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10日目 それは壁か、あるいは木偶の棒か

 雷太は叫んでいた。自分の声がうるさいと感じるほどの絶叫だった。


 自分がなぜ叫んでいるのかは全く理解できなかったが、とにかく胸の内、腹の底からこみ上げるような激しい感情が瞬く間に支配した。


「ぬううおおおおお!」


 固定銃座に据え付けられた二門のガトリング砲の片方に手をかけると力づくで引き剥がす。


 スーツのフィジカルアシストをしてもなお不可能に思われる所業だが雷太は激情にまかせ、さも簡単そうにやってのけた。


 たった今引き剥がしたそれを乱射しながら自ら沼地に踏み込むと、足を取られそうになるもののあわててフォローに入ったサザンカが雷太を押し上げる。


 バラバラとピンボール大のビームの玉をばら撒きながらガッポォの波をなぎ払って進路を拓き、一歩一歩確実にアルカンコー族の里へと近づく。


 どうやら群れの先頭に近づくほど凶暴な個体が集まっていたらしく、里に近づくにつれて背後から襲いかかられる回数が増えたが、それにはジェシカが対応した。


 雷太の自分勝手をフォローする形で動いた二体のアルフェーイだったが、まるで三位一体、雷太自身もアルフェーイの補助を得て後ろにも目がついているかのような動きをして身体を横にかわし、唐突に速度を速めては立ち止まりと動きに緩急をつける。


 津波のように襲い来る獣の壁をまるで手玉に取るようで、既に何のサポートも行えなくなった輝紗螺はそれをただただ呆然を眺めるしかしなくなっていた。


「なんだこれは……まるで無双じゃないか」


 そんなつぶやきは雷太に届いただろうか。


 もう遠吠えのような雄叫びはあがっていないが、掛け声のような短な一声はほとんど絶え間なく発せられる。


 とうとう雷太が里にたどり着いたとき、雷太の指示を無視して頑固に残ったアルカンコー族の数名は意外にもまだ無事だった。しかしそれでも、その有様は雷太の激情を更に搔きたてる。


 いや、里があった場所に、だろうか。


 血みどろになりながらも、未だそこに仁王立ちし獣の波を切り分けようと剣を振るうドッヅグオンゾ。背には大きな土壷が二つほどくくりつけられている。おそらく、その壷を守るためにここに残ったのだろう。


 既に住居のテントは軒並み踏み倒されて、他に守るべきものなど何も残っていないというのに。


 他の男衆は、わが身の他にはとくに何を守る様子もなく、木の棍棒や動物の骨など、心もとない武器を手にドッヅグオンゾの大きな背に隠れるようにして固まって戦っている。


 単なる暴走でこの場に残っただろう男たちは既にその様子もなく、ただ怯えたような表情になっている。だからこそひときわ大きな体躯をもつドッヅグオンゾに隠れるようにして居るのだろう。


 その様子をしっかりと肉眼で確かめた雷太は、さらなる激情が沸くのと同時に、頭のどこかが反対に冷めていくのがわかった。


 矛盾した感情が同居するきわめて不可解な状況だ。一種の極限状態といってもいい。


 身体は激しい感情に押されてゴッポォの群れの中に取り残されたアルカンコー族の男衆と今まさに合流を果たさんと進んでいるが、冷めていく理性的な部分はこの場に置いてはドッヅグオンゾ以外のアルカンコー族に興味を向けられなくなっていた。


 彼だけ助ければあとは勝手にすればいいんじゃないのか。そんな気分だ。そんな冷めた部分に影響され、激しい感情で動く身体もそんなことをやり始める。


「ゴンゾー! もう一踏ん張りだぞおお!」


 名指ししたのはドッヅグオンゾのみ。それでも、この状況から逃れられる希望が来たと男衆の表情はわずかに和らぐ。しかし当のドッヅグオンゾだけは何も聞こえて居ない様子で一心不乱に剣を振り回し続けている。


「なんだ?」


 様子がおかしいことはすぐにわかった。嫌な予感が、雷太の身体を突き動かしていた激情すらも冷やしそうになる。


「主任! ゴンゾのバイタルチェックは可能か!」


 急に呼ばれた輝紗螺があわてて無人観測機を操作する。


「問題ない。ちゃんと生きているぞ」


 あんなに激しく動いているのだから死んでなどいるわけないだろうとは思ったが、要求されればしっかりとやる。空からの、しかも移動しながらの観測だが心拍の有無くらいはしっかり確かめられる。


