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第三章 ジェラルド・バーンズ

 リーヴは足回りに特化したバイクに乗っていた。このバイクは光塵機関、つまり光塵を使って、ガソリンを使ったエンジンの機構を再現できないかと作られたものだった。

 名前をスレイプニル。多くのものを積み込んでも大丈夫なようにエンジンの馬力があり、車体が横に広い。砂漠での足回りに特化したこのバイクは、外見上はバギーに似ていた。

 想像以上に体に衝撃が来るこのバイクは、名前通りのじゃじゃ馬だった。

 名付けが持つ意味合いを考えれば、空をも飛べそうなバイクだが、今のところその兆候はない。折に触れて、リーヴはそのことに安心するべきなのだろうかと思い悩んでいた。

「わー!」

 周囲の光景が流れていく早さと、砂漠の中を走り抜けることによって舞い上がる砂。その中に混じった光塵のきらめきに、目を奪われてアルマは叫んでいた。

「景色を見るのはいいが、しっかり捕まっておけよ!」

 そんなアルマにエンジンの音に負けないよう声を張りながらの忠告だけをして、リーヴは運転に集中する。

 このバイクは車体が重いせいか、揺れるというよりも、衝撃が体へと直に伝わるのだ。そんなバイクに小さな子どもを乗せるのは、かなり神経を使う作業だった。

 車を使えればいいと思うが、それは出来ない。多くの車、特にガソリン車は、ある企業に買い占められているからだ。

 リーヴたちがこれから向かう先にあるのは、その企業が運営する市場だった。

 神の降臨、そして暗黒時代。その二つの混乱期を乗り切った人類は、いつしか人材の無秩序な流入による堕天獣の発生。そして、野生の堕天獣による襲撃を防ぐための城壁を、廃墟を再利用した都市の周りに築くようになっていた。

 奇しくも堕天獣の存在によって自然が豊かな場所ほど人類にとって危険な場所に変わったため、過去の文明、機械、テクノロジーが残っている廃墟は、人類にとって唯一生存可能な地帯と変わっていた。

 その結果生まれたのが、リーヴたちが暮らす開拓都市ラトリアのような城塞都市だ。

 廃墟はどこにでも転がっているものの、その中で開拓都市として、文字通り開拓される場所には条件がある。人類が生存可能な状態であるかどうかだ。その可能、不可能を分ける境界線となるのが、かつてのテクノロジーの再利用が出来るかどうかだろう。

 特に水道は大切だ。上下水道が共に生きている場合は少ないものの、上水道。つまり、飲める水があるかどうかは、文字通り命に関わる。

 地下水ならともかく、川の水を飲むのは危険だったからだ。川の水を飲めば、川に光塵が入り込んだことによって生まれた龍の機嫌を損ねる危険性があるばかりか、光塵の濃度が高い水を飲めば、堕天獣化の危険性が高まる。

 宙に舞い、水源を汚染した光塵。その光塵をある程度濾過することが可能なために、神の降臨以前のテクノロジーの中でも、水道が生きているかどうかは、開拓都市を拓くにあたって重要な指針であった。

 そして、その指針があるからこそ、街の中心には、多くの場合その水源がある。ラトリアの場合は、近くにある山の土壌の中を伝わって出来た地下水脈、それをくみ取るために作られた屋根付きの井戸だ。

「う、わー!」

 その井戸を中心に作られた広場の中では、様々な車が立ち並び、後部座席をくりぬいて作られた店が並んでいた。

 その奥にはまるで、サーカスで使われるような巨大なテントが建てられていた。

「なんなんですか、これ? 今日はお祭りかなにかなんですか!?」

「あー……祭りというのもあながち間違ってないな。これは、どの都市でも、名物になってるセブコン社のキャラバンさ。どこにでも開かれる……数日限定のお祭りみたいなものだな」

 興奮混じりに叫ぶアルマに、リーヴはそう答える。

 バイクを邪魔にならないところに適当に止め、リーヴはアルマをバイクから降ろす。

「大丈夫だったか?」

 リーヴの言葉に大丈夫ってなにが? と言わんばかりに首を傾げるアルマ。バイクというものは、意外と体に負担のかかる乗り物だ。スピードに対する姿勢も去ることながら、体重移動など、同乗者に求めるものが多い。それを自分の身でもって体感したことがあるリーヴからしてみれば、意外なことだったが、アルマは疲れていないらしい。

