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11日目 最終日・その8

 なんてこった! いつもの調子で更新してたらクリスマス当日にぶちあたってしまった

 クソッ! なんて日だ!

 しかも明日から毎日更新して強引に年内には終わらせちまうんだぜ!

 テントたちが次々と完成されていく新アルカンコーの集落から少しだけ離れた位置で、草原に寝転がり、西の空にはまだ赤紫が残るというのに広がる満天の星空を、雷太はみあげながらなるべく何も考えないようにしていた。


 はっきり言って、軽い低血糖状態だ。もちろん臓器のどれかが正常に機能していない、という事ではなく、単純に空腹によるものだ。あと数時間我慢すればこれは解消されるし、べつに飢餓状態というわけでもない。単純に空腹なだけだ。


 何も考えないように、というのも、口から摂られるカロリーの95%は脳で消費されるという迷信を真に受けているせいだ。



 迷信は迷信だがこの説は全くの嘘というわけでもない。


 脳という体内器官が消費するカロリーは個人差が大きく、頭脳労働者、とくに瞬間的集中力を要する職種につく者ほど激しくなものだと統計学的に照明されている。


 古くは囲碁、将棋、チェスなどの棋士に、作曲、作詩、小説の作家や発明家、最近では宇宙船操舵士やマニピュレートオペレーター(複雑なクレーン運転手のようなもの)などは一流と呼ばれる者にほど甘党が多く、彼らが一線を退いた後、食習慣が変わらずに糖尿病を発症するというのもざらにある話しだった。


 とはいえ、具体的に“95%”も使われるという説はさすがに一般的ではなく、やはり個人差あるもののカロリー全体でみた場合の平均値は21%、糖分のみをみてやっと70%ほどだというのが定説になっている。



 しかし、進みすぎて魔法と出会ってしまうほどの科学に満たされた社会にあっても、迷信やゲンを担ぐ者は未だに多い。


 とくに、雷太のような一歩間違えれば死に直結するような職種につくものはそれを大事にする。


 だから、地球圏を出る宇宙船は未だに女性名のものばかりで、小から中型デブリを焼却するための防衛機には女神のイラストや女性のグラビアがプリントされる。アメリカ系の職員がおおいスペースステーション群などはやたらと名前の頭文字をそろえたがり、更に13という数字を忌み嫌う。アジア系のなかでも仏教を色濃く継ぐものは特に四と九という数字を意識的に避ける。日系人は食事の前後で未だに「イタダキマス」と「ゴチソウサマ」を律儀に唱えた。


 特定の信仰、思想を持たない者ですら科学的根拠を持たない迷信を好んで使うのだから、先祖代々受け継がれる思想や習慣は、組織的な宗教の意味合いをなくしたとしても人間性の根幹にあり続けるものなのだろう。



 つまり、どれだけ時代が進んでも人間はあまり変わらない。


 今だって科学の結晶体のようなスーツを着た雷太は空腹と疲労を理由に動こうとしないのだから。



 すっかり日が落ちて夕空が夜空に変わった。夕の陽を雲にすら見られなくなって星々がより主張を増した頃、そんなぐったりした雷太のところに訪れる者がいた。


「あンの、賢者さま」

「んぁ。ああ、リューネさん」


 アルカンコー族全体には既に雷太が今日帰るという事と、あまり間をおかずに雷太の仲間たちがきっちりと面倒をみるためにやってくる、という事までリューネの口から説明されていた。


 雷太よりよほど口の上手かったリューネのおかげで大した混乱もなくそれは受け入れられ、今生の別れでもないし、湿っぽいのは嫌いだから、という雷太の希望で送別会のような宴会はしない事になった。


 そのまま里から少し離れた位置に座り込んだ雷太を見て、勝手に雷太の気持ちを想像したアルカンコーの人々はそれからあまり雷太の方に構わなくなる。


 一人で別れを偲んでいるのだ、と思われているが、実のところはやはり腹が減ってあまりわずらわしい事をしたくないというのが雷太の本音だ。


 そんな空気感の中で、自ら進んでこちらに来られるのは、リューネだけだった。しかも手土産まで持っている。


「あの、昨日っから何もくちンしだづいねんづす、これだ持っつきだづす」

「ああ……いやあ……」


 アルカンコーの食べ物は消化器官的な問題で食べられないのだがな、と思いつつリューネの手元を見ると、それは意外なものだった。なんと、川魚の串焼きである。それも四尾も。


