10日目 毛皮を被った肉の波
失神寸前のドッヅグオンゾに対し、後は任せろなどと見得を切ってしまったものの、はっきり言って雷太はこの状況を打開する手段を持って居なかったし、思い着いてもいなかった。
とにかく、地球から持ち込んだビームソードよりもリーチの長いアルマディウムソードを取り返した事で文字通り攻撃の幅は広がり、スーツのアシストと元の膂力もあいまって振り回せば振り回すほど分断される毛皮つきの肉は増えていくが、敵と自分たちの数の差は、今まで雷太が文明の利器と魔法を駆使して行ってきたすべての攻撃をもってしてもなお、少しも覆せないほど圧倒的で絶望的だった。
細かく数えてなどいないが、雷太がこれまで屠ったガッポォの数は精々で一千以上、一千五百未満といったところ。これに輝紗螺が操る無人機からの支援攻撃を加えても二千にはまったく及ばない。
ガッポォの群れの全体は一万を優に超えていることは明らかだった。
あまり考えたくない事だが、サバンナのヌーの大移動は、自然破壊によっていくらか数を減らしたといっても未だに百万をくだらない数が動く。この里が存在する未だ名のつかぬ平原がサバンナよりも広大である可能性を考えると、ガッポォの群れの数も比例して多くなる可能性すらある。
とにかくドッヅグオンゾの無事は確認できたものの、出血によってできるかぎり早い手当てが求められるこの状況下で、すっかり頭を冷やした雷太は、自分が今こうしてガッポォの群れを相手にしている元の理由に立ち返る。
「避難……そうだ避難だ」
熱くなってしまったせいですっかり群れを全滅させるつもりで動いていたが、もともとはアルカンコー族の者たちが避難するまでの時間を稼ぐことが主な狙いであり、あわよくば群れの進路をそらす事ができれば、と考えての行動だった。
となれば、やるべき事は一つ、この状況からの脱出であり、それだけならば方法はすぐに思いついた。いいタイミングで輝紗螺からの指示が入る。
「悪い報せだ。この群れの総数はおよそ128万と見られる。これだけの規模の群れを殲滅する事は許可できない。残っていた保護対象も確保できたようだし、今から無人機をそちらにやる。指示にしたがって脱出したまえ」
こういう指示は熱くなって我を忘れているときにほしかったと雷太は思った。とはいえ、けっこうな重役である輝紗螺もただいたずらに状況を眺めていたわけではない。しっかりと情報を収集して分析していたのだ。
「それに、その群れの目的は里の中心部に立っている柱のようなものにあるようだ。避難した原住民の方に行くような兆候は一切ない」
「柱っ!?」
心当たりは一つしかない。巨大ミミズの残骸にこの群れが一体何の用があるというのか。
「今は脱出を優先したまえ」
「くっ! 了解!」
上司の指示にしたがって、雷太は空からたれてきた人数分のワイヤーを残っていたアルカンコー族それぞれにくくりつける。雷太がくくりつける作業をしている間は上空からの援護射撃がなんとかしてくれた。
「レスキュー!」
「了解。上昇する」
ドッヅグオンゾの巨体には少しばかり手間取ったが、致命的なタイムロスにはならず、雷太は里があった場所に取り残されていたアルカンコー族をすべて連れて空へと浮かび上がった。
「はあ……」
角も歯も爪も、体当たりも届かないだけ離れてようやく息をつける。
「しかし幸運だな。いつもはこんな時に限って特異点が安定しないものなのだけど、今回はずいぶん長い事こうして通信していられる」
「ええ、助かりましたよ主任」
ワイヤーをたどって上を見れば、地球圏ではどこでも見慣れていた量産型に少し手が加わった程度の、トンボのようなフォルムの無人観測機のシルエットが見て取れた。違うのは、打ち上げ花火の筒のような大きなビーム砲が二門ついているくらいだ。
「かまわない。彼らは後の大事な協力者となってくれるだろうし、君は大きな発見をした功労者であり、現状では魔法技術とやらを体得した唯一の太陽系出身者だからな」
助けるのは当然の事だ、という輝紗螺に雷太は少しだけ安心した。こちらの世界に発つ前は、あんなに冷血人間に見えた北条輝紗螺という人間にもこんな一面があったのだなと、そう思って少し和む。
ワイヤーにもきしみはないし、このまま異常なく飛べるだろう。そうすれば指示どおりの避難場所までいって皆と合流できる。
最低限の警戒は残しながら、改めて下を見た雷太はその光景を見て軽く息を呑む。
なんという数の、いや、なんという量の獣だろうか。
空中にきて俯瞰できるようになったおかげで、同じ高さで見ていた時の自分の、一万などという見積もりがいかに甘かったかを思い知らされる。
一頭一頭の姿形などもはやわからず、まるで群れ全体がアメーバのような形態をとった一つの生き物であるかのように、うねうねと波打っているように見える。
波はその一帯を覆い尽くし、集落を形成していた動物の皮のテントたちを跡形もなく踏み潰して消し去っていた。黄色く変色した草原も遠くへ視線を外さなければ見えなくなっているほどだ、里の何倍の広さを覆っているのかすらわからない。
サザンカが作り上げた即席の沼地もすべて覆われているらしく、どの辺りで戦っていたのかは、ジェシカが作り上げ、かろうじて空中に残る小さな霧のような雲のようなものだけが示してくれた。
そして暴力の波が向かう先、同時に中心となりつつあるのは、先ほど輝紗螺から告げられた通り、真っ黒に変色した大きな柱。その柱も覆い尽くされそうなほど、波の一部が妙に盛り上がっていて、上端に雷太がかぶせておいたトリカーボン製のブルーシートだけがかろうじて、ああ、あそこが里の中心だったのだなと思わせる名残になっていた。
「こいつは思っていたよりショッキングだな」
こんな状況だというのに、いや、こんな状況だからこそだろうか、雷太は苦笑しかできなかった。
あの波を作るガッポォという動物が、いったいあの柱に何の用があるというのか。自然と興味が向いた雷太は肉眼も凝らしつつ視覚処理を行って注目する。
まさか、寄生主である彼らが巨大ミミズを弔いにでも来たのだろうかという考えが浮かんだが、やはりそんなものは「まさか」だった。
彼らは食っていたのだ。糞喰らいと呼ばれるミミズの、イリュートロン結合した炭素のみで形成された表皮を。言って見ればただの炭であるそれを。死に物狂いで。
その行動の理由は全くわからない。だが凄まじいエネルギーをそこに感じた雷太はとうとう何の言葉も失った。
あの行動の意味も、本格的な研究と開発が始まればいずれ解明されるのかもしれないが、例えわけがわかったとしても。この世界は、雷太が思っていたよりもずっと厳しく、力強く、混沌とした場所だったようだと、雷太は思い知ったのだった。
帰還可能時刻まで、あと約30時間。
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今期一押しは「キルラキル」