「いや、なんでもない」

 病み上がりということもあってリーヴはアルマに気を遣ったものの、その気遣いが無駄なものと終わったことに落胆は感じなかった。改めて、ふと、リーヴは周囲を見渡し、眉をひそめる。

「この時期にしては、ずいぶんと多いな……」

 ぼそりと呟くリーヴの言葉通り、普段は十二台ほどの車が並んでいる広場には、二十台を超える車が並んでいる。明らかにおかしかった。

「どういうことだ?」

「え?」

 アルマの不思議そうな声を聞きながら、リーヴは考え込む。

 この開拓都市ラトリアは、拓かれてから、数年しか経っていない新しい都市である。そのため、住んでいる人間の数は少なく、その人種もたまたまこの近くに住み着いていた原住民と塵狩り、そして物好きな神学者たちと、少ない。そのため、物の需要が偏っており、まず三者三様の人種が共通で必要な食料品が、一番多く開拓都市に流れ込む。

 その次に、塵狩りたちの嗜好品、そして神学者に必要な研究用品が搬入され、最後に原住民たちにセブコン社が渡す機械の部品が都市の中に入る。

 原住民と言われるような人々は、基本的に過去のテクノロジーをそのまま使って、神の降臨と暗黒時代を生き残っていた少数の人間だ。神の降臨によって消える人々。その脅威を前にしても生まれた土地を捨てず、幸運にも神に消されず生き延びた人間たち。

 彼らの多くは老人であったが、稀に若い人間もいた。深刻な労働力の不足に喘いだ彼らは、過去のテクノロジーを利用し、生活に必要な物資を作り出すことのみに限定した労働力を集中させ、生き延びた。そのため、生活に必要な食料などを過去のテクノロジーを利用して産み出すことは出来ても、金属加工や機械製作に必要な材料などを手に入れたり、作り出す余裕がなかった。

 そんな原住民たちが作れなかった、機械に必要な材料。この市場にある車には、それらが塵狩りたちが必要とする嗜好品や、神学者たちが必要とする研究用品より多く積まれていた。

「ああ、いや……肝心のパーティーに必要そうなものが見あたらないな、と思ってな」

 アルマの相手をしてやりながら、リーヴはさらに考え込む。

 塵狩りや神学者たちも機械を買うが、なぜ原住民が一番機械を買うのかということについてはセブコン社──正式名称をセブンコンティネル社という企業の思惑が絡む。

 七つの大陸にまたがる貿易会社として生まれたセブコン社が、ガソリン車を買い占めて行っている貿易。その貿易で運ばれる商品は様々だが、この会社が利益を主に得ることが出来る商品は三種類に限られる。

 セブコン社の本社があるのは、光塵が降り注ぐことのなかった島国だ。その島国を中心とした地域から、船で運ばれてくる光塵の影響を極力排した三種類の商品。それが機械部品、光塵に汚染されていない食料、そして鉱物だった。

 光塵は、人体にも機械にも、等しく悪影響を与える。それが、セブコン社の利益を生み出した。光塵が与える人体への悪影響に対しては、光塵の排した食べ物を売ることによって、光塵による機械への悪影響については、その光塵の影響の少ない自国で必要な部品を作り出すことによって、利益を作り出せた。

 しかし、そうして作られた機械の大半は、聖道砂漠の特殊な環境によって、寿命が短いのが共通の難点だった。それもあって、聖道砂漠では様々な山があるものの、鉱山として開かれている山は少ない。鉱山の発掘をするための機械の消耗が早すぎるからだ。元々、鉱山での掘削に使われる機械は粉塵にまみれることが多いが、さらにきめ細かく粒子の小さな光塵は、機械の寿命を著しく消耗させる。

 レアメタル、希少金属を掘り返すために、半ば赤字を出しながらも運営されている鉱山はあるが、そこから出てくる鉱石は基本的に売られることはなく、セブコン社が独占している。

