8日目 実験、そして実験
雷太は検証のため、テントには戻らず里から少し離れた平原のなかに立った。
まず検証すべきなのは魔法を使った時の自分のイリュートロン検出量と、魔法で精製した物質のイリュートロン含有量だ。イリュートロンの状態まで調べられればより確実なのだが、手持ちの機材ではやはりどう工夫しても不可能なものは不可能だ。
「ん。うむ」
すでに魔力を手足のように扱えるようになった雷太は、少し意識しただけで前に出した左手の上に水を集める事ができる。スーツのバイタルチェック機能を少し拡張してイリュートロン検出は自動にリアルタイムで行っており、手動では自分で出した水をカプセルに収め、簡易解析装置にかける。
「ふむ。水については予想通り、だが」
魔法で精製した水からは大量のイリュートロンを検出した。むしろイリュートロンでできているといっていいほどの含有量だ。これを見ると、この水を飲む気にはなれない。おそらく氷も似たようなものだろう。
しかし雷太自身からのイリュートロンはほとんど変わらない。オグゾンドールアが魔力を使いすぎて倒れた状況を考えるに、検出量は増えると予想していたのだが、はずれてしまった。
「いや、限界まで使わないと変化がないのか?」
試そうと思うが、テントに担ぎ込まれた時のオグゾンドールアの有様を思い出して止めた。不慣れさからただでさえ上手く働いていない野戦病院だというのに、唯一の主治医が倒れれば完全に治療が滞ってしまう。それにカッシェルフに魔術的なアプローチで検証をしてもらっているから、それを待つ事にする。
と、もう一つ思いついた雷太は手のひらの上でもてあそんでいた水を解放すると、ある種対極の、炎を指先に点す。
水のように実体を作り出す魔法ならばわかりやすいのだが、炎のように酸化現象を起こす魔法ならばイリュートロンはどのような形で現れるのか。
炎を直接解析にかける事はできないから、指先にともした炎に向けて簡易解析装置を遠隔照射する。
「あっ、へえ。こうなるのか……ん?」
炎の周辺に大量のイリュートロンを含んだ二酸化炭素が現れたようだ。二酸化炭素の中でも炭素に強く結合している。これに雷太は何かの引っかかりを感じた。感じたのだが、閃きにまで至れない。
「ん……んー!」
あと少しの所まで来ている気がするのだが、出てこない。もどかしさのあまり唸る。
そのままもだえていると不意に通信の呼び出しが鳴った。昨日、ゾーリューネヅにも通信装置を渡して置いたが、来たIDを見るとやはりカッシェルフだった。
「おはよう」
「おはよう。カッシェルフだ。と、名を告げるまでもないのだったな。頼まれていた検証だが、まだ断言できる段階ではないが、一定の説得力を持たせる事はできると思われる」
「おお、いいタイミングだ」
昨日の今日のである程度の成果をあげる辺り、さすがは千年あまり生きる魔法使い。見た目は年齢や魔法使い然とした見た目は伊達ではなかったらしい。
「参考までに、どう検証したか教えてもらっていい?」
「うむ。おまえの説では、魔力欠乏症が、魔法の使いすぎで内包魔力が減りすぎた状態ではなく、魔法の使いすぎで魔力が活性化されすぎた状態なのではないか、というものだったな。端的な結論から言えば、それはやはり間違いで、わたしの目で見たところでも、専用の魔道具を使っても魔法を使う事で魔力が減る事は確認できた」
「ふむ」
ここまでは、雷太の説を完全否定しているわけだが、まわりくどくすぐに結論を述べないのは老人云々の前にカッシェルフ個人のクセだと雷太もいい加減わかってきた。とくに落胆することはなく、冷静に続きを促す。
「だが、おまえの言うとおり、魔力を持たなくとも生きている命はいくらでもあるのだから、魔力の欠乏状態におちいった所で不調として自覚できる事はおかしい。
今までは、魔法を使える事、魔力に適正を示すこととは、生命体としての進化であり、進化の代償として魔力なしでは生きられない身体になると考えられていたから、わたしも大した疑問はもたなかったものの、高い知能を持って明らかに生命体として高度に進化しているにも関わらず今まで魔力を必要としなかった、おまえという例が現れてはっきりとした疑問を持った」
「ん……うん」
小論文でも読み上げているのかという回りくどさだ。やはりこんど、しっかり言うべきだろうかと思いつつ、雷太は忍耐強く結論を待つ。
「そこでわたしが考えたのは、魔力が何か他のモノに変質しているから、そういった症状を引き起こすのではないか、というものだ。こればかりはわたしの目では見えなかったので、いま魔道具にさらなる改良を施しているところだが、試作品でも一定の観測はできた。どうやら使う魔法の系統属性によって観測する魔道具を使い分けなければならないようなので面倒なのだが、ひとまず記術で生み出した水の中には変質した魔力を観測できた」
「水だって?」
ちょうど、ついいましがた雷太も自分の念術で出した水の中から多量のイリュートロンを検出したばかりだ。すばらしいシンクロニシティだ。
「それは、おそらく俺がイリュートロンと呼んでいるものと同じものだ。確かめるためにも、魔法で火を点した時には火そのものではなくて火の周囲の空気を検査する道具を作ってくれ。そこに同じものが見つかるはずだ」
「ほぉっ! わかった。そのようにする。中間報告は以上だが、わたしも大きなヒントを得られたようだ。礼を言うぞ!」
何か急に興奮した様子のカッシェルフは、一方的に礼を述べて一方的に通信を切ってしまった。
自分の説がたたき台になって別の新たな有力の説を生んだことに雷太は一定の達成感をおぼえていたが、さきほどノドのこの辺りまで出かけていた閃きがカッシェルフの興奮によってすっかり引っ込んでしまっていた。
「うーむ……なんだっけな……」
すっかり気がそがれてしまった雷太は、少しの間だけ星空を見上げた。こうして故郷とは違う星空をぼんやりと眺めているのもいいものだが、今は他にやるべきことがある。すぐにそう思い直すと、風の魔法、土の魔法と続けてイリュートロンを検出できるか実験を続ける。
これは結局、日が昇るまで続けられた。
帰還可能時刻まで、あと約97時間
難しい事を考えられるだけではなく、難しい事をわかりやすくできる事ができるのが、本当に頭が良い、という事だとよく言われますが
どっちにしても頭は良いのだと思います!
違うのは、言われてる側が言ってる側の頭の良さを実感できるか否かだけですね




