9日目 後始末と新発見
戦闘が終わって一息ついたが、いまだに警報を鳴らしているスーツのバイタルチェッカーに少し手を加えようと試みる。
「んがっ」
しかし操作をはじかれた。
これは先行探索者の健康状態が最優先であると定められているからだ。
雷太より先に、他のさまざまな平行世界へ旅した者たちの中には、現地で普通に食べられていたものの中に地球から来た人類にだけ強く作用する麻薬のような効能をもった植物を発見した者がいた。
はじめ彼らは、当然ながらそれがそうであると知らず食べたために、あわや仲間同士で殺し合う寸前まで行ったものの、異常を感じ取った現地の住民に止められて事なきを得ている経緯があった。そのため、少しでも異常とわかる数値が出た場合は最優先で、本人と同行者全員に警告が飛ぶように設定され、それは原則で解除できないようになっている。
今回、雷太は初の試みの中の一人である、単独で平行世界に飛ぶという実験を行っているため、うるさい思いをしているのは雷太本人だけになっているが、もし従来どおりチームでジャンプし、同行者が生存していた場合はそれはもう迷惑をかけていた事だろう。
「うるせえなあ。せめて音量を下げるか」
このエラー音も極力耳障りの悪いものが選ばれている上、音量も一定以下にはならないようにされていた。ただでさえ身体がだるいのにこんなストレスをかけられて雷太は不機嫌さを隠せない。
「つーかなんだこのダルさは……」
今まで感じた事のないタイプの疲労だった。スーツのフィジカルアシストがなければ立ってもいられそうにないくらいで、精神的にもひどく無気力になりつつある。
と、そこで気づく。なるほど、これが魔力欠乏状態かと。
きっと雷太の体内には、まだ回復しきらないアルカンコー族たちや、魔力を使いすぎてテントに担ぎ込まれた時にオグゾンドールアのように、ひどい濃度のイリュートロンが含まれてあるのだろう。
ふと今の自分の血液も調べてみようかと思ったが、あまりにどんどん無気力になっていって自然に瞼がおりてくる。
「うう……うるせえな。ブドウ糖……っと」
目を閉じたとたんにエラー音の音量が上がった。実に念の入ったシステムである。
正直、一眠りすれば自然に回復する気がしているのだが、事例をインプットされていない機械は人間ほど柔軟に判断できず、とにかく起きられるうちは何か対応をしろとせかしてくる。
仕方ないので雷太はヘルメットを一度収納してブドウ糖液の小パックを握りつぶす勢いで口に運んだ。
老人たちへ施したものと同じ、応急処置である。
濃すぎて刺激的にすらなっている高濃度のブドウ糖液を一口分、飲み下すと舌と喉からの刺激がまず雷太の目を覚ました。
「さて、仕事しますかね……」
エラー音がまた少しだけ静かになって、まず向かったのは、落ちていた分厚いゴム質の巨筒とそのなかからこぼれているまだドロドロに溶けている金属だまりだ。
熱さに顔をしかめ、またヘルメットを展開してから溶岩も採取できるような特殊なタイプのカプセルを取り出しその中に溶けた金属を収めた。
「おお……鉛と鉄の混合か。見事に溶け合ってるが」
複雑な物質ではなかったらしく、すぐに解析結果が出た。鉛の融点は三百度ほど。この溶けた金属だまりが八百度ほどしかなくてもまあわからなくもないのだが、比率は鉄の方がずっと多く、やはり一千度はなければ溶けている理由がわからない。
「イリュートロンも当然のようにある。物質の安定化、がイリュートロンの最も大きな性質であるように思っていたんだが、必ずしも安定化したものが固体になるとは限らんのだろうか。ひょっとすると液状での安定化にも作用するのか?」
だとすれば、これも大きな利用価値であるが推測の域は出ない。とにかく今は細々としたデータの蓄積が大事な段階だから、雷太はそれ以上この金属については考えない事にして問題の筒の方を調べる。