 だから、基本的に塵狩りたちや神学者たちの手元に回ってくる鉱石や合金というものは、セブコン社がレアメタルを掘り返すために使った掘削機械が回収されたものを、セブコン社が自国の鉱山で再利用して、掘り出されたものが多かった。

 このように経済活動の中枢を握るセブコン社だが、その実、聖道砂漠の中では専用の市場や店を持っているわけではなく、キャラバンでの行商を主としている。

 それはなぜか、と言われれば、商売敵がいるからだ。聖道教会。教会が経済に関わるというのはおかしなことに思えるが、現在、世界を席巻しようとしているセブコン社にとって、最大の商売敵は聖道教会だ。

 暗黒時代、神の降臨以前では食料として扱われていた動植物は、光塵の影響によって大量に繁殖し、人類はそれを食べて生きてきた。しかし、その中に大量の光塵が入り込み、その光塵が堕天獣化を引き起こしていたことに、当時の人類は気付けなかった。

 精密な検査器具など無かった聖道砂漠で暮らす人々は、宙に舞う光塵が、自分たちが苛まれている堕天獣化の原因だと考えることは出来ても、まさか食べ物にもその遠因があるとは考えつかなかったのだ。

「リーヴさん、わたし、あのお店を見に行ってもいいですか?」

 考え込むリーヴに、待ちきれないと言った様子で近くにある嗜好品の雑貨が積まれている車を指さすアルマ。

「ああ、わかった……ちょっとお金を用意するから、好きなように買ってきてくれ」

「はーい」

 元気な返事をした後、店に走り寄っていくアルマを見送りながら、リーヴはバイクの近くで思索に耽る。

 食べ物にも、光塵による汚染の影響があると人類が知ることになったのは、当時、堕天獣化しやすい子どもを引き取って聖道砂漠を渡り歩きながら生活していた聖道教会の長であるジェラルド・バーンズが、食べ物に光塵が含まれていることを発見したことに由来する。

 彼はその後、食べ物から光塵を排除する技術を確立し、聖道砂漠の中で、その技術で生育した食べ物を売りさばいた。そうして、セブコン社が純粋に利益を得ることが出来る三大商業製品のうちの一つを、聖道教会は知らず知らずの内に奪っていた。

 遠い島国から、商業の拡大のために船を出していたセブコン社はその事実を知り、大層慌てたらしい。元々出来ていた聖道教会の食料による経済活動にセブコン社は入り込めず、隙間産業として、その食料を彩る香辛料の売買を行うことになる。

 しかし、セブコン社は大陸の多くが光塵に侵された聖道砂漠に、何らかの商業的な価値を見出しているらしく、積極的に市場を作り出そうとしていた。その一つが、今も売り出される機械だった。

 過去のテクノロジーを利用しながら生き延びたことによって、暗黒時代の混乱期にも、テクノロジーを整備する技術を紛失することなく持っていた原住民。彼らに対して、機械の修理、加工などを依頼し、その代金として、食料や香辛料などを優先的に与える。

 セブコン社は直接的な経済的援助こそ原住民たちに行わないものの、安定した需要を持つ機械を高値で買い取ることによって、間接的に原住民たちを援助し、その市場を拡大しようとしていた。

 そういった経済的な背景を鑑みて市場を見てみると、明らかに車に積み込まれている荷物がおかしいのだ。まず、機械が多い。これは原住民たちが仕事に慣れてきたというのも考えられるために、そこまでおかしなことではない。

 しかし、純粋な食料品と言えるものが少ないことは問題だった。さきほどアルマが走り寄っていった雑貨店と言えるような店のほかにも、肉や魚などといったものより、タバコや酒などを並べる店が多いのだ。これらの共通点は、生きるのに必須な品ではないと言うことだ。こういった嗜好品が、食料品よりも多く並ぶ市場というものを、リーヴは見たことがあった。

