7日目 減ってるの? 増えてるの?
オグゾンドールアが空いていた寝台に担ぎ込まれた時、既に状態は安定しているようだった。ただし、呼吸がやや荒く、鼻と目が乾いており、焦点も合わせ辛いような状態のようだ。
「うん?」
すぐに症状で検索をかける。こんどは魔術書も検索範囲に含めた。
「候補が多いな。現在の環境で絞り込み、発症件数が多いものから順に並べ、持ち込んだ医学書の優先度を下げる、と……」
最有力候補は意外なものである。
「悪性魔力蓄積症と、魔力欠乏症?」
片方は相性の悪い魔力をためすぎた場合の症状、片方は字面から見るに魔力を失った時の症状である。候補を絞ってこの二つがツートップとは、なかなか奇妙なものだ。
「なあ、正直なところ俺は未だに君らの顔の差が読めないんだが、ドールは、調子が悪いのを我慢して元気にふるまっている、という感じだったのか?」
「へえ!? いンや、そづンごづねづす。ドールだ賢者様だ来さる前だがづ、元気ンなるだがづ」
「んん。ふむ。ドールは十六才だったよな」
「あい」
「あい」
返答はウヅスグルオンと、オグゾンドールア本人から同時に来た。意識ははっきりとはしていないようだが、簡単な受け答えくらいならできるらしい。
「倒れる前に何かおかしな事は?」
「おかしな? おかしな……」
ウヅスグルオンは必死に思い出そうとしているが気が動転しているせいで上手く思考が回っていない。オグゾンドールア本人は意識が定かでないのでちょっと難しい事もかんがえられないようだ。
「サザンカ、ちょっとジェシカを呼んできてくれ」
すると青白い光点がスイーッと飛んでいってすぐに仲間を連れて戻ってきた。つれてこられた黄緑色の光点に、雷太は同じ質問を繰り返す。
「ふむ。あ、え。まじかー、そんな方法でも魔法を使えるのかー」
ジェシカがくれた答えはオグゾンドールアの症状をそのまま説明するとともに、雷太が習わなかった魔法の使い方も教えてくれるものだった。
「とりあえず、安静にしていればすぐによくなる。魔力が切れたときは寝るのが一番だそうだから、水でも飲んで寝てしまえ。スグルはついててやればいい」
雷太は寝台の上の一人と、そのよこでまだ狼狽えている一人に優しく声をかけると、それ以上はとくに何の説明もなしにその場を離れた。
ジェシカから新たに教わったのは、魔力の使い方の記術、唱術、念術の三つとも違う別の使い方だ。
雷太が翻訳するところの精霊魔法だ。
術者が自分の魔力を丸投げしてアルフェーイに代理で魔法を行使してもらうという形の魔法で、実は見方によっては精霊魔法が最も安定した魔法の使い方だ。
アルフェーイは半分魔力でできているような生命体なので非常に精密に魔法を使える上に、言葉でのコミュニケーションも可能であるため、細かく起こしたい事象を伝えられれば記術や唱術のように前提となる知識を学ばずとも、念術のような細かな現象を念術よりも効率の良い魔力でおこすことができる。
知識が必要ない、という事は最大のメリットであるが、もちろんリスクやデメリットも考えられる。
デメリットはアルフェーイにも個体差があるという事だ。性格の個体差もさることながら、得意分野においても差があり、あまり得意でないことを無理にやらせ続けることはできない。
リスクもそれに関わるもので、アルフェーイたちの叛乱によって文明が一つなくなっているという事を知ってからまだ三日と経っていない。
オグゾンドールアはたまたま高い魔力への適性を持っていた。呼吸法をいち早く習得したのもそのせい、記術、唱術、念術のどれもまだ習得はしていないが、呼吸法を学ぶことで余分な魔力を体外へ出すと方法も自然に体得したか、はじめから調子がよかったのだから、あるいは悪性魔力蓄積症を自力で克服していたのかもしれない。
カッシェルフの蔵書からの情報によれば15歳くらいが自然に悪性魔力蓄積症を克服する限界年齢だとされているが、アルカンコー族の成長速度というものがよくわかっていないのだから一年や二年の前後はありえることだろう。
そうして、身につけた体内の魔力操作が高じて、里の者たちに呼吸法を覚えさせるため一定の周期で風を吹かせたり止ませたりしていたジェシカへ魔力を送り、精霊魔法にとても近いことを行っていた。
結果的に、体内の魔力をジェシカへ渡しすぎて軽い魔力欠乏症におちいった、とそういうわけだ。
「なるほどなあ」
オグゾンドールアのおこした症状と、主に取り掛かっている悪性魔力欠乏症の症状とを簡単に纏めてみて、雷太は単純に面白いと思った。理由はさきほど奇妙に感じた事と全く同じ、魔力を蓄積しすぎて起きる症状と、魔力を失うことでおきる症状がとてもよく似ているという事だ。
「ちゃんと調べる価値はあるか」
面白いついでに思いついた雷太は先ほど寝かせたオグゾンドールアのところに戻る。同じテント内なのでほとんど離れていない。
「すまんがちょっと調べるだけさせてもらうぞ」
魔力の欠乏状態というのはけっこうに辛いらしく、オグゾンドールアはまだ雷太が見てもわかるくらい辛そうだったが、意識はだいぶはっきりとしてきたようで、しっかり理性のある目で応えた。
やはり大丈夫そうだなと思いつつ血を採らせてもらうと、さっそく簡易解析装置にかける。血液の分析にはやはり時間がかかったため、結果を待つ間に今までゾーリューネヅが集めておいてくれた採血サンプルも同時に解析にかけ、雷太自身の目と耳で患者の状態を確かめ何人かに投薬を一時やめるよう指示を出し、昼飯時になる。
「ふむ? これはもしかして」
オグゾンドールアと患者たちの血液の解析結果はほぼ同時に出た。
魔力に関わる病気なのだから、雷太は現状で魔力と最も密接なかかわりがあるとにらんでいるイリュートロンを含む何らかの元素が、片方は増えていて、片方は減っているのだろうと予想していた。しかし予想は見事に裏切られる。
「カッシェルフ。たびたびすまんが、今大丈夫か?」
両方とも増えていた。いや、むしろ欠乏症と呼ばれるほうの症状を訴えたオグゾンドールアの方が、イリュートロンを含む酸素が多く血液中にあると出ている。これでは欠乏ではなく過剰な状態ではないだろうか。一つ仮説が立った雷太は、より専門に近い人物に意見を聞くべくすぐさま通信を繋ぐ。
「おお、雷太ちょうどいい。わたしもやはり伝えるべきだと思う事があってな。まあそれは後でいい、まずはそちらの話を聞こう」
「実はな――」
この説を聞き、カッシェルフはまた大事な用件を伝え忘れることになる。
帰還可能時刻まで、あと約117時間。
誤字やら脱字やらのご指摘、そして感想、お待ちしております。
一時急にアクセスが伸びたのはなんだったんだろう。




