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3日目 交流という学習

「ではおまえはたった一人で異世界から来たというのか?」

「ああ。数は一だが、一人というのは正確ではない」

「どういう事だ?」

「このスーツは素材だけで何万人という技術者が関わっている。スーツにさまざまな便利を加えるには何千万人となるだろう」


 異世界の原住民との邂逅から六時間ほど。雷太はすでにカッシェルフ老人の扱う言語を日常会話レベルまで習得していた。


「だが……それが道具である事には違いないだろう? ならばやはり一人だ。一人でできる事には限りがあるぞ」


 カッシェルフはみすぼらしい服装とは裏腹に、話してみればじつに気の良い老人だった。こうして何かに憤っているのは、たった一人で全くの異世界に行く事を許可した雷太の上司に対してだろう。それがわかって、雷太は笑顔を見せる。


「本当は二人以上でも来れたんだけど、この世界の様子があまり俺たちの世界と変わらなかったもんだから、無理を言って一人で来れるようにしたんだ。つまり俺のわがままもでっかいんだよ。それに一人って意味じゃあんたも同じじゃないか?」


 そう切り返すとカッシェルフはばつの悪い顔をした。


「そうだな。もはやわたしは一人だ。一人だが、アルフェーイたちと暮らしておるから、独りではない」


 また新しい単語が出て来たが、もしかしなくとも、アルフェーイとは今も雷太とカッシェルフの周囲を漂っている光点たちの事だろう。


「こいつらはアルフェーイというのか。いったいどういう存在なんだ?」

「ふむ。そちらの世界にアルフェーイたちはいないのか。アルフェーイはあらゆるオルトのクラッパをタタサンしている」


 連続して三つも新しい単語が出てきた。雷太は表情を複雑にゆがめつつ教示を請う。


「すまんが、その、詳しく教えてくれ」


 詳しく教えてくれ、というのは単語自体がわからなかった時の定型文として二人で決めたものだった。


「オルトのクラッパをタタサン。ふむ……まずクラッパというのは、一と一を合わせる事、とでも言えばよいのか。例えば、わたしとおまえ、おまえはもともとわたしの言葉をわからなかったが、その服につく道具でクラッパされた」

「なるほど。『繋ぐ』とか『仲介』とか『中継ぎ』という意味かな」

「タタサンとは、代わりに言葉する……いや、代わり……ううむ。改めて考えるとなかなか難しいのお」


 こんな感じのやり取りを二人は先ほどから繰り返していた。間に、先ほどのような身の上話やお互いの世界の事を話す。


 幸いだったのは文法がほぼ英語と変わらなかった事だろう。アルファベットこそ全く違うが、その点が同じであるというだけでも解読の時間は早かった。


 加えて、雷太はもともと身振り手振りで相手に意思を伝えるのが得意で、相手の目を見ていればなんとなく言っている事がわかるという特技があったため、プログラムの自動学習だけにたよらず、手動で翻訳辞書に登録していくことでさらに時間を短縮していた。


「なるほど、精霊か。森羅万象をとの仲介を司る精霊、ってところか。仲介って具体的にどんな事するんだ?」

「具体的にか。例えばこうだな」


 カッシェルフが左手の人差し指を立てると、緑色のアルフェーイがふわふわと寄って行く。そうして指先に少し触れたかと思えば、雷太に向かいぶわわっと風が吹いた。


「我々は、この世のあらゆるものはマナでできていると考えている。だが人間はマナそのもになどまともに触れられず、マナの流れをぼんやりと感じ取るちからを持った者がまれに生まれてくる程度だった。いや、たまにそういう者が生まれてきたからこそ、我々はマナの存在を知ったというべきかもしれない」

「まぁてまて、まずこの風を止めてくれ」

「うん? ははは。このアルフェーイはさっきお前に捕まえられそうになったそうだ。その仕返しだろうな。ほら、もうやめておやり」


 カッシェルフがなだめてようやく風が止んだ。


「会話ができるのか。『やっぱり知性体なんだな』」


 雷太は感心したように、前半は現地語で、後半は母国語でつぶやいた。


「なんといったのだ?」

「あ。頭が良い、というか、心がある、というか」


 知性体の定義がわからず雷太は答えに困った。人間が異世界に飛んだあとであっても、人類は「心」や「命」や「魂」といった言葉を定義づけできていない。こういったジャンルで定義が確立しているのは「意識」だけだ。


「ふむ……たしかに、かつてのわが同胞の中にも、アルフェーイたちをただの虫か、もっと下等な存在だと決め付ける者がいた。こんな小さな体にどれだけを知能を宿せるのかと決め付け、見くびっていたのだろうな」


 瞳の焦点は指先にとまった緑色のアルフェーイに定めながらも、カッシェルフはどこか遠くを見ながらそう言った。この辺り、空気を読む日本人の血が流れている雷太はもしやという思いが浮かぶが口には出さない。答えはこの残りの地球時間換算でおよそ十日間のうちに必ず出るだろう。


「で……えっと? そうだ、アルフェーイの仲介の話しだったな。アルフェーイができるのは風を起こすだけなのか?」

「いや。アルフェーイも我々と同じようにひとりひとりで違いがある。この若草色のアルフェーイは風にまつわる事柄が得意だが、その気になれば温度を下げる事もできる。どれ、また少しやってみてもらおうか」


 カッシェルフが合図を送ると緑色のアルフェーイはプルプルと小さく震えだした。すると、雷太の周りだけ少しずつ気温が下がり始めた。氷点下何十度の吹雪の中を単身でぬけてきた雷太にとって、今更一度や二度さがった所で面白いとしか思わない。むしろ、どこまで下げられるのだろうという興味をそそられた。


「ふむ。さすが、それだけの装備で絶壁を登ってきただけの事はある。今の少しの間だけでもけっこうに下がったはずだが」


 成り行きを見守っていたカッシェルフが感心した風に言うと、それを切欠にしたのかアルフェーイが震えるのをやめ、温度も下がらなくなった。


「と、まあ。このように、彼らは様々なものを司り、時に何かの代弁者として力を行使していた。彼らに言わせれば土にも木にも風にも水にも、この世のありとあらゆるモノには魂が宿り、その時々に応じて苦楽を訴える。それら苦楽が限界に達すると、天変地異が起こるのだそうだが、何かが起こる前に起こる事を誰かに知らせるのがアルフェーイたちの役割なのだそうだ。まあ、我々はついぞその訴えとやらを聞く事はかなわなかったがな」


 カッシェルフは色々と教えてくれるのだが、なにかやたらと意味ありげな言葉を付け加えてくる。その言葉の調子、表情から雷太はさきほど思った「もしかして」という気持ちを強めたが、同時に意味ありげ程度でとどめて直接的な言葉を使わないカッシェルフに別な念がわいた。


『やっかいな老人だなぁ……』


 雷太はおもわず母国語でつぶやいたのだった。



 帰還可能時刻まで、約232時間。


ゴゴゴ・ダダダ お待ちしております

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