「……なんとまあ、こりゃあ在り難い」


 脳に送るための糖分は魚からは補えないだろうが、空腹感を紛らわせるには十分なものだろう。受け取って、念のため簡易解析装置にかけて結果を待つが、見た目から既に美味そうだった。


 銃数秒まって、基本的な成分は地球に居るものと変わらないと出た。以前に上流の小川で検出されたヘリクリウムが微量みられたが、これくらいなら大丈夫だろうと考えて串焼きにかぶりつく。


「おっ! 美味い!」


 川魚は薄味というのが相場だが、この魚は雷太の舌にはとても美味に感じられた。


「いやあ、やっぱリューネさんは気が利くねえ」

「いンえ。オイラなンづや、まぁだまだ未熟モンづす。賢者さまだお口にするモンだ、ウチらとあ違えもんづ、今だ思い出っつすくんねもんづす」

「そりゃあさすがに……」


 雷太は苦笑する。


 リューネは、賢者が自分たちとは違う物を食べていたと今さら思い出したのだから自分は未熟者だ、といったが、何百年も前にいなくなった賢者の食べ物など、口伝のみで継いできた伝承ならば失われていても何も不自然ないようなものだ。そんな問題に三日や四日で、しかもこちらからの要求は一切ないのに、しかも他にもっと深刻な問題を抱えていたのに同時に対応しろと言う方が無理は話しだろう。


「リューネさんは、なんでそんなに賢者が好きなの?」


 聞いてみて、ナンセンスな質問だったかなと雷太は少し後悔する。アルカンコー族にとって森の賢者とは一種の崇拝対象である。好きとか嫌いとか、そういったレベルの問題ではない。それに、質問としてもいささか言葉が足りなかった。


「オイラ、ソグヅエだ、里ん柱んなる為だっつがて、おーつこーつ子供ん時がだババ様だお話しもらうづす」

 ソグヅエは里の柱になるためにと言われ、小さな子供の頃からババ様から話しをされる。


「ンだづや、オイラん前んソグヅエだババ様づいん、オイラん頭だ良ぐがつ言わっだづす」

 けれども、リューネの一つ前のソグヅエを務めたババさまよりも、リューネの方が頭がいいと言われてしまった。


 この辺りで雷太はわずかに首をかしげる。直接頼んだわけでもないというのに、雷太の顔色をみただけで空腹を見抜いて食事を持ってきたほど賢さをもつリューネが、なぜかいつもよりたどたどしく喋っている上に、内容も質問と関わるものか否かいまひとつわかりにくい。


「オイラ、頭だ良ぐつ言わっだづや、そん意味だ良ぐわがんねぐつ、そっつんこづぅち、オイラだソグヅエんなっつやったづす」

 先代から先代よりも「頭が良い」と言われたものの、その意味がよくわからず、わからないうちに当代のソグヅエになっていた。


「お、おう」

「づす」


 だから、なんだ? という話しである。雷太の質問の仕方も悪かったが、答えには一切なっていない。


「つ、つまり?」

「オイラんも、わかんねっつす」


 そう言って、リューネは困ったように目を細め、首をかしげながら笑った。そう、笑ったのだ。未だに彼らの美醜の差すらわからず、表情を読み解くなどもっての他である雷太にさえ、彼女が笑ったのだと理解できるほどはっきりと。


 つられて雷太も笑ってしまう。


「はは。そっか。そりゃ仕方ないな」


 今まで空気を読んでなりを潜めていたアルフェーイたちも、うれしそうに宙に躍り出て二人の間でゆるやかに揺れる。


 とくに理由なく笑いあいながら、雷太は漠然と、彼らとはずっと仲良くやっていけそうだなと思った。



 帰還可能時刻まで、あと約8時間。

 誤字・脱字などのご指摘、ご感想をお待ちしております。


 上で述べたとおり今日から一日一回のペースで更新しまして、最終回は29日の予定です。

 あともう少し、お付き合いいただければ幸いです。

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