7日目 横道、反れ道
魔法の授業も、やはりそうそう上手くはいかないものだった。
治療も伸び悩み、魔法を教えるにしても雷太の経験不足は大きい。
医学については平行世界に飛ぶ前の段階で応急手当の講義を受けたくらいで、それもほとんどが持ち込む機械の使い方講座のようなものだった。
魔法に関しては、まだ魔法を使えるようになってから三日しか経っていないのだから、そんな者が他人に教えてすぐに結果を出せというほうがおかしな話だ。
それに、魔法の授業に関してはアルカンコー族の基本能力の低さも大きかった。
「フーーーーー、ハーーーー……あれ?」
特殊な呼吸法といっても簡単に言えば腹筋と胸筋を意識した深呼吸だ。なるべく少しずつ長く息を吸い続け、吐く時も少しずつなるべく長く吐き続ける。それを自然に行えるようになってから、長く続く呼吸の中に魔力を感じとり、意図的にその魔力を操作するようにシフトしていく。
ところが彼らは、意識して呼吸するという所からつまづくものが多数現れた。呼吸法という言葉すらわからなかったのだから、雷太も薄々嫌な予感はしていたのだ。
調子が悪いときというのは、息をすることすら辛い事があるから、重症の者に関しては仕方ないと大目に見ることもできる。ところが、比較的軽症であるはずの若者たちの中にも意識して呼吸する事ができない者が半数近くあらわれた。
「難しくかんがえるな。まず俺の声に合わせろ。いいか、ゆっくり、吸ってー」
というように音頭をとるのだが、吸い加減がわからないものが一秒も経たないうちに咳き込んで中断させられ、逆に音頭をとってみて大丈夫そうだと判断した者はちょっと目を離した隙に、意識しすぎて過呼吸になったり、逆に酸欠になって目を回したり。
最初の一歩すらなかなか進まない状況だった。
「……うぅむ」
雷太は眉間を押さえた。
しかし、まあ、平均して悪いものの、中にはすぐに教えた分をマスターする者も居ることにはいた。
「うンだがづ、つげっづが。吸ぅいつぎんぢだみだ。おっ…くら吸ンだづ」
呼吸法についてボケをかました、その他のタイミングでもやたらとウケを取りたがったあの若者だ。名前を、オグゾンドールア、愛称はドールという。
オグゾンドールは隣にいる友人、こちらはわからない事は率先して尋ねてきた若者、名前をウヅスグルオン、愛称をスグルという彼につきっきりで教えている。雷太の一対多の教え方ではさっぱり学ばなかった彼もウヅスグルオンも、オグゾンドールアから一対一で教わって少しずつだが呼吸法を身につけているようだ。
真面目に取り組む意欲あるものより、おどけている者のほうが飲み込みが早いというのもやや理不尽な話ではあるが、それは雷太の世界でもそうだったなと雷太はやや遠い所を見そうになった。
「おっと、いかん……」
先ほどと同じパターンだ。どうでも良い事を考え始めたら疲れている証拠。だがまだほとんどの者が呼吸法からつまづいている段階なので文字通り放り投げるわけにもいかない。離れるにしても誰か後任になるような者がほしかいところだ。
「ドール……いや、さすがに」
確かに飲み込みは良い方だが、まだ多数に教えられるほどではない。こちら側につけたとしてもせいぜいで助手程度だろう。
「うーむ……む? あ、そうだジェシカ」
教えられる仕組みさえ作ればべつに人でなくてもいい。生きてすらなくてもいいから、そういう仕掛けでも作れないかと周りを見回すと、今まで遊ばせていたアルフェーイの一体が目に入った。そこで雷太は閃いた。
「んーと、だな一つ頼みがあるんだが……」
モールスは使わず、なあに? と尋ねるようにゆるやかに円を描いた緑色のアルフェーイ。彼女は風を操る事を得意としている。風、空気の流れ。それは少なからず呼吸と関係のある事柄だった。
ジェシカには一定のテンポで風を吹かせ、止ませを繰り返すように頼んだ。時間は太陽が頂上にのぼるまで。それまではずっと続けるように、と。
