといえば、怪我も私のせいなんだぞ? 文句も言わず、不安そうな顔もしない……地球人はみんなそうなのか?」
「うーん、人によって態度は違うと思うよ。僕の場合、親に躾けられたから、してもらった恩には感謝するんだ。それにミウは魚の身を口まで運んでくれた。捕虜に普通はそこまでしないよ」
恋人なら「あーん」して食べさせてもらい、甘えても不思議はない。
これを女王達が見たなら、タダではすまなかっただろう。
ミウとしては、光太郎を撃った罪悪感があるので、世話をしただけなのだ。
「恩と言うなら、お前に手当してもらったのも恩だが、これで返したつもりはない。問題は、攫ってきた私に対して、お前は恨むべきじゃないのか? 罵るのが普通だろう?」
「なんで?」
「はあ――!?」
質問で返され、ミウは混乱し始める。
泣きわめくものと思っていたから、拍子抜けだ。
光太郎があまりにも、あっけらからんとしてるので、対応に困る。
困惑したミウを見て、光太郎は言った。
「ごめん、説明不足だった。事情があるから僕を攫ったんだよね? 撃たれはしたけど、これは偶発的な事故だ。ミウとしては、穏便に事を済ませたかったんじゃないのかな? 最初は小玉を撃とうとはしなかったからね。だとしたら恨む理由はないし、それに僕は死んでない」
「いやいや、まてまて、そうじゃないだろ? だからなぜ、怒らない!?」
「起きた時に、怒鳴ってスッキリした。前にも言ったけど、ミウとは仲良くしたいから、怒らないよ」
「…………」
ミウの混乱に更に拍車がかかる。確かに光太郎の推察通りではある。
理解できないのは心情であり、頭がこんがらがる。食ってかかられた方が楽だった。
奴隷兵の知識外の行動なのだ。もっとも光太郎は、一般人からはズレている。
(そもそも此奴は地球人だから、敵でも味方でもない。いや、アヴァロンに協力してるから敵か? でも兵士じゃないぞ……だったら、仲良くしてもいいのか? あーもう! 訳が分からん! 兄様、助けてくれ――――!)
ミウはこの場にいない兄に、助けを求める。元々、複雑な事を考えるのは苦手なのだ。
その分、単純作業や一つの事に集中するのは得意である。
ミウは頭を抱え、オーバーヒート状態。頭から湯気が立っていた。
思考は停止して進まず、光太郎が理解できずに苦しむ。
「うーん、混乱させちゃったようだね」
「そうだ、お前のせいだ! 頭の中がグチャグチャだ!」
「ごめん、難しい話をしたつもりはないんだ。じゃー、話を変えよう。これからどうするつもりなんだい?」
「む……そうだった。お前はただの人質で、女王達との交渉材料にすぎん。奴隷兵の同胞を助けるのが目的だ。うんうん」
ミウは首を縦に振り、我に返ったように言った。
(見てて飽きない。結構、面白いなこの娘)
強引に迫ってくる女しかいなかったので、光太郎にとってミウの反応は新鮮だった。
表情がコロコロかわり、感情も素直で分かりやすい。
「具体的にはどうするの?」
「お前と引き替えに、捕虜全員を解放させる。輸送船にでも乗せて宇宙へと送らせ、味方に回収してもらうつもりだ」
「ミウはどうするの? 仲間と一緒に帰るの?」
「それは出来ない。同胞の安全が確認できるまで、見届ける必要がある。無事に終われば、お前を解放して降伏する。恐らく処刑されるだろうが、それも覚悟の上だ」
「上手くいくかなー? 僕、見捨てられるかもしれないよ?」
「お前は女王達に、多少なり影響力があるだろ? 他に方法はないし、私は思いつかん。このまま同胞が処刑されるのを、黙って見てられない!」
(ああ、捕虜が絶対殺されると思っているんだ。だからこそ、命がけで僕を攫いにきたわけか……さて、どうするかな? どうせ逃げられないし、ミウからいろいろ聞き出すことにしよう)
光太郎はこの状況を楽しむことに決める。マゲイアの情報を得られるチャンスなのだ!
