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終章 せめてものプレゼント

 その後、全ての事件が終わった後に、ささやかながら生き延びたこと。そして、これからのことを祝うためのパーティーが開かれた。もちろん、それはやり損ねてしまった歓迎会のやり直しという意味も持っていた。

「リーヴ、さん? 楽しんでくれていますか?」

「……あ、ああ。せっかくのパーティーだもんな。楽しまなきゃ、損ってもんだ」

 出席者はラナ、シー、アルマ、リーヴの四人。しかし、本来なら華やかなものとなるはずのパーティーは、どこか沈んだものとなっていた。

 それもそのはずだ。ほかの人間には知らせていないが、アルフレッドとノーラは、リーヴにとって幼少期を共にした義兄弟だったのだ。

 そんな二人が死んですぐのパーティーで、はしゃげるはずもなかった。

 けれど、そんなリーヴを心配して、アルマがこちらを気遣い、結果として、リーヴは自らの気落ちした様子によって、パーティーに暗い影を落としてしまっていた。リーヴとしてはこんな空気を、せっかくのパーティーに持ち込んでしまったことを恥じる気持ちはあれ、それをどうにかする方法がないことが問題だった。

「……ったく、仕方ないわね」

 そんなあまりにも、周りの空気にそぐわないリーヴを見かねたラナがそう呟く。

「はいはーい、みんな、ちゅうもーく!」

 これはやはり普段、孤児院で子供を相手にしていて身につけた技術なのだろう。

 手を叩き、大きなジェスチャーを交えながら、ラナは注目を集める。

「せっかくこの町にやってきてくれたんだからね……ここで、その歓迎の意味を込めて、少しプレゼントを用意したよ」

 かつて、神の降臨以前にはあったテレビ番組を彷彿とさせるラナの司会進行。

「ほぅ……どんなものが出てくるか、楽しみじゃな。娘よ」

「う……うん……」

 しかし、そんなラナの進行に、いまいち乗り切れない様子のアルマ。

 そんなアルマを見かねて、シーが声をかけるが、その返事も芳しいものではなかった。

「ふふ……そんな事を言っていていいのかな? 今回のプレゼントは、リーヴとの共同で考えたプレゼントなんだから……ね。リーヴ?」

「ぇ……あ、ああ。そうだな。ま、楽しみにしてくれると嬉しい」

 あの事件からの数日、その間に歓迎会のやり直しを計画したラナから、リーヴは二人へのプレゼントを用意することを頼まれていた。

「ほぅ……小僧の趣味か。まぁ、娘の命の恩人が考えたプレゼントじゃ。期待してやるとするかのう」

 そんなことを言いながらも、何か気に食わないものが出てきたら、すぐにパーティーの空気を汚すリーヴを殴り飛ばしてやるつもりなのだろうと、シーはあの、くるりと回って光塵を振りまき、小さな掌を突き出したポーズを取る。

