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第七章 知りたくなかった真実 前

 その日、孤児院に背中を預けて、リーヴは聖道砂漠に吹き渡る風の中、人を待っていた。背中に背負っている孤児院。その中には、あの激動の一日を乗り越えて、体を休めるアルマがいる。

 そのことを感じながら、リーヴはある人物がここにやってくるのを待っていた。

「リーヴ……」

「待ち人来たれり……って所かな」

 その人物がここにやってくることを、リーヴは予測していた。

「この予測は……当たって欲しくなかったんだけど、さ……」

 けれど、その予測が当たって欲しいとは思っていなかった。だからこそ、リーヴはその声を聞いた後、苦渋の表情でその男の来訪を受け止める。

「兄さん」

 リーヴが待っていた人物とは、今や聖道教会の教会長となった男にして、共に育った義兄弟とも言える男アルフレッド。その人だった。

「……お前は、俺がここに来ることがわかっていたのか?」

「ああ……」

 アルフレッドの言葉に、リーヴは渋々頷く。この日、この時、やってくる人物がアルフレッドであることを、リーヴは予測していた。

「……そうか」

 その言葉を聞いて、アルフレッドはなぜか嬉しげな笑みを浮かべる。

「なら、俺の用事も……当然、予測できているはずだな?」

 アルフレッドの嬉しげな笑みとは対照的に、リーヴが浮かべている表情は変わらず苦渋の表情だった。

「なんでだ……!」

 リーヴは叫んだ。

「なぜ……アルマを……あんたが、殺さなきゃならない!」

 リーヴの言葉を聞いて、アルフレッドは笑みを濃くする。

 それが、リーヴには信じられない。

「わかって、いるんだろう?」

 その言葉の通り、リーヴはアルフレッドがなぜ、アルマを殺さなければならないのかを理解していた。

「だから、ここで俺を待っていた。そうなのだろう。でなければ、ここにいる理由がない」

「わかって、いるさ……未だ父さんの、ジェラルドの光晶からあふれ出した光塵は、アルマの体内に入り込んでいる」

 天使としての覚醒。そして、神としての能力を振るうために、グレゴリーによって調整されたアルマの体は依然、神を作り出した光塵を含み、その光塵の純度の高さから、再び堕天獣化する可能性が高い。

 しかも、アルマの堕天獣化は、ただの堕天獣化で終わるものではないのだ。アルマの堕天獣化、それはすなわち、あの圧倒的な力を発揮した人造の神の再来だ。

 今現在の聖道砂漠における治安を維持する役目を持つ聖道教会には、その脅威を容認することなど出来ないだろう。それが、かつて聖道教会で働いていたリーヴには、わかることが出来たのだ。出来て、しまったのだ。

「それでも……!」

 それでも、リーヴはその行為を容認することは出来なかった。

「聖道教会は……この過酷な世界を共に生き延びようとする人々と助け合い、これからを一緒に生きるために設立された組織だったはずだ……」

 それは、ジェラルドが残した遺志だった。

「それが……年端もいかない子供を殺す!?」

 それはたとえ、どんな理由があっても認められない行為であるべきだった。そう、リーヴの良心は囁いていた。

「どこまで変わっちまったんだよ……あんたは!」

「何も……変わってはいない……」

 そこで、アルフレッドは今日初めて、苦い感情を、表情を浮かべた。

「何も……変わってはいないからさ。俺はいつだってこぼしてばかりだ……お前の時も、ノーラの時も……」

「俺と姉さんの、時?」

 その言葉を聞いて、リーヴはある当たって欲しくなかった予想が、もしかしたら当たっているのかも知れないという疑念に囚われる。

「疑問に思わなかったのか?」

 思っていた。アルフレッドの言葉に、リーヴは心の中だけで答える。

「あのグレゴリーの研究資金は……どこから来ていたのかって……」

「それは…………町の権力者たちの手によって……」

 残虐なショーの代わりに、資金提供を受けていた。そのはずだ。

「それは確かに、グレゴリーが聖道教会にいたころはそうだっただろう。だがしかし、原罪教団に身をやつしてから、やつは一体どうやって、研究に必要な資金を捻出していたんだ?」

「それは……」

「もちろん、あのかつての権力者たちが言うような隠し財産は、実際には無かった。どこからか、資金提供があったのだ。そうでなければ、アルマという少女を、神へと作り替えるための研究は出来なかった」

 光塵の研究に必要な資金は膨大なものである。それは、あのラナが研究資金を捻出するのに苦労していたことからも、容易に想像できることであった。この世界が堕天獣の手によって、危機的な状況にあるのは間違いない。そして、その危機に対抗するのにラナの銃は、非常に有用だ。だからこそ、ラナの銃は未だ試作品の段階でありながらも、非常に高く売れる。

 慈善事業として力のない子供たちにいくつかの銃を与えたとしても、残った銃は子供たちとの生活費のためにも、武器を取り扱う商人に与えて売買しているはずだ。その利益は、ラナの銃が持つ希少さから、かなりの額まで跳ね上がっているはずだ。それでも、光塵の研究にかかる費用は莫大であり、ラナは贅沢をすることなど出来ないでいる。

 光塵技術の中でもっとも金になると言われる兵器の部門で、活躍するラナがそうなのだ。

 原罪教団として暮らし、都市のなかで行われている経済活動にも、セブコン社のキャラバンに紛れ込むことも出来なかっただろうグレゴリーに、光塵を研究するために必要な資金が捻出できたとは思えない。

