プロローグ 王女逃亡
葬礼の鐘が鳴り響いていた。厳かなる鐘の音は、哀しみを奏でる。
曇り空の下で、大勢の民が嘆き悲しんでいた。
永遠の眠りについた者の名は、ドミニク・Q・レムリア。
レムリア王国の第百二十代女王で、歴代君主の中でも名君……いや、正確には初代女王から暗君は一人として出ていない。
そもそも王国は制限君主制で国民議会が政治を行っており、政策に女王は口を出さなかった。
女王の仕事は祭事と国の防衛で、女王と配下の王族兵団は強かった。
幾度も戦に勝利し、外敵を退け続けて数千年。不敗神話は、今も語り継がれる。
もっとも犠牲が皆無な訳はなく、十五年前に起きた大戦で女王は夫を失い、自身も寝たきりの生活を余儀なくされた。
それ以降、公務は女王の妹が摂政として務めることとなる。
妹も女王に匹敵する強さを持ち、王位継承権は第二位。一位は女王の娘で、柩の前で泣いていた。
黒い喪服に身を包んだ少女は、葬儀の間泣き続けた。ここ大聖堂地下に柩が安置された後も、女王の亡骸から離れようとはしなかった。
「……いつまで、そうしているつもりですか?」
彼女に叔母の声は届いていないようだった。涙は枯れ果てても、嗚咽は止まらない。
実母を失い悲嘆に暮れるのは仕方ない。十六歳の少女には、辛すぎる不幸だ。
マントに甲冑姿の叔母は慰めようともせず、淡々と話を続けた。
「喪が明け次第、新女王として即位するのです。行事・式典は古式にのっとり、作法通りに行い粗相のないように……」
事務的に冷淡に言い続ける叔母に、王女は激怒する。
家族の死に対して、あまりにも薄情とも取れる態度をされては、腹が立つ。
王女は振り向いて睨みつけ、当たり散らす。
「女王が、母様が! 死んだのよ! 何とも思わないの叔母様!」
「天宙神に召されましたね、歴代女王とともにレムリアを見守ってくれるでしょう」
「そうじゃない! 叔母様は悲しくないの? 辛くないの!」
「泣いている暇があったら、国や民の事を思いなさい」
「違う! そんな話を聞きたいんじゃないわ! 本当の気持ちを知りたい……」
叔母はため息をつき、肩をすくめて肩当てとマントを揺らす。
戦場をくぐり抜けてきた叔母にとって、兵士が死ぬのは日常で、泣いてる暇などはなかった。
身内も戦友の死も、心を殺して戦い生き抜いた。
それに比べて姪の覚悟の足りなさに、心底あきれる。
「何を甘えているのです? 同情や哀れみが欲しいのですか? 私の教育が足りなかったようですね。王族に感情は必要ありません」
「嘘! 叔母様は慈愛を優しく、教えてくれたではありませんか!」
「貴女を躾けるための方便です。今となってはその必要もないですね。いつまでも泣いていないで、王女としての義務を果たしなさい」
叔母がのばした右手を、王女は振り払った。
「嫌!」
「どういうつもりですか?」
「泣くことも……悼む暇もない王族なんて嫌! 王女なんかやめるわ、叔母様が女王になればいいのよ! ううっ……」
黒いベールを手で押さえ王女はまた泣くが、涙は頬ではなく額に流れていく。
「えっ!」
王女は一瞬にして空中に放られていた。視界の上下が逆になる。
頭から真っ逆さまに落ちてゆく中、蹴りを繰り出す叔母の姿が見えた。
蹴り飛ばされた王女は、床に叩きつけられ転がっていく。
「ゲホッ!」
「ピーピーギャーギャー喚くな、小娘!」
叔母の態度が一変し、別人のようになった。
顔つきは鬼の形相、先ほどまでの冷静さは微塵もない。
「王女をやめる? なめた口を利いてんじゃねえぞコラ!」
倒れた王女は、かぶっていたベールごと髪を鷲づかみにされ、震え上がった。
豹変した黒髪碧眼の叔母は語る。
「今まで国を守るのに王族と兵士が、何万人も犠牲になった。女王もな、使い捨ての駒にすぎないんだよ!」
「そ……そんな」
「だから贅沢も許される。家畜の分際で我が儘が通るわけないだろうがー!」
吐き捨てるように叔母は吠える。今まで我慢して溜め込んでいた思いが、噴き出したようだった。
「あー面倒くさ、なってやるよ女王に――ただ、何もしないお前に生きている価値はないね」
殺気をはらんだ目を向けられ、王女は思った。殺される!
剣を抜いた叔母を見て、本当の恐怖を知る。そして這いつくばって逃げ出す。
「あわわわ!」
「無様な王女様だねー、逃げんなよ! 母親の元に送ってやるからさー」
「ひっ!」
叔母は獲物をなぶる猫のように王女をいたぶった。剣を振り下ろすたびに喪服だけを切り裂いていく。
「そろそろ飽きたわ、さあ死にな!」
剣が上段に構えられ、振り下ろされる寸前。馬蹄の音が地下に響き渡った。
疾風のように、馬が突如と現れる。
「エクリプス!」
地下に躍り込んできた馬に王女はしがみつき、脱兎のごとくその場を走り去る。
叔母は慌てて追いかけようとはせず、しばらく女王の柩を哀しそうな顔で見ていた。
そして腕輪の通信機を起動させ、連絡をする。
王族兵団に非情な通達が出された。
「摂政イザベル・D・レムリアが命じる、叛逆王女エリスを捕殺せよ!」
新作「神力の少年兵」評価のほどよろしくお願いします。
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