「けど、確かに少しばかり血が流れすぎているようね。急いだ方がいいかもしれない」

「言われなくてもおおお!」


 雷太は、こんどは意図的に激情を再燃させた。


 ところがこんな時に限って、ガトリングの砲身が焼きついて動かなくなる。


「こんな時にぃ!」


 役に立たなくなったそれを振り回し、熱くなった砲身をまるで大きな焼きごてのように振り回す。二、三度振り回すうちに遠心力で手からすっぽ抜けてあさっての方に飛んで行った。それでも雷太は止まらない。


「ソードオーダー! ツイン!」


 両手に一本ずつビームソードを呼び出す。ぐるんぐるんと身体をコマのように回しながら、さらに勢い付いてゴッポォの群れの中を切り進む。



 ドッヅグオンゾの意識は既にほとんど残っていなかった。そもそも初めから魔力蓄積症によってまともに動く事もできなかったのだ、今こうして立って、剣を振るっているだけでも一種の奇跡といえる。


 彼がここに居る理由は、味気ない言い方をすれば他の男衆と同じようにストレス障害から来る判断力の欠如である。だがその衝動が向いたのは衝動的な破壊欲求ではなく、むしろ逆の、防衛本能だったのかもしれない。


 ひときわ体躯が大きく、しかし未だに魔力操作どころか呼吸法すらおぼえられない彼は、できるだけ早く、大勢でこの場所を離れなければならない今の状況では完全に足手まといだった。


 同年代くらいのアルカンコーの青年が、なんとか数人がかりでドッツグオンゾも担いで移動しようとしたのだが、一人では立っている事もままならない状態では体格の差のせいで三人がかりでさえゆっくりとしか動けなかった。


 病に伏す前から遅い遅いと自認していた思考速度の中でドッツグオンゾはこう考える。自分ひとりを助けるために、若いアルカンコーが三人も巻き添えになる。そしてさらに、その三人が手助けすれば助けられるはずだった老人や赤ん坊の命も消えてしまうかもしれない。


 だからドッツグオンゾはもてる力を振り絞って、自分の歩行をなんとか助けようとしてくれていた三人の仲間を強引に振り払った。


 言葉が足りないながらもこの場に残るという自分の意思をつたえたが仲間たちは当然食い下がる。ドッツグオンゾは彼らにとっても仲間であり家族だったからだ。


 ほんの数言、つたない水掛け論争が続いたが、別の場所から助けを呼ぶ声がかかり彼らはそちらに行かざるをえなくなった。さらに仲間たちだけで避難する後押しをしたのが、トチ狂ったアルカンコーの大人たちだった。こいつの面倒は俺たちが見るから、と根拠の無い自信でもってドッツグオンゾの回りを囲った。


 それが、今では恐怖のあまりにドッツグオンゾを盾にしたような状態になっているのだが、これもやはりドッツグオンゾが自ら進んでやった事だった。


 メタルアーミドーソードも成年の一人がたまたま見つけてきたもの。それを使っていったい何頭のガッポォを斬り払っただろうか。


 ドッヅグオンゾの意識は次第に遠のく。どうやって今、自分が身体を動かしているのかすらもうわからない。そもそもまだ身体は動いているのか。背に隠した壷は、里の仲間はまだ無事か。


 ゴッポォの群れがまだ回りに居る事だけはかろうじてわかった。地面が揺れているから。わき腹を何かが掠めた。そこからまた力が抜けていく。


 血が。血が。


 もう目の前も暗い。目を見定める事もできない。けれど倒れるわけにはいかない。


 ドッヅグオンゾはまた剣を振り上げる。


 二代目の森の賢者が置いていった剣を、振り上げ。


 そこで力尽きる。


 剣が落ちる。


 身体が傾く。後ろに、後ろに。完全に意識を失う直前に、彼は確かに耳に聞いた。


「後は、任せろ!」



 帰還可能時刻まで、あと約30時間。

 予約を忘れ、ちょっくら遅くなりました ごっ、五時間くらい大した違いじゃないよね!? 更新直後に読もうとしてる人なんて居ないよね!?


 誤字・脱字などのご指摘、ご感想をお待ちしております。

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