 ならば、確かにそこには、資金や物資の提供をしてくれた後援者がいたはずなのだ。

「その後援者こそ……俺なんだよ、リーヴ」

 アルフレッドの言葉に、リーヴは首を振った。それもまた、あり得ないことだと思っていたからだ。たとえなにがあっても、アルフレッドが不正に手を染めることなどあり得ない。ましてや、それが聖道教会としての活動で手に入れた金ならば、それこそ、このアルフレッドが使うはずがないだろうとリーヴは判断していたのであった。

 アルフレッドは聖道教会の教会長として行動する際、必ずジェラルドの名を語る。それは聖道教会、ひいてはそれを作り出したジェラルドに、並々ならぬ敬意を抱いているからだ。けれど、リーヴの予想はアルフレッド自身の言葉によって否定されてしまう。

「なぜだ……それこそ、そんな真似をする必要なんて、アルフレッド。あんたには無かったはずだ!」

「だからこそ、俺は変わっていないと言ったのだ……! あの時、リーヴとノーラ。俺の家族とも呼べる二人がともに失われた……あの事件。あの事件もまた、俺があのグレゴリーを支援していたからこそ……起こった出来事だった」

「なんだっ、て……」

 アルフレッドは途方に暮れたかのように空を見上げ、黄昏れる。

「嗤えよ、怒れよ、リーヴ。俺はな、あの男が……あの男の光塵に対する研究が、聖道教会にとって莫大な利益を与えるから……その研究を支援していたんだ……」

 アルフレッドは自らの無くなった腕、その傷口をさすり、リーヴに独白する。

「あの聖道教会が主導した光塵技術の迫害。あれは……元々は俺の案なんだ」

「な!?」

 予想外過ぎるアルフレッドの言葉に、リーヴはただ聞き入ることしか出来なかった。

「俺は…………聖道教会が衰退する原因となる全てが、許せなかった。俺にとって、もっとも大切な……ジェラルド、我が父がこの世界に遺した一番大きな足跡を、消されたくなかった。それが壊されるのが、許せなかった」

 聖道教会が設立した背景には、堕天獣に対抗できるのが、ジェラルドやその保護された子供たちが発現した天使の能力しかなかったことが大きな要因である。そうでなければ、海千山千の権力者たちが堕天獣に対する何らかの対抗手段を確立して、聖道教会とは違う一大組織を作り上げていたことだろう。

「光塵技術、その兵器利用の研究は……聖道教会の価値をおとしめる……!」

「確かにそれはそうだろう。けど……それで助かる命は、きっと……増え続けたはずだろ? 聖道教会として、ジェラルドの遺志を継ぐ者として……この世界に生きる人々が、より良く生きられるようになるなら……」

 リーヴはそう言って、アルフレッドの考えを否定しようとする。しかし、アルフレッドから返ってきたのは、激昂だった。

「光塵技術の発達。それが、結果的に聖道教会…………ひいては、ほかの町でその異能から保護されていた天使たちをどのような目に遭わせるのか…………それが、本当にわかっているのか、リーヴ!」

 一時の不名誉を堪えて、光塵技術を発展させるべきだったのではないかというリーヴの言葉を、アルフレッドは遮る。

「どういうことだ……?」

 けれど、その言葉は、リーヴの理解の範疇を超えていた。だから、リーヴはアルフレッドの真意を問い続ける。

「簡単なことだぞ、リーヴ。今、天使は必要だからこそ重宝され、保護もされているが……光塵技術が一般の人々に浸透すればどうなる? 天使は不要になり、その異能から迫害の対象となる。これは……歴史の必然というものだ」

 そんなことはない、とリーヴは否定したかった。しかし、確かに普通の人間にはない異なる力、異なる容姿は迫害の対象になるだろう。今、堕天獣化の危険性から、子供たちが危険視されているように、そして、あの先住民たちが、アルマに向けたあの迫害の視線こそがそれを証明していた。

「そんな未来を防ぐために、聖道教会が変わらなければならなかった。ただ自分にある力を誇示するだけの存在ではなく、正しき力を選別するための組織に」

 その言葉を聞いて、リーヴはあることを思い出す。光塵技術の迫害の後、生まれた光塵技術の選別。それは、グレゴリーが利益を独占するために生み出した組織なのだと、リーヴは思っていた。だがしかし、それは違うのではないだろうか。

「もしかして、光塵技術が人間に対して、悪影響があるかどうかを選別していたのは……」

「そう、俺が作り出した組織だ。グレゴリーには、光塵技術における利益を聖道教会が独占するための手段だと説明したが……その内実は、今のままでは先の見えた聖道教会の未来を変えるためのものだった」

 アルフレッドは失った腕を抱えていた手で、拳を作る。

「だが、その案はグレゴリー個人の欲望によって歪められ、利用された……! リーヴ、お前の追放についてもそうだ……!」

 確かに、アルフレッドの言葉通り、リーヴが聖道教会を追放された大きな理由は当時、聖道教会内で規制が厳しくなり始めていた光塵技術を、自らのために使ったと疑いをもたれたことが原因である。

