11日目 最終日・その5
「だから! 話しを最後まで聞いてくれ!」
今、雷太の前では相変わらず里の老人たち全員と若い衆が数人、土下座せんばかりの勢いでヒザをついて頭をたれている。
唯一その姿勢でないリューネはもっと直接的で、雷太にすがりついて必死の形相で訴えかけて来ていた。
彼、彼女らが頭をたれるのは謝罪ではなく懇願の現れで、その懇願はせめてアルカンコーの里の悪性魔力蓄積症がもう少し落ち着くまではアルカンコーと供に過ごして欲しいという事だった。
なのだが、雷太の方はその病状を少しでも早く改善するための手段こそが、早い段階での一時帰還であると考えている。
これは明らかに簡単な行き違いだった。
雷太の方はその行き違いに気づいているし、さっさとこの誤解を消して後顧の憂いなく地球圏に還りたいところなのだが、そもそもアルカンコー族は雷太の正体をしっかり認識していないから、完全に納得させるには雷太がどこから来てなぜここに居るのか、というところから教えていかなければならない。
ところがどっこい、雷太が所属する組織というものが何なのかを彼らは理解できないだろう。なにせ今までの彼らに一部族という以外の組織形態は必要なかったのだから。今まで彼らの中には存在しなかった、血縁も無ければ同一種族ですらない赤の他人が共通する一つの好奇心だけをたよりに集まって作り上げた組織、などというものを理解できるはずばない。
カッシェルフの時代にククラカンと呼ばれていた彼らがどういった経緯でアルカンコーと名乗り始めたのかには謎が残るが、旧集落跡地にも、彼らが持つ文化にも、百数十年間は他種族との交流があった形跡を認められていなかった。
「とにかく、大事な話しになるからその姿勢をやめろ! そんなんで人の話しが聞けると思うな!」
仕方なく、森の賢者としての強権を振りかざし、ガラにも無い台詞を大声で吐いて彼らの頭を上げさせる。
このやり取りも自動で記録されているから、上司が見た時にどんな顔をするのかなと嫌な想像をしながら回りでほぼ土下座している彼らの頭を上げさせた。
「長老とリューネさんはそこに座り直して! 他は自力で元の姿勢に戻れないお年寄りを助けてやれ。できたらいっぺん出ていけ!」
やや乱暴で横暴だが強引にでも話しを進めなければぐだぐだとこの状況が続くだろう。若い衆に手早く命令を実行させると、そのままさっさとテントから追い出した。
「はあ……じゃあどこから話したものか」
コメカミに軽くピリピリとした痛みを感じながら、雷太は脳内で説明の段取りをした。
「リューネ、今ン話しだわがっつが?」
「……へえ。えっと、賢者さまだ、お帰りなるん、どっつともならん、つづ話しづす?」
「そうなんだけど、ちょっと違うんだよなあ……」
小一時間ほど説明したが、さすがのリューネも並行宇宙だの次元転送だのの話しはさっぱり理解できなかった。そもそも初代森の賢者の弟子であり、初代森の賢者と同種族だという意味で同じ存在だと思っていた雷太の存在、森の賢者ともまた違った存在であると聞かされた時点で頭が何かを理解しようとする事を拒否しはじめた。
やはり技術力の差、教養の差というものは深刻で、こればかりは時間をかけてゆっくりと彼らの血肉になじませる必要がある。
雷太としては、開発する価値がある土地であるかを調査するというはっきりとした目的があって送り込まれた一組織の末端構成員でしかない、というところまでしっかりと理解させてかった。それなのに、アルカンコー族の中で最も教養があると思っていたリューネですらこの有様だ。
仕方なく、雷太はこのあと発生しうる齟齬を後続には甘んじて受けてもらう事にして、細かい説明を極力省くことにした。
「つまりだ、確かに俺は一度自分の故郷に帰る。けどあちらでやらなければならないことを片付けたらまた戻ってくるつもりだ」
「へっ?」
雷太に見捨てられるとばかり思っていたリューネは、あまりにも予想外な展開に先ほどまでとはまた違ったベクトルで思考を停止させてしまった。
「フム。そんづ、こづ、真づすや?」
クオンの方は訛りの無い流暢な古代共通語の解読に苦労して少しタイムラグを生じさせたが、むしろそのおかげでリューネのように止まったりしなかった。しかし信じられずに失礼とわかりつつもつい訊き返してしまた。
「真も真、本当の事だ。しかも、俺がここに戻ってくるより先に、俺の仲間が何人か、もしかすると大勢ここに来る。その人たちは俺よりも、魔法を使うのは上手くないだろうが、病気についてよく知っているだろうし、戦う力についても強い人たちになる」
戦う力、と言ってすぐに雷太は後悔した。未だに理解しきれていないリューネはともかく、クオンが明らかに警戒の色を濃くしたのだ。
きっと、彼らは雷太が完全に見返りを求めずに病気の治療を行っていると思っている。実際には、貴重な現地住民を今後の協力者とすべく恩を売っておくという組織の構成員としての大義名分もあったのだが、なんの見返りも求めずにほどこしをくれる雷太だからこそ、アルカンコーの一族はあの巨大なミミズの化け物や、無数の獣の群れを単独で退ける力を無駄に怯える事なく受け入れる事ができたのだ。
ところが、雷太が帰ってくるよりも先に来るという雷太の同属もそうとは限らない。
困ったことに、雷太にも後続の調査隊の人間性を保障する事はできかねた。
上司にも上層部にも、直接、カッシェルフとアルフェーイ、アルカンコー族を人間として扱うように訴えるつもりではあったが、悲しいかなやはり末端構成員でしかない雷太にはまだ大きな発言力がないのだ。
「はっ、んづや!」
「うおう!」
やっと再起動したリューネが雷太に詰め寄った。さすがに急すぎてさすがの雷太も驚いて上体を仰け反らせる。
「賢者さまだ、まっだちげっつまに、ここにおいでになるんづす?」
「お、おう。そういう事だ」
どうやら都合のいい部分だけ聞きとって理解したようだ。目をキラキラと輝かせ、グッグッと顔を近づけてくる。
「だ、だから、そんなに心配する事は……一回落ち着こうな?」
リューネの肩を掴んで元の位置に押し込み、一つ咳払いして口調を改める。
「纏めると、俺は一度俺の故郷に帰るけど、すぐにまたここに来る。その間に、俺の仲間が来て、俺の代わりに、俺より上手く今このアルカンコー族が抱えている問題の解決にあたる。という事だ」
「へっ? 賢者さまだ、仲間ンかた、くっつや?」
「…ハハ」
「………」
「リューネェ……」
纏めを述べてすっかり目的を達した気になっていた雷太はリューネの間抜けな様子を見て苦笑しか出てこない。さすがのクオンは気まずくなって言葉を失い、話しの成り行きを静かに見守っていた老人たちの内の誰かが、静かにリューネの名を呟いた。
帰還可能時刻まで、まだあと約16時間。
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師走に突入。二週間くらい前までは周一ペースでも年内に収まりそうだと思っていたけど、そんな事はなかったぜ!




