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11日目 最終日・その10

連日更新三日目

 日は完全に落ちた。いつもは星明かりが綺麗だが、今日に限って日が落ちた直後から雲が立ち込め始め、ほとんど真っ暗闇が訪れる。


 こんな日はアルカンコーの民もうかつに外には出ないらしく、できる限り多くの者が今日できたばかりのテントの中にひっこみ、あぶれた者たちは雷太が彼らに与えた新たな焚き火を囲って火の番をしている。


 雷太は相変わらずどちらにも混ざらず、里から少しはなれた所で先日に輝紗螺からもらった、帰還に適した場所を示す座標をチェックしていた。


 ここから最も近い座標は直線で15キロメートルほど離れた平原のど真ん中の、200メートルほど上空だ。どういうメカニズムでその場所が帰還転送に適しているのかは雷太にはわからなかったが、プロジェクトチーム内だけでなく組織全体から天才との呼び声高い北条輝紗螺の計算であるから、間違いはないのだろうと、疑いは一つも無い。


 帰還機能が最適化されるまでの予測時間をちらりとみやると、そろそろか、と立ち上がった。


 新たなアルカンコーの里ではやはりテントの数が圧倒的に足りて居なかったが、どう詰め込んだのか雷太が思っていたほどには、外に出て火の番をしている者が少ない。


「よう」


 火を囲む老若入り混じった男たちに声をかけると、その中に少しだけとはいえ見馴染んだ顔を見つける。


「賢者さま、なンづ、しだっつす?」

「ああ、そろそろ出ようかと思ってな。一つも声をかけずに行くのも失礼だと思ったから、一声だけな」

「あっ! えっと……!」


 一応は昼間のうちに今日の夜には帰ると告知されていたのだが、急のような、急でないような、微妙なタイミングで声をかけてこられたせいで雷太も見馴染んだ顔、スグルは慌ててしまう。しかし雷太はいいからいいからと手で制した。


「どうせまたすぐ来るだろうから。大げさにしないでくれ。あんまり盛大に送り出されるとまた来る時に来づらいしな」


 リューネが持ってきてくれた焼き魚のおかげか、雷太の表情は柔らかい。


「んづや、せンめづそごっづやお見送り……ぅおっ!」


 スグルにならって焚き火を囲っていた全員が立ち上がろうとしたところで、空からシュンシュンと音がして強い風が吹き降ろしてくる。あやうく焚き火が消えるか、と男たちが慌てはじめるが、この辺りはジェシカが上手いことフォローしてくれて事なきを得る。まあ雷太もここまでわかった上でこの場に無人機を呼びだしたのだ。


「じゃあ、またな!」


 風とともに降りてきたワイヤーを掴むと、雷太はそのまま曇る夜空へと飛び上がった。


 歩いても飛んでも泳いでも絶対に超えられない、並行する宇宙と宇宙を隔てる壁を超えるというのにすぐ近所のコンビニにでも行くような口調で雷太は新・アルカンコーの里をあとにした。


 一つだけ、心残りがあるとすればゴンゾの意識が戻らなかった事くらいだが、バイタルは数字上ではあるが順調に回復していっていたので、こちらも特に心配はしていなかった。



 有重力下、さらに大気圏内での活動であるが、空を往ける観測機の移動は早い。15キロメートル程度の距離ならばものの十数分で移動してしまう。


 計算に入れていたつもりだったが、だいぶん早くついてしまった。


 エネルギー節約のために一度高度を降ろし、生体反応をチェックしながら地面に降りる。


 この地点までの移動手段としては使ったが、無人観測機は雷太と一緒には帰らない。そもそも地球への帰還は前提にされていない。本格的な転送施設がこの世界にも作られない限りは朽ち果てるまでずっとこの宇宙で活動する事になるだろうし、もし作られたとしても送り返すメリットが見出されない限りそのような事はされないだろう。


 そこで、今ここにあるものを有効活用しない手はないと考えた雷太は、自分が地球へ帰還したあとのこの機体の行動パターンを組み上げる。


 最優先事項は設定された範囲内に近づこうとする、一定以上の大きさを持つ動物の検知。その後、両者に対する警告音を発する。いくつかの例外として雷太と同じようなスーツを着用した人間を除外する。さらに、条件に該当する事態が訪れた時にリューネに以前渡して持たせたままの簡易端末に毎回メッセージを流すように設定する。


「あの鳥は、ガッポォと同じかそれ以上の大きさの獣が里に近づいた時に大きな鳴声を発する。鳥は鳴くだけで何もしない。近づいた獣をどうするかは里の皆で決めるんだ」


 雷太の肉声が録音されたそれを、無人機内の観測記録領域に強引にスペースを作ってインプットし、リューネに渡した端末との関連付けを無理矢理行った。本来、そういう機能はないのだが、この辺りは柔軟に変更できるものだ。


