11日目 帰還
連日更新四日目
「帰れるようになったようだ」
通信音とともにアラームも外部スピーカーで流れている。先ほど設定を変えた時に一緒くたに変更してしまっていたようだが、問題は無い。むしろ好都合だったかもしれない。
「そうか」
「ああ、じゃあまたな」
アルカンコー族に一時の別れを告げた時のように、じつにあっさりとした口調で雷太はカッシェルフにも別れの挨拶をした。違うのは、今回は相手の方も雷太と同じくらいあっさりとしたものだった事くらいだろうか。
カッシェルフとの通信を切ると、雷太は新たに回線を繋ぐ。こんどは、地球へ向けてだ。
「こちら雷太。本部応答を求む」
「こちら本部、北条だ。確認のため再度、詳細に所属を述べよ」
短いやり取り。だがお決まりの文言だ。
「ライタ・エレクフル・アオツカ。並行宇宙開発機構、調査開発部第32番調査分隊、特設先遣調査員。機構登録番号E-3023」
「詳細を確認した。待っていたぞ雷太」
長ったらしい正式所属を述べれば、お決まりの台詞は終わりだ。
「こっちはもう少し長居したかったですよ。けどどうやらまだ食いモノが合わないみたいでね」
軽口を叩きながらも帰還のための作業は双方で続いている。この通信にもじつは大きな意味があった。針の穴に糸を通すための前作業、言って見れば糸通しのようなものだ。
「追加データの共有を確認した。何か現段階で報告すべき事はあるか?」
「客を二人、連れて帰れそうだ。だが部屋とかは特に用意してもらわなくていい。俺の部屋で十分面倒を見れるはずだ」
「ふむ? 了解した。詳細は帰ってからだな」
雷太のスーツには着用している者しか帰還させる機能がない。同時に誰かを転送などという事は技術的にも資源的にも不可能であるはずだが、と思うのだが、軽口のあととはいえ雷太がそんな嘘をつくハズもないとわかっている輝紗螺はこの場では特に掘り下げようとせず、いち早い帰還を優先させた。
「クアンタムホール安定値の臨界を確認した。帰還プロセスを開始したまえ」
「了解。青塚・E・雷太。これより帰還を開始する」
宣言とともに、雷太は嫌々ながらもヘルメットを展開した。ポーチに入れてあった世界樹の種を差し出すと、まだ自分の周りで浮遊していたアルフェーイたちに向かって、入ってくれとジェスチャーする。
やんわりと光を発しつつ二体ともが種の中に納まったのを確認すると、大事にポーチにしまいなおして帰還機能を起動させた。
小難しい事を並べ立てれば、スーツの帰還機能は本部に存在する備え付けの跳躍装置を簡略化したものであり出力に絶対的な違いはあるが、原理的には全く同じものである。
いつか、武器や物資を情報化して収納保存する技術の発展が並行宇宙を行き来する技術であると述べた事があったハズだ。
第一段階では、情報化収納と転送はやっている事は全く同じであり、スーツは、スーツそのものとスーツの内側に存在する肉体を、肉体という人間を構成する一つの要素を単なる情報にまで分解して保存し保護する機能が最優先として設計されている。肉体が肉体のまま三次元に存在していては並行宇宙をまたぐ事など不可能であるからだ。
光量子の一粒ずつを結晶体の一粒にずつに閉じ込めて保存するように、雷太の肉体は量子レベルまで分解され単なる莫大な量の情報という糸となる。三次元的な制約の一切から解き放たれたそれは、ようやく第二段階に入り、事前に開かれた地球圏との通信回線という糸通しの助けを得て、並行宇宙を隔てる壁に実は無数にあいている量子一個分ほどの穴の一つを通り、雷太の帰りを待つ太陽系第三惑星地球が存在する故郷へと瞬時に送信された。
つまり、並行宇宙をまたぐ事と、タイムスリップは同じ事であるのだ。
もし近くに人がいれば、雷太が世界樹の種をポーチに入れた途端にバチバチとエネルギーを撒き散らす雷そのものに変化したように見えただろう。それも一瞬でだ。
人間の形をしていた大きなプラズマは次第に丸く変化していき、完全な球体になった瞬間に轟音と供に曇り空を切り裂いて夜空へと打ち上がった。
雷太がこの世界にやってきた時の光景のまるきり逆再生のようだった。惜しむらくば、どちらの場面でもその傍らに見て居た者はいなかった事だろうか。
こうして見事に並行宇宙を隔てる壁をすり抜けた雷太は、地球の周辺に五箇所あるラグランジュポイントの一つ、地球から最も遠い位置にあるL3ポイント上に建設された、並行宇宙開発機構所属の宇宙ステーションに受信された。この座標は、知る人ならば「サイドスリー」とか「公国発祥の地」とかと言った方が分かりやすいだろうか。
また、受信と言っても何らかの通信装置が雷太という情報を受信したわけではない。量子化した雷太はいわば直接質量に変化する情報塊であり、あらかじめ予定ていた座標に、言ってみれば“着弾”した。
着弾したとたんに情報化されていた雷太はプラズマの球体から人型になり、エネルギーを放出しながら具体化して肉体をもつ人間へと還元される。
「ふう……一瞬だが、慣れないなこの感覚は」
情報化されている際の感覚は、なぜかある。感じる者と感じない者と居て、感じる者にも個人差あるのだが、雷太は自分の体が一瞬で情報化される時から、宇宙の壁を超える時、再具体化する時まで全て、全身を細く短い針で皮膚だけ突き破るか否かという微妙な深さだけ全身をくまなく刺されるような不快感をおぼえる。
とはいえ、感じるのはその不快さだけで、スーツが示すパラメーターを見ても、自身の感覚でも身体に不調はない。
周囲を見回せば、そこは宇宙空間だ。足はどこかについているが重力に引かれてそこに立っているわけではない。弱い磁力で足の裏が宇宙ステーションの外壁の一角にひっついているだけだ。
ここがもともと予定されていた地点のため、雷太は仕方なくヘルメットを展開したわけである。
「無事に帰って来れたようだな。雷太、我々は君の無事の帰還を歓迎し、祝福する。おめでとう」
状況確認が済んだところで、通常回線で聞きなれた声が聞こえた。
かと思うと、一斉に別な回線がいくつも開かれて、大歓声が雷太の耳を打った。
「おめでとう!」「おかえり!」「やったなこのやろう!」
大きく小さく丁寧に乱暴にそれぞれから投げかけられる声を聞きながら雷太は実感した。
帰って来たのだと。
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これにて帰還完了。
次回はささやかなエピローグ