「弾力はある。質感は確かに固めのゴムだ」
グッと強く押しても目に見えてわかりやすくへこむ様子はない。だが押している感覚はある。軽く叩いてもゴッゴッと低く鈍い音がした。超大型ダンプカーに使われるような、超大型ゴムタイヤが一番近いだろうか。
弾力もさることながら、断熱性もすさまじい性能だ。内側は八百度もある溶けた金属がたまっているというのに、表面は百二十度ほどしかない。触れれば火傷はするが、この巨大ミミズも生物であると考えればありえない温度だ。
「わたしの平熱は百二十度です、つってな」
疲労のせいか、すこしずつ調子は戻っているのだがいつもは叩かないような軽口が出た。それを自覚して、苦笑しつつ表面を少し削って解析にかける。
「……は? 炭素? 炭素オンリー?」
ひときわ早く出た解析結果は、ひときわありえないものだった。
少し、呆然としていた雷太だったが、目の前にジェシカとサザンカが二人とも躍り出て我にかえる。自分の理解を越える物質なのだと理解した雷太は目の前の謎の炭素塊の謎は先送りにする事にして二体のアルフェーイの話しを聞く。
「え、もう終わったのか。で、皆はまだおびえて戻ってこない、と。え? ああ、マジか。じゃあどうするかね」
もともとこの里はあまり広くない。割合でも雷太が思っていたほどの被害はなく、手っ取り早く消火活動を終わらせた二体は、ついでに避難したアルカンコー族の様子も見てきてくれたらしい。
里の外に避難できたものたちはまだほとんどが逃げている途中だという事だ。数人は立ち止まって冷静に様子を伺っており、そのうち何人かは賢者の弟子たる雷太に加勢するべきではないかと話しながら武器になりそうなものを探したり、アルフェーイたる二体に渡すための魔力を練り上げたりしているらしい。
「こっちももう終わってるんだが、誰が言い出したんだ?」
チカチカとモールスの返事を受け取って雷太はニヤリとした。
「やっぱり、この里の人たちは有望だな」
加勢の音頭をとっているのは雷太の予想を外れ、ゾーリューネヅでもオグゾンドールアでもなく、ウヅスグルオンを初めとしたいち早く魔力の操作をおぼえ始めた若者たちであるらしい。
「確かリューネさんに……」
ゾーリューネヅに通信端末を持たせていた事をおぼえていた雷太はピピッと操作してそちらにコール。少しの間、向こう側の受信を待っても応答がなかったため、強制的に回線を開いて声をかける。
「リューネさん、リューネさん? こちら雷太。こちら雷太だ」
「賢者さま!?」
「こちらは怪物をたおせはしたが、まだ色々と残ってる、迎えに行くまでそこから動かないように皆にも伝えてくれ」
やはり操作方法がわからなかったらしい。勝手に声を出した端末にゾーリューネヅも驚いた様子だったが、機械から聞こえてきた雷太の声はゾーリューネヅだけでなく回りに居た他のアルカンコー族にも伝わったようだった。
一斉に歓声と安堵の声があがり、動揺と不安がおさまっていく様子が端末ごしの音声のみでもわかる気がした。
「じゃ、とりあえず一区切りつけるまではそのままでたのむ」
「あい! おンまづすづまづ!」
「はいはい。じゃーね」
頷いて通信をきり、雷太は再び目の前の巨大ミミズの残骸を見た。金属塊の表面はもう冷えて固まり始めているが、相変わらずすごい熱気だ。まだ、生身の生き物を近づけるわけにはいかなさそうである。さらに問題はもう一つ。
「しかし鉛かあ。どうすっかなあ」
爆発こそなかったが、鉛はほとんどの生物にとって有害な金属だ。巨大ミミズのせいで大量のそれがあちこちにばら撒かれたわけである。けっこうな問題が残された。
帰還可能時刻まで、あと約64時間。
誤字・脱字などのご指摘、そしてご感想を何よりお待ちしております




