7日目 横道で拾いもの
仕留めた大型の草食獣を調べる最中、雷太は一つ違和感をおぼえていた。
はじめは漠然としたものだったのだが、X線透過による骨格分析、簡易解析装置による血液成分解析が終わり、胃腸の内容物も解析にかけようかというところでその違和感に気づく。
「こいつらは、どうしてこの変色した草を食べていても平気なんだ?」
「おそらく彼らはもとよりこの属性の魔力に高い適性を持つタイプの獣なのだろう」
「ふむ? そういえばあいつら、草原の変色しているエリアの中心の方に逃げてったな」
カッシェルフとの通信回線は繋ぎっぱなしだ。映像も送りっぱなしなので途中途中で何か言いたいけどタイミングをつかめないような、声を詰まらせた音が聞こえていたが雷太はあえて無視していた。どうせ話し始めると長くなるのがわかっているのだ。
「その獣はわたしも始めて見るが、これは思い当たる節があるぞ」
「ん? ちょっと待ってくれ。こいつは、新しい物質だ……あれよく見たら」
改めて捌いた獣の腹の中身を見ると、成獣の方の何かの臓器の中に灰色の石のようなものを発見した。
「解析、お、早い。んん! やっぱり!」
「どうしたのだ?」
すばやく出た解析結果を見て一人興奮している雷太。さすがに不快だったか、カッシェルフがいくらか声のトーンを落としてきいていた。
「イリュートロンの新しい形態だ。これは……はは、わけわかんね。酸素二つに炭素四つの状態で安定ってありえないだろ。しかもこんなにでかい結晶体って」
世界樹の樹液を調べた時の酸性値や、小川の水を調べたときに発見したヘリクリウムを見てもわかるイリュートロンの性質だが、物質を安定化させる作用が非常に高いらしい。しかもこれが人工的なものではなく、野生動物の体内で生成された自然のものであるというのだから、雷太の世界の常識からは考えられない現象だ。
「んん? リリュートロン? サンソフタツ? タンソヨッツ? 何かの呪文か? わたしにもわかる言葉でしゃべってくれ」
「え? あ、ああ。そうだなすまん」
雷太は興奮のあまり母国語が出ていた事に少し恥ずかしくなる。しかし仕方ないことだ。カッシェルフたちが話す言葉から共通語ならびに母国語への翻訳はほぼ完全に終わっていると思われるが、その逆の翻訳はまだ該当しない単語が多すぎて不可能なのだ。
「けど俺の知識じゃあんたに教えるのは無理だ。俺の後から来る奴にちゃんと説明できる奴を入れるように頼んでおくから、そいつから聞いてくれ」
「む? むう。何かわからんが、わかった」
色々と言いたい事を飲み込むカッシェルフ。雷太は目の前の新発見に夢中だが、本人が言うように、この物質が存在するから他になにができるという発想にまでは至れない。だがしかし、
「この草、この魔力に適応した生物が持っていた石なわけだよな」
この石、この結晶体そのものの利用法は、ひょっとしてあるのでは、と考えいたる。
「……まさか、そんな簡単にはいかないと思うが。さっそく帰ってやってみるか」
利用法とはもちろん、今目の前にいる危機に瀕した種族への事である。責任感と罪悪感、そして使命感に火がついた雷太は、さきほどからカッシェルフが言いかけている事があるなどすっぽり忘れていた。
雷太は仕留めた獣の死体を放置して里へ戻った。
結果をいってしまうと、結晶体は期待に沿うような働きは残念ながらしなかった。それどころか、ある程度の量を粉にしようとしたところで、急に燃え出してしまい患者に飲ませるにも至れなかった。
「イリュートロンが抜け出たせい、と考えるのが妥当か。幻子の繋ぎがなくなった事で、二酸化炭素で安定し、はじき出された炭素三つが周囲の酸素と結合。それが燃焼を引き起こした。という感じか」
推測は簡単だが、燃焼の過程の観測は未だに専用の大掛かり設備を使わなければ難しい。
「いずれにしても扱いの難しい……天然の火薬みたいな石だなあ」
特効薬になることを期待して持ってきたがそうそう上手くはいかないもののようだ。落胆を隠せない雷太にゾーリューネヅが優しく声をかけてくる。
「そンづ、おぢごむごづ、ねえづす。そンれぬすづ、そン石っコロだ力だ感じづす。ナンだづが、ふづーンもんでづや、ねっづ」
相変わらず聞き取り辛いが、要はこの石には何かの力を感じるという。そう言われた所で雷太に違いなどわからなかったが。
「ふぅむ……力を感じる、ねえ」
粉にする事そのものがイリュートロンを分離させてしまう要因だったのか、粉にする過程でイリュートロンを分離する何らかの要素が混じったのか。うっかりまた考え込みそうに成るが、雷太は今優先すべきことを思い出す。
「後にしておいたほうがよさそうだ。リューネさん、患者はどうなってる?」
「あい。イッテクん他だ、あんまがわんねづす」
イッテクの他はあまり変わらない。イッテクとは一千倍に薄めた強心剤の注射で唯一症状が改善したといったものだ。フルネームはログイッテグゾー。
「イッテクの様子も、あれから変わりなし?」
「あい。あンあどづさ、元気ンまんまづす」
投薬をやめてからもう二時間はたっている。一千倍に薄めたものだから効力ももうなくなっているはずだ。投薬をやめただけで採血自体は続けていたから、データ的にも変化はないとわかっている。
「嘘から出た真、という奴だろうか」
雷太はいくつかの可能性を考える。
ログイッテグゾーという若者は、言動から非常に思い込みがはげしく他人からの影響を受けやすい性格だとわかっていた。よって、雷太が考え付いた可能性は二つ。
一つは、悪性魔力蓄積症にはかかっていたが、偽薬効果による思い込みが切欠になり本当に相性の悪い魔力を外へ出す働きをおぼえさせてしまった、もしくは耐性を得てしまったという嘘から出た真説。
もう一つは、はじめから病気になどかかっていなかったが周りのものがみんな倒れてしまったので自分もそうに違いないという思い込み、雷太の実験治療によって回復した、はじめから病気なんてなかったんや説。
どちらもあり得る説だが、これは採血による実測データを見比べればある程度わかる。
「あ……うーん。嘘から出た真説、かなあ」
投薬前と投薬後で、ログイッテグゾーの血液成分には僅かながら差があった。それはもちろん、薬品を含むか否かなどという初歩的なミスではなく、血液中の二酸化炭素量である。それも、イリュートロンと結合した炭素を含む二酸化炭素量は投薬前が圧倒的に多い。
「……イリュートロンが魔力と密接に関わってる事は間違いなさそうだ」
治療の進展とともに、雷太は魔法というものの研究についても少しだけ進んだと感じた。そんな時だ。
「賢者さまあぁ! ドールだぁ! ドールだお助けくださいぃ!」
呼吸法をいち早く習得していた若者、オグゾンドールアが治療所にしていたテントに担ぎ込まれたのは。
帰還可能時刻まで、あと約115時間。
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