3日目? 雪山のぼりきりました
雷太は今、ほぼ直角に切り立った山の中腹辺りにできた小さな穴に身を潜めていた。
装備の補助のおかげで、凍える事もなければ酸素不足にめまいを起こす事も無く、時には意図的に雪崩を起こす事で安全な場所を確保し慎重に進んできた。
そうして、最難関と思われる切り立った崖の前までたどりつき、こんどはロッククライミングを始めたわけだが、下から眺めて最適と思われるルートを割り出す段階でまた様々な疑問が浮かんだ。
この山はお猪口をひっくり返してそのまま大きくしたような形をしている。お椀型という言われ方もするが、これは火山性の山の特徴で、たいていは斜面の角度が一定であり、山頂にあたる部分はリング状に広がり、その内側には火山活動によって大きなくぼみができる。一般にはその火口にできるくぼみをカルデラと呼ぶ。
ところがこの山はどうだろう。外周はほぼ完全な円形で、カルデラであるべき部分にはギニア高地のテーブルマウンテンが乗っているようで、じつにいびつだ。
そこまで考えて雷太は小難しく考えるのをやめ、またこう思う。こういうのは持ちかえったデータを見て専門家が考える事だ。
さしあたって雷太が今考えるべきなのは、この豪風猛吹雪のなかでいかに体力を温存するか、だ。食料はまだ十分に残っているし、いざとなればちょっとした裏ワザも残っているが、確実性がないためにあまりやる気になれない。となれば、考え事をして脳でカロリーを消費するのもなるべくなら避けなければならなかった。
雷太は窮屈な穴のなかで深呼吸する。
気温、気圧ともにさすがに生身では危険な標高に達してしまったが、装備のおかげで安心して休憩できている。睡眠どころか呼吸すら落ち着いてできない状況であればさすがの雷太もこんな穏やかな心ではいられなかっただろう。
今よりもさらに心を落ち着け、命を続けるために消費されるエネルギーを最低限に保ちながら雷太はじっとタイミングを待っていた。
かくしてタイミングはやってきた。待ち続けて26時間も経ってしまったため、予定していた日の入りの観測を逃してしまったがまだ猶予はたっぷり残っているため大した問題ではない。
強風が収まっている事をしっかり確認すると凹凸に手をかけ足をのせ壁面にとりついた。
完全に夜だが、地球よりも明らかに大きな月が煌々と壁面を照らしており意外と視界には困らない。そもそも暗視機能が働いているのではじめから不自由は無い。
スーツの性能と雷太の体力をもってすれば指を岸壁に突き刺して身体を安定させる事も可能ではあるのだが、いざ触れてみると予想していたよりも岩の風化が激しく、さらにどうやら非常に縦に割れやすい地質らしく、雪崩とおなじように下手に負荷をかけすぎると壁が一面まるごと剥がれ落ちる可能性すらでてきた。
仮に、この巨大な岸壁の一部分が氷山が崩壊するように縦に割れて落ちたとすると、さすがの超性能をもつスーツに身を包んでいたとしても生き残れるかは怪しくなってくる。
慎重を期し、安全を第一に考えれば力任せに無茶をする事は失敗をうむ。ただの失敗ならよいが、命にかかわるレベルか、それほどでなくともリトライが困難になるほどの傷を負えば、今後何が起こるかわからない状況でもといた宇宙に帰還する事もあやぶまれる。
「次につなげられる失敗ならそれは失敗じゃない、ってどっかのえらい人も言ってたし…なっ!」
そう言ったのが誰だったかは思い出せないが、雷太がなんとなく良いなと思って頭の片隅に残してある言葉の一つだ。
アンカーを打ち込む事もためらわれるほどナイーブな壁面だが、その分、コース取りは吟味を重ねた。左右に大きく振れて回り道をしてしまうがオーバーハングになっている箇所は削りに削った。さらについ先ほどまで隠れていたような窪みや穴も多くあって、いつまた天候が悪化してきても素早く隠れられるようにしてある。
「異世界くんだりまで来て壁のぼり……われながらちょっとバカバカしいが、これはまあセオリーどうりというか、出たところが悪かったってぇこったよなぁ!」
そう独語する雷太はなんだかんだいってこの状況を、というよりもこの壁のぼりを楽しんでいた。テンションが上がっている時に独り言が多くなるのは雷太の特徴の一つだ。
時折、手をかけた突起が折れてひやりとする場面もあったが、天候が悪化することはなく無事に崖を登りきった。
「よっし…ゃあ!」
まさに息も絶え絶え、という体で、やっと安定した平地に身を転がせる。仰向けに寝転んだまま月を見上げ、息を整えた。
「ふう……もう面倒な事は、ないといいな……あ」
やっと最難関とおもわれる絶壁を登り終えたというのに、さっきまで身を隠していた洞穴に、雷太はメタルアーミドーの甲羅から削りだした大事な剣を忘れている事に気がついた。
「あー……降りるときに回収…できればいいかな」
わざわざとっていく者もいないだろう。軽く考えてやっと呼吸の整った体を起こし、改めて周囲をうかがった。
すると雷太の目に映ったのは、忘れ物など吹っ飛ばしてしまうほどの光景だった。
「なんてこった。こいつはファンタジーだぜ」
思わず呟く雷太。
かすかに光を放つ花々、その周りを蛍のように明滅する小さな光点がただよい、山頂とは思えないほど穏やかな風がゆるやかに吹き抜けていく。
星空をそのまま地上に持ってきたかのような光景にも見えたが、何よりも目を惹き雷太を嘆息させたもの、それは――
期間可能時刻まで、約240時間。
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