「そして、それは……同時に俺の弱味を握り、己の意のままに操るための首輪を掛けるために計画されたことだった……」

「どういうことだ、アルフレッド」

 リーヴの言葉に、アルフレッドは苦笑を漏らす。

「さっきも言っただろう? 光塵技術に対する規制案は、俺が発案したものだ。だからこそ、グレゴリーはその案を隠れ蓑に、様々な悪事を行った。いざという時に、その罪を俺に被せるためにな……」

「そんな……馬鹿げたこと……」

 アルフレッドの言葉に、リーヴは驚愕し、そんな言葉を漏らしてしまう。

「馬鹿げたこと? ああ、そうだとも……グレゴリーは他者を受け入れるための器こそ小さいものの……それ故に己の中に入ろうとする他者を排斥する能力は、ずば抜けて高い男だった。奴がその保身のために巡らせた策は抜け目がなく、俺とて絡め取られたのだ。あの男は、狡猾という文字を形にしたような男だった。いっそ悪魔的と言いたくなるほどにな」

「なんで……そんな……言葉を選んで話すんだ?」

 アルフレッドの言葉は、自らを苦しめた男に対して言う言葉にしては、どこか理性的で、恨みというものが感じられない。

 それどころか、その相手を褒めているような響きさえあった。

「ジェラルドが俺にとって父と呼べる男ならば、奴は間違いなく……この俺にとって、師と仰ぐべき男だったからだ」

「な……!」

 リーヴは驚愕するしかなかった。

「そんなことは……ないはずだ! アルフレッド……いや、兄さん! あんたはもう、聖道教会にとって部外者になった俺にだって、組織の内情を明かし、この町に住む人々のために……頭を下げることができた人だ。それが……あのグレゴリーを師と仰ぐべきところがあるだなんて、俺には信じられない!」

 アルフレッドはグレゴリーと違い、公明正大な男だと言えるだろう。そして、グレゴリーとは違い、恥を忍ぶことも出来るような男だ。それは、先日のグレゴリーが引き起こした事件の中、聖道教会としての面子を潰すことになったとしても、組織の内情をリーヴに明かし、人を守るために協力を頼んだという事実から見ても明らかだろう。

 それをリーヴは指摘する。けれど、アルフレッドはゆっくりとリーヴの言葉に首を振る。

「それが……お前を陥れるためにやったことだとすれば?」

「え……?」

 あまりにも予想外なアルフレッドの言葉に、リーヴは絶句してしまう。

「あの時、あの教会の中で、かつて降臨した神が再び現れたという時……俺はどこにいたと思う?」

 自分を嘲笑うような笑みを浮かべながら、アルフレッドはリーヴに優しく問いかけた。

「そ、れは…………やっ……ぱり、町の人を守るために……」

 この町に散らばった聖道教会の天使たちを指揮していたのではないか、そうリーヴは言いたかった。しかし、リーヴの中にわき上がった疑念が、その言葉を遮った。

「お前のその……希望的な観測にすがる癖は、悪癖というものだぞ? お前なら、わかるはずだ。俺の言葉が真実ならば、俺がどこにいたのか……俺の目的を推測し、その場所を導き出せるはずだ」

 アルフレッドは、リーヴの希望的観測が入り交じった予想など許さないと言わんばかりの鋭い視線をリーヴに向けて、話の続きを促す。

 だから、リーヴは言わなければならなかった。アルフレッドの話を聞いて、もしかしたらアルフレッドがそこにいたのかもしれないという場所を。

「あの教会のすぐ、傍。そこに……いたのか? アルフレッド」

「そう、だ。その通りだ。リーヴ」

 自らの悪事を指摘させた後だというのに、アルフレッドは良くできた子供を褒めるかのように朗らかな表情を浮かべて、リーヴの指摘を肯定した。

「あの神の再臨とも言うべき事態に……俺は予め、そこで事件が起こると予想していた……あの教会に、聖道教会の天使たちを集めることで事態を収拾するつもりだった。だがしかし、その事件が起こるであろう場所には、塵狩りであるお前の姿があった」

 その言葉を聞いて、リーヴはある予想をしてしまう。その予想を、リーヴは恐る恐る口に出す。

「あんたは、まさか……この事件が起こることを、事前に察知していたと言うのか?」

 こくり、とリーヴの問いかけに頷くアルフレッド。

「なんでだ……だったら、なんで! あんな事件を止めようと思わなかったんだよ! あの事件で一体……どんな得が、誰にあったって言うんだ! 誰も彼も、損しかしていないじゃないか!」

「それは……お前がこの事件を解決したからだ。リーヴ」

「なに、言っているんだよ……」

 リーヴの言葉に、アルフレッドは静かにそう返した。リーヴはアルフレッドの言葉を、否定するしかない。あの誰も彼もが損ばかりを押しつけられてしまった事件が、自分の所為でそうなったなどとリーヴは信じたくなかったのだ。

「リーヴ。考えてもみろ。お前のようなる特殊な人間がいなければ、あの再臨した神は塵狩りたちの手には負えず、偶然、聖道教会の勢力拡大のため、その場に居合わせた聖道教会の天使たちがその事件の対処に当たったはずだ」

 アルフレッドの言葉、それは身の毛もよだつほどに、自らの事情しか考えていないものの発言だった。それこそ、まさにグレゴリーが、あの神の再臨を望んだ時と同じように。

「光塵技術では対抗出来ないような存在を……天使が、聖道教会が打ち倒すこと……それが出来れば、ジェラルドというカリスマを失い、落ち目の聖道教会にとっては、絶好のデモンストレーションになるとは思わないか、リーヴ?」