「おいおい……プレッシャーを掛けるなよ。俺は小心者なんだ」

「その不貞不貞しい態度のどこに、そんな殊勝なものがあるのじゃ!」

 そんなシーにリーヴは軽口を叩きながら、後ろから小さな袋を取り出す。

「まずは……シー。お前に渡すプレゼントからだ」

「ほほう……」

 どうにかして龍としての威厳を保とうとしているのか、シーはそう言って慇懃に腕を組みながらも、顔がにやけた状態でこちらに来る。

 そんな背伸びした子供のような態度がおかしくて、リーヴは少し笑ってしまう。

「な、なにを笑っておるのじゃ……!」

「いや、なに……そこまで楽しみにしてくれると、こっちも渡し甲斐があるなと思ってな」

 そう言った後、リーヴはシーの小さな体に負担が掛からないように、あえて手渡しをせずに机の上へとプレゼントを置いた。

「では、開けてみるとしようかのう……」

「なにが入っているの、かな……?」

 にやにやと緩んだ顔でプレゼントの包装を開けるシーと、その横でプレゼントがどんなものなのか、気になる様子のアルマ。そんなアルマの頭に、リーヴは軽く手を乗せる。

「すぐにお前のも見せてやるから、ちょっと待ってな」

「お、おおぅ!?」

 リーヴがアルマの頭を撫でていると、名状しがたい奇妙なシーの悲鳴が聞こえてきた。

「おい……そんな珍妙な声が出るような、変なもの贈ったつもりはないぞ!」

 リーヴは慌ててシーに駆け寄り、プレゼントの内容を改める。

 そこには、何も変わったところのない服が入っていた。

「人形サイズの……服?」

 アルマもまた、リーヴを追ってきたのだろう。その口から漏れ出た言葉こそ、リーヴがシーに贈った物の正体だった。

「小僧……一体なんのつもりで、儂に、こんな服を?」

 呆然とした様子で聞いてくるシー。そんなシーに、リーヴはシーへのプレゼントに人形の服を選んだ理由を説明する。

「ん……ああ、いや……お前の持っている、その服装」

 そう言って、リーヴはシーがいつも本体から出る時に着る服を指さす。

「なんじゃ! 儂の服装のせんす……とかいうのが、古くさいとか野暮ったいとか言うつもりなのか!」

「いいや、そうじゃないって……」

 いささか被害妄想じみたシーの戯れ言を否定しながら、リーヴは苦笑する。

「お前だって、女の子なんだからさ。その格好ばかりじゃなく、色々とおしゃれ……してみたいんじゃないかって思ってな……」

「むぅ……」

 柄にもなく殊勝なリーヴの態度に、シーは不服そうにむくれる。かと思うと、はっと何かに驚いたかのように、シーは自らの体を抱きしめた後、口を大きく開けた。

「まさか……贈り物は返してもらうために贈ると聞くが……!」

「おい……!」

 思わず突っ込むリーヴに、にやにやとした顔つきのまま、シーがリーヴの耳元にとりついて囁く。

「まさか小僧に人形趣味があったとはのう……ああ、怖い怖い。儂を欲情の対象にするとは、可愛い娘の恩人が、そのようなへ・ん・た・い・だとは……嘆かわしいのう」

 そのあんまりにもあんまりな言葉に、リーヴはしばらく絶句する。そして、その後、思わず叫んだ。

「…………んな訳ないだろうが! この服の出所は、大半がラナの手作りだってーの!」

 くすくすと笑いながら舞い踊るようにして、リーヴの手から逃れるシー。そんなシーを追ってリーヴは右往左往するが、怪我が治りきっていないこともあって、捕まえられない。

「くそっ……あいつ、絶対に後で痛い目に遭わせてやる」

 終いには、みすみすと天井のすぐ傍、リーヴが跳んでも届かない場所まで、シーが逃げ切るのを、リーヴは見送ってしまった。

「くくっ……負け犬の遠吠えを、高見の見物というのも悪くないものじゃのう」

 そんなシーの勝利宣言を、リーヴは為す術もなく、聞くことしか出来なかった。

「あんまり……怒らないであげてください」

 口惜しさに歯がみするリーヴに、アルマが囁くようにそう言って、裾を引っ張ってくる。

 自分の方を向いて欲しい、そんなささやかな願いが込められた手に、リーヴは逆らえるはずもなかった。振り向き、リーヴは膝を折ってアルマに視線を合わせる。

「あんな形ですけど……リーヴさんのこと、ずっと心配していてくれたんです。お母さんのこと、悪く思わないであげてください」

 その懇願に、リーヴは苦笑した。

「ああ、わかっているよ。これが、あいつのひねくれた気遣いだ……ってことくらいな」

 年長者としての意地というものだろうか、ずいぶんとシーがはっちゃけたこともあって、場の空気は一新されていた。どこか苦笑の伴う、なにをやっても許されるような、暖かい空間。そんな空間に、声が響く。それは、今まで様子を見守っていたラナの声だった。

「じゃ、アルマちゃんにもプレゼント、ちゃんと用意してきたのでしょう? リーヴ。だったら、それを早く出してもらおうかしら? パーティーの演目はまだまだ始まったばかりなんだから」

 そんな言葉でパーティーの進行役を買って出てくれるラナに、リーヴは軽く会釈をする。

 そのリーヴの会釈に、ラナは肩をすくめ、無言のまま答えた。

「おう。じゃ、楽しみに待ってろ。アルマ」

 ラナの言葉に従って、リーヴは再びプレゼントを取り出す。

「はい!」

「ふん……娘に変なものを与えたら、承知せんからな……!」

 リーヴの背中にアルマの期待がこもった声とやっかみ混じりのシーの声が突き刺さった。

「ったく……あいつは一体、俺をどんな人間だと思っているんだか……」

 シーの言葉にリーヴはぼやきながらも、アルマへ袋を手渡す。

「ほら、これが歓迎のプレゼント……だ」

 そこにあるのは、シーと同じくらいの小さな袋だった。

「開けて……いいんですか?」

「プレゼントだって渡したのに、開けちゃダメなんて意地悪言う奴、俺は見てみたいね」

 アルマのこちらを窺うような視線と言葉にリーヴは軽口でそう返した後、手で袋を開けるように促す。

「あ……」

 アルマが袋を開けてすぐに、その口から小さな吐息が漏れる。

「これ、金平糖……ですよね」

 アルマに手渡されたプレゼントに入っていたのは、金平糖だった。

「ああ…………例の一件があっただろう? それ以来、これはちょうどいいなって思っていたんだ」

「ちょうど、いい?」

 アルマは不思議そうに首を傾げる。そんなアルマに、リーヴはしたり顔で語りかけた。

「ああ、何せ俺とお前だけが知っている……最高の誠意を示せる贈り物、だろう? プレゼントには最適じゃないか」

 その言葉に、ただでさえ照れることの多いアルマは、顔を真っ赤にさせてうつむいた。

「わたしたちだけ……の……」

「ちょっと、待ったーーーーーーーーー!」

 その言葉に、どこか意味深な匂いを感じ取ったのか、シーがわめき出す。

「なーーーーーーーーんじゃ、その意味深な雰囲気は…………! まさか、もうそれなりの深い仲になっているんじゃないじゃろうな! 儂はそんなこと、許さんぞ!」

 シーの言葉を、リーヴは考えすぎだと笑うこともできた。だがしかし、この後に用意したプレゼントは、ある意味ではその疑いを補強するようなものだ。そう思い、なにも言えずにひきつった笑いを浮かべるしかないリーヴに当然、シーは激しい剣幕でまくし立てる。