それと、気にかかっていることもある……。
(まずは、ミウに信頼されないとね)
光太郎の本領発揮だ。相手の興味を引く巧みな言葉で、徐々に警戒心をなくさせ、信用を勝ち取る。
プロの交渉人も形無しである。ただし女性限定。
「口説いてるつもりはないよ。僕は友達になりたいだけだから」
光太郎の言い分は、女性から見れば許しがたく、恋愛詐欺師に近い。
自分のことを気遣ってくれて、優しくされたら、好きにならない方がおかしいのだ。
まさに、天然の女たらしだ。ミウもその毒牙からは、逃げられない。
「分かった。じゃー僕は、ミウが交渉を終えるまで大人しくしてるよ。抵抗はしないから、優しくしてね。そっかー、捕虜のためか、偉いなー……でもねー……」
「何だ? なにかあるのか?」
「いや、やっぱりいいや、気にしなくていいよ。どうせ話しても、信じないと思うから」
「いいから、言え!」
光太郎の思わせぶりな態度に、ミウはいらつく。
すでに釣られたことには、気づかなかった。
「怒らないでね」
「くどい!」
「じゃー言うね。捕虜達は処刑されないはずだよ。あー、でも僕が捕まったからどう転ぶか、もう分からない」
「馬鹿な! そんなことは有り得ん!」
マゲイアだったら、捕虜は即処刑。その常識からすれば、信じられなくて当然だ。
「非公式だけど、前もって輝夜さんに……女帝に『捕虜は殺さないで、解放して下さい』とお願いしてたんだ。まあ無条件の放免には難色を示されたけど、後から賛同してくれたんだ」
「……その手もありかもしれませんね。ただし、光様が他の女王達を説得してください。私が命令したところで、誰も言うことは聞きませんから。おほほほ!」と輝夜は言っていた。
(輝夜さんにも、思わくがあるんだろうな……)
「信じられるか! 何の特にもならないではないか! 戻ったら、また牙をむいてお前らに襲いかかるぞ! そんな間抜けな敵がいるかー!」
「ほーら、やっぱり信じないでしょ?」
「うっ!」
「一応、理由はあるんだよ。捕虜を食わせるのも結構大変で、十万人は僕も想定外だった。一日三十万食だよ。アヴァロンの負担が大きすぎる」
「だったら、始末した方が楽ではないか!?」
「十万人を殺すのは大変だよ。それと、戦での勝負でならいざ知らず、無抵抗の捕虜を殺すのを星騎士は嫌がる。あと、宗教的な理由もあって、なるべく大地を汚したくはないそうだ。死体処理も面倒だから、おいそれとは殺せない」
「…………」
ミウは黙って、光太郎の説明を聞いた。
確かに理屈にかなっており、理解はしたが安心はできない。
少し緩んだミウの表情を見て、さらに光太郎は攻める。
「だから、捕虜を返してやれば、今度はマゲイアが糧食不足で苦しむことになるだろ? 遠征軍の台所事情は大変じゃないのかな? 補給線は長いよね? 食えなくなればマゲイアは、撤退するか自滅だ。そうなれば、アヴァロン側は戦わなくてすむ」
「うむむ……」
補給の弱さを見透かされ悔しいが、ミウは何も言い返せない。
実際、開戦した時点で食べ物はほとんどなく、本国からの補給が途絶えていたのだ。
利害で説明されると、より分かりやすい。ミウは光太郎の言葉を信じ始めていた。
「それで私にどうしろと?」
「今、降参した方が確実に、捕虜を助けられると思う」
「できるか!」
「だよねー。でも考えておいて、いつでも僕は女王達と交渉できるから」
これ以上は言わず、道を示すことだけで止めておく。
強引に誘導すれば、誰もが警戒し反発するからだ。
ここはミウの方から、相談してくるのをじっくりと待つ作戦だ。
すでにミウは動揺しており、光太郎の自信ありげな態度に、思わず頼りかけた。
それを、かぶりを振って否定する。
(こいつの言うことに保証はない。甘い言葉にダマされるな! だけど……)
しかし、一度は光太郎に助けられたことも事実だ。
あの時、くノ一部隊に突き出されていたら、とっくに死んでいただろう。
(信用しても、いいんじゃないか? いやダメだ!)
ミウの心は揺れて、頭は悩みパンク寸前。
その最中に光太郎が言った。
「ところでミウ、一つ頼みがあるんだけど……」
「なんだ?」
「トイレどうしよう? そろそろ限界、もれそう――!」
「わ――――! 待ってろ!」
ミウは顔を真っ赤にしながら、急いで携帯トイレを持ってきた。