「ねぇ、リーヴ……さん!」

 その市場を見た場所を思いだそうとした瞬間、リーヴはアルマに声をかけられる。

「ん、どうしたんだ?」

「えっと、ですね……あの……これ……あげます!」

 アルマはどこか恥ずかしそうな顔で、後ろ手に隠していた小さな袋を取り出した。

「さっきもらったお金で買ってみたんです。なにか、難しいことを考え込んでいたみたいだから……」

 そう言って、アルマが差し出してきたもの。それを見て、リーヴは驚く。

 そこには、様々な色に輝く星のような形をした────金平糖が入っていた。

「奇妙な偶然、だな……」

「え?」

「いや、なんでもないさ……ありがとう」

 小さくぼそりと呟き、リーヴは記憶の中にあるかつての光景を思い出しながら、そう言ってアルマの手から金平糖を受け取った。

「久しぶりに食べたな……こういう味。結構……美味いよな」

「はい、それは良かったです!」

 楽しそうに頷くアルマ。そんなアルマに、リーヴは手を差し出した。

「え……あ、はい」

 その手を見て、アルマは金平糖のおかわりをリーヴが要求していると思ったのか、再び手に持った袋から金平糖を取り出そうとする。

「いや、違う。おつりだよ、おつり」

「え?」

 不思議そうに首を傾げるアルマ。

「おいおい、こんな程度の買い物で、金が全部無くなるような程度の金額を渡したわけじゃないぞ。他になにか買ったのか?」

「いいえ、これだけです」

「え?」

「そこにいるおじさんにお金を渡して、これで一袋買えますか? って言ったら買えるよって言われたので、そのまま……」

「お金を渡したと……そういう訳か?」

 頭を抱え、ぼやきを漏らすかのように嘆くリーヴ。

「あの、えっと……なにか、いけないことをしてしまったのでしょうか……?」

 その様子を見て、なにかやってしまったのではないかとおっかなびっくりにそう聞いてくるアルマに、リーヴは笑った。

「ああ……まぁ、本当はあの銀のコインで、今日やるパーティーに必要な経費を全部賄うつもりだったんだよな」

 その言葉を聞いて、アルマは自分のしてしまったことが、どれだけとんでもないことなのかわかったらしい。

「そんな…………どうにもならないんですか!? わたし、あのお店の人に聞いてきます!」

 しょんぼりと肩を落とした後、今度は肩を怒らせて、店へと舞い戻ろうとするアルマをリーヴは苦笑しながら、止める。

「やめとけ」

「なんでですか!?」

 当然、食ってかかるアルマにリーヴは説明を開始する。

「こういう市場での売買に、そういう騙し騙されなんてあって当たり前だからさ。神の降臨が終わって以来、都市ごとに必要なものが違って、基準となる価格帯なんてないんだ」

 適正な価格帯というものが都市ごとによって違う、その価格の移り変わりや需要などを見極めて、セブコン社は様々な都市を渡り歩く。

 そうしたキャラバンの中で、ルールはたった一つだけだった。

「その都市ごとで商人は価格を提示し、買うやつはその値段に納得したら金を払うシステムなんだ……つまり……」

「つまりは、お金を払った時点で……」

 ここでアルマは全てを理解したのか、驚きに満ちた顔で小さく呟いたのをリーヴは聞き逃さなかった。

「そう、その価格に同意して買ったものと見なされるわけさ」

 このルール以外に、このキャラバンで価格を決める厳密な規則などないのだ。売る人間と買う人間、その両方が納得すれば、どれだけその都市では法外な金であっても、売買になんの問題もない。そんなシステムを利用した詐欺などもあるが、それはそもそも引っかかった人間が悪いと見なされ、抗議すら聞いてもらえないのが当たり前の話だった。

「そんな……せっかく、リーヴさんに喜んでもらおうと思ったのに……」

 アルマは人の物言いを率直に聞くことが出来る。だからこそ、簡単に人の言葉を信じ、騙されてしまったのだろう。

「ま、最初はそんなもんだけどな」

 そんなアルマに、リーヴは軽口を叩くように、次の言葉を口に出した。

「なにせ……俺だってそうだったんだからな」

「え?」

 不思議そうな顔をして、落ち込んで肩を落とした姿勢から、顔だけを起き上がらせてこっちを見るアルマ。

 その視線に顔の高さを合わせ、リーヴはアルマの顔を正面から見やった。

「その時、俺の義父さん……いや、オヤジは俺に言ったよ。君はその金平糖が……その価値に見合うから、買ったんだろう? なら、それを分けてもらえる僕は幸せ者だってな……」

