3日目 雪山の上には
巨大な台地の上に広がる巨大な平原。そのちょうど中心あたりには巨大な樹がはえていた。
いや、生えている、という言葉は生ぬるく感じる、そびえ立つという言葉ですら妥当である。
いま雷太がたっている地点ですら標高は一万メートルを少し余る。ではあの大樹の頂上はいったい一万と何百メートルになるなだろうか。目測では見当もつかず、機械の測定では、根元から頂上まで推測で五百メートルという数字が出ている。
五百メートルだ。通常の植物にそんな高さまで育つだけの強度があるわけがない。雷太がファンタジーだと呟いたのも無理はないだろう。
しかし雷太は、樹木に関しては動くやつがいたのだからいまさら驚くのも何か違うなと気付いた。現にこうして目の前に存在しているのだからすでに疑いようがない。存在しているからには何らかの理由が存在し、解明できるだけの原理があるのだろう。雷太がこの平行世界にやってきた目的は、あくまで開発が可能であるかの調査なのだから、あの大樹ほどそのし甲斐がある対象もないかもしれない。
「くふふ!」
歓喜を抑えきれず雷太は変な笑い声をこぼした。
笑い声はすぐにこぼれるだけでなくあふれ出し、たまらずヘルメットを収納し素顔をさらして大声で笑い叫ぶ。この標高でそんなことをするのは紛うことなき自殺行為なのだが、不思議と息は苦しくならなかった。
「はは! ははは……ふう」
ひとしきり笑い終えてようやく気分が落ち着いてきた雷太はやっと息苦しくないことに気付く。見ると、気圧は平地並みの数値をさしていた。なぜ? と雷太は一瞬だけ不思議に思ったが、目の前の光景を見たあとではもう何が起きても大した反応をとる気にはならない。きっとあの大樹が何かを放出しているんだろうと勝手に納得して歩き出した。
目的地はもちろん、大樹の根元である。
途中途中で光る花などを採取していくが、蛍のように明滅する光点だけはどうしても採取できなかった。採取以前に、手で触れる事すらできない。仕方なく精度は落ちるが間接的な解析機能にかけると、断定はできないものの、と但し書きがついたが空気中の様々な希ガスにイリュートロンが結合しているのではないか、という結果がでた。
幻子と名をつけたそれは、樹木を動かすだけでなく、奇しくもそのほか様々な幻想的な光景にも関わってくるらしい。
ガスならば採取できそうなものだが、それらはまるで意思をもつかのように、手を伸ばすとするすると逃げていってしまう。
「こういうのは意思を持っている前提で考えた方が楽しいんだが。調査目的となるとそうも言ってられないなあ」
例えば相手に意思があるなら、言葉を交わす事でなんらかの関係を築けるかもしれない。例えば僕に、例えば友に、あるいは今まで幾千幾万とつむがれてきた童話や物語のように契約を結べるかもしれない。
とはいえ、そんな夢見がちな事をあとでいったい何人に見られるかもわからない音声記録に残すわけにはいかない。それを意識するためにも雷太はあえて気持ちを口に出した。
そんな時だった、スーツに守られているはずの雷太の全身があわだち、強力な何かの気配を感じ取ったのは。
「っ!?」
強烈なプレッシャー。光点たちがどこかへ逃げていく。その方向に目をやると、ボロのようなみすぼらしい布で身を包んだみすぼらしい老人がいた。
「メ…メイジ……」
服こそはみすぼらしいものの、手には明らかに高度な技術で作られたように見える杖をついておおり、老人は杖を歩くためには使わず、まるでそれを使っていまから雷太と闘いを繰り広げるような構えで先端を向けてくる。
標高一万メートル。さらに全方位が断崖絶壁で覆われた孤島のような高地。しかし、明らかに文明をもった知性体が存在しているとは、雷太は全く予想もしていなかった。
完全に、想定外だ。
さらに老人がはなつ得たいの知れないプレッシャー。
「トゥ オンムァダ」
「おんむぁだ?」
獣がはなつような鳴き声ではない、あきらかに言語らしき声まで放ってきた。もう知性体であることは疑いようが無い。スーツに内臓された言語解析プログラムが自動で起動した。
「トゥ オンヌ マァダ」
どうやら初めに投げかけられた単語を丁寧に言いなおしてくれたらしい。プログラムが自動で単語帳を修正する。プログラムとは別に、自分で相手の目を見て、ニュアンスと、この状況から雷太は、お前は何者だ、というような意味合いであることは予想した。
「ら、雷太」
「ラ・ライタ?」
「ああ、違う違う。ライタ。ライタ、だ」
言語という意味では全く通じていないが、言葉はなんとなく通じるようだ。とはいえどうしても身振り手振りが大きくなった。それは相手にもなんとなく伝わっているらしい。
「ライタ……トゥ ライタ」
「そう、ライタ!」
ひとまず名前は伝わった。雷太にとって初の異世界コミュニケーションだ。プログラムのためにももっと単語を引き出さなければならないし、ライタは気合を入れなおす。
「あぁ、とぅ おんぬ まぁだ?」
「……カッシェルフ」
老人は答えようか少し悩んだようだったが、結局答えた。受け答えが成立した瞬間だった。
「やったーー!」
喜びのあまり雷太は両手を天に突き上げ叫んだ。あまりのオーバーアクションにカッシェルフ老人も驚いた。雷太が何かする予備動作なのではと思ったようだったが、雷太が突き抜けた笑顔を浮かべているので単に喜びを表しているだけだとちゃんとわかってくれたらしい。
「俺は、雷太。あんたはカッシェルフ。俺は、山の下から来た。あんたはずっとココにいるのか?」
こちらがまず相手の言葉をおぼえたのだ、こんどはこちらの言葉にふれてもらう。先人たちもこうやって異文化交流を図ったと聞いた。雷太にはプログラムのサポートがあるのだからもっとスムーズにこちらの文化をおぼえられるだろう。
たんに環境の調査だけで終わるだろうと思っていた雷太の平行世界探索は、思わぬ方向へと展開をかえはじめていた。
帰還可能時刻まで、まだまだ約240時間。
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