8日目 秤(ハカリ)
睡眠時間はおよそ三時間。まだ陽がのぼる気配すら見せる前から雷太は活動を再開する。
起きてまずやることは様々な観測機器を複合的に利用した患者たちのヘルスチェック。骨格と心臓の動きを見て、呼吸の強弱と心拍数をチェックできれば患者のストレス状況は大体推察できる。今のところどの患者にも特に異常はないようだ。
睡眠中はさすがに投薬できないため、看護士をしてくれている二人も寝ている最中だ。
特にやることがなくなった雷太は昨日までの成果を見返して何か見落としがないかを確かめ始めた。
今までプログラム任せで勝手にデータベース化されていたデータ郡に手を加えながら、ズズズッと日付をさかのぼって見ると、一番上に憶えのないデータを発見する。
「あれ? これは、まだカッシェルフのところに居た時のだな。いつ誰からとった?」
霊峰ジェンボに居た時に誰かから生体データをとった覚えがない。開いて見ると、名前は未記入。採血やら身体の一部やらをとって解析にかけたわけではなく、簡易解析装置を遠くから当てただけで、イリュートロンの検出量をおおざっぱに測っただけのものだった。
「うん……? あっ」
しばらく考えて、魔法の練習をしているときにカッシェルフから取ったものだと思い出した。プログラムに任せきりだったせいでこれも生体データのカテゴリに入れられていたようだ。データを見るとイリュートロンはほとんど検出されていない。
雷太は首をかしげる。疑問を確かめるべくゆっくりと患者の一人に近づいて、カッシェルフのデータを取ったときと同じように、解析装置を直接あてずに、遠くから間接的に解析をする。
「……やっぱり」
患者たちからはイリュートロンが検出された。カッシェルフのデータと比べると倍どころではない数値になる。とくに、鼻口の周りから多く、吐かれる息にイリュートロンが含まれている事がわかる。
彼らは魔力に適正がなかったために不調であるハズだ、カッシェルフは魔力に適正どころか使いこなしている。魔力を使いこなしている者の方が多くのイリュートロンを保有していそうなものだが違うらしい。
いや、自然に魔力へ適応した里の乳児たちも確か血中のイリュートロン値は高かったはずだ。
思わぬところで謎が増えてしまい、雷太は頭を抱えた。
しかしこんなところで悩んでいても何か解決するわけはない。情報不足を感じた雷太は悩むのを止めて、乳児たちの方のデータも取るべくテントを出た。
「……あ」
まず目に入ったのは焚き火の広場でござねしている若者たちだった。そういえば解散していいと伝えていなかった。ひょっとして彼らはあれからずっと呼吸法の習得に集中していたのだろうか。だとしたら相当な努力であるととるべきか、あるいは命令されないと動けないバカととるべきか。
軽い頭痛を覚えた雷太は彼らを見なかった事にして空を見上げた。
やはり夜明けは遠く、目視できる方の衛星がゆっくりと西の空に傾き始めた頃だった。衛星の影から見て夜明けまであと四時間か五時間はかかるだろう。
いきなりの衝撃的光景に軽く気をそがれた雷太だったが、目的はわすれず、乳児たちが集められているテントへ入る。
もともとこの里では各家庭ごとにテントを張って暮らしているようだが、住人のほとんどが体調を崩してからは、動ける者が動けない者たちの面倒を診やすいよう、大きいテントに病状の重さごとにわけて患者を集めるようにしていたようだ。
おかげで集落単位での診療の経験など、あるわけもない雷太でもスムーズに患者たちの区分けをする事ができた。
乳児たちのテントは、今雷太がいる老人たちのテントを中心に、焚き火の広場のちょうど反対側になる。大人たちの体たらくを見ずに済むわけだ。
こっそりと入り口にかけられている暖簾を長くしたような間仕切りをあげると、早起きなのか夜更かしなのか、母親の一人が穏やかな顔で赤ん坊の一人を見つめているところだった。おそらく母子なのだろう。
「ちょっと、邪魔するぞ」
誰もおこさないよう、潜めた声をかけると、母親の方は雷太をみて小さく頷く。この辺りの自然に出る仕草も世界を超えて共通するらしい、とまたどうでもいい所に感心する雷太。表情こそ穏やかに見えるのだが、その顔が、夜更かしでやつれているのか、早起きでしっかりしているのかまでは相変わらず判断がつかない。
「いンまぁ、寝だどごづす。なんぞごようづあ?」
「ちょっとデータを取りに……といってもわからんか。とにかく害になるような事はしないから」
細かく言ってもわからないだろう。丁寧に説明してわからせる必要もない。それだけ言うと、雷太は簡易解析装置を遠くから照射して、ちょうど母と子がそろっている二人のデータを同時にとった。
「……おや?」
血液や細胞などを解析にかけているわけではなく、さらにイリュートロンの有無を解析する事に絞っているため、結果はすぐに出た。するとどうだろう。
「その子の様子はどうなんだ?」
「あい、おンがげざまづ、鼻っぱづらあづうンも治っで、息もすづがンなっづす」
この赤ん坊は熱も下がって呼吸も穏やかになっているようだ。
ちなみに、アルカンコー族は額や動脈部分も毛に覆われていているので、人間と同じ部分からは検温できない。代わりに犬や猫と同じように鼻の頭で温度を測る。そうでなくては口か尻に検温装置を突っ込むしかない。
「じゃあ、あなた自身の調子は? 治療のために必要だから、俺に気を使わないで正直に答えてくれ」
「あい、まンだちっとだりっづす。けンど広場んオススのマネしでだらちびっつだ、らぐンなづす」
まだ少しだるいが、広場に集まった者たちの真似をしていたら少しずつ楽になった。らしい。どうやら彼女も自力で魔力への適正を得はじめているようだ。ならば、と雷太は少しだけ疑問を薄くした。
母親からのイリュートロンの全体検出量は老人達からとあまり変わらない。しかし老人達のように呼吸器周辺に偏るのではなく、全体からあまり偏りなく検出された。
赤ん坊の方からはさらに多量に検出された。呼吸器周辺に偏ってはいるものの、最も薄い腹部周辺でさえ老人達の呼吸器周辺よりも濃い。
「これはもしや……?」
また一つ、仮説が核心に近づいた気がした。
念のため他の幼児や母親のデータもとって保存していき、一人だけ傾向が違った乳児の一人を指差して先ほどの母親に尋ねる。
「この子だけ、まだ調子が悪いんじゃないか?」
「あい? そっづす。ンづが、なンぢぇ?」
どうしてわかったのか不思議そうな顔をする母親。
雷太はさらに核心に近づいた気がして、一人で小さく、しかし強く頷いた。
こうして淡々と、研究は進んでいく。
帰還可能時刻まで、あと約98時間。
残り時間がいよいよ三桁を切りました。
折り返し地点ですがやはり物語りの展開は遅いままです。




