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2日目 雪山登山はじめました

 靴が雪をはむ音がする。ギュッ ギュッ と踏み固められる音ははじめのうちは子供心にも大人心にも楽しいものだ。しかもおそらく、ここにいまだかつて足を踏み入れた人間がいなかったと考えると感動もひとしおだ。


 が、雷太は少しばかり別の事を考えていた。


「雪の主成分は水のようだ。これも地球と全く代わらない。微量の不純物にも毒性も見られないし水の補給はできそうだな」


 雪を踏む楽しさを全く感じていないわけではないのだが、雷太は調査のことばかり考えていた。


 

 今日はあまりよくない気持ちで探索が始まった。


 期待していた鳥のような羽音と鳴き声の解析結果は両方とも該当記録無し。異世界なのだからそんな事はわかっていたのだが、せめて形が近いとおもわれる種類をリストアップするくらいはしてほしかったが、試作段階である解析ソフトに期待した雷太の方がバカだったとしか言いようが無い。


 そんな気持ちでキャンプから歩き始めて標高はすでに四千メートル地点。しかも海抜がどこなのか不明であるためポイントゼロから測って四千メートルだ、実際にはもっと高い位置なのだろう。


 標高が高くなればなるほど生き物が少なくなった。ポイントゼロ付近ではよく見かけていた小さな虫すら出なくなった頃には雷太も動物サンプルの採集を切り上げて移動に集中した。


 こういう所には、高山にしか生えない貴重な草花があるものだ、と期待して進んでいたが残念ながら発見できず機嫌はどんどん悪くなる。


 そのまま根雪が残る三千メートル地点まで来てしまった。ポイントゼロが海抜何メートルなのかにもよるが、根雪が残る地点がかなり高い。


 気圧の低下も地球と比べてあきらかに緩やかであるため、天体の直径が地球と異なるという説がさらに信憑性を深めてきた。


「さすがに……つらいな……」


 根雪が残る地点を過ぎた時点では雪からの照り返しに目がくらむほどだったが、進むにつれてだんだんと天候が悪くなってきた。気温も劇的に下がり、吹雪きはじめると呼吸すら難しくなってくる。雷太は今まで張っていた意地をくじいてスーツの首元に触れた。


 パシュッと短く、空気を弾く音がして雷太の頭部を完全に覆うヘルメットが展開される。見た目には旧時代からオートバイの愛用者が好んでいもちいていたフルフェイスヘルメットそのものだが、今まで雷太の網膜に直接投影されていたガイドシステムがより詳細になり、呼吸も問題なく行えるようになる。


「うぅむ……」


 しかし雷太はこの、なんとなく視界が狭くなるような感覚と、鼻の頭にクッションが当たっている感覚が嫌いだった。有毒性のガスや超高温、超低温の環境下ならば否応も無くつけるが、事前の無人機調査で大気に問題ないとわかっていたため、はじめから展開していない状態で転送されてきた。それほど嫌いなのだ。


「背に腹はかえられんか……」


 まだ嫌悪感に慣れないが、自分に言い聞かせるように母国の古いことわざを呟いた。


 吹雪であっても赤外線や紫外線など可視範囲外の光線から複合的に景色を感知し処理するので、実際の視界はあまりそこなわれない。


「さっきまで快晴だったのに、山の天気は変わりやすいというが、どうやらこっちの世界でもそこは変わらないらしい」


 スーツのおかげではじめから寒くはなかったが、天候は一歩一歩進むごとに悪くなり、激しい強風はやがて渦を巻くようにころころと向きを変えた。いつどこから吹いてくるかわからないそれのせいで、雷太は慎重に進まざるをえなくなった。傾斜はまだゆるいくらいだが一度転がるとずっと転げ落ちる事になりそうだ。


 そのまま黙々と進み続ける。


 真っ白な景色、ふぶきの音、スーツごしに身体に叩きつける雪。何も代わり映えせず、延々と右足を出し、左足を出し、を繰り返す作業は苦行にも近かったが、このくらい、地球の登山家達も何度も何度も経験してきた事、平行世界の調査員に選ばれただけの実力をもつ雷太がこなせないわけがない。


 世界初、という偉業はまさに栄えあるもので、派手で目立つものではあるのだが、その裏には実に地味で地道な作業が大半を占めているものなのだ。


 さらに数百メートル登ったところで、ヘルメット内のモニターに危険度中の警告が現れた。ただ、この警告はこの山に登り始める前から雷太も予想していた。


「雪崩か……」


 ここに山ができてからずっと、ここまで来た人間はいなかった。人間どころか動物が来ていたかすら怪しいのだから、雪が積もりに積もって自重に耐えられなくなった瞬間以外に雪が崩れる事が無い。本当にギリギリの状態がそこかしこにあるだろう事くらいは予想できていた。


 しかし、まだ危険度は中だ。大きな刺激を加えなければまだ問題なく登りきれるレベルに違いない。楽観はできないが迂回するほどでもないと判断した雷太はそのまま直進を続けることにする。


 ザク ザク と今まで以上に慎重に。なるべく雪に負担をかけないようにゆっくりと。システムが警告する雪崩の予想範囲は雷太が思っていたよりも広く重かったが、それでも無心に歩みを進めた雷太は無事その範囲を乗りこえた。


「ふぅ……」


 ポイントゼロより標高五千メートル地点を目前にして思わずでたため息。天候は悪化の一途をたどり、回復のきざしはない。何より、見上げた山頂へのみちのりは、ここまでの道のりと同じくらいあるように見える。


 登れば登るほど急になるらしい傾斜。山頂付近では直角どころかオーバーハングになっている箇所すらあるようだ。


「コースの選定は今のうちからやっておいたほうがよさそうだな……」


 ちょうどまた少し先に雪崩の危険が高い場所があると警告を受け、雷太は鋭い螺旋を描いて山を登る事にした。


 山の地形の精密な三次元マッピングも欠かさずやっていく。


 たった一人で一万メートル級の山を踏破するなど、無謀でしかないと思う者も多いだろうが、高い技術力によって生み出された装備の補助があればやってやれない事はない。


 人類は、今までだってそうして進歩を続けてきたのだから。



 期間可能時刻まで、約270時間。


誤字・脱字のご指摘などもまっておるんじゃよ

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