 リーヴは苦笑しながら、アルマの頭をなでた。

「ありがとう、アルマ。俺は、幸せ者だ」

「ふぁ……」

 照れたように紅くなって、頬を押さえるアルマ。

 その姿を見て、リーヴは苦笑の色を強めた。

「こんな物言い、俺らしくはなかったか?」

 自分には似合わないことをしてしまったという感情が、自らの顔に浮かんでしまうのを、気づけないリーヴではなかった。ひねくれ者の自分には、聖者と称えられた人間の真似事など似合わないだろうという思いが、リーヴ自身にもあったのだ。それが、リーヴにこんな拗ねたような物言いをさせていた。

 その言葉を聞いて、アルマはふるふると左右に首を振る。

「そんなことは……ないですよ。けど……」

「けど?」

 どんなことを言われるのか内心気構えをして、リーヴはアルマの言葉の続きを聞く。

「本当に……その人のことが、好きだったんですね。リーヴさん。今……すごく、すごく心の底から好きで、尊敬しているって気持ちがわかって……わたし、その人に会いたいって思いました」

「それは……いったい、なんで……?」

 ひねくれものの自分には似合わない物言いだったと、当然言われるものだと思っていたリーヴは、思わずそう呟いてしまう。

「だって……今のリーヴさん、凄くいい笑顔で笑ってましたよ? 今のリーヴさんが優しいのは、その人の影響なんでしょう? それならきっと、その人に会えば……わたし、リーヴさんのこと、もっとわかってあげられるようになると思うから」

 リーヴの呟きを、アルマは自分がなぜ、リーヴの父と呼ぶ存在に会いたいと思ったのかを問いかけたものだと思ったらしく、そう答えてきた。

「は、ははっ、ははは…………」

 その言葉を聞いて、リーヴは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

「どうしたんですか、リーヴさん?」

「あ、いや……会えると、いいな」

「はい!」

 リーヴの乾いた笑いを聞いて、そう問いかけてくるアルマに、リーヴはそんな答えを返してやることしか出来なかった。

 その人が、リーヴにとって、とても遠い場所にいる人物だったからだ。

「光塵技術を廃止しろーーーー!」

「きゃっ!」

 そんなリーヴとアルマの何とも言えない会話を、無粋なシュプレヒコールが切り裂く。

 肩をすくめ、おっかなびっくりとした態度で、声がした方を見るアルマ。

 その視線を追って、リーヴもまた、アルマの視線の先を見る。そこにはリーヴやアルマを目の敵にするかのように、こちらをにらみつけながら叫び続ける集団がいた。

「あの……あの人たちは……?」

「原住民。この都市の近くに、元々住んでいた人々さ」

 何度も何度も光塵技術への反対、廃止を求める声を上げる彼らを見ながら、リーヴは苦虫を噛み潰したかのような渋い表情を堪えていた。

「どうしたん、ですか…………すごく、苦しそうですよ」

 自分の方こそよほど苦しそうな顔をして、アルマはリーヴを気遣った。

「ああ、いや……大丈夫だ。けど、あいつらは……気に食わないんだよ」

 その気遣いに、リーヴは寄ってしまった眉根を揉みほぐすが、それでも声が聞こえる度に、渋面が顔に浮かんでしまう。

「気に食わない?」

「ああ……」

 原住民の大半は、今までの生活で、過去のテクノロジーを活かすことによって、生き延びてきた人々だ。つまり、彼らは生存するだけなら、光塵技術が必要ないのだ。けれど、それはあくまで今現在、この地方での話だ。今、シュプレヒコールに参加している人間の多くが、原住民たちの中でも年を取っているような老人である。

 彼らはいいだろう。光塵技術を廃止したところで、劣化していつ止まるかもわからない機械技術がある。むしろ、彼らがきちんと寿命を果たすためには、光塵技術を排斥して、堕天獣化の危険性を少しでも少なくした方がいいくらいだ。

