8日目 故郷からの便り
アルカンコー族への呼吸法の指導はその後、進みはするものの劇的な進展はしなかった。
ジェシカは里の者たちと違ってしっかり自分の判断というものをもっていたので、夜になるとさすがに吸って吐いての合図に使っていた風の操作をやめていたというが、それを今日の訓練の終わりととらず、食事もせずに広場に居続けた里の者たちには、雷太は有効な指導方法というものを全く思いつけなかった。
おそらく、一挙手一投足まで細かく指示をだしていけばその通りにやるくらいは、時間をかければできるのだろうが、それでは問題の先延ばしに過ぎない。いずれ雷太はこの里から居なくなるのだし、彼らがこんなレベルでは雷太の後続が彼らを協力者として採りあげるわけもなくなってしまう。
「どうしたもんかね」
未だに、意識しすぎて呼吸困難になっているドッヅグオンゾという体格の良いアルカンコー族を見ながら、雷太は軽く眉間を抑えた。
このドッヅグオンゾという男は、一族の中でひときわ大きな体格をほこり、膂力も相応のものをもっていた。近くの川でときおりみつかる流木を運んだり、稀に里の近くまで来る獣を追い払ったりなどにはとても頼られていた気のいい男らしい。流木も獣の皮もこの里のテントの建材として使われている。それはそれは頼りにされていた事だろう。
気性も、気は優しく力持ち、怪力を振りかざさず子供の遊び相手が好きという守護者のような男だった。
ところが知能のほうは残念なほど低く、自慢の巨躯も魔力蓄積症にむしばまれ、一人では歩けないほど衰えているため、里の若い集の中では彼が最も早く魔力への適正を示さなくては命が危うく、同時にもっとも遠い存在であった。
いかんせん知能が低いせいで飲み込みが絶望的なほど悪く、昨日から続く呼吸法の訓練だけで既に三度も過呼吸になって気絶しかけているという。どう指導しても上手くいかず、雷太は彼に効果的な指導方法はいかなるものかと非常に頭を悩ませる。
そんな時、通信機能の呼び出し音が雷太の鼓膜を揺らした。
「ん? もう結果が出たのかカッシェルフ……ちがう」
コールサインを見るとカッシェルフに渡した通信端末からではなかった。
いくつかの通信装置を経由して送られたもので、そんな方法をとる通信主は雷太の思い当たるところで一つしかない。雷太はそう悟った瞬間に脊椎反射の勢いで回線を開いていた。
「主任!」
「お、青塚か。ひとまず無事のようだな、安心したぞ。状況を報告しろ」
通信は地球からのものだった。
「なるほど、想定内ではあるが……。現状、こちらから早急にできる支援は少ない。君が持っているデータとサンプルの現物を提示すれば重要性は認められるかもしれないが」
「いえ、スーツの自動適応機能は正常に動作していますから、時間が経てば自力で帰還できると思われます。データは……ああ、もう共有済みになってますね」
雷太が報告をした通信相手は女である。
声の調子も、モニタ上に表示されている顔も、雷太とそう変わりない年頃に見える。これは決して、モニタ上でだけ見た目をごまかしているわけではない。
その若い見た目に反して彼女は平行世界の調査開発プロジェクトの中でも、比較的遠い世界、従って危険性が高くなりやすい世界を担当している。けっこうな重役で、雷太のほかにも数名の先行調査員を担当している。
名を、北条輝紗螺という。現代の地球圏では、たった三人しかいない、血のルーツが三千年遡っても日本人しかいないという純血一族の出で、マイクロマシンからナノマシンへ技術移行する際への立役者でもあったらしい。かなりの経歴を持つ女性だ。
そんな女性がなぜ、外宇宙どころか他世界の開発機構に所属しているのかは雷太も知らない。雷太が彼女へ持つ印象は、とにかく有能で、冷静で、冷血で、過激な女性、という事だけだ。