「あん、たは……」

 その言葉を聞いて、リーヴは激昂した。

「あんたは、それだけのために! あんな事件を、あんな事件を引き起こそうとしていたグレゴリーを…………見逃したって言うのか!」

 リーヴの言葉に、アルフレッドはただただ黙って頷いた。

「……っ!」

 その下手をすれば、開き直っているとも取れるアルフレッドの姿に、リーヴの心の中にある最後の遠慮を吹き飛ばした。

「ふざけるなぁ!」

 その最後の遠慮、それは肉親に対する情と言えるものだった。その情こそが、リーヴの正常な判断能力を阻害していた。それをかなぐり捨てることによって、冴え渡った思考で、リーヴはアルフレッドを敵だと認識する。

「あんたが、あんたがそんな外道に成り果てたと言うのなら……俺はもうあんたを兄だとは思わない! あんたを、絶対に叩きつぶす!」

「どうやって、だ……リーヴ? 塵狩りでしかない今のお前が、天使であるこの俺に……どう挑む……?」

 リーヴの決意を喜ぶように、アルフレッドは笑い、そして、光翼を生やして宙に浮く。

 アルフレッドは天使の位階では、ストルグの位階に属する。自らの身体の中にある光塵を操り、周囲の物理法則を操ることも出来るものの、他者の光塵を操ることの出来ない天使。それがストルグである。

 だがしかし、戦闘能力が高いと言われる天使は、大半がストルグに属している。その理由は天使と呼ばれる理由となった光翼を生やせること、そして、その光翼によって空中での動きを制御できる点にある。空中を飛び、物理法則を操る天使の力は、あの龍と並び立てられるほどの力を持っているということである。

 油断は、出来なかった。だがしかし、リーヴもまたアモルという天使の中では最低階級の中から、天使の中で卓越した戦闘能力を誇っていることを、あのグレゴリーに認めさせた男である。

「こうやって、だ!」

 リーヴは龍呪回路を用いて、リヴァイアサンに光塵を流し込み、威力を強化した弾丸を放った。

「それでは当たら…………なっ!」

 それは確かにアルフレッドの言葉通り、アルフレッドの体には当たらない弾丸だった。だがしかし、リーヴの狙い違わず、光塵で強化された弾丸は、アルフレッドの周囲に展開していた光塵に干渉し、その飛行能力を奪い取った。

 周囲の法則を操ることに長けるエハヴ相手ならまだしも、ストルグが作る光塵の影響圏を撃ち抜く力を、リーヴの予想通り、リヴァイアサンは持っていた。

「おらぁ!」

 掛け声と共に、リーヴはリヴァイアサンを回転させてリロードしながら、ホルスターにしまい、拳を握って、アルフレッドの顔を殴りつける。その勢いのまま、アルフレッドの巨大な体躯は地面に叩き付けられた。

「聖道教会に追われていた俺が……天使に対抗するための力を磨いていないとでもも思っていたのか? まだまだ殴り飛ばしてやる! あんたのその腐った性根が抜け落ちるまでな!」

 リーヴの啖呵にアルフレッドは初めて、怒りの表情を見せた。

「つくづく……お前は甘い男なのだな、リーヴ! もういい。試すのは終わりだ。お前は今、ここで殺す」

 その言葉を言い終わった後に感じたアルフレッドの殺意によって、リーヴは思わず飛び退いて、後退してしまう。

 その一瞬を、狙われた。

「ノーラ!」

 アルフレッドが叫び、それと同時に細長い影が太陽の光を遮る。

 その影を掴み、アルフレッドは顎で器用にその棒を抑えると、白い刃を抜きはなった。

「今の俺の傍にノーラと、彼女を守るための力たるこの刀がないとでも思っていたのか?」

 アルフレッドが握っているもの、それはあのグレゴリーとの戦いの中でも使っていた巨大な刀であった。

「グレゴリーとの戦いで、片腕になったこの俺でも…………天使としての力と、この刀の頑強さがあれば、戦えるのだ!」

 その言葉を証明するかのように、天使としての力の象徴とも言える光翼が、アルフレッドの背中から生える。そして、その光翼によって可能となる飛行能力によって、宙に浮いたアルフレッドは急上昇後、刀を構えて急降下してくる。

 浮き上がるという自然の理を超えた超常現象ではなく、落下という自然現象に加えて、それを後押しする形で使われた天使の力は、莫大な速度を生み出すことに成功する。その落下速度によって爆発的な威力を発揮するだろうアルフレッドの刀を、リーヴは受け止めるわけにはいかなかった。

 だからこそ、先程と同じように、リーヴは光塵を込めた弾丸をアルフレッドの光翼が生み出す影響圏に撃ち込む。

「それはもう……見せてもらった!」

 光塵によって物理法則を操り、自分に都合のいい異世界を展開するのが光翼の能力だ。飛行能力はその一端に過ぎない。だからこそ、リーヴの弾丸は、天使のすぐ傍を通るだけでその効果を破壊するはずだった。

 けれど、落下という自然現象と光塵による加速によって作り出された運動エネルギーは、余すことなくアルフレッドの体躯を加速させていた。一瞬での反転、器用に体を回転させることで、リーヴの弾丸を避けたアルフレッドは、その加速した落下スピードのまま刀を振るう。