「なにを笑っておるのじゃ、小僧。まさか本当に、儂に懸想しておるのではあるまいな!」

「それはないから安心してくれ。さすがに、人形大の大きさしかない女性は趣味じゃない」

 その笑いに不信感を抱いたのだろうシーの世迷い言を、リーヴは慌てて否定する。

「それはそれで、失礼な話じゃな……!」

 何とも身勝手に憤慨するシーに、リーヴは溜め息をはき出すしかなかった。

「まぁ、待ちなさいよ。アルマちゃんへのプレゼントは、まだあるわ。大方、照れくさくて言うのを躊躇っているって所でしょうから、少し待ってあげなさいよ」

 ラナの仲裁。けれど、その仲裁は結果的に、リーヴへと注がれるアルマからの期待の視線、シーからの懐疑の視線、そしてラナ自身のしょうがないなというような種類の視線を一挙に集めることとなった。

「これはこれで…………言うのが照れくさい状況になったんだが……?」

 思わずと言った体で呟くリーヴ。けれど、この状況こそが、ラナの望んだものであったらしい。リーヴの呟きを聞いて、にやにやと笑いながら、ラナはリーヴの苦境を手助けすることもなく、見守っているようだった。

「くっそ……」

 この世は敵ばかりだ、と頭を抱えてうめくリーヴ。

「あ、あの……わたし、この金平糖だけでも凄い嬉しかったですから…………リーヴさんは無理、しなくていいんですよ?」

 そんなリーヴの苦境を見かねたのか、アルマがそう口を出してくる。

「あ、いや……それじゃ、用意したプレゼントがもったいないだろう? だから、お前はただ黙って受け取ってくれればそれでいい」

「あ…………えっと、その……はい……」

 余計な気遣いをしてしまったのだろうかと気落ちするアルマに、リーヴは微笑みながら、プレゼントの内容を口にする。

「俺がアルマ、君に贈るプレゼントは名字、だ」

「名字?」

 不思議そうに首を傾げるアルマ。

「ああ。これは孤児の全員に贈っているプレゼントなんだがな……俺のバーンハードっていう名字は、聖道教会が孤児に贈る……プレゼントとして作られた名字なんだ」

「おい、ちょっと待つのじゃ……儂の娘なんじゃぞ? 名字なんぞもう必要ない!」

 シーの言葉に、リーヴは肩をすくめる。

「ああ、そうだな。だから、あくまで名乗りたいと思う時に名乗ってくれればいい。そんな名字だ」

「じゃあ……どうして、その名字を贈ろうと思ったんですか?」

 アルマの言葉に、リーヴは目を伏せる。

「この名字には、祈りが込められているから……かな」

「祈り?」

 アルマに、アルフレッドやノーラのことを話すわけにはいかない。だがしかし、その祈りを伝えるために、リーヴは自らも名乗っているバーンハードの名字を贈ろうと思ったのだ。

「ああ……」

 なぜなら、そのバーンハードという名字に込められた願いは、聖道教会の創始者であるジェラルド・バーンズが提唱し、アルフレッドがアルマに託した願いと同じものだったからだ。

「この世界で生きること。それは一見、とても厳しいことのように思えるかもしれない」

 受け継がれてきた子への願いと祈り。リーヴはその願いを、真摯に口にする。

「だけど、この名字を名乗るとき……その時、君には多くの家族がいる。この名字を贈ってくれた人、そして、この名字を持つ者全てが……君の家族だからだ」

 なぜならば、かつてのリーヴもまた、この言葉と同じ言葉を贈られた経験があるからだ。

「家族と共にいられるこの世界で、家族と一緒に……協力しながら暮らそう……そんな願いが込められているのさ、この名字にはな」

 リーヴの言葉に、アルマは少し考え込んだ後、笑った。

「それは……とても、素敵な言葉ですね!」

 結局、その後のパーティーで、リーヴはアルマに自分も名乗る名字を贈ったことから、婚約でもするのかと思ったとラナにからかわれ、シーはそれに対して過剰に反応し、アルマがそれを宥めるという慌ただしい一日を過ごすことになる。

 けれど、リーヴはその日々に満足していた。失ったものは多く、帰ってこないものも多い。だけど、それでも、この日々を幸せなのだとリーヴは思う。バーンハードという名字に込められた祈り。それは、リーヴもまたこの日々によって感じているものだった。

 一人じゃない。見守ってくれている家族、心を許せる友がいる限り、決して、どんな世界でも、これから過ごす未来への希望がつきることはない。

 それが、これから前途多難な未来を過ごすことになるだろうアルマにも伝わることを、リーヴは祈っていた。


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