 だが、彼らは自らの行いがこれからを生きる子供たちにどれだけの悪影響を残すか、考えてはいないのだろう。堕天獣化の危険性があるとはいえ、子供を産み、育てることは神の降臨以後の世界でも当たり前に行われている行為だ。

 その行為を阻害し、子供の成育を妨げる。そんな行いが許されるものだろうか。塵狩りとして、時には子供が堕天獣化した存在と戦わなければならないリーヴだからこそ、その思いを強く感じるのだ。

「あの人たち……怖い……」

 アルマの輝く髪を見て、そこに光塵による影響を見出したのか、シュプレヒコールに参加している多くの人間が、アルマを見つめていた。

「離れるぞ……ああいう奴らに理屈は通用しない」

 その視線に睨みを返して、リーヴはアルマを連れて、市場から奥に建てられたテントの中と入り込む。

 このテントの中には、車の中に積み込まれていた荷物の隙間に入り込ませることが出来るような品物が多く運び込まれていた。嗜好品の類や機械の部品などは、他の物品で囲ってしまえば、埃などの影響を受けない。だからこそ、嗜好品や機械の部品を積み込んだ車には、それ以外の物資、たとえば服などが詰め込んであり、それらが積み重なって出来たのが、このテントの中で行われているバザールだ。

「あっ……!」

 様々な人間があふれかえるテントの中で行き交う人々に肩を押され、アルマがよろめく。

「っと……」

「す、すいません。リーヴさん」

 リーヴは倒れかかったアルマの手を引き、奥へと歩いていった。

「どこに行こうとしているんですか、リーヴさん」

 アルマの問いかけに、リーヴは答えないまま辺りを見渡す。さっきのアルマがしてやられた取引、普通ならあのまま購入者が泣き寝入りして終わりだが、この市場を形成している元締めの人物とコネがあるのならば話は別だ。

「よう、儲かっているかい?」

 そうリーヴが話しかけた人物は、どこにでもいるような少年だった。みすぼらしい布きれを纏うことで、衣服の代わりにしている少年。けれど、その目はどこか知性的で、吸い込まれるように深かった。

「まぁまぁ、と言ったところだよ」

 彼はそう言って答える。何一つとして商品が並んでいない地肌に座り込んでいながら、彼は何かを売っているようだった。

「へぇ……そいつは景気がいいな」

「景気がいいのは、お兄さんの方だろう。こんな小汚い孤児に話しかけてきたりして……いったいなんのつもりなんだい?」

「買うべきものを、買いに来たのさ。暑くて冷たくて、時期を逃すとまずい酒をね……」

 その言葉を聞いた瞬間、少年の目に理解の色が浮かぶ。

「へぇ……なるほど。そういうことなんだ、お兄さん。いったい、今回はなにを買うつもりなんだい?」

「買うって……お酒じゃないんですか?」

 アルマの言葉を聞いて、何もわかっちゃいないと肩をすくめる少年。

 その少年に対して軽く目礼をして、リーヴはアルマと向き直る。

「パーティーをやるって言ったって、未成年の歓迎に酒はないだろ。この酒って言うのは、比喩表現さ」

 ま、黙って見ていなさいとばかりに手を振って、リーヴは少年へと向き直る。

「アツアツのところ、見せつけてくれちゃって……そういう趣味だったのかい?」

「俺に、そんな趣味はないよ」

「その割に……彼女に対しては、ずいぶんとお金を使ったようじゃないか」

 さりげない少年のセールストークに、リーヴは苦笑を漏らす。

 少年が言っているのは、さっきの買い物のことだろう。二日は慎ましく暮らせるようなお金をアルマに渡し、その金を金平糖一袋に使ってみせたのだ。その金を回収するためにここに来たリーヴの目的も、そして、その目的を達成するために必要な耳の早さも、少年は喧伝しているのである。

「じゃ、必要な経費が払われていることはもう、理解しているんだな?」

 リーヴの言葉に、少年はこくんと頷きを返す。

「なら……このキャラバンが何故、聖道教会に洗礼された都市と同じような商品を運んできたのか。その情報をくれないか」

 このキャラバンの商品のラインナップ。聖道教会の特産品である食料が少なく、セブコン社が利益を得ることが出来る機械が多い市場。これは典型的な、洗礼都市で売れる商品のラインナップであった。