「体勢を立て直さなければ、地面に叩き付けられるだけだぞ!」

 その刀を転ぶようにしてなんとか避け、リーヴはアルフレッドの様子を見守った。その加速した速度のまま、地面に叩き付けられれば、アルフレッドとはいえただではすまないだろう。だがしかし、アルフレッドは落下する寸前で光翼を延ばし、落下という現象が巻き起こす現象全てを、無理矢理に消滅させた。

「っ……!」

 リーヴは言葉もなく驚きながら、再び距離を取る。

 落下と光翼による加速を行うアルフレッドに対し、距離を取ることは決してうまい方法とは言えない。けれど、アルフレッドの体躯と天使としての能力を前にして、近距離での捌き合いで勝負するのもまずかった。

 もし、その捌き合いでリーヴがなにか失敗をし、鍔迫り合いの形に持ち込まれてしまえば、身体の大きさと光塵による強化の度合いで圧倒的に不利なリーヴは、そのまま押し切られ、骸を晒すことになってしまうだろう。

「お前の天使に対する対策は、こんな小細工だけだと言うのか? 見せてみろ、リーヴ」

 傲慢に頭の上からこちらを見下ろしながら、アルフレッドは言葉を続ける。

「お前が数年の放浪の中で……何を見たのか。それを俺に見せてみせろ! 何もすることもなく、積み重ねることもなく……ただ漫然と生きていたというのならば、その無様さに相応しい死に様を晒せ!」

 仰々しい言葉。それは、アルフレッドが聖道教会の天使たちと共に戦い、先陣を切るうちに身についたものなのだろう。その激しい言葉は、時に味方の戦意を高揚させ、時に相手の敵意を粉砕するものだった。

 再び飛び上がり、落下という自然現象と光塵による加速をあわせて圧倒的な運動エネルギーを得るアルフレッド。その動きを見て取って、リーヴはある一点を狙い撃とうとした。その一点とは、アルフレッドが着地する瞬間である。

 光塵による物理法則の書き換えによって、あの猛スピードでの落下にも耐えることを可能にしたアルフレッドの突進。その突進が着地に変わる瞬間。その瞬間に、リーヴはリヴァイアサンの弾丸を撃ち放つ。そうすることで、光塵の制御を乱すことが出来れば、それはその落下の衝撃を、アルフレッドの体躯だけで受け止めさせることになる。

 そうなれば、人体では到底耐えることの出来ないスピードでの落下に、アルフレッドは身体を粉砕され、死を迎えることになるだろう。

 その事実を認識した瞬間、狙いを定めるリーヴの指に狂いが生じた。

「だから、お前は甘いと言うのだ。リーヴ!」

 その動揺を見越していたかのようにアルフレッドは落下スピードそのままに刀を振るい、一気に空へと駆け上がる。

「肉親としての情を、友としての情を……敵に対して捨てきれない。他者を、切り捨てることが出来ない。それがお前の甘さにして欠点だ、リーヴ」

 空へと駆け上がったままに、リーヴを見下ろすアルフレッドは言う。

「それを欠点だと言えるあんたが……変わっちまったのさ……」

 リーヴを、そしてアルフレッドとノーラを育てたジェラルドが卓越したカリスマ性を持ったのは、彼が何者をも切り捨てようとしなかった男だったからだ。

 当時、子供は堕天獣化する危険性が高く、城壁や柵で囲われた町の外へと追い出されることも多かった。そしてそれは、子供を連れた大人も同様だったのである。

 食事を手に入れるのにも苦労しただろう。衣服を手に入れるのにも、苦労しただろう。だがしかし、ジェラルドは子供たちを切り捨てずに育て上げ、後に聖道教会という一大組織を作り上げるに至った。その遺志を継ぐ子孫とも言えるリーヴが、そう簡単に何もかもを諦めるわけにはいかなかった。

「他者の命を奪えば、そこでなにもかもが終わってしまう。その人物が変わる可能性も……人は常に成長する生き物なのだから」

 ジェラルドの教えを、リーヴは口にする。

「それが甘いと言うのだ、リーヴ。聖人の行いを真似しても、自らの才覚や技量が、その聖人と釣り合ったものでなければ、自ずとその行いの結果は変わる……己を知れ、リーヴ。我らが父とも言えるジェラルドの才覚……俺たちが敵うはずがないだろう」

 アルフレッドのその言葉に、リーヴは問いを投げかける。

「あんたはそんな理屈で……何もかもを諦めてしまったのか?」

「諦めたくはなかった……だが、この腕が教えてくれた」

 空を見上げ、アルフレッドは呟く。

「俺の腕はもう、一本しかない。何もかもを掴もうとするには、俺の腕は少なすぎる」

 その言葉の後、アルフレッドはリーヴを見つめた。

「それは……お前も同じじゃないのか?」

 アルフレッドの視線が、リーヴの握るリヴァイアサン。正確にはそのリヴァイアサンと繋がる龍呪回路へと向けられる。

「その腕に走る傷は……お前が何者をも守ろうとしたからこそ、つけられた傷だろう?」

 その言葉を聞いて、リーヴは思い返す。自分と共に町で暮らしていた人々、そしてどこかにいるであろうアルフレッドの花嫁、ノーラのことを。彼らを守るため、リーヴは当時、聖道教会の教会長を務めていたグレゴリーを頼り、裏切られたのだ。

