表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/68

11日目 最終日・その6 彼らの恋事情

 老人用に使っているテントの中で雷太とリューネ、クオンが軽い行き違いをおこしている間、外ではアルカンコーの若者たちが、成年の指示を受けて自分たち用のテントを建てていた。


 今回のほとんどの建材は今日解体されたガッポォからのものではなく、苦労して掘り返して回収してきた、もともとテントだった物の残骸を再利用したものだ。


 これは、解体されたばかりの素材はまだまだ下準備が足りていないためだ。毛皮などはしっかりとなめしてから使わなければ、日に日に天井が腐っていくというような事になってしまう。


 テントづくりの中でも重要な柱や梁の部分はほとんどが踏み砕かれ捨てるしかないような状態で、辛うじて使えそうな部分だけを拾ってきたせいで今回建てられるのは十人ほどが入る中サイズのテントが三棟ほどとなっている。


 一族まるごと全員が無事にあの獣の波を生き残ったおかげで、住む場所として使うには全く足りていないのだが、気候が味方になっている間はほとんどの者が野宿でも全く問題ないので、今のところテント作りはさほど優先順位の高い仕事ではない。


 それでも、テント作りなど未経験で何をすればいいのかわからない若者たちと、蓄積症から治りきっていなかったり勝手に旧集落跡地に残ろうとしてガッポォの群れに痛めつけられたりしたせいで未だに体を満足に動かせない大人たち。上手いこと欠点を補い合って、作業はほとんど滞りなく進んでいるし、若者たちに偉そうな顔をできたおかげで大人たちのフラストレーションもだいぶ解消されているようだ。


 長老クオンに続いてリューネの大声を聞きつけて老人用テントに飛び込んだのは若い者の中でもごくごく一部だった。身も蓋もない言いかたをすれば、彼らはリューネに惚れている連中だった。建築の仕事をほっぽりだしてありもしないハプニングを解消して印象を与えておこうなんていう下心でテントに飛び込んでみれば、なんとなく深刻そうな雰囲気にあてられて皆で一緒に土下座もどきをさせられるのだから世話はない。


 とはいえ、リューネに惚れていた者が全員例外なく老人用テントに飛び込んだのかというと、そうでもなかった。


「ンご、もっちっと上ー。そっそっそ、あーい。次だ右ィ。そっそっそ、あーい、降っつすやー」


 いち早く仕事をおぼえ、若い衆にも関わらず体力不足でへばった成年連中の代わりに同じ世代の皆に指示を飛ばしているのは、ウヅスグルオンことスグルだった。


 もともと素養があったのだろう。スグルは一度呼吸法のコツを掴めば完全にマスターするまでも里じゅうを見ても二番目に早かった。まだ魔法と名をつけられるような技を使えるにまでは至っていないが、風の操作を得意とするアルフェーイ、ジェシカが言うには、最も早くリューネよりも早く魔法を使えるようになるだろうとの事だった。


 アルフェーイたちが何を基準に魔法の素養を見抜いているのかは、やっとアルカンコー族の顔の区別をつけられるようになってきた程度の雷太にはさっぱりわからなかったが、アルフェーイである彼女ら(暫定)が生きてきた(生物として定義できるかは置いておいて)年数は雷太より遥かに長く、その間には一つの文明の滅亡を見届けてきたという、なかなか遭遇しえぬ濃い経験まである。今更その観察眼(眼があるのかも謎だが)を疑うべくもない。


 もし、ソグヅエを女子から選ぶという習慣が無かったとしたら、スグルが選ばれていたのではないかな、と雷太はひそかに思っていた。



 そんなスグルも、実はリューネにひそかに想いを寄せるアルカンコーの男の一人である。


 雷太にはさっぱりわからないし、結局ずっとわかる事も無いことだが、リューネはアルカンコー族の中では飛び切りの美人であり、しかも群を抜いた、いわゆる「いい体」の持ち主でもあった。さらに性格も温和でありながら理知的で、普段は実質的な里の取りまとめ役である長老クオンを立ててあまり目立たない位置にいる。


 男性が思う理想の女性像を絵に描いたようなものだった。男というのは基本的に単純な生き物であるから、こんな女性がいれば仮に惚れなくとも嫌いになるなどはありえない。特に文明が未発達で、精神構造も単純な部族の中においてはそれが顕著に出た。