 少年の手に、くすんだ銅貨を一枚渡し、リーヴは軽く頭を下げる。

「ああ、わかったよ」

 リーヴの要請に少年は肩をすくめると、アルマの方を一睨みして、走り去っていった。

「ったく……ああいうところは子供だな……」

 そんな少年の様子を見て取って、リーヴはぼやきを漏らす。

「あの……リーヴさん、わたし、一体なんであんな風に……」

 そんなリーヴの様子を見て、もう話しかけてもいいだろうと判断したアルマが、静かに問いかけてくる。

「睨まれたのか。それを聞きたいのか?」

「いえ、その……やっぱり、いいです」

 リーヴが混ぜっ返すようにそう言うと、アルマはそう答えて両手を顔の前で振った。好ましくない答えが、返ってくると頭を働かせたのだろう。

「それだ」

 リーヴは指を立て、アルマに突きつける。

「えっ?」

 不思議そうに、その指を見つめるアルマ。そんなアルマに、リーヴは苦笑してみせる。

「子供らしい素直さと失敗してもいいという安心から来る物事に対する柔軟な対応。それが許される環境っていうのが、あの子はうらやましかったんじゃないか?」

 忸怩たる思いを心の中に秘めながら、リーヴはかつて、自分を育ててくれた人のことを思い出しながら、アルマへと語りかける。

「俺もさ……あいつみたいにひねくれたガキだった頃、いつも思っていたんだよ。なんでいつも俺ばっかり……ってな」

「それは……いったい、なにに対して……」

「なにに対してって……どうにもならない、この世界全てに対してさ」

 リーヴは両手を広げ、狭い世界を示す。

「この両手で、この身体で……感じた世界全てに納得いくものなんてなかった。ただ孤児だっていうだけで、神の降臨以後に生まれた子供だっていうだけで……大人に怯えられ、話に聞く神の降臨以前の……大人に甘えられる子供の生活なんて送れやしなかった」

 だから、リーヴのような孤児たちは、子供時代というものに見切りをつけて、妥協しながら現実を生きていくことを強要された。

 その結果が、あの少年のような子供だ。強かでありながら、どこか脇の甘いひねくれ者。

「だからきっと、あの少年はアルマのことが羨ましかったのさ。昔なら……神に愛されたかのような幸運をね。この世界で誰かに甘えながら、素直に生きることが出来る幸せが……うらやましかったんだろうさ」

 その言葉を聞いて、アルマは深く何かを考え込んでいるようだった。

 リーヴもまた、アルマと同じように、人のごった返すバザールを眺めながら、考え込んでいた。ずいぶんと今日は、昔のことを思い出す。様々な切っ掛けがあったとはいえ、今日の頻度は異常だった。

 それが、なにか不吉な予感をリーヴに抱かせていた。なにかが、あるいは過去そのものが、自分自身に迫ってきている感覚。そんな感覚が、今のリーヴにはあった。そんなリーヴの予感を裏付けるかのように、リーヴの目の前に再びやってきた少年が口にした言葉は、今のリーヴにとって衝撃的なものだった。

「この市場が出来た理由、だったね。実は聖道教会で一悶着あったみたいなんだ。あの、聖人……ジェラルド・バーンズが死に、そして、その後を継いだ人物が勢力の拡張を急いでいる。その結果生まれたのが、この市場さ。この開拓都市はもうすでに、洗礼都市として、聖道教会から発行される地図には書き記されているらしい」

 そこまでの情報を聞くまで、リーヴは何一つ言葉を発することが出来なかった。

「…………え?」

「疑問に思うのも、もっともだけど…………お兄さん。これは塵狩りをやってるお兄さんにはやばいことかもね。地図の発行は数日前。その数日前には、このラトリアに向かって聖道教会の神父が派遣されたってことなんだからさ」

「リーヴ……さん……どうしたんですか?」

 訥々とリーヴに対して情報を語り続ける少年と、呆然とするリーヴを心配するアルマ。

「ジェラルド・バーンズは……さっき話した、俺の養父なんだ」

 その二人の姿を呆然と見つめながら、リーヴはただそう呟くことしかできなかった。

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