11日目 最終日・その3 その時里の女たちは
雷太が若い衆をひきつれて集落跡地へいろいろと調達に向かっている間、避難所であり次期集落予定地でもある滝のほとりでは女性陣が集まって作戦会議を行っていた。
「ごんづ、ンナぁだあつがつっただ、二代目さまぁ目ぇだつけンもつねぐつ、見た目ン違ぇだでっがぐつさあたぐんなん」
本人が居ないところでは「二代目さま」という呼ばれ方が定着している雷太に対し、
「女をあてがっても目もかけてくれない」と言うのは、以前明け方に雷太から子供たちの様子を聞かれた若い母親だった。名前を、ソドツゴンオン、愛称をオソツという。
「ンナぁづが、ひっぱっつ手ぇンならぁだ、初代さまも先祖さんがたがあでづがはづねっつや」
女で引っ張られるくらいなら初代賢者も自分たちの先祖から離れていくわけがなかった、と否定するのは母親たちの纏め役をやっている女性で、オリドウヅダンダという。愛称はオリンだ。
ちなみにアルカンコー族の間では、女性に対してだけ未婚の者と既婚の者との間に明確な愛称の差があり、既婚女性だけが愛称の頭に「オ」をつけて呼ばれる事がゆるされている。
「づがす、オリン。ほぐつなんだ手ぇだあるづや」
オソツがオリンに対し、だったら腹案はあったのかと半ばくらいつくように訊いた。するとオリンは年の功なのか、オソツの剣幕にも動じずどしりと構えてこう答える。
「ね」
無い。実に単純明快だ。
オソツが言葉を失っていると、僅か半日ほどの差ではあるものの最も雷太との付き合いが長いゾーリューネヅことリューネがオリンに同調する。
「ンづす。二代目さまだ、ウチらアルカンコーよっと、よづんごづんツエェお方々だづす。ウチらだどんづ手ぇつくすつと、ひっぱるこづけねんづす」
「だづがよぉ……」
リューネは言う、雷太はとても強い。自分たちとは比較にならないほど、比較するのもおこがましいほど。
リューネはアルカンコーの里の中で特別な立ち居地にいる。アルカンコーの言葉でいえばソグヅエというのだが、もとは、傍仕え、森の賢者の傍仕え、つまりは専属の補佐役のようなものだった。
元祖・森の賢者であるカッシェルフが、当時はククラカン族と呼ばれていたアルカンコー族の祖先たちと数十年にわたって過ごした後、結局は離れて行ってしまったその時点で形骸化するかに思われた役職だった。
しかし、供に過ごす間にカッシェルフが授けた、複雑な意味をもつ言葉や簡単な計算、天気や星の読み方などは、長い長いスパンで少しずつ住居を移す気長な遊牧民族のような彼らにとって、とても重要な知識であり、それを引き継いで絶やさないための役が必要になった。それこそがソグヅエだった。
太古における巫女や、未開拓部族の中のシャーマンのようなものが近いだろうか。
ソグヅエはたいていは女性がなるのが慣わしで、先代のソグヅエが衰えを感じ始めた頃に数人の見習いソグヅエを時間をかけて育て、その中で総合的に最も優秀な少女を指名しておき、先代のソグヅエが亡くなった時に代が換わるというシステムになっている。
リューネことゾーリューネヅは先代が存命の時から既に自分より賢い子だと言わしめたほどのソグヅエで、特に人の心の動きを読む事を得意としていた。
リューネは雷太だけでなく雷太の種族そのものがアルカンコー族よりもずっとずっと進んだ種族だと理解している。魔法もそうであるし、雷太が着ているスーツをはじめとした様々な道具たち。シンプルなシルエットの中に複雑な機能が詰め込まれたそれら道具は、実際にいくつか使い方を教わり使用を任されたリューネにとってそれらはおよそ同じ生物が作り上げたものであるとはとても思えず、その優れた種族が作り上げた道具や技を使いこなす雷太は、はっきり言って完全に善意でしか動いて居ないとリューネは思っている。
仮に雷太がアルカンコー族の誰か、あるいはアルカンコーという種族全体に何らかの執着を持ったとすれば、その強大な力にものを言わせて強引に自分のものにしてしまえばいいだけの話しでしかない。
オソツが言ったのは、アルカンコー族の中の誰か美人どころの誰かを雷太にあてがって執着を持たせ、この里に引きとめ続けるという話しで、それは今の力関係では様々な危険性をうむものだし、現状でも既にそんな案を持ち出す段階ではなかった。
雷太が一度、アルカンコー族から離れていくのはもはや防ぎようのない未来で、リューネからすれば、一度離れたあとに再びアルカンコー族のもとへ戻ってきてもらうにはどうすればいいのかを考えた方が辛うじて現実味を帯びるというぐあいだ。
「ウチら持づモンだ、二代目さまだなんもほっつかん、心ひっぱっつモンだ、タブンなんもね。二代目さまンそんもんだ、季節外れの雨だっつだ思うんつがねっつや」
雷太そのものが季節はずれの恵みの雨のようなものだったと思うしかないだろう、とリューネはオソツを説得にかかっていた。ちなみに「季節はずれの雨」の部分が流暢だったのは、彼らの中で発音も変わりづらい一つの慣用句としてずっと使われているせいだ。
「むうううん」
しかしオソツは納得いかない様子だ。
オソツもアルカンコー族の中では賢い方に入る女だった。
長く流行り病などにかかったことのなかったアルカンコー族だが、今回のことで種族全体を脅かす病気の存在を知ってしまった。彼女は経験則から一度あった事は二度三度と重なる場合があると知っていて、もしまた他にも同じような事態に陥ったとき、やはり自分たちの力だけでは解決できないだろうと考えた。だから雷太が去るを惜しんだ。
そして母親である彼女は、自分の子供の事を一番に考えている。
幸い、彼女の子供は雷太が里に来てから早いうちに症状を克服しはじめた。
雷太は持っている知識の通り、赤ん坊からある程度の年齢までは勝手に回復するとわかっていたので彼女の子供には何の治療もほどこしていないのだが、彼女は雷太が診察として触れた手が既に治療行為であると勘違いしていた。その勘違いが、雷太へのさらなる執着心をうむ事になったわけだ。
もっとも、彼女がどれだけ手を尽くしたところで、リューネすら察せないような事情から雷太がもと来た並行宇宙へ帰ってしまう事は決定であり覆しようがない。
「ほだほだ! こづだっつどゥづや!」
そんな事情など知るよしもないオソツは諦めきれずに次の案をひねり出して一緒に作業している二人に提案する。しかしすぐに否定され論破され、しかしめげずに次の案を考える。
自らを引き止めるための作戦が若干一名により立案され続けている事を、雷太本人は結局ずっと知らないまま、立案会議という名の井戸端会議は大量の資材が持ち帰るまで延々と続けられたのだった。
帰還可能時刻まで、あと約18時間。
誤字・脱字、ご意見・ご感想などを相変わらずお待ちしております。
気づけば投稿を始めてからまるまる半年と半月も経っていました。
長編としてはまだ大した長さではありませんが、最近のサブタイトルの通り年内には一区切りつきそうです。
最後までお付き合いのほど、よろしくおねがいします。