そんな彼女が現状は無理だというのだから、すぐに支援が来るのは本当に無理なのだろう。それに雷太自身も緊急的な支援は必要としていない。それよりも雷太は、出だしに、心配したぞ、という言葉が出た事のほうが驚きだった。
「データはじっくり読ませてもらう。あと、同時共有したものを後で読んでおいてくれ。通信限界が近いようだ。また通信できるようになったらコチラから連絡を入れる。タイミングが合えばそちらでできたという協力者とやらとも――」
輝紗螺が早口でまくし立てている途中で通信が切れた。雷太としてはなるべく完結に、なおかつ早口で報告を纏めたつもりだったのだが、それでも少し足りなかったようだ。
世界を跳躍する技術は、実用化にこそ至っているがいまだ不安定な面の多いものだ。その難点の最たるものが継続時間で、世界と世界の境目に穴を開けるには莫大なエネルギーを要し、あけ続けるために必要となるエネルギーは加速度的に膨れ上がる。
「(ただ一人の調査員と通信するためだけに、結構な無茶したんじゃねえかなあ。あの冷えた鉄のやることだ、無茶をしていたのだとしたら、向こうも相当に差し迫った状況なのかもな)」
失礼なことを考えながらであったが、雷太は正直なところ、嬉しかった。なぜ嬉しいのかは、本人のもわからない。
「あンの。賢者さまぁ?」
「おっ、すまん。こっちの話で夢中になってた。なんだ?」
アルカンコー族は既に雷太が一人でどこかに向かってしゃべる事に慣れている。傍目に奇妙なのは変わらないが、ただ虚空に向かってしゃべっているわけではないというのは、みんな漠然とだが理解していた。
「そンのぉ、またゴンゾの奴が……」
焚き火の広場に集められた中で最も年上の、ガッダゾッソンという男が指差す先に、ドッヅグオンゾがまた目を回して伸びていた。
「ふぅ……」
かすかに感じていた嬉しさはどこへやら、雷太は一息で前途多難な現実へ突き戻されたのだった。
その日も呼吸法の訓練を終え、しっかりと各自の家に帰って食事と睡眠をとるように言いつける。どこかホッとしたような顔で帰っていく里の者たちを、雷太は複雑な顔で見送った。
いちいち指示をしなければ動けない者たちばかりだとわかったから、明日は太陽が昇ったら集まり始めるようにという指示も忘れなかった。これできっと大丈夫だろう、と雷太はなるべく楽観的になるよう自分に言い聞かせる。
広場に、焚き火の番をする担当以外が居なくなると雷太もテントに戻る。戻る、といっても老人たちを集めたテントだ。
ふと心配になった雷太はゾーリューネヅ、オグゾンドールアの両名にしっかりと自分の判断で休憩はとっているか確認した。しっかりとっているという答えと、慣れたのか昨日と比べてあまり疲れていない様子を見て安心する。やはり有能な者は有能なようだ。
昼間のうちに両名が集めていたデータを纏めて解析にかけ、結果が出るまでの間に、あちらから共有されたというデータを見る。
どうやら、雷太の生存を確認するために新たに無人観測機を四機ほどこちらに送り込んでいたらしい。それぞれの無人機が転移されたその座標と観測データから、より正確なこの星の直径と天文的位置関係の実測データ、さらに、どの座標から帰還プロセスを行えば安全性を増す事ができるか、という推測まで付け加えられていた。
「これは、ありがたいな……」
雷太がうつらうつらとし始めたところで、再び通信機能の呼び出しがなる。
「お……こんどはカッシェルフからか」
雷太は通信を開く。
帰還可能時刻まで、あと役72時間
やっぱこのくらいの文章量のひとは毎日更新しとるんですよなあ。
今のなろうの王道からだいぶ外れている本作は、毎日更新したとしてもそんなに流行る気はしませんが
ともあれ、読んでくださっている方々へは、遅筆で申し訳ないとしかいいようがありません。