「ああ、そうだ」

 その傷跡が、何かを守ろうとしたものの失敗した結果生まれた傷だと言うのなら、それはそうだろう。否定することも出来ない。

「けれど……それで、何もかもを諦められる訳がないだろう!? 自分の手で、自分が届く範囲で、少しでも人を助けることが出来るなら……それをやることは、決して無駄なんかじゃないはずだ!」

 ジェラルドのような過去の偉人と比べられれば、未熟なリーヴが救える人間の手は少ないだろう。だがしかし、それでも、その数はゼロではない。なら、そのために動くことは、決して無駄ではないはずだ。

「あんたは……足掻くことすら諦めたのか!?」

 その言葉に苛立ちを隠せないのか、わなわなとアルフレッドは口を震わせる。

「それが甘いというのだ! 現実を見通すことも出来ず、己自身の才覚を見極めることも出来ない! だから、お前は……何もかもを守りきれず、零れ落としてしまうのだろうが! ノーラの時と同じ過ちを、繰り返すつもりか!」

 その言葉と共に、激しい感情で威力を増した刀が、孤児院の壁へと振り下ろされる。

「っ……させない!」

 リーヴはその瞬間、ためらうことなく引き金を引いた。

 リヴァイアサンから放たれた弾丸は、アルフレッドの握る刀を撃ち抜こうとする。

「くっ……!」

 しかし、驚異的な握力と光塵を操る能力でもって弾丸の威力を衰えさせ、刀を握りしめたまま、弾丸をはじき返すアルフレッド。

「頑なな人だな……あんたは」

 その様子を見て、リーヴはその言葉を口にした。

「頑なに……今あるものだけを守ろうとしている」

 ノーラを、聖道教会を。今ある形のままに、衰退させることもなく守り続けるために、頑なにその目的を遂行できる人間であろうとした男。

 それが、今のアルフレッドの実像なのだとリーヴは直感する。

「変わり続けることに、耐えられなかったのか?」

 その言葉を聞いて、アルフレッドが頭を垂れる。

「俺や……ノーラやジェラルド、家族と呼べる者たちが皆、変わり果ててしまったから?」

 アルフレッドの今までの言葉を聞いて、リーヴはそんな考えに囚われた。なぜなら、アルフレッドは言っていたからだ。自分は無力だと、守りたいものを守ることが出来ていないと。

 ノーラはあの一件以来、傷一つ付いていない。ジェラルドはあくまで、寿命で逝ったのだろう。もし、アルフレッドの大切な者の中に、リーヴが入っているとしても、リーヴが聖道教会を放逐されたのは自分自身の愚かさが原因だ。

 アルフレッドが自分を責める理由はない。けれど、アルフレッドは言っていた。聖道教会という組織を守り切れていないのだと、それは変わらぬ自分自身の弱さ故だと。 同時に今までの会話で、アルフレッドは自分がジェラルドとは違うということを特に気にしているように思えた。

 ジェラルドとアルフレッドの共通点、そして違いは、家族と呼ぶべき存在を守りきっていたかどうかと、聖道教会という組織の運営についてのものだろう。

「かつて愛していたものを、今の形のまま守り続けるために……アルフレッド、あんたは頑なに在り続けようとしたんだな」

 同時に、それがアルフレッドに自分があのグレゴリーと似通った人間だと言わしめた原因なのだろうとリーヴは気付く。組織の運営、そして、組織の力を維持するためにアルフレッドが選んだ方法は、自分自身のカリスマによる組織の維持ではなく、謀略によるものだ。

 それは確かに、グレゴリーの手腕を真似たものだった。

「自分自身の決意を変えないために」

 その言葉を聞いて、アルフレッドは初めて何も表情を浮かべないままに頷く。

「なら、俺はあんたを変えてやる……!」

 アルフレッドの沈痛な有り様に、リーヴは叫んだ。

「ほう……?」

 その言葉を聞いて、アルフレッドは初めて、心の底から敵意を持ってリーヴを見始めた。今まで何かを試すような口調をしていたアルフレッドが、しっかりと敵としてリーヴを見る。

「俺はひねくれものだからな……あんたが変わらないために、変えないために、頑なに在り続けたというのなら……それがあんたに、外道の所業を許したというのなら……俺はあんたを変えることで、あんたを否定してやる」

「どうやって……だ?」

 ドスの利いた、こちらを脅しつける目的で発せられるアルフレッドの声。その声を聞きながら、リーヴは肩をすくめてみせた。

「さぁて、な……少なくとも、あんたが変えられないと思っている何かを変えてやるってことしか、今の俺には思いつかないよ」

 本調子になってきた、とリーヴは自分の声を聞きながらそう思う。まるで、あのシーと相対した時のように、必要以上にシリアスにならず、肩の力を抜いて、自分の全てを出し尽くすことが出来るという確信が、今のリーヴにはあった。