その間雷太がどうすのかといえば、老人達とゾーリューネヅのところへ戻るわけではなく、変色した草と正常な草の境目に来ていた。その間にちょうどカッシェルフから通信が来たので、サザンカも交えて会話しながらサンプルをとりつつ映像にもおさめておく。
「ふむ、間違いない。悪性魔力蓄積症だな。知性を持たないものの方が、知性を持つ者よりも他の属性の魔力に強く影響を受け、早くにそれに順応する。とくに植物は動物よりも高い順応性を持っている。それはウチの世界樹を見ても明らかだろう」
雷太が送った映像を見てカッシェルフは断言した。ついでに解説も付け加えてくれた。
「なるほど。んぅむ、じゃあやっぱり、アルカンコーの人たちが体調を崩した原因はこの変色した草を食べたから、ではなく、草が変色した原因と彼らが病気になった原因が同じ、という事か」
「そういう事だ。より細かくいうなれば、彼らはそもそもの原因とその草と、両方から影響を受けたとかんがえられるが、その範囲から大幅に逃れない限り遅かれ早かれそうなっていただろうし、何度も言うようにその病は種族単位で見れば必ず通らなければならない道だ。今回は逃れられたとしてもいずれ同じ病に冒されていただろう」
相変わらず、カッシェルフからの補足は長い。しかし納得できるだけに、雷太は無碍それを無碍にできない。
「んーむ。しかしけっこう侵食されてるなぁ。そもそもの原因ってのはなんなんだ?」
変色の境目はジェンボのふもとの森林限界のように綺麗にラインが引かれているわけではなかった。ゆるやかなグラデーションを描いて健康な緑から原色に近い黄色へと変化している。
そのグラデーションのラインに沿って歩いてマッピングしていくと、だいたい5キロメートルほど歩いたところでほぼ円を描いているとわかる。稀に飛び地のように緑の中にぽつんと黄色い点を見つける事があるが、本当に稀だ。
「わたしが経験してきたものの中で、最も多かったのは魔力流の変化だ。自然の魔力流はあまりにも雄大で長大で、大きいゆえに実体をつかみづらい。しかし確実に少しずつ移動しているものだから、その変異は確実にいつか訪れる」
漠然とした話である。ここまで話が広がるとさすがの雷太もすぐには理解できない。
「魔力流、か。全ては星の思し召し、って事かねえ」
そうなると本当に何にも手段がなくなってしまう。とにかく小手先の動きだけで最善に導くしかないだろう。
「ちなみに、次に多かったのは?」
「次に多かったのは――」
「あ、悪いちょっと待ってくれ。大型の獣を発見した。原生生物みたいだ。草食性みたいだな、一体捕獲ないし仕留めたい」
訊いておいてさえぎるのは悪いとは思ったが、今の今まで痕跡とすらなかなか出会えなかった原生生物を発見し雷太はそちらを優先した。
「復帰時間をチェック。よし、とりあえず狙撃してみるか」
視線のみでコンソールを操作する。メタルアーミドーとの遭遇では使えなかった銃器のうちでも狙撃に適したライフルタイプを取り出すと、その場に伏せて構えた。角膜投射される映像をライフルのサイトとリンクさせ拡大していくと、水牛に似た毛の長い四本足の牛のような動物が草を食んでいるのがよく見える。
「……30頭余りの群れと確認。最低限のサンプルを採取しても生態系への影響は無いと思われる。成獣らしき個体と幼獣らしき個体を一体ずつ確保する」
久々の完全なお仕事モード。自動記録されている事だけを意識して声を出す。
「第一射、命中。行動不能を確認。第二射、命中。目標数の行動不能を確認。群れの逃亡を待ってサンプル回収に向かう」
成獣へは頭部への一撃、幼獣へは脊椎部分への一撃でそれぞれ仕留めた。雷太は実は、接近戦等よりもこちらの方が得意だった。
帰還可能時刻まで、あと約117時間
ちょいとばかり遅れました