 リューネからすれば引く手あまた、より取り見取りの状況だが、彼女はいかんせん賢かった。自分が、自分に言いよってくる誰か一人を選ぶ事で一族に生じるだろう亀裂を考えると誰も選ぶ事はできなかったし、そのリスクを飲んででも一緒になりたいという気になる程の男もいなかった。何よりまだまだ若いので焦りも無い。


 スグルはその辺りのリューネの心情もある程度わかって行動していた。口には出さないものの自分は他の男たちよりも頭がいいと自覚があったし、アルカンコー族はまだ男の魅力の基準が「よく働いて頭のいい」であるから、テントに飛び込んで行ったような仲間たちが最もリューネの嫌うタイプだとも認識していた。


 けっこうに計算高いところのあるスグルだったが、結局は仕事が楽しいのだ。今自分たちがやっている事は獣たちに壊された里の再建そのものだ。


 仲間を一人も欠く事はなかったとはいえ、住む場所を追われた里の、特に女子供が感じた心の傷は小さくなかった。


 それより前から、悪性魔力蓄積症という病の名すら知らずに、じわりじわりと緩やかに迫ってくる死を感じるだけだった生活は一変して、病がはびこるより前の生活に戻ったどころか、さらによりより生活へ進歩していけるという実感が、今は何よりも気持ちよかった。


 典型的な、仕事ばかりで家庭を顧みないタイプの考え方の持ち主だったが、今のアルカンコー族の価値観からするとスグルほどいい男は同世代の中にはいない。


 だから他の男たちは直接リューネにアタックするもののやはり相手にされず、もしいつかリューネがつがいを選ぶとしたらスグルか雷太だろうななどと内心ではバカな諦めを持っている。


 そんなスグルでもリューネには相手にされない。


 奇妙な均衡が取れた状態だった。



 ところが、実はここに一人伏兵が潜んでいた。


 若い衆に呼吸法を教える中で、最も早く魔力への適性を示した、オグゾンドールアことドールである。


 ドールは余りの適性の高さから、風の動きによって呼吸法の指南をしていたジェシカへ無意識に魔力を譲渡するという離れ業までやってのけた。


 それでも、魔法という技術を一番に体得するのがスグルだろうと言われているのは、余りに高すぎる適性のせいで意識して魔力を操作できるようになるまでにはそこそこの期間が要るだろうとの予想からだった。


 記術を魔法陣、唱術を詠唱魔法、念術を詠唱魔法の詠唱破棄とでも言い換えるとすれば、ドールは精霊魔法、つまりアルフェーイ達に自分の魔力を渡しそれを代償として魔法の行使を肩代わりしてもらう魔法に非常に高い適性を持っているといえる。


 ところがアルフェーイ達の中では、精霊魔法は魔法の区分には入らない。あくまで代金をもらっているだけで実際に魔法を使っているのはアルフェーイたちだからだ。


 さらにドールは、実はリューネに次いで高い教養を持っており、魔力に適性を示し蓄積症を克服したあとはリューネとともに老人たちの世話にあたっていた。これはドールも一時期はソグヅエの候補生として先代のソグヅエから教育を受けていたためだ。


 候補から外されたのはドールの生来の、落ち着きの無さとあまり時と場合を考えずに笑いを欲しがる性格からだった。良くいえば陽気で周囲にも笑いをあたえるムードメーカーという事になるのだが、何かの問題が起きたときに厳粛かつ公平にその問題にあたる必要があるソグヅエには向かないだろうと、先代ソグヅエには判断された。


 で、このドールであるが、スグルに恋慕している。


 アルカンコーの里の中の、青春まっただなかにある若者たちが保つ奇妙な均衡を、崩せそうなただ一人の存在だったが、実は彼女はリューネやスグルよりも更に一世代も若いアルカンコーだった。つまり現状では誰しもがドールの事を妹か姪くらいにしか思っていないのだ。


 ドールがリューネの年齢になれば少なくとも体つきは(アルカンコー族の中では)女らしくなり、いろいろな関係性も変わってくるだろう。そうしてアルカンコーの里に巻き起こる色恋沙汰の嵐は、名目上はアルカンコー族の生態のみ調査しに来ていた調査隊も目撃する事になるのだが、どの隊員のレポートにも、その事の顛末が書かれることは無かったのだった。




 帰還可能時刻まで、あと約15時間。

 誤字・脱字などのご指摘、ご感想をお待ちしております。


 鹿たちに人間臭さを持たせようとした結果。

 別にこれが原因で年内に収まらなくなったわけではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