「ははっ……そうだな……」

 その余裕が、リーヴにある思いつきをさせる。

「あんたは……アルマを殺すために、ここに来たんだよな……?」

 その言葉に、アルフレッドはただ黙って頷いた。

「そして、あんたは……ノーラの時と同じ過ちを繰り返すつもりか、とも言ったな」

 アルフレッドは、なにも答えない。だが、リーヴの言葉を聞いているという感覚はあった。その感覚に従って、リーヴは言葉を続ける。

「なら……俺のやるべきことは至極単純だ。あの時とは違い、アルマを守りきる。それがあんたの頑なさを打ち破るのに必要な……俺のやるべきことだ!」

 シーの時とは違い、自分からやるべきこと、やらなければならないことを口にして、リーヴはアルフレッドに挑もうとする。

「つまり……天使の力を持つ、この俺を……ただの人間でしかないお前が止めると……?」

 奇しくもアルフレッドの言葉は、かつてシーが口にしたのと同じようなものだった。

「ふ、ふっ……ふっ、はっははははははは!」

 爆笑し、アルフレッドはリーヴを見つめる。

「あまり、俺の力を……天使の力を舐めるなよ、リーヴ?」

 その口元には、こちらを揶揄するかのような笑みが浮かんでいた。

「お前一人で……この俺を止める……と? 自分の守りたい者を守ってみせる、と? かつてとは違う自分を見せると? そう、この俺の前で言っているのか、リーヴ?」

 ぞわり、と産毛が逆立つような圧迫感が、アルフレッドの巨大な体躯から溢れ出すのをリーヴは感じ取った。

「そうか…………お前の戯れ言はいつだって面白いが、俺の裁定は変わらない。お前を踏みつぶし、聖道教会のためにあの少女を殺す……! 覆せると思うのならば、やってみせろ!」

 光翼を広げ、刀を肩に担ぎ、アルフレッドは酷薄に笑う。

「無論、俺は出来ぬと思うがな……」

 全力で刀を振るうために、アルフレッドの身体が宙に浮く。

「そんなものは、やってみなくちゃわからないさ……」

 それを見送りながら、リーヴは口の中でそう呟いた。

 勝負は一合で決まる、と言いたいところだが、現実の所、どこで終わるかはわからない。なぜなら、お互いに相手を殺すに相応しい破壊力の攻撃を持ってはいる。だがしかし、その手段をきちんと、相手にたたき込めるかどうかが問題なのだ。

 アルフレッドはあの高空からの落下にあわせて、刀を振る。

 リーヴはその動きに合わせて、死なない程度に銃を撃つ。

 どちらもその攻撃がきちんと相手に当たればそれで終わり。だがらこそ、その決定的な状況を如何に早く生み出せるかどうかという思考戦が発生する。リーヴは、取るべき手段を決断する。時を同じくして、アルフレッドもまた手を考え終えたらしい。

 アルフレッドの動きを待つリーヴ。シーの時と同じように、天使という生き物に対して、決定的な一撃を加えたいのなら、リヴァイアサンがショットガンという事実を鑑みて、至近距離で弾丸をぶち当てなければならない。アルフレッドは様々な方向をゆらゆらと飛び回り、こちらに飛びかかる一瞬を狙っているようだった。

 その動きを、リーヴはただ黙って見つめる。リヴァイアサンを握る腕は動かさない。余計な力を抜き、急激な動きに耐えられるようにと身体を柔らかく沈み込ませる。立つ、という行為以外に何一つ力を使っていないその体勢こそが、リーヴがアルフレッドの動きについて行くための行動だった。

 圧倒的なスピードで近づいてくるアルフレッドの姿を見てから、構えた腕を動かしていては間に合わない。だからこそ、リーヴは構えて撃つまでの動きを省略化するために、あえて何もしないのだ。

「さぁて……どう来るかね」

 口元だけを軽く動かし、リーヴはアルフレッドの動きが、横から縦へと変わる瞬間を見定めようとした。圧倒的な動きの早さでもって、リーヴの視界から消えるアルフレッド。

 不意に来る腕の痒み。その痒みに従って、リーヴはリヴァイアサンを構えた。おそらく、その腕の痒みを理論的に説明するのなら、龍呪回路がアルフレッドの光塵に反応し、リーヴの中で軽く傷口を広げたからであろう。性質の違う光塵はお互いを打ち消し合う。アルフレッドの爆発的な動きによって、周囲に飛散した光塵が、リーヴの中の龍呪回路からわずかに光塵を失わせたのだ。

「そこ……か!」

 腕の痒みに従って、身体を動かして銃を構えるリーヴ。だがしかし、その構えた場所に、アルフレッドの姿は見えなかった。それもそのはずである。その場所には、ラナの孤児院しかなかったのだから。

 かつて、学校と呼ばれていた子供たちの学舎。それを再利用したラナの孤児院には、使われていない部屋がたくさん存在する。その中でも一番特徴的なのは、内部に様々な歯車があり、時計がつけられていたと思われる特殊な部屋だ。その部屋のことを、ラナは時計台と呼んでいた。その部屋はラナの孤児院の中で、一番高い位置に存在している。

 その部屋が、建物の突起が、ズレていた。

 圧倒的な危機感に突き動かされて、リーヴは銃口をその部屋へと向ける。

「おおおおおおおおおおお!」

 地響きのような音とその声。二つの音を伴って起きた次の現象に、リーヴは驚愕する。

 切り裂かれた時計台が、地面に向かって落ちる。それをさらに幾分か小さい破片へと切り分けつつ、アルフレッドが、かつて時計台だった瓦礫を蹴り飛ばしてきたのだ。

 圧倒的な質量とスピードを伴って、莫大な瓦礫が落ちてくるその光景を、リーヴはかつて話に聞いた雪崩という自然現象のようだと思いつつ、リヴァイアサンの引き金を引いた。何発もの銃声が混ざり合って一つの連続した音となった爆音。その爆音を伴って発射された数多くの弾丸は瓦礫をさらに砕き、その大半を無害な塵へと変える。

「ほう……?」

 アルフレッドはリーヴが撃ちはなった弾丸が、先程とは違うことに気付いたのだろう。目を細めて、興味深そうにリヴァイアサンを見つめていた。リーヴとリヴァイアサンは今もなお龍呪回路で繋がっている。リーヴはその龍呪回路を用いて、弾丸そのものに対する強化を使い分けていた。

 リーヴ側が見せた能力は、リヴァイアサンの裏技とも言える能力だ。龍呪回路で繋がれていたリヴァイアサンの中にある弾丸に光塵を送り込み、その弾丸を強化する技をリーヴは見せつけてきた。そして、その力はある事実を示している。リヴァイアサンが撃ち出すものが光塵であるということだ。リーヴが龍呪回路を用いて、リヴァイアサンに流し込むのも光塵だ。

 ならば、その流れ込む光塵を用いて、弾丸を人知れず補給することは出来ないだろうか?

 その答えが先程見せたずば抜けた連射だ。常に光塵をリヴァイアサンに注ぎ込める状況だからこそ、出来る方法。光塵によって作られた弾丸を、自らの体内を流れる光塵によって補給しながら、撃ち続ける。

 その威力は先程アルフレッドが見せた圧倒的な力を用いて作り出された瓦礫を粉砕せしめた通り、莫大なものだ。

 決して、人間に対して使うような武装ではない。

 だからこそ、リーヴはこれを封印していた。けれど、事ここに至って、この封印した機能を使わなければ勝てないと感じる相手に出会ったのである。それが幸運なのか、不幸なのかはわからない。ただ、全力を尽くすためにリーヴは再び弾丸を再装填する。

 カラン、と薬莢の落ちる音が二人の間を駆け抜けた。

「リーヴ、さん!」

 叫び声が聞こえた。その叫び声を聞いて、リーヴは思わず声が聞こえてきた方向を向いてしまう。

「しまっ……!」

 守るべき相手。目を離さないで見守るべき相手であるアルマが現れたことに動揺し、敵から視線を逸らしてしまったことを後悔する時間もなく、リーヴに衝撃が襲ってきた。

 こちらに向かい、飛んできたアルフレッドの巨体。

 そして、その頭上に振りかざされた刃。

 間近に迫った死を実感するその瞬間に、リーヴは引き金を引いた。抜き撃ちをするため、ホルスターに掛けられていたリヴァイアサンが、自分の足を撃ち抜く。その痛みが、死の恐怖に身体を縮こまらせていたリーヴの身体をさらに縮こまらせる。

 その動きこそ、リーヴの狙いだった。その動きがあったからこそ、アルフレッドの持つ刀とリーヴの身体の間に少しの猶予が生まれ、なおかつ抜き撃ちするためにホルスターへ引っかけられていたリヴァイアサンがリーヴの身体の動きに従って、銃口を跳ね上げさせた。

 無我夢中で足を振り、引き金を引くリーヴ。その弾丸は目の前に迫ったアルフレッドの身体に当たるかと思われた。

 だがしかし、アルフレッドもまた一筋縄ではいかない男だった。先程、アルフレッドが落とした時計塔の瓦礫。それは先程、リーヴが自分の身体に当たるものだけを粉砕したため、まだ大きい瓦礫は、リーヴの周囲にまき散らされていた。それらを巻き上げるために、リーヴの身体ではなく、地面に刀を叩き付けるアルフレッド。

 その膂力は周囲にある瓦礫を巻き上げ、リーヴの放った弾丸を防御する壁を作り出す。

「うあっ……!」

「っしぃあ!」

 身体が浮き上がり、次の瞬間、刀を切り払って、瓦礫をはじき飛ばしたアルフレッドの行為によって、リーヴの身体もまた、孤児院の方へと吹き飛ばされる。様々な瓦礫がリーヴの身体を打ち据えようとするが、浮き上がったリーヴの身体は器用に膝から窓枠にぶつかり、孤児院の中に入り込むことによって、瓦礫を避ける。

 半ば吹き飛ばされたまま、床に叩き付けられるリーヴ。足を打ち据えたものの、頭が床にぶつかることもなく、ぷらぷらと揺れ動く形となったリーヴは足を跳ね上げることで落下し、体勢を立て直そうとする。

 その瞬間、リーヴの足に激痛が走る。先程、自分で撃った時の傷口に加え、瓦礫の破片がいくつも足に突き刺さり、リーヴの動きを阻害していた。

 リーヴは這うようにして身体を移動させ、上半身を起き上がらせる。すると、リーヴはそこから見える景色で、自分がどこに吹き飛ばされたのかを知ることとなった。

 あの、妖精のような姿をしたシーと初めて出会った場所。ラナが離れに作った研究室。そこにリーヴは突っ込んでしまったようだった。

 辺りに散らばる光塵研究に必要な機材の数々を見て、リーヴは溜め息をはき出した後、辺りを物色する。足を治す薬品、とまでは言わないものの、痛み止めでもないかとリーヴは思ったのだ。

 そんなリーヴの手元に、黒く光る物質があった。それはあまりにも黒く、日の光を吸い込んでいたがために、リーヴの目から逃れていた。かつん、という鉄製の物に触れたにしては、ずいぶんと軽い音に驚きながら、リーヴがその物質を手に取る。その瞬間、リーヴの腕に、その黒い物体から伸びた影が絡まった。

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