「しかし、まだ時間が余ってしまった」


 帰還機能の適応が予測より遅れている、というわけではない。単純に雷太の計算違いだ。


「ん? どうした?」


 このまま空を眺めながらボーっとしているのも悪くは無いな、と思っていたところで、雷太の視界にジェシカとサザンカが躍り出る。


「あ、ああ。そうか。カッシェルフにも挨拶しておいた方がいいか」


 すっかり忘れていた自分に苦笑しつつ、通信機能を呼び出してカッシェルフに渡した端末を選択する。単体ですら地球から太陽を挟んで反対側にある火星へ通信を行えるほど性能は、同じ惑星内にある端末へはほぼタイムラグなしで繋がって呼び出し音を鳴らし始める。そしてその呼び出し音が止められるのも、ほとんどノータイムだった。


「私だ」

「うん、俺だ」


 まだ片手で数えるほどしか通信していないというのに、カッシェルフの馴染みっぷりに雷太は思わず笑みをこぼす。


「こちらはまだ、そちらに連絡を入れるほどの成果をあげていないのだが、そちらから通信がきたという事は何かの緊急事態があったということか?」

「いや、そういうわけじゃない。俺がこっちに来た時から予定されてた事だから、少なくとも緊急ではないだろう」


 このやり取りで、カッシェルフはおおよその用件を察したようだった。雷太の視界にだけ映し出されているカッシェルフの表情がやや曇る。


「そうか。もうか。この箱は私が持っていて構わんのか?」

「うん。むしろずっと持っていてくれ。仲間が来た時に即時連絡の手段がないと不便だし、俺がまたこっちに来た時のためにも、な」

「ふむ。そうか。ならば長ったらしい別れの言葉は不要だな?」


 いつも話しを長くしていたのはカッシェルフの方だろうにと、雷太は意外さから目を丸めた。と、通信が始まっているのに自分たちがのけ者にされていると気づいたアルフェーイが雷太の視界の前で自己主張する。


「ああ、すまん。そうだった。別れの言葉は要らんが報告しておかなきゃならん事はあったんだったよ」


 そう言うと、骨伝道スピーカーから外部スピーカーに、音声のみの発信から映像つきの発信へ切り替え、ついで雷太の視覚野からではなく首もとに挿げ付けられていたカメラからの映像に設定する。


「ほう? 二人とも元気そうじゃないか。しかし、何か言っているようだがこの箱ごしではその子らの声が聞こえんらしい」

「んー? そうなのか」


 どういう原理でそうなるのかはわからないが、どうやらそういう事らしい。これも今後の課題だろうなと思いながら首もとのカメラを外して自分の顔も映すように手で持った。


「おお? そんな事が。お前も元気そうだな」

「ああ。それで、報告する事なんだが。この二人も、俺の一時帰宅と一緒に同行する事になった」


 気分は娘をもらい受けに来た新郎の、だろうか。いや、それともまた違うだろうなと思いながら出来る限り軽い調子を意識して告げた。しかし、いややはりというべきか、カッシェルフは目を見開いて驚いた後、険しい顔でうなる。


「む……む……むう」


 おそらくこの自由奔放な光点二つは庇護者の声など聞かないだろう。どう転んでも二体のアルフェーイが自分についてくる事がわかっている雷太は、この場に置いては至って気楽なものだった。だからこの場に置いてはどんな言葉も甘んじて受けるのが自分の役目だろうと思い、次に出てくるのは苦言か罵倒か。というところまで覚悟していたのだが、


「まあ、そういう事もあるか」


 報告がそうだったなら、了承もあっさりとしたものだった。


「お前は大丈夫だろうが、お前の仲間にもしかと伝えておくのだぞ? くれぐれも無碍に扱うなと」


 画面越しに見えるカッシェルフの表情は複雑だ。複雑すぎて、アルカンコー族と違い背丈顔立ちもほぼ同じだというのに、雷太にはその表情が読めなかった。深いしわが刻まれたその老練な顔立ちの中にいったい何をこめたのか。何がにじんだのか。


 想いを読み取りきる事はできなかったが、そんなこと雷太は百も承知だった。


「了解した」


 雷太のほうもしっかりと顔を見せ、しっかりと頷いたことで、カッシェルフもようやく表情をやわらかくした。


 そうしてちょうど良いところで電子音のアラームが鳴り響く。


 ピピピ ピピピ と味気ない音だが、それは紛れも無く、双方の宇宙にとって大きな転機の訪れを間近に告げるものだった。



 帰還、可能。

 誤字・脱字などのご指摘、ご感想をお待ちしております。


 ここで雷太がしている重大な勘違いを一つ。庇護者はカッシェルフではなく、アルフェーイたちの方です。

 年齢も、武力も、アルフェーイたちの方がずっと